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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
幸福の庭と静かなる塔
80/135

80話

 ファントムペスト医部隊は、夜中の内に『静かなる塔』から出発した。

 元々、『静かなる塔』はセイクリアナの都からは勿論、アセンスからも少々離れた立地。

 夜中にこっそり出れば、誰に見つかる事も無く出発できる。


 予め用意していた馬車にはマントとペストマスクと籠、そしてあぶないお薬がたっぷりと積み込まれ、御者を務めるファントムマント以外は正に、『無生物』。

 畳まれて木箱に詰め込まれたマントと、マントの下に隠されたペストマスク。薬瓶やお菓子の類、それから小道具の類もマントに隠されて木箱に詰められ、馬車の中には御者が食べてもおかしくない程度の量の食料と生活用品だけがちんまりと置かれるばかり。

 ……こうして、『少々不思議な恰好をした御者』が操る『マントを詰めた木箱を運ぶ馬車』は、誰に見つかる事も無く、静かに出発したのであった。




 一度ダンジョンを出てしまえば、あとは私が把握できる外の範囲での出来事。

 彼らが無事、セイクリアナの都まで辿りつけるかは分からないのだ。

 ……多分、大丈夫だとは思うけれど。

 ちゃんと、彼らには人通りの少ないであろう道を通るように指示してある。

 いざとなったら、人間でも魔物でも殺してしまっていい、と言ってある。

 到着したら合図をくれることにもなっているから……あとは、無事を祈って待つだけだ。




 待つ間にも、『幸福の庭』は動く。

 紙芝居の人気を受けて幻灯機を開発してみたけれど、それも中々好評。

 リビングドール達による人形劇も中々の好評。

 音楽に踊り、それに紙芝居や幻灯や演劇まで加わって、『幸福の庭』は、飲食店やサロンを併設した劇場みたいになっていった。

 そのおかげで貧民層だけじゃなくて富裕層まで捕まえることができたから万々歳。

 そして逆に、貧民層は数を減らしたか、というと、そうでもなかった。

 1杯の安酒で1晩粘っても怒られず、綺麗なリビングドール達の給仕を受けられ、しかも、ちょっとおつまみをおまけしてさえもらえる……なんて酒場は、他にどこにも無いから。

 夜になると肌寒くなるのも相まって、そうやって夜を『幸福の庭』で過ごす人は少なくなかった。

 ……特に、貧民層の更に下、その日の食べ物のために走り回るような人達……その中でも特に、子供。

 いわゆるストリートチルドレン、とでも言うべき子供たちは、『幸福の庭』で生命を繋ぐことにしたらしい。

『幸福の庭』B1Fの一画、ツリーハウスの影になって、他のエリアから見つかりにくい所に、彼らは潜んで夜を明かすようになった。

 ……当然、隠れてもダンジョンの中なので、ダンジョンである私にはバレバレである。

 バレバレなので、比較的早い段階で、彼ら専用の部屋を1Fに小屋を設けた。

 すると、芋づる式にずるずると、他のストリートチルドレン達も寄ってくるようになってきて、すぐに小屋がいっぱいになった。

 これは便利。

 ただ、あまり浮浪者達を集めすぎると、ファントムペスト医達が仕事をしにくくなるだろうから、ほどほどにしておこう。




 ……さて。

 そして、ファントムペスト医達を『静かなる塔』から送り出して、3日。

 連絡が、無い。




 ……到着の合図は、ごくごく自然で、かつ、私とファントムペスト医のつながりを浮き上がらせないものにした。

『幸福の庭』は今や、朝も夜も人が絶えない状態になっている。

 つまり、ファントムペスト医が『幸福の庭』に近づいたら、それが多くの人に目撃される、ということ。

 それを防ぐため、私とファントムペスト医の間に、1つクッションを挟むことにしたのだ。

 それは、フェルシーナさん達、セイクリアナの兵士である。

 ……ただし、フェルシーナさんに直接ファントムペスト医が接触したら、接触した瞬間に斬って捨てられそうなので、もうちょっとぬるい所に接触するように指示してある。

 つまり、セイクリアナの西駐屯所部隊の詰め所。

 ……『幸福の庭』から一番近い交番、みたいなものである。

 ここにいる人達は、『幸福の庭』が出現してからすぐ、フェルシーナさん達中央の兵士へ連絡を取ったのだし、その間、市民たちがダンジョンへ踏み入らないように注意していたのだし、中々に真面目で優秀な人達だ。

 だから、彼らの元に『幸福の庭のメディカ様』宛の手紙が置き去りにされていたら、彼らは何らかの手段で、私にまで手紙を届けてくれるだろう、と。

 私は、そう考えた。

 そう、考えて……ファントムペスト医の気配の欠片も無い、悪意の欠片も無い、むしろ好意でしかない……ファンレターとでも言うべき手紙を用意してファントムペスト医に持たせたのだ。

 この手紙を西駐屯部隊詰め所の前にこっそり置いてきなさい、と、指示も出して。

 ……しかし、今現在、手紙のての字も届いていない状態である。

 ファントムペスト医の事だから、失敗したとは考えにくい。

 となれば、どこかで手紙の輸送が止まっているんだろうけれど。

 ……メディカは手紙のことなんて知らないから、フェルシーナさん達に催促するわけにもいかない。

 うん。

 まあ……きっと、ファントムペスト医達が活躍し始めれば、私の所にもその情報が入ってくるだろう。多分。




 そうして、私の元にファントムペスト医達の状況が届かないまま、更に数日経過した。

「お疲れですか」

 今日も今日とて、『幸福の庭』は大繁盛である。

 一番人が増えるのは夕方から夜にかけてだけれど、昼間も十分に人が集まっている。中々いい調子。

「ああ……ここ最近、酔っぱらって暴れる市民の仲裁が数件、一気に入ってな……」

 そして今日も今日とて、フェルシーナさん達は警邏に来ている。

 西駐屯部隊の人と交代で来ているのだけれど、やはり他の仕事もあるのだし、疲れるのだろう。フェルシーナさんの表情には疲労が滲み出ている。

「大変ですね……あ、も、もしかして『幸福の庭』で酔っぱらった人が……?」

「ああ、いや、違う、違う。責めるつもりじゃなかったんだ。気にしなくていい。事件があったのは西じゃない。南と東、それから中央で少し、といった程度だ。『幸福の庭』のせいじゃない」

 私が慌ててみせれば、フェルシーナさんも慌ててフォローしてくれた。

「むしろ、『幸福の庭』には感謝している。家の無い子供達を保護してくれてありがとう。おかげで窃盗の報告がぐっと減ったんだ」

「それは良かったです。……やっぱり、子供は笑顔でいるのが一番ですから」

 そんな会話をしながら、お茶とお菓子を嗜む。

 ……フェルシーナさん達から見ても、『幸福の庭』の心象は悪くないらしい。

 彼女自身も、リビングドール達の舞台を見てすっかりファンになっている。非番の時にも見に来るくらいだから、余程気に入ったんだろう。

 ……こうして、『幸福の庭』を気に入ってくれるのは、フェルシーナさんだけでは無い。

「メディカちゃん!遊びに来……げっ」

「げ、とは何事だ、ショルゴール」

「あ、あはは……バイラ殿もこちらにいらしていたんですね……」

「クレークもか。……西駐屯部隊は真面目だな。今日の警邏は我々の当番だが」

「まあ、俺達は真面目さが売りの西駐屯部隊ですから」

 ……非番なのにわざわざ来てくれた西駐屯部隊の兵士達は、フェルシーナさんに呆れたような顔をされて苦笑いを浮かべていた。

 西駐屯部隊の人達はこの2人に限らず、しょっちゅう遊びに来ては私と話をしていってくれる。

 そのおかげで、多少は外界の様子も分かるので、とてもありがたい存在だ。

 ……ただ、彼らに『手紙』について聞く訳にもいかず、それとなく探りを入れてもそれとなすぎて気づかれない、という試行錯誤を繰り返しているのだけれど。

「まあ、個人の休日の過ごし方についてとやかく言うつもりは無いさ。私だって似たようなものだしな」

 けれどまあ、フェルシーナさん自身が、休日にもここに来ている人だから、そういう結論になるんだけれど。

「……勿論、食事や観劇が目的なんだろうな?……妙な事はするなよ?」

「……心得ておりますとも」

「ええ、本当に。はい」

 西駐屯部隊の2人の兵士は、フェルシーナさんに釘を刺されて、慌てて頷いて見せていた。

 ……この2人、何かボロを出しそうなんだろうか。注意して見ておこうかな。


「いらっしゃいませ、ショルゴールさん、クレークさん。今日もこちらでご昼食を?」

「ああ。今日のおすすめ何かな?」

 とりあえず、2人とも客であるので、接客する。

「今日はローストチキンのホットサンドですね。新作なんですが、美味しくできていますよ。保証します」

「じゃあ、それで。ここのご飯はなんでも美味しいけれどね、メディカちゃんのおすすめならより間違いないよな」

「俺もそれで」

「なら、私もそれを頂こうかな。……警邏は昼食休憩に入ってもいいだろう。私の他にコクシネルとグリージョが働いている事だし……」

 3人の注文をリビングドールに伝えると、そう待たずに食事が運ばれてきた。

 ホットサンドのセットメニューが配膳されて、3人と話しながら食事を摂り始め……。

 ……そんな時に、事件は起きた。




 最初に上がったのは、悲鳴。

 そして次に、何か、ものが壊れるような音が響き、男の怒声とも悲鳴ともつかない声がフロア内に響いた。

「……ああ、またか!」

 すかさず、フェルシーナさんと西駐屯部隊の兵士2人がそちらへ走っていき、しばらくすると騒ぎは収まった。

 私もそちらへ向かうと、そこでは、フェルシーナさんによって取り押さえられた男性が、酔ったようにふらつきながらへらへら笑っている状態だった。

「全く、何なんだ、昼間から酔っぱらって……おい、ショルゴール、クレーク。これはお前達の仕事だな?」

「え、ああ、はい……しかし自分達は非番」

「いついかなる時も有事になり得る。それが兵士だ。さあ、こいつをどうにかしてくれ」

 フェルシーナさんは西駐屯部隊の兵士達に『酔っ払いの』男性を引き渡そうとし、西駐屯部隊の兵士2人はそれをなんとか逃れようとしている。

 ……そして私は、それを見て、ピンと来た。

「あの、そのお客様、酔っていらっしゃるなら、休憩室で休んで頂いたほうがいいのではありませんか?酔い覚ましのお薬もありますから」

 なので、フェルシーナさんと西駐屯部隊の兵士達の間に割り込んで、そう提案する。

「しかし……いいのか、メディカ」

「はい。この方は『幸福の庭』にいらっしゃったんですから、こちらでお世話します。……リビングドール!少し手を貸して!」

 そして私は、『酔っ払いの介抱』のため、B2Fの部屋の1つに男性を運び込んだ。

 ……この人が、話ができるようになったら、また聞いてみるけれど。

 でも、多分……ファントムペスト医達は、上手くやっている、ということ、なのかな。


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