78話
その日の夜、『幸福の庭』は新たに7人の従業員を迎え入れ、賑やかな時間を過ごした。
ワルキューレと戦った魔術師のアディガーさん他6名と、楽しく晩御飯を共にした。
ここではそれぞれ、魔法の話をしていた。
『静かなる塔』の人間牧場に居た人達は、ほとんどが魔法使い系の人達だった。
『静かなる塔』さんは魔封じの能力を持っている人だったから、魔法使い相手なら敵なしだったんだと思う。
実際、人間牧場に居た人達は魔法を封じられていたからこそ、抵抗もできずに囚われていたわけだし。
……しかし、一口に『魔法使い』と言っても、結構ばらつきがあるらしかった。
「俺のはな、肉体強化魔法なんだ。逆に他の魔法は使えねえな。肉体を魔法で強化して戦うのさ。単純でいいだろ?単純故に強えしな」
アディガーさんは案の定、こういう人だった。
あんまり魔法使いらしくないなあ、とは思ってた。うん。
……この人、魔封じされても普通に殴ってれば勝てたんじゃないのかな、と思ったけれど、そこはやっぱり魔法の繊細さがあるらしい。肉体を魔法で強化している最中にいきなり魔封じされたら、一気に感覚が狂って動けなくなったんだそうだ。
覚えておこう。何かに使う機会もあるかもしれない。
他にも『魔法を一点に集中させるのが得意』なスナイさん、『魔法をばら撒くみたいに使うのが得意』なグレッドさん、『魔法を時間差で発動させて戦略的に戦う』ミーナさん……と、結構バラエティに富んでいた。
……確かに、《スプラッシュ》1つとっても、水玉をぽわん、と大きく1つ浮かべる人もいるし、小さな水玉を幾つかばら撒く人も居る。
リリーは『前者を1ターン2回行動の要領』で、『大きな水玉を複数個浮かべる』なんていうこともするけれど。
……ということは、手に入れた魔法やスキルって、使う人によって微妙に差がある、という事だろうか。
まあ、あんまり気にしなくても良さそうだけれど……。
と、ダンジョンとしても中々有意義な会話をしながら、夕食を食べ、そして7人の従業員たちをB2Fの宿泊所に案内した。
「この並びにある部屋はどれでもご自由にお使いください。少々手狭ですが」
「狭いって言っても、寝泊りには十分じゃないか。飲み食いは地下1階でできるんだろ?随分と好待遇だねえ……本当にいいのかい?」
中にふかふかベッドや机、ちょっとしたおやつや飲み物まで完備されている部屋を見て、ミーナさんが驚いたような顔をしていた。
「その分は働いて返して頂く、ということで。……なにせ、こちらはセイクリアナの皆さんと交流したくても、モンスターばかりですから。中に人間の従業員が居れば市民の皆さんも安心するでしょうし、大助かりです」
そして、人間がここに住んでくれることは私にとってメリットでしかない。
私は『人間が一番集まっている場所』をダンジョンの近くに作りたいのだから。
「ま、そういうことなら遠慮なく使わせてもらうぜ。じゃ、お休み。明日からの俺の働きっぷりに目を瞠れよ?」
誰よりも先にアディガーさんが個室へと消えていき、それを皮切りにして、7人の従業員たちはそれぞれの部屋へと消えていった。
「明日の朝ごはんは8時からにしますから、皆さん送れないでくださいねー。お休みなさーい」
ドア越しに声を掛け、それぞれドア越しに挨拶が返ってきたのを確認して、私もダンジョンの奥に戻った。
この夜のうちにやることはいくつかある。
1つ目は、『静かなる塔』の後片付けだ。
今、『静かなる塔』は、私のダンジョンになったものの、まだ何も弄っていない状態にある。
つまり、モンスター0、トラップほぼ無し、破壊可能オブジェクトは破壊されっぱなし、玉座の部屋まで一直線。
……これはまずいので、とりあえずなんとかしよう。
その上で考えなくてはいけない事は、『人間牧場の位置からダンジョンの出口までの道筋は変えられない』ということ。
これは人間牧場の人達を回収した時に全員が道を見ているから仕方ない。
……けれど、別に、人間牧場のすぐ奥に玉座の部屋がある必要はない。
ということで、玉座の部屋の入り口を一旦塞ぎ、9Fの隠し通路から下り階段下り階段……で到達できるように組み替えた。10Fにしない所がミソ。
そして『メディカは探索中、たまたま1Fの破壊可能壁を見つけただけ』なので、別に9Fに到達し、そこの隠し通路を見つけていなくても問題ないわけだ。
だから『メディカ』は『静かなる塔』の内部構造について知らなくてもいいし、メディカ以外の人の誰も内部構造について詳しく知らないのだから、これで問題ない。
……だから、9Fの隠し通路の奥に血の池があって、そこに大量のブラッドバットが居ても私は知らないし、血スライムが居ても知らないし、ブラッドバットの血の池に沈んでルビーでできた刀身のソウルナイフやソウルソードが数振隠れていても知らないし、ましてや、血の池の奥にあるお宝の周りにトラップが大量設置されていることも知らないし、そもそもそのお宝が全部ソウルナイフやデスネックレスだなんて全然知らない。
さらにそれら全てを看破した先にある宝箱を開けたら部屋中に毒が噴射されるとか、本当に知らない。
一通り『静かなる塔』の防御態勢が整ったら、1つ、小道具を用意しておく。
静かなる塔2Fに隠し部屋を作って、そこに幌付きの馬車を数台用意しておいた。
これでとりあえず、『静かなる塔』の改造は終わり。
続いて、『王の迷宮』へ向かう。
……の前に、お薬スライムに出くわしたので、先にこれをなんとかしよう。
前々から、薬を全自動で使えればいいのにな、と思っていた。
私にはてるてる親分さんから貰った《天佑神助》があるから、滅多なことでは死なないと思う。
けれど、怪我はするし、怪我をしていると自分の体を思うように動かせなくなる。……ガイ君が居るから、あんまりそういう心配もしなくていいんだけれど、まあ、痛いのは嫌だし、痛いと頭も十分に働いてくれないから。
だから、怪我から速やかに復帰できるように、私は回復の手段をちゃんと構築しておこうと思う。
まず、光り輝くお薬スライムに分裂してもらって、手のひらサイズのスライムを1つ作ってもらう。
スライムは割と、合体したり分裂したりを無造作にやる生き物だ。こういう時、スライムって便利だなあと思う。
……そして出来上がった小ぶりなお薬スライムを、クロウが居ない方の太腿にくっつけておく。
これで終わり。
ここならお薬スライムが攻撃を受ける心配はあんまりないと思う。
このスライムは、私が攻撃を受けたら自力で私の怪我まで向かってくれる。そして、怪我に張り付いて私の怪我を治したら、また戻る。
怪我をしたのが指先とか、太腿から遠い場所だったら、私が腕を動かして私からお薬スライムに触りにいけばいい。
とりあえず、『ある程度自力で動けるお薬』ぐらいに思っておけば間違いは無いかな。
新たにお薬スライムが装備に加わった。
……『Self-Propelled-Restore-Intellifence-Nurse-Gel』。
自走式回復スライム。
……略して、『SPRING』。
ということで、このスライムの名前は『春子さん』に決定した。
文句は出なかったのでこれで良し。
早速、春子さんが左太もも、クロウが右太もも、仲良く太もも装備同士がカタカタぷよぷよし始めたところで、『王の迷宮』へ向かう。
クロノスさんに預けっぱなしの『静かなる塔』さんをどうにかする為。
『静かなる塔』さんは、実はもう目覚めている。
……ただ、目覚めてすぐに魔法を撃とうとして、クロノスさんによって即制圧&再び気絶、のコンボを決められているけれど。
クロノスさんによって寝てしまっている『静かなる塔』さんを起こすべく、リリーに《スプラッシュ》を使ってもらった。
ほんわりと加減されて浮かんだ水玉が、『静かなる塔』さんの顔面にぶつかってパシャリと弾けた。
「っわ」
顔面に水を浴びせかけられれば、流石に起きたらしい。
『静かなる塔』さんと、しっかり目が合った。
「……おはよう?」
「あ、あなた、は……さっきの」
なんとなく状況を察したらしい『静かなる塔』さんの表情が、一気に硬くなった。
「別に、いじめようって訳じゃありません。ただ、いくつか確認しておきたいことがあって」
「なら、丁度いい。こちらも聞きたいことがあります」
それは奇遇だね。
「じゃあ、そちらからお先にどうぞ」
相手の意図を喋らせた方が、相手の意図を読みやすい。
意図が読み取れれば、相手に情報を出してもらうための方法を選びやすい。
「では。……あなたは何者ですか?何故、魔封じが効かなかったのですか?」
ふむ。とても単純に、戦闘能力について、かな。
いや、それ以上に、『私について』か。
……ということは、相手もこちらを探っている、と。
「まず、私はワルキューレ。あるダンジョンで生み出されたモンスター」
「えっ」
驚くよね。私も驚くと思うよ。嘘なんだけれどね。
「魔封じが効かなかったのは、単純に『魔封じ封じ』をしていたからです」
「な……『魔封じ封じ』!?」
驚くよね。そんなものあったら私も驚くよ。だって嘘だからね。
「それは一体」
「詳しいことは私も知りません。あくまで、ご主人様が生み出したマジック・アイテムによるものなので」
そして理論は全て闇の彼方へ丸投げしてしまう事で回避。
知らないものは話せません。
「……なら、あなたの目的は何ですか。何故、わざわざあんなにダンジョン内を探してまで……」
「人間の気配がしたので、救出しなくてはと思ったのです」
もう、私が話す情報は全て『メディカ』としてのものにした。
動機の説明が簡単で助かる。
「ダンジョンで生まれたんですよね?なのにどうして人間の味方なんか」
「それをお話する必要はありません。……質問は以上ですか?」
「……とりあえずは」
『静かなる塔』さんは、何か考えている様子だ。
長くなりそうな所は黙秘して、こうやって相手に勝手に深読みさせておくと楽でいいよね。
「では、私からの質問です。……あなたは、他にダンジョンを持っていましたか?『静かなる塔』以外のダンジョンはありませんでしたか?」
「は?……いや、それは無い、ですが……そもそも、そんなこと、できるんですか?」
「私も詳しくは知りません。ダンジョンを奪うダンジョンがある、と聞いたことがあるだけです」
……たまたま、の可能性がまだ十分大きすぎるけれど、もしかしたら……ダンジョン、って、複数は所有できないのかもしれない。
これからはこの手の質問はもう少し回りくどく、分かりづらくやった方がいいかもしれない。
「では、次の質問です。あなたの目的は何でしたか?ただ生きること?」
「……人を殺さずに、安全に生きること、でした」
「成程。それで人間を飼っていたんですね」
まあ、多分ここはそんなに重要じゃないから嘘を吐かれていたとしてもいいや。
「では、あなたはどうやって『静かなる塔』に成ったのですか?いきさつを教えてください」
「え、ええ、と……」
……答えてくれそうにないなあ。
最悪、あぶないお薬を投与して、禁断症状が出ている所であぶないお薬をちらつかせながら聞く、という事もできるけれど、あぶないお薬を使った時点で、回答の信憑性がそれはそれで下がるから……諸刃の剣だ。
「では、質問を変えましょう。……あなたは、邪神、を、しっていますか」
しかし、質問を変えた、その時。
「……え、あ、なんだ、もしかして、あなたもそういう目的で?」
なんだか、空気が変わった。
「質問に答えなさい」
『静かなる塔』さんは、柔らかな親近感溢れる空気を醸し出しているけれど、私は厳しい態度を変えずに回答を促す。
「質問……ああ、そうでしたね。はい。知っています。知っていますとも。私は邪神様の敬虔なるしもべなのですから!ダンジョンに成ったのも、邪神様へのご奉仕のためです。ダンジョンと成って、人間を集め、邪神様へ捧げる生贄にする。そしていつかは、邪神様を復活させる方法を見つけて、邪神様を復活させる!それが私の目的でした!」
……目の前で、嬉しそうに『静かなる塔』さんが語り始めたけれど、うん。
狂信者、って、こんなかんじ、なんだろうなあ……。
それから、『静かなる塔』さんは、人間を飼う事で魔力を得て、『魔の本棚』を成長させては魔導書を収穫し、そこから邪神復活の魔法の研究を進めていた、という事を話してくれた。
『魔の本棚』は、『金鋼窟』とか『岩塩抗窟』の魔導書バージョン。
つまり、魔導書が生えてくる本棚。お宝自動生成設備の1つだけれど、本が生えてくるって、なんか、こわい。
「それで、邪神様復活のための魔法は見つかったのですか?」
「ええ!邪神様が残していった『ダンジョン』を用いれば、邪神様のお力の一端を行使することができるのはご存知ですよね?恐らくあなたの主もそうやってあなたを生み出したはずですが。……そうです。邪神様復活の答えは、ダンジョンにあったんですよ!」
……あれ、なんだか、記憶の片隅に、何かが……何かが、引っかかる。
「私達の使命は、邪神様を復活させること!そのために人間の魂や素材を集め、邪神様……いいえ、私達の『神』を再び生み出す!それこそが、私達の『神』復活のための唯一の手段なのです!」
……うん。
そういえば、『世界のコア』から作れるものの中に、『神』って、あった気がする。




