75話
とりあえず、ファントムペスト医部隊には『人間らしい仕草』を学習してもらった。
先生になるのは、ウェイトレスリビングドール達と、ガイ君。
ウェイトレスリビングドール達には私が仕草を教えはしたのだけれど、つまりそれって、『より女性らしい、か弱く見える』仕草、みたいなかんじだから……ペスト医がかわいかったらなんか、こう、違うから。うん。
だから、ファントムペスト医部隊は、人間の基本的な動作をリビングドール達から教わって、男性的な、というか、強そうに見える、とか、威圧のしかた、とか、隙がなさそうに見える立ち居振る舞い、とか……そういう仕草はガイ君から教わっている(というか見て学んでいる)みたいである。
ガイ君は元々、割と人間っぽいからね。参考にするといいと思う。
アセンスの町までは馬車で半日、アセンスの町から近場のダンジョンまではさらに馬車で半日、という話だったから、多分、いつもの如く馬で飛ばして、アセンスを経由せずに真っ直ぐダンジョンに向かえば……もしかしたら、強行軍で日帰りもできるかもしれない。まあ、あんまりやりたくないけれど、最悪の場合はそんなかんじでいこう。
ということで、アセンス近くのダンジョン攻略に向けて、多少の準備を整えた。
ダンジョンは殺すと中々いいお小遣いになるという事が分かっているから、遠足前の小学生みたいにとてもわくわくしている。
どうせセイクリアナの方はじっくりやらなきゃいけないんだから、その間、少し副業で稼ぐ気分であちこちのダンジョンを落としてくるのもいいかもしれない。
私のダンジョンが増えれば、私の移動範囲が広がる、という事だから、とっても便利。
そして、ダンジョンへの出発は、フェルシーナさん達の動きを待ってから、という事にした。
セイクリアナ中央にこの『幸福の庭』がどう受け止められるのかは気になるし、場合によっては即戦争だから、警戒は怠らない方が良いし。
それに、万一……私が居ない間にフェルシーナさん達が来て、最奥まで入ってしまったりしたら、もう目も当てられないから。
ということで、のんびり畑の葉っぱを育てながら待機しつつ、ガイ君と手合わせしてもらったり(ホークとピジョン抜きの剣技オンリーだと私はガイ君に未だ勝てない)、ファントムペスト医部隊の演技指導も行ったり、ウェイトレスリビングドール達と一緒に、『幸福の庭』で提供する食事やお菓子の新メニューを考えたり。
……その結果、まず、私は多少、強くなった。
ガイ君はやっぱり強い。不意打ち無しの真っ向勝負、木刀だけで他の装備無し、という状態だと、本当に勝てない。真っ向から打ち合うと絶対に力負けするから、私のスピードを生かして如何に相手の懐に潜りこむか、という戦略になってくる。つまり、隙のつき合い、みたいな。
そういう訓練ばかりしていると、案外、不意打ち無しの戦いにも慣れてくるものである。実際、慣れた。
ということで、多少、私は戦闘技術が磨けたかな、と思う。
……それから、今までもちょっと思っていたのだけれど……私、モンスターを装備すると、『それによって私自身が強くなる』らしいことが分かった。
どういうことかというと、例えば、私がガイ君と腕相撲するとする。
当然負ける。
……しかし、影にムツキ君が潜り込み、首にリリーが巻き付き、ボレアスが肩にかかると、ガイ君にある程度抵抗できるようになる。
更に、ホークとピジョンを剣帯に佩いて、クロウをいつもの如く太腿に括り着ければ、ガイ君に勝てるのだ。
当然だけれど、私の腕にはどのモンスターも触れていない。腕相撲をしているのは、完全に私とガイ君の腕だけだ。
よって、これは……装備モンスターを装備した分だけ、モンスター自身の分を別として、私自身の能力が上がっている、と、考えられる。
……もっと早く、分かっているべきだった気も、しないでもない。
それから、ファントムペスト医部隊は、『消える』ことができるようになった。
……実際には消えないのだけれど、『消えたふり』というか。
つまり、簡単に言ってしまえば、『ペスト医がくるっと回ったかと思ったら、後にはペストマスクやマントだけが地に残されていた』みたいな演技。
ファントムペスト医は当然ながら、マントが本体。中身は空洞。
しかし、その空洞を人間らしく見せかけて行動する訳だ。
……だから、いきなり、その空洞を消して、ファントムマント自身がぺしゃり、と地面に張り付けば……『中身が消えた』ように見える、と。
これを使えば、まあ、人目を誤魔化す役には立つよね。きっと。
ウェイトレスリビングドール達とレシピ開発を行って、とりあえず『あぶないお薬キャンディー』と『あぶないお薬パン』を開発。
これと、普通に瓶詰の薬状態のあぶないお薬、合わせて3種類をファントムペスト医は持って歩く。
女子供にはあぶないお薬キャンディー。飢えている人にはあぶないお薬パン。病人にはあぶないお薬。
万能である。
……普通のレシピも開発した。
そうして待機して、『幸福の庭』オープンから3日が過ぎ……やっと、フェルシーナさん達が、またやってきた。
「再訪が遅れてすまなかった。上で揉めてな」
やってきたフェルシーナさんとマリポーサさん、そしてプレディさん、コクシネルさん、グリージョさん、という5人の兵士達は、皆それぞれ、疲れた様子だったけれど、それと同時に晴れやかな顔でもあった。
お茶とお菓子のテーブルを囲み、まずはお茶を飲んで一息ついて……それから、フェルシーナさん達は話し始めた。
「やはり、ダンジョンと交流するのは危険だ、という意見があったのは確かだ。だが……メディカが言っていた、『王の迷宮』とテオスアーレでの出来事や、メディカの主張について、説明した」
「きっとそれが決め手になったのね。セイクリアナの騎士団長様が、『幸福の庭』の排除・制圧は様子を見てから、という結論をお出しになったわ。……実質、メディカとセイクリアナ市民の交流に許可が出たようなものかしら」
……多分、まあ……『様子見』の中には、『いつでも相手を殺せるように、相手の手の内を探っておこう』みたいな意味も含まれているのだろう。
少なくとも、まだ、セイクリアナの人達は私を信用していない。中央の人達の中には、『利益よりも危険の排除を!』と唱える人達が居ることも確かだろう。
……けれど、それでいい。
これで私が、本当に何も危害を加えなかったら……『幸福の庭』の安全が、心配性な人達にもアピールされる。
心配性な人が居れば居る程、こちらの安全が強調されると思う。
だって、本当に『幸福の庭』は何もしない、人畜無害なダンジョンになるのだから。
「ああ、ありがとうございます!フェルシーナさん達にはなんてお礼を言っていいか!」
けれど、そんな考えはおくびにも出さず、私はフェルシーナさん達にお礼を言う。
握手もしちゃう。
……少し複雑そうだけれど、それでも表面上はしっかり笑顔を浮かべているフェルシーナさんや、中身までニコニコしているように見える笑みを浮かべるマリポーサさん。柔和な笑みを浮かべているプレディさん、少し笑みが固いコクシネルさん、飄々といかにも軽い笑顔を浮かべているグリージョさん。
全員、腹の中ではどうせ私を警戒している。私に隠している情報が山のようにあるのだろう。
……まあ、それは私も同じことか。
「では、早速明日からでも、『幸福の庭』の開放を行える、ということですか?」
「いや、市民たちへの通達がまだ行きわたっていないんだ。だから、もう2、3日待ってほしい」
多分、この『2、3日』は、私との会話から得られた情報をまた中央に持ち帰った上での私対策のためなんだろうけれど、それは置いておいて。
「ああ、なら丁度良かった。薬の材料になる薬草が少なくなってきたので、採りに行こうと思っていたんです。少し時間がかかる、という事でしたら、先に行ってこようかと」
ダンジョンを落としてくるための時間は先に貰っておこう。
このタイミングを逃したら、しばらく『幸福の庭』から出られなくなりそうだし。
「それなら丁度いいんじゃないかしら?分かったわ。けど、一応お留守番は置いていくのでしょう?」
「はい。リビングドール達を置いていくので、何かありましたら彼女達にお願いします」
……そして多分、『警備が甘くなるならダンジョン家探しするぞ』みたいなかんじのマリポーサさんには、『警備員は置いていくから駄目です』と知らせておいた。
まあ、対策はしてから外に出るから、何かあっても大丈夫だとは思うけれど。
「それから、ここを私達と西駐屯部隊とで交代して警邏しようと思っているのだが、大丈夫だろうか」
それから、フェルシーナさん達と、西駐屯部隊(このダンジョンに近い貧民街に駐屯している兵士達)が、時々代わりばんこに『幸福の庭』の『警邏』を行いたい、という要望を聞いた。
向こうは少しでも見回りすることでダンジョンの情報を得たり、ダンジョン由来の危険を回避したりしたいのだろう。
「はい。問題ありません。いつでもきて下さって構いません」
しかしこちらは、ここで要望を突っぱねる程馬鹿じゃない。どうぞ、たくさん『幸福の庭』に来てね、どうぞご自由に警邏してね、というスタンス。
警邏の兵が居れば、周りに居る人達はよりこの『幸福の庭』の安全性を感じてくれるに違いないから、むしろ願ったり叶ったり。
「あ、でも……ご主人様がお休みになっていらっしゃる部屋には、どうぞ近づかないでください」
しかし、あまりにもオープンなのは却って怪しい。
なので、私はこういう要望を出させてもらった。
「ご主人様のお部屋は、この奥です。なので、警邏は基本的に、地下3階のこの部屋まで、ということでお願いします」
……隠したいものがあるなら、それとは別に、割とどうでもいいものを隠す。
そうすることで本当に隠したいものを隠す。
基本テクニックである。
それからなんとなくさりげなく、『ご主人様ってどんなの?』みたいな探りが入ったけれど、曖昧にぼかして逸らして、答えなかった。
謎は謎のままにしておいた方が、解き明かす手間を掛けてくれるからね。
そうして、またフェルシーナさん達は帰っていった。
……なので、私もダンジョン攻略へ向けて旅立つ準備をしよう。
一応、ダンジョンの強化はもうしてある。
トラップを増やしたし、ガラス迷路に油と油スライムとガラスのトラップを設置した例のステルス迷路も造った。
そして何より、『とても怪しげな部屋』を作った。
……重厚な扉には鍵がかかっていて、頑張ればピッキングできるかもしれない。
扉の脇は、武装したリビングドールが守っている。あんまり戦力としては期待していないけれど、まあ、形だけでも。
そして、中は豪奢な部屋。
グランデムのお城から取ってきた絨毯やシャンデリア、その他調度品を品よく並べたお部屋は、まさに、王族の居室、といった風情。
そして、部屋の中、繊細な木彫りの洋風屏風みたいな奴の向こうにはふかふかの天蓋付きベッドがあって……そして、そこには、『ご主人様』が寝ている。
……スライムか何かを『ご主人様』という事にしてもいいかな、と思ったけれど、それも面倒そうなので、とりあえずベッドに人骨入れておいた。
さて、準備も終わったので、少し休んでから早速アセンスの町近くのダンジョンへ向かう。
モンスターフル装備の上で馬を飛ばして、早朝から昼過ぎまで。
……見えてきたダンジョンは、今までに見た事の無い形をしていた。
『塔』。
そう。このダンジョンは、上に伸びる系ダンジョンらしい。




