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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
幸福の庭と静かなる塔
73/135

73話

 ……一応、慌てた頭で考えて、「もしかして着替え中だったらとりあえず時間は稼げるのではないかな?」とか思いついたから実践しただけだ。

 別に、リビングドール用に作ったウェイトレス服を着たら色々ぶかぶかで着替えざるをえなくて着替えの時間が間に合わなかったとかそういう訳じゃない。作戦だった。一応、作戦だった。ちゃんと考えた。一応は考えたんだから作戦だった。うん。

 ……ただ、あんまりにもあんまりな作戦だったし、これで相手が問答無用で人間(に見える相手)も躊躇なく殺しに来る人達だったら非常に危なかったわけだから、まあ、上手くいって良かった、というところなのだけれど。

 案外、侵入者達は紳士的……というか、淑女的、というか、そういう人達だったので良かった。

「ああ……すまない、その……そちらに聞きたいことは山ほどあるのだが、その前に、その、着替え中とは知らなかったとはいえ、突入してきてしまって、申し訳なかった」

 綺麗な女の人がしどろもどろ、そんなことを言った。

「ごめんなさいね。でも、こっちにも事情があったの。許してね」

 そして、しどろもどろの女の人とそっくりの顔立ちをした女の人が出てきて、そう言って微笑む。

 ……しどろもどろの方が隊長さん、微笑む方が副隊長さん、なんだろうな、という事はここまででもう分かってる。

 そして、隊長さんが双子の姉で、副隊長さんが双子の妹なんだな、という事も分かってる。

 けれど、私はまだ、知らないふりでいこう。


 とりあえず、なんとなく気まずげな女性隊員たちにそれとなく見守られつつ(向こうは私を監視していないと安心できないだろうから、文句は言わない)、私はなんとか着替えることに成功した。

 着替えたのは、『王の迷宮』さんがご存命だった時の『王の迷宮』で手に入れたドレスだ。

 星空のような濃紺にぼんやりと小さく光る星をぶちまけたような、そんな不思議な布でできている。手触りは軽くて柔らかくてしっとりしていて、ほんのり冷たいかんじ。夜空に触れたらこんな感触なのかもしれない。

 デザイン自体は至ってシンプルなものなのだけれど、不思議な布地のせいで却ってそのシンプルさが神秘的に見える。

 ドレスを着て、リリーを装備して、ボレアスを上から羽織る。ボレアスのマントを新調しておいてよかった。この上等なマントなら、ドレスの上に羽織っててもおかしくないと思う。多分。

 ……ちなみに、クロウは相変わらず、私の太腿に括りつけてあるし、ムツキ君は私の影の中に居る。

 しかし、ホークとピジョンとガイ君は装備していない。彼らはB4Fで待機中。

 侵入者達を生かして帰すため、彼らにもまた、私を無害だと思ってもらう必要がある。

 だから、武装に見えるものは全て外した、というわけだ。(クロウ1本だけなら、護身用、ということで通ると思う。)


 私が武装を外したのと同じように、このダンジョンも『武装』を外している。

 店先に並べたお菓子や飲み物は、全てあぶないお薬抜きのものに急いですり替えたし、噴水にもあぶないお薬を混ぜずに、少し香油を混ぜるにとどめた。

 B2Fの『ボタンを押すと危ないお薬が出てくるかもしれない機械』は全て、『ボタンを押しても何も出てこない機械』になるようにスライム達には撤退を命じたし、迷路も単純明快な一本道に変えた。宝箱も、宝箱の中のあぶないお薬も全て隠した。

 だから、侵入者達は、このダンジョンについて……『安全なダンジョンではないか』と、疑い始めていると思う。思いたい。

 いくら侵入者達が慎重な人達だからといっても、今までに得られた情報を統合すれば、『至って人畜無害なダンジョン』であると結論付けざるを得ないのだから。




「ええと、お待たせしました。部屋の外でお待ちの皆さんも、どうぞ入ってください」

 ということで、着替え終わったところで、もう一度改めて侵入者達を向かい合う。

 侵入者達はそれぞれ、にやにやしていたり、気まずげだったり、と色々だったけれど、とりあえず、総じて『警戒』はあっても『敵意』は無い。

 これなら、なんとかなるかな。

 いや、なんとかなるかな、じゃない。なんとかするのだ。

「改めまして、皆さん。ようこそ、『幸福の庭』へ!」




 +++++++++


 改めてちゃんとドレスを身に着けた女の子は、さっきよりずっと大人びて見える。

 さっきまでの頼りなげな表情もそれはそれで可愛らしかったのだけれど、堂々と晴れやかな笑顔を浮かべている今も、中々に魅力的な子だった。

「改めまして、皆さん。ようこそ、『幸福の庭』へ!」

 そして、その女の子は、そんなことを言って、ますます嬉しそうな笑顔を浮かべた。




「……『幸福の庭』?」

「はい。このダンジョンの名前です。私が考えました」

 フェルシーナが怪訝そうに問えば、女の子からはそんな答えが返ってくる。

 ダンジョン。

 その言葉を聞いて、改めて、ここがダンジョンなのだ、と認識する。

 私はフェルシーナ程神経質になるつもりはないけれど、それでも、警戒しない訳でもない。

 ここがダンジョンだって、忘れちゃ駄目。それくらいは分かってるけれど……それにしたって、ここはとても、不思議な場所よね。まるでダンジョンじゃないみたい。

「申し遅れました。私、このダンジョンの管理を任されています。メディカと申します」

 ……思わず、フェルシーナと顔を見合わせる。

 わざわざ自分から名乗り出るダンジョンの主なんて、聞いたこともないもの。


「ええ、と……ああ、こちらも名乗らなくては。私はフェルシーナ・バイラ。セイクリアナ中央に所属する部隊の部隊長を務めている。こちらは、マリポーサ・バイラ。私の双子の妹で、副隊長だ」

 フェルシーナから紹介されて、マリポーサよ、と改めて名乗れば、目の前の女の子……メディカ、と名乗る、このダンジョンの管理者は、「フェルシーナさん、マリポーサさん……」と名前を確かめるように呟いて、ふんふん頷く。

「……して、メディカ殿」

「あ、メディカ、とお呼び下さい。殿、なんて大層な者じゃありませんから」

「ならば、私のこともフェルシーナ、と。……では、メディカ。こちらも、あなたに聞きたいことがたくさんあるのだ」

「はい。私もたくさんお話したいことがあります。……ですので、その、もしよろしければ、場所を変えませんか?ここはまだ、改装が終わっていなくて……上の階なら、椅子や机があります。お茶やお菓子もご用意しますよ」

 にこにこ、と、悪意の無さそうな顔で言うメディカに、フェルシーナが困ったような表情を浮かべて、こっそり私に耳打ちしてきた。

「……どうする、マリポーサ。場所を変えるか?」

 フェルシーナの困惑は分かる。

 もしかしたら、このメディカという女の子すら、罠かもしれない。メディカ自身にそのつもりがなかったとしても、裏でメディカを操る誰かがメディカを利用して、私達を陥れようとしているかもしれない。

 考えられる可能性はいくらでもある。

 そして、私達は……できれば、この奥にまで、探索の手を伸ばしたかった。

 このダンジョンの全てをつまびらかにして、安全性を確認する。

 それが私達のお仕事だものね。

 ……でも、まあ、いいんじゃないかしら。

「いいんじゃないかしら?メディカちゃんとお話しできるなら悪くないと思うけれど」

 言外に、『ダンジョンの管理者』を名乗る人物から情報を得ることの重大性について言えば、フェルシーナは1つ頷いた。

「分かった。まずは場所を変えよう」

 フェルシーナはそう言ってメディカに笑いかける。

 メディカも嬉しそうに、にこにこと笑いながら、「こちらです」と、先立って、私達が来た道を戻っていく。

 ……その間、私もフェルシーナも、すぐに武器を抜けるようにしていたし、他の隊員たちも同様に、武器や魔法の準備をしていた。

 警戒は別に必要なかったわけだけれど。




「どうぞ。よろしかったらお召し上がりください。……お口に合えばいいんですが」

 そして早速、私達は条件を呑んだことをちょっぴり後悔していた。

 綺麗なテーブルクロスが掛けられたテーブルの上に、私達がさっき見たものと同じお菓子とお茶。

 ……毒があるかもしれないから、と、食べることを禁じていた、『ダンジョンの食べ物』。

 それが今、目の前に並べられている。

 それも……にこにこと嬉しそうな、小柄な女の子の手によって!

 こういう時……こういう時、むしろ真っ向から敵対された方がよっぽど楽だわ、なんて思っちゃう。

 ああ、相手が本当に無害に見えるから、余計にやりづらいわねぇ。

「た、隊長。……食べますか?」

「毒は無さそうですが……」

 コクシネルとプレディがそれぞれ、目の前の籠に盛られたお菓子とフェルシーナを見比べて、おろおろ。

 フェルシーナも、部下とお菓子と、そして、少し心配そうなメディカとを見比べて、おろおろ。

 ……こういう時、皆、頼りにならないんだから。まったくもう。

「ねえ、メディカちゃん」

「はい、なんでしょう、マリポーサさん」

 仕方ないから、私が先陣を切ることにした。

 こういうのは、フェルシーナはてんで駄目なのよねぇ。

「折角のお菓子とお茶だもの。頂く前に、つまらない話だけでもさっさと終わらせてしまいたいのだけれど、構わない?」

「あ、はい。それは構いません。皆さんのやりやすいようになさってください」

 とりあえず、これで『毒が入っているかもしれないダンジョンの食べ物』は一時的に回避できたかしら。

 フェルシーナにこっそりウィンクすると、フェルシーナは口の動きだけで「助かる」とお礼を言って、それから、メディカに向き直った。

「率直に聞こう。……メディカ。あなたは何者だ。いつ、このダンジョンはできた?……そして、このダンジョンを管理しているというなら、このダンジョンの目的は、なんだ」




 あまりにもストレートな聞き方だったけれど、メディカはこのくらいの質問は予想していたんでしょうね。

 特に動揺したり、困惑したりするでもなく、至って平常に答えてくれた。

「先に答えだけ言ってしまえば、私はワルキューレ、このダンジョンができたのは結構昔から……でも、この形になったのはつい10日程前から、という事になりますね。ええと、それから、このダンジョンの目的は、セイクリアナの皆さんと交流して、仲良くすることで……もう、テオスアーレの出来事を、繰り返さないこと、です」




「テオスアーレ、とは」

「私は、テオスアーレの『王の迷宮』で生まれたワルキューレです」

 私達の間に、緊張が走る。

 ……『王の迷宮』とは、テオスアーレの都の中にあったダンジョン。

 そして、テオスアーレは……突如豹変した『王の迷宮』によって、滅びた、と専らの噂。

 なら……その『王の迷宮』で生まれたという、この女の子は……。

「私は生み出されてしばらく、ご主人様と一緒に慎ましやかに、『王の迷宮』の奥底で暮らしていました。ダンジョンの中に畑を作って、家畜を育てて……それで足りないものは、ダンジョンで採れた魔石や砂金を持ってテオスアーレの町へこっそり行ってお金を作って、そのお金で買っていました。……でも、そんな生活が、終わってしまったんです」

 そこで初めて、メディカの表情が暗くなった。

 そして、メディカの唇から、寂しげに続きが紡がれる。

「『王の迷宮』は、『他人から物を奪う』能力を持った悪魔に、奪われてしまったんです」




 ……メディカの話が本当なら、テオスアーレで起きた事に説明がつくわね。

『王の迷宮』の豹変は、『王の迷宮』の主が代わった事によるものだったなら……十分に納得できる。

「私とご主人様はなんとか、乗っ取られた『王の迷宮』から逃げ出しました。そして、セイクリアナに辿り着いて、ここに空き家ダンジョンを見つけて……10日程前から、ここに住むことにしたんです」

「それは……大変だったな」

『空き家ダンジョン』って何かしら、とも思ったけれど、話の腰を折るのも悪いから、後でにしましょう。

「住んでいたダンジョンを失ってしまって、ご主人様はほとんど力を失われてしまったので……空き家ダンジョンをご主人様のダンジョンとして書き換えることで力を使い果たし、今はお休みになっています。私はその間、このダンジョンの管理を任されることになりました」

「ならば、こんな風に私達を招き入れてしまって良かったのか?」

「はい。……ご主人様は『王の迷宮』にいらっしゃった時、テオスアーレの方々と交流することをとても楽しみにしてらっしゃいましたから。……テオスアーレでは、ご主人様は、自らがダンジョンの主であるという事を伏せて、人々と交流してらっしゃいました。しかし、そのせいで、テオスアーレの人々は『王の迷宮』の主がすげ変わった事に気付かなかった」

 ……成程、話が見えてきたわね。

「私達が『王の迷宮』の管理者である、という事を開示していれば、テオスアーレの皆さんも、『王の迷宮』が奪われた時に気付いたかもしれません。気づいていれば……あんなことには、ならなかったの、かも……」

 フェルシーナも大体分かったのか、神妙な顔で頷きながらメディカの話を聞いている。

「……だから、今回は。今回は、もう、最初から全部、開くことにしたんです。ダンジョンを開放して、セイクリアナの町の人達と交流して……そうすれば、『幸福の庭』に異変があった時、皆、気づいてくれると思うんです。そうすれば、異変があったダンジョンから、皆、逃げてくれると、思うんです。……だから、私はこの『幸福の庭』で、セイクリアナの皆さんに憩いの場の提供を行って、美味しいお菓子を食べてもらって、いっぱいお話ししたいんです。……それが、このダンジョンの目的です」




 メディカの表情は、悲しみと希望がないまぜになって歪んでいた。

 メディカ自身もそれに気づいたのか、誤魔化す様に笑って、手元のカップからお茶を飲んだ。

「なんだか、変な話になってしまいましたが……なので、このダンジョンはセイクリアナの人達を攻撃するつもりはありません。すぐには信じてもらえないかもしれませんが……少なくとも、こちらに敵対の意志は無い、という事を多くの人に知って頂きたいんです」

 カップを机に戻したメディカは、そう言うと籠から焼き菓子を1つとって、齧り始めた。

 ……なんだか、ワルキューレ、というモンスターは……もう少し、大人びたものだと思っていたのだけれど……実際、さっきの話をしているメディカはとても大人びた、静かで優しい印象だったのだけれど……お菓子を食べ始めると、途端に、小動物のように見えちゃうのね……。




「成程。そちらの言い分は分かった。城に戻り次第、上へ報告しておこう」

 たっぷり、二呼吸以上置いてから、フェルシーナはそう切り出した。

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「ただ……申し訳ないが、こちらとしても、その、ダンジョンのモンスターが、このように接触を図ろうとして来る例など、今まで聞いたことも無いものだから……どう対応していいか、分かりかねる部分がある。すぐに市民との交流を許可する訳にはいかないかもしれない。すぐに信用することもできない。だが……私個人は、是非、積極的な交流を図りたいと思っている」

 フェルシーナは、無難に防衛線を張りながら、そう言ってしめくくった。

 まあ、上と相談、よねぇ、普通に考えて……。

 相手はあの『王の迷宮』の『元々の主』のモンスター。持っている情報は1つ1つが私達にとって重大な価値になるかもしれない。

 そういう意味では、『交流』はすべきよね。積極的に。

 ……まあ、私も、『個人的には積極的な交流を図りたい』っていう意見に賛成なのだけれど、ね。

 どうにも、私、こういう子には弱いのよねぇ……。


 +++++++++




 このダンジョンについて、そして私について、色々とでっちあげてお話したところ、割と好感を得られた印象。

 最終的には、「毒の検査などができるならして下さってもかまいません」とまで言う事で、焼き菓子(あぶないお薬抜きの普通の奴)を侵入者の人達に食べさせることにも成功したし。


 ……そして、これからのダンジョン経営にあたってのお話を少ししてから、侵入者の皆さんはお帰りになった。

 これで……とりあえず、最悪の事態は免れた、よね。

 問題があるとすれば……最初に思い描いていたのとは大分違うダンジョン経営になりそう、というくらいで……。


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