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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
幸福の庭と静かなる塔
72/135

72話

 ダンジョン地上部分は散々考えた末、温室風の公園にした。

 繊細な鉄フレームに透明なガラスが数多嵌めこまれて作られたドームの中に花畑。

 そしてついでに、『楽園』への下り螺旋階段。

 下り階段回りはガラス床にすることで、より明るくクリーンな印象になったはず。

 さあ、これで歓迎準備は整った。いつでもお客さんいらっしゃい、である。


 が。

 事態は……少々、予期せぬ方向へ、動いた。




 華々しくオープンしたダンジョン。

 しかし、セイクリアナの貧民達は……とても、慎重な人達だったらしく。

 つまり。

 誰よりも先に、『急に現れたダンジョンと思しき建物を調査する為に派遣された兵団』が来た。

 さらに。

 ……彼らもまた、慎重な人達だったらしく。

「気を付けろ。そこらにあるものを飲み食いするな。毒かもしれん」

「うかつに踏んだら罠かもしれないからな。一歩一歩確かめながら進むぞ!」

「親し気に見えても罠かもしれない!モンスターは見かけ次第排除せよ!」

 ……駄目だこれは。

 なんでこの人達、こんなに真面目で慎重で神経質なの?




 とにもかくにも、私はすぐにリビングドール達を撤退させた。

 余裕がある子には、『哀れにも逃げまどうか弱いモンスター』を演じてもらいながら、とにかく逃げさせた。

 だって、今回の侵入者達、相手がかわいいリビングドールであることなんてお構いなしに、どんどん攻撃しようとしてくるのだもの。

 その攻撃に遭って、1体のリビングドールは片腕を壊され、現在修復中。彼女は体を張って『哀れにも逃げまどうか弱いモンスター』を演じてくれた。主演女優賞をあげよう。


 ……さて。ここで私は2つの選択肢を得た。

 1つは、予定通り、兵士達にあぶないお薬を与えて、このダンジョンのファンになってもらう、ということ。

 そしてもう1つは……兵士を殺すことだ。


 前者のメリットは、とりあえず計画がそのまま進む、ということ。しかし、『相手が誘惑されず、途中であきらめて帰ってもくれなかった場合』。この時は……このダンジョンを踏破される、という事になる。とってもリスキー。

 逆に、後者のメリットは、そのリスクが無いこと。この兵士達を適当にB3Fあたりで殺して、全滅させる。ダンジョンの情報は漏れないし、当然ながら、私に危害が及ぶことも無い。

 ……けれど。

 けれど、私は、限られた時間の中で、迷って……前者を、選択した。


 何故なら、兵士達を生かして帰すことが、『安全の保障』となるから。

 逆に言えば、ここで兵士達を殺したら、間違いなく、次から誰も来なくなるから。

 或いは、来たとしても精鋭部隊が来るだけだろうから。

 私の目的はこの国の精霊の魂を回収する事であり、そのために、『都』の位置、人が集まる位置をダンジョン近くまでずらす事である。

 ……なら、ここは耐えるしかあるまい。

 しかし、そうなると、このダンジョンは今、『とっても有害』なわけで……監査が入る、となったら、とにもかくにも、あちこちの隠蔽がとても大変だ。

 ああ、侵入者を殺すなら、とっても簡単なんだけれどな。

 ……どうしよう。まさか、初っ端からこういう悩み方をすることになるとは思わなかった。

 とにかく、大変だ。急いで、『人畜無害なダンジョン』を装った『本当に無害なダンジョン』のふりをしなくては!




 +++++++++


 報告が西駐屯部隊から上がったのは、昨日の朝の事だった。

『貧民街西に、謎の建造物が一夜にして現れた』。

 報告はそれだけだった。つまり、そこから被害が出たわけでもない。

 ……だが、一夜にして建造物が現れた、となれば、恐らくそれは『ダンジョン』の類だろうと予想がつく。

 となれば、早々に私達が対処し、市民の安全を守らねばならない。

 勿論、中には、無害なダンジョンも多い。制圧できればダンジョンは利を生むものでもある。

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 無害なダンジョンもあれば、有害なダンジョンもある。

 隣国テオスアーレはダンジョンが元になって滅びたと聞く。

 我らがセイクリアナがそうならない保証は無く、よって、私達に課せられた使命は即ち、ダンジョンの偵察……そして、必要に応じては、ダンジョンの制圧、破壊……そういうことになる。




 ごく短い会議の後、私達はすぐに現場へ向かった。

 現場には、報告通り……陽光に煌めく、ガラスの建物が建っていた。

「珍しい外観じゃない?……フェルシーナ、どう思う?」

 私の相棒であり、双子の妹であり、副隊長であるマリポーサが私に問うてきた。

「どう、とは」

「害があるように見える?」

 マリポーサはどこか悪戯めいた、飄々とした表情でそんなことを言う。

「害があるかどうかはこれから決める。先入観にとらわれるな。美しい花に毒があることだって珍しくない。むしろ、毒花はその毒を隠すため、より美しくなるのだ」

 そう答えれば、マリポーサはくすくす笑いながら、「フェルシーナらしいわね、そうでなくっちゃ」などと言う。

「ふざけている場合ではないぞ、マリポーサ。私達はこのダンジョンにこれから踏み入るのだ」

「ええ。ええ。分かってるわ。フェルシーナ。大丈夫よ、私だって油断なんてしないわ?」

 ……全く、マリポーサはこれだから。

「全く。……頼むぞ、相棒」

「ええ、分かってるわ、お姉様」

 くすくす笑うばかりのマリポーサの肩を強めに叩いて、私は部隊の者達へ声を掛ける。

「これより、我々はダンジョンへ突入する!……くれぐれも、油断するな!敵は我らの油断を突きに来る。相手は我々を殺しにかかっているのだと思え!」

 部隊から、応、と声が返ってきたのを確認して、私達はダンジョン……とはにわかに信じがたいほど美しいダンジョンの中へ、足を踏み入れた。




「庭園、なのかしらねぇ」

 ダンジョンの奥、地下へと続く螺旋階段を下りた先は、美しい庭園だった。

 柔らかな下草が生茂り、薄紙を重ねたような儚げな花が咲き乱れる。

 噴水は柔らかく水を噴き上げ、微かに甘い香りすら漂わせた。

「……妙な場所だな。プレディ。そっちはどうだ」

「隊長、モンスターは全部逃げたようです」

 私達が剣を抜いた途端に逃げ出した、美しい娘の姿をしたゴーレムのような、奇妙なモンスターの事を思い出す。

 最初は、私達に無防備に近づいてきた。

 だが、相手はモンスターだ。信用するに値しない。

 当然、私が剣を抜き、モンスターに斬りつけると……途端、モンスター達は這う這うの体で逃げ出してしまったのだった。

 ……モンスター相手に何を、とも思うが、少々、悪いことをしたような気持ちにさせられる。

 それも、モンスター達が妙に人間らしいというか、血の通ったような仕草をしていたからなのだろうが……。

 やはり、そういった意味でも、このダンジョンは異質なものに思える。

「モンスター達は出店のような場所で食べ物や飲み物を用意していたようでしたが」

「食べていないだろうな」

「当然です」

 念のため確認すると、プレディは苦笑しながら答える。彼は人一倍慎重な、優秀な兵士だ。心配するまでも無かったか。

「……妙だな」

「ええ。まるで、モンスター達が商売をしようとしていたようにも見えます」

 美しい娘の姿をした、白磁と金銀宝石のゴーレム達。

 彼女達(モンスターに性別など無いかもしれないが)が残していった店先に並ぶ食べ物を見る。

 それは、素朴な焼き菓子だったり、瓶に詰められた飲み物らしいものだったり。

 手に取った焼き菓子を二つに割ってみれば、焼き立てらしいそれは、ふわり、と甘い香りを漂わせた。

 ありきたりな、なんてことはない、無害な食べ物のようにも見える。

 ……だが、油断はしない。

「ここまでが全て罠だとしたら、相手は恐ろしい奴だな」

 呟くと、隣でプレディが表情を引き締めるのが見えた。

「進むぞ!罠の確認は怠るな。また、いつモンスターが襲い掛かってくるか分からない!油断するな!」

 自らの気を引き締める為、手にして二つに割った焼き菓子を地に落とし、軍靴の踵で踏みにじった。




 地下1階は、庭園だったが、地下2階は、建物の中のような、また不思議な空間だった。

「まるで、生活する場所みたいねえ」

 マリポーサが興味深げに覗き込むのは、小さく区切られた部屋の中だ。

 部屋の中にはベッドや机など、一通り生活に必要な物が揃えられている。

 扉には内側から鍵がかかるようだし、部屋の中に罠の類は無い。

 ……少々手狭だが、住むには悪くない場所だろう。

「なんですかね、これは」

 プレディが見ているのは、奇妙な箱のようなものだ。

 前に椅子が備え付けられているが、一体何をする道具なのか。

「分かっていると思うが、触るなよ。これらが全て罠だと思って行動しろ」

 勿論、私の部隊には、うかつにダンジョンの仕掛けに触れるような馬鹿者は居ない。

 全員、興味深げに奇妙な箱を覗きはするが、それ以上の事はしなかった。




 地下2階の奥へ進むと、迷路になっていた。

「やーっと、ダンジョンらしくなってきたわね、フェルシーナお姉様?でも、だからって浮足立っちゃ駄目よ?」

 やっとダンジョンらしくなった、と思ったところで、思った事ズバリを言い当てながらマリポーサがやってきた。

 これだから、双子というものは厄介だ。

 時に、私が考えていることがそのままマリポーサに筒抜けになっているような感覚を覚える。

「無駄口を叩くな、マリポーサ。お前は殿を頼む」

 命令が少々嘆息混じりになったのは仕方ないだろう。

 マリポーサは、私のため息すら面白い様子で、くすくす笑いながら、しかし、完璧な敬礼をして、部隊の最後尾についた。

「プレディ、お前は罠へ警戒を払え。コクシネル、お前はマッピングを。グリージョ。お前は私と共に最前へ出て、モンスターの警戒を行え」

「了解しました」

「了解!地図は任せてください!」

「麗しの隊長殿のご命令とあらば、喜んで、ってな」

 特に信頼を置いている部下3人がそれぞれの返事を返してきたのに頷き、他の部下達にも指示を出してそれぞれの配置につかせる。

「では、突入!」

 ……そして、私達は、迷路の攻略を始めた。




 のだが。

「あらぁ……?も、もう終わり?もう終わりなのかしらっ?」

 実にあっさりと……迷路は、終わってしまった。

 罠も無く、分かれ道も無く。実に、平坦に。平穏に。

「これは……予想外、です、ね」

「ち、地図どうしますか!?要りますか!?」

「おいおい、モンスターはどうしたんだよ……」

 ……手ごわい迷路を予想して挑んだだけに、拍子抜けの感は否めなかった。

「……休憩。5分後、出発する」

 つくづく、風変りすぎるダンジョンに、私達はすっかり翻弄されていた。




 きっちり5分後、私達は出発する。

 地下3階へ続く階段を下り、廊下を進み、そして……重厚な扉に行きあたった。

「……ここで真打登場、ってか?」

 グリージョが軽口を叩くが、その表情は戦闘の予感に引き締まっている。

「どうしますか、隊長」

「他に道はありませんでしたけれど……」

 プレディとコクシネルもそんなことを言いつつ、もう、武器に手を掛けている。

「あら、そんなの当然、と・つ・げ・き、よね、フェルシーナお姉様?」

 そして、マリポーサもまた、得物である2本のレイピアをすっかり抜き放っている始末だ。

 ……全く、これだから。

「……全員、武器を抜け。入ってすぐに魔法や罠が飛んでこないとも限らない。盾を持っている者は、前へ」

 諦めと緊張と、そして何より……久々の戦いの予感。

 それらが私の胸の内を叩く。

「合図とともに、突撃する。……いいか、忘れるな。私達の使命は、このダンジョンの偵察。だが、破壊や制圧の選択肢は常に視野に入れておけ。油断するな。相手はダンジョンだ。如何なる罠が襲い掛かってくるか分からない」

 だが、あくまで慎重に、だ。

 こんなところで死ぬようなことはしたくない。

 だが、必要とあらば戦う。……市民の、我らセイクリアナの平穏のために。

「無駄死には許さないぞ。……では、3、2、1……突撃!」

 私の合図とともに、扉が開かれ、私達は一気に室内に雪崩れ込んだ。




 室内に雪崩れ込んだ部下たちは、一気に守りを固めた。

 盾を構え、魔法の守りを展開し、いかなる攻撃にも対応できるように身構え……。

 ……た、のだが。

「あ、あの、ちょっと……」

 ……。

 ヒュウ、と、グリージョが口笛を吹いた。

「……あ、あと、あと5分!5分、待ってください!その後、お話します!しますから、あの、今はちょっと、ちょっと……で、出てって……もらえ、ますか?あの、男性、だけでも……」

 ……。

 これ、は。

 これは、これは……これは!

「て、撤退!男は全員部屋の外へ出ろーッ!」

「隊長、そりゃないで」

「口答えするな!命令に背く気か!貴様、貴様ら、5数える間に出ろ!部屋から出ろおおおおおおおおお!54321!」

「隊長カウント速い速い速い!」

 ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ男性兵士達を部屋の外へ蹴り出し、しかし、残る女性兵士達は油断なく構え……改めて、目の前の光景を見た。

 ……いっそ幼いとも言える程の少女が床に座り込んだまま、その小柄な体を、引き寄せた布地で隠している。

「……お着替え、手伝いましょうか?」

「あ、お気遣いなく……」

 ……恐らく、着替える途中だったのだろう。

 ドレスらしき服を不格好に半分程度身に着けた少女は、マリポーサの言葉に、気まずげに笑顔を浮かべた。


 +++++++++


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