71話
あぶないお薬。
それは人を虜にしてやまない魅惑のお薬。
一度その快楽を味わってしまえば、その魔の手から抜け出すことができなくなる悪魔の罠。
ちょっと配布してあげるなり、ダンジョン内で無理矢理使わせるなりすれば、次からはその人達、迷わずダンジョンに来てくれるだろうし、その人達を救助するために来た人たちがまた虜になってくれるだろうし、そんなときにダンジョン外にお薬を持ちだして売ればすごく高値で売れる訳だから、ダンジョン内にお薬を採りに来る人がやってくるだろうし……。
……つまり、たくさん人が来る。集まってくる。完璧だ。
いかにもダンジョンっぽくていいと思う。
ということで、あぶないお薬工場となり、あぶないお薬配布所となり、そしてあぶないお薬村の中心となるダンジョンを早速作ることにした。
場所はセイクリアナの都にできるだけ近い場所。
つまり、ダンジョンを作れるギリギリの位置。
それでいて、貧民街のそばであり、貧民街に駐屯しているセイクリアナの兵士達の詰め所の近くでもある。
中々の立地。
最高である。ダンジョンに人を呼び込む初動には困らなさそう。その後、貧民伝いでお薬が蔓延していくか、兵士伝いで蔓延していくかは分からないけれど、二重にルートが用意されている時点で大分有利。
さあ、これから楽しいダンジョンを作らねば。
『迷宮の欠片』を使うのは三度目になる。
そして、今までで二番目に、ダンジョンを作りやすかった。
つまり、グランデム城でラビ下級武官の部屋をダンジョンにした時よりはずっと抵抗が無く、しかし、『魔銀の道』を作った時よりは抵抗がある、ぐらい。
まあ、こんなもんだな、っていうかんじ。
そしてやっぱり、自分が広がるような感覚を得て、私は新たなダンジョンと成った。
これで、私が成るダンジョンも5つ目。
なんだか感慨深い。さあ、張り切っていこう。
地下1階は、人々の憩いの場。
地下なのに薄明るい、神秘的な地下庭園。
ベンチがあって、花畑(趣味でポピーを植えた)があって、噴水もある。
そして、低所得者でも買えるくらいのお値段で、美味しい飲み物とお菓子が売られる。売り子は可愛いウェイトレス服を着せたリビングドール達に頼む予定。
なにせ、とても広くスペースをとってあるので、たくさんの人が入っても大丈夫な親切設計。
広い地下庭園は空調完備。昼寝のためのツリーハウスもいくつか設置。
とても完璧な休憩スペースのできあがり。
地下2階は、もっとがっつり休憩していく人達のためのスペース。
寝泊りできるようなスペースがあったり、がっつり食べられるご飯処があったりする。何泊でもしていくといいよ。
それから、地下1階と2階の従業員にあたるリビングドール達の仕事場も地下2階に設置。
台所と食糧庫、そしてリビングドール達の休憩室と、シャワールーム。
……シャワールームは大事。
じゃないと、うっかり私にまであぶないお薬が及びかねないから。
それから、ここでは侵入者が『あぶないお薬』を探せるようにしてある親切設計。
迷路に設置された宝箱にはあぶないお薬が入っているし……何より、『ボタンを押すと一定確率でランダムにあぶないお薬が出るかもしれないし出ないかもしれない装置』がたくさん用意されている。
装置の仕組みは簡単。
装置の内部は空洞になっていて、中をスライムが行ったり来たりできる通路と繋がっている。
スライムはあぶないお薬の瓶を持ってうろうろして、気が向いたら気が向いた所から、ぺいっ、とあぶないお薬の瓶を吐き出してくれればいいのだ。
『王の迷宮』でやった紅色スライムのルビー供給と、種は同じ。
……行ったことないけれど、多分、パチンコ屋さんはこんなかんじの眺めなんだと思う。多分。
地下2階の迷路を抜けた先にある地下3階は、侵入者撃退用のスペース。
トラップとゴーレム達の、いつものパターン。
特筆すべき点も特になし。
……あ、一応、『加湿器』みたいなものを用意してある。
そして、地下4階に玉座の部屋を作る。そして隣に休憩室も作っておく。
一応、抜け道も造っておいたけれど、使う予定はほとんど無い。
私は地下4階の玉座の部屋か休憩室に引きこもって、しばらく外に出ない予定。何故かと言うと、私自身があぶないお薬の餌食になったら大変だから。
そして、地下4階にはこのダンジョンの要である畑も作る。
空気も光も水も整えた上で、『あぶないお薬』の原料になる葉っぱをわっさりと植えた。育てよ育て。
畑の葉っぱの収穫係として、今回もスライムのお世話になろうかと思ったのだけれど、やめることにした。
だって、スライムに葉っぱの回収をさせたら、スライムがラリってしまいそうだから。
らりらりになったスライムは、それはそれで可愛いかもしれないけれど、ちょっと可哀相だ。スライムを使うのはやめよう。やめよう。やめる。
ということで、葉っぱの回収のためだけにトラップを設置。
人間の脛あたりを刈り取るように動く大鎌のトラップだけれど、畑に設置されれば農機具へと早変わり。とても便利。
これで刈り取られた葉っぱはダンジョンの回収機能で回収できるから、回収しよう。
同じく地下4階に、乾燥室を作る。『火石(極小)』と『風石(小)』を設置して、ぬるい風で乾燥できるように工夫。
そして、やはり同じく地下4階に、抽出部屋を作る。
部屋の床が掘りごたつよろしく沈んでいて、そこにとても濃いお酒みたいなのがたっぷり入れられている。底には『火石(極小)』を設置。
お酒水槽の上には目の細かい網が設置されている。この上に葉っぱを乗せることになる。
天井付近には、『水石(中)』を使った水冷パイプがたくさん設置されている。
これで、抽出と濃縮が同時にできる大掛かりな装置ができた。部屋丸ごとが抽出器、というのは中々便利。
……ちなみに、地下4階にあるこれらの部屋はそれぞれ、一応は廊下で繋がっている。ダンジョンだから。
けれど、しっかりと閉ざされたパッキン付きの扉が開かれる事は無い。
理由は簡単。
中に入らなくったって、葉っぱの収穫も乾燥も抽出も、ダンジョンの回収機能で済むから。
畑で葉っぱが育ったら、トラップを作動させて葉っぱを刈り取る。
刈り取った葉っぱを回収して、乾燥室に設置。
乾燥した葉っぱは抽出室の網の上に設置して、適当なところでお酒水槽部分からできあがった『あぶないお薬』を回収すればいい。
……香油作りの時にもこういうことすればよかった。
さて、これで大体、これからあぶないお薬ダンジョンを回していくための設備が整った。
あとは、初期設備として必要な分のお薬ができるまではのんびり待機して、それから1Fを作って本格的にサービス開始といこう。
葉っぱが育つまでの間、私は従業員たちの育成に努めた。
従業員は主に、リビングドール。
ただし、私の元々のダンジョンに居るリビングドール姉妹よりは、見た目に力を入れた。
白磁の小さな顔の中、口元はゆるく笑みの形を作り、瞳はキラキラと神秘的な宝石でできている。
黄金やミスリルを梳って作った髪は豊かに揺れ、そして、伸びやかな手足とメリハリのあるボディを覆うのは、可愛いデザインのウェイトレスの服。
品よく、かつ多少のお色気要素も兼ね備えたウェイトレス服は私渾身の出来である。がんばった。
……どうしても、リビングドールだから、表情の変化が無い。
だからその分、親しみを持ってもらえるような工夫を凝らしたのだ。
それは見た目への力の入れ方だったり、仕草の指導だったり。
3日もすれば、リビングドールのウェイトレス達は、立派に『神秘的で可愛い従業員』になっていた。
……そして、彼女達には、それぞれ魔法のスキルと、スカートの中に隠せる杖、そしてシンプルなデザインのデスネックレスならぬデスチョーカー達を与えた。
いざという時には、このウェイトレスさん達も戦うのである。
一般人の封じ込めぐらいは余裕でできると思う。
……そうして、ダンジョンの中がひっそりと賑やかになる一方、ダンジョンの畑で葉っぱはすくすく育ち、ほんの数日でそこそこ立派な葉っぱ畑になった。
早速、トラップやダンジョン能力を駆使して収穫。そして乾燥。そして抽出と濃縮。
……あとは、グランデム城で腐る程手に入った薬の空き瓶に詰めて……。
そうして、『あぶないお薬』は完成したのだった。
できあがったあぶないお薬は、地下2階の宝箱に設置したり、地下2階を徘徊することになるスライム達に渡しておいたり、地下3階の『加湿器』に一応セットしておいたり、地下1階の噴水に混ぜたり、美少女リビングドール達に渡して美味しいお菓子や飲み物に加工してもらったりして準備完了。
……ここまで準備が整ってやっと、私はダンジョンの地上部分を作ることにした。
ダンジョン地上部分ができることによって、ここで初めて、セイクリアナの人達はダンジョンの存在を知る。
あとは、好奇心旺盛な誰かが来てくれるのを待つだけ。
来てくれさえすれば、あとは私達のおもてなしが待っている。
いっぱい幸せになってもらおう。
あぶないお薬で。
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