70話
テオスアーレとセイクリアナの間は、結構広い。
しかも、延々と上り坂かつ荒れ地が続くものだから、移動もしにくい。
こういう土地だからこそ特に誰が住むでもなく、こうしてほったらかされているのだろうけれど。
……しかし、荒れ地の長旅の割に、私はすこぶる元気だった。
私より先に馬の限界が来て、それを理由に休憩を挟むレベルで。
馬が『そろそろ疲れた』みたいな顔をし始めたので、日が沈む前に焚火を起こそう。
調理用の意味もあるし、暖をとる意味もあるし、獣避けでもあるし、そして何より、ムツキ君が出てこられるように……つまり、影ができるように、という配慮。
荒れ地ではあったけれど、まばらに枯れ木はあったので、燃料にはそんなに困らなかった。
木を斬るのはホークとピジョンがやってくれるし、斬った物を集めてくるのはボレアスがやってくれた。
マントいっぱいに薪を包んで、風呂敷包みみたいになったままフワフワ飛んでくる様子がなんとなくかわいい。
その後、ムツキ君が火を点けて焚火ができたら、アルミホイル(この旅のためにわざわざ金属延ばして作った)で包んだジャガイモやリンゴを放り込んでいく。
ジャガイモには塩を少々、リンゴには砂糖をたっぷり。
あとはじんわり待つだけ。
「結構長旅だね。みんなは平気?」
私も元気だけれど、装備モンスター達もまた、元気だった。それぞれ、ぱたぱたがしゃがしゃ、私の声に答えてくれる。
……彼らは生物じゃないから、疲れとは元々無縁なのかもしれないけれど。
私自身の元気さは……なんだろう。ダンジョンとして着実にレベルアップしている、ということなんだろうか。
時々、鑑定機能で自分を鑑定してはいるのだけれど、今一つ、あの曖昧評価が改善されないので、自分の能力の上昇はイマイチ実感しにくい。
……まあ、ガイ君もすっかり強くなったし、私だって、強くなってはいるんだと思う。多分。なんといっても、もう4つのダンジョンに成っているのだから。
単純に、強くなったという実感は気持ちいい。それが魂という目に見える形で集まってくるのも気持ちいい。
馬を労わりつつ焚火をつついて、放り込んだジャガイモやリンゴが焼けるのを待ちながら、なんとなく、にまにましてしまった。
そんなこんな、道中で野営を挟みながらも、荒れ地をかなりのハイスピードで進み続けて2日程。
やがて、一気に視界が開けるようになる。
眼下に広がるのは、周囲を荒れ地や山岳に囲まれながら、その中でぽつん、と、周囲から不自然に浮いて見える程に豊かな土地。
草木が茂り、水が流れ、町が栄えている。
成程、この光景を見ると、『国の精霊が憑いていて、国を豊かにしている』んだと納得できる気がする。
「ここが、セイクリアナ」
高い所から見下ろしてみて、全体的に『まとまった国だ』という印象を受けた。
テオスアーレやグランデムは町と町の間が割と離れていたけれど、セイクリアナはそういう国じゃないらしい。ここから見る限り、町と町の間がとても狭い。ほとんど1つの町だ。
お城らしき建物の周りに、建物がたくさんあって、その外側に、農地と住宅地があって、更にその外側にまた農地と住宅地……みたいなかんじ。
都から大分離れた所にも宿場町みたいな町はあるけれど、『セイクリアナ』として機能しているようなものは、全て都近辺に集約されているんだろう。
……これは……とても、攻略が、難しそうな気がする。
いつまでも悩んでいる訳にはいかないので、とりあえず斜面を降りて、セイクリアナの都へ向かった。
……の、だけれど。
「すみません、この辺りにダンジョンはありませんか?」
とりあえず入ったご飯処で、ウエイトレスのお姉さんに聞いてみたら。
「この辺り?……そうですね、一番近くだと、ここから馬車で半日くらいの所にあるアセンスという町から、更に馬で半日くらいの所に1つありますけれど……あまり宝物も出てこないし、モンスターはとても強くて凶暴だし、稼ぐにはあまり向かないところですよ」
……この始末である。
ご飯は美味しかったから良しとしよう。
次に、セイクリアナの郊外をぐるりと一周してきた。
……が、どこもかしこも、隙間なくきっちりと住宅地か農地だった。
どこか一か所でも、『農地でも住宅地でも無い、誰の土地でもない土地』が無いか探したけれど、駄目だった。
都を中心にして円を描くように、しっかりみっしり、人が住んだり使ったりしている土地で埋め尽くされているのだ。
その円は多少歪むことはあっても、ほとんど変わらない。
『人の一番多い場所』がどの程度の範囲まで認識されるのかは分からないけれど、これは……アウトな気がする。
さて。
往来の端で、精霊を讃える歌を歌っている人達を横目に歩いて、私は宿へ向かいながら……考える。
どうやって、このセイクリアナを滅ぼそうか、と。
滅ぼすだけなら簡単だ。
そこら辺の山にダンジョンを作って、地下数階建てにして、その全てに『劫火石(特大)』でもつけて、疑似火山を作ればいい。
噴火させて溶岩流で人を殺す。とても簡単。
そんな派手な事をしなくても、川を陣取る形でダンジョンを作って毒を流すとか、ひたすらモンスターを量産して、使い捨て覚悟で一気に町を襲うとか、まあ、やり様はいくらでもある。(最後の奴は勝算が薄すぎるからあんまりやりたくないけれど。)
だから、問題は『滅ぼすこと』じゃない。
『ダンジョンを作る場所が無い』ということだ。
町の中やすぐそばにダンジョンがあればそれを乗っ取るつもりでいたけれど、それは無い。
そして、この都……人が最も集まる場所の周りに、たくさんの農地と住宅地。ダンジョンを作るとしたら、都からかなり離れた位置になってしまう。それでもいいのかもしれないけれど、流石に不安要素はできるだけ取り除きたいとも思う。
……つまり、『精霊の魂を回収するためのダンジョンを設置する場所が無い』。
国を滅ぼすのは精霊の魂が欲しいからで、精霊の魂を回収するためにはダンジョンが『人が一番多い所』にある程度近い必要がある。
だから、今までは『都の中』にダンジョンを構えてから国を滅ぼしていたわけなのだけれど。
……人を殺して、その人の持っている土地を奪う、というのは多分駄目だ。
グランデムの城でダンジョンを作って分かったけれど、土地は『人』の物じゃない。
多分、精霊の土地を王が借り受けて、その土地を更に人が王から借り受けている。
だから、『ラビ下級武官』の部屋だった場所をダンジョンにした時、あまりすんなりとはダンジョンにできなかったし、お隣のウォルクさんを殺しても、隣の部屋をダンジョンにすることはできなかった。
『魔銀の道』は、テオスアーレとグランデムの間だったから誰のものでもない土地で、とてもダンジョンが作りやすかったのだけれど。
なら、都の真ん中に土地を買って、正式に『借り受ける』ことでダンジョンを作れるんじゃないかな、とも思うのだけれど……それは最終手段にしたいな。どう考えても、色々と面倒くさい。
そんなことをしたら『私=ダンジョン』の図式が明らかになってしまう訳だから、セイクリアナの中で活動することが難しくなるのは考えるまでも無い。
まあ、最悪の場合、それしかないし、ダンジョンの外に出られなくなったところで、そんなに困らないかもしれないけれど。
ということで、散々考えた。
考えに考えて……結論を出した。
要は、『人が最も集まっている場所』がダンジョンから遠いからいけないのだ。
なら、ダンジョンじゃなくて『人』の方が動いてダンジョンに近づいて来ればいいんじゃないかな。
……あぶないお薬とか作って配ったら、皆ダンジョンに寄ってこないかな。駄目かな。




