68話
寝て起きた。
ご飯はいつも通り、スライム達と食べる。
ガイ君がなんとなく手持無沙汰そうに私を眺めていたので、リンゴとクロウを渡してリンゴの皮向きをしてもらう事にしたら、ちょっぴり不格好なうさぎリンゴができたのが今日のご飯のハイライト。
寝て起きて食べて元気になったので、早速、元・グランデム城、現・ダンジョンへ鏡で移動。
……このグランデム城も、今やすっかりダンジョンとしての風格を身に着けている。
具体的には、毒スライムがたくさん闊歩(闊這?)するダンジョンになっている。
既に火事場泥棒というか戦場泥棒をしにきた人数名が、このダンジョンで毒スライム達の餌食になっている。
ちなみに、このダンジョンのボスたる、でかスライム君はダンジョンの玉座の部屋(つまり、ラビ下級武官の部屋)に詰まることでこのダンジョンを守っている。
……動くのをサボっているだけのようにも見える。
一応、このグランデム城にもトラップをいくらか仕掛けてあるから、もしここが戦場になるとしても問題ない。
……まあ、滅多にここに来る人も居ないし、大体は徘徊している毒スライムだけで大丈夫そうだけれど。
毒スライム達に挨拶をしながら、私は城の裏庭、馬小屋へ向かう。馬に乗って『金鉱ダンジョン』へ向かうためだ。
流石、お城だっただけあって、馬も名馬(なんだと思う)揃いだった。毛並みも綺麗だし、性格も大人しいのが多いし。そして実際に乗ってみると、スピードが大分違う。
やっぱり、お城を丸ごとダンジョンにするのは中々良かったように思う。
馬で半日程度飛ばせば、シュタールの町に到着した。
そこで遅めのお昼ご飯を摂りつつ、金鉱ダンジョンの情報を集めた。
案外あっさり集まった情報を頼りに、また少し馬で移動すれば、これまたあっさりとそれらしい場所へ到着することができた。
ちらほら、と金の結晶が隠れているのが見えるような岩石でできた洞窟。
多分、これがレイル君の『金鉱ダンジョン』なんだろう。
……なんだ、ろう、けれど……。
「なんだか様子がおかしいわね……」
「少し、モンスターがいつもと違うよな」
そこにはちらほら、と冒険者らしき人や、鉱夫みたいな人が居て……不穏な会話をしていたのだ。
「駄目よ、私達、いつも通り奥まで行こうとしたら、突然、強いモンスターが出てきて……慌てて逃げてきたの」
「いつもみたいな黄色のスライムや金のゴーレムじゃねえ、もっとすげえ奴だった……」
そんな、会話である。
……『王の迷宮』さんを殺した後のことをぼんやり思い出しながら、私は、ちょっと、その可能性に思い当たってしまった。
……もしかしたら、もしかすると……『先客』が、もう、来てるのかも、しれない。
このまま待ちぼうけなんてしていられないし、帰るつもりもない。
つまり、私はこのまま『金鉱ダンジョン』へ突入することにした。
入り口付近には、『金鋼窟』を漁る人がまばらに居たけれど、階段を下りたらもう居なくなった。
……その代わり、モンスターが出てくるようになった。
なにやら、黄色っぽい地で、金箔が浮いている豪華なスライムとか。
金ぴかのゴーレム(でも割と小型のやつ)とか。
……そして、普通の石でできたガーゴイルとか……金ぴかの、ドラゴン、とか。
「わーお」
地下3階へ降りた先に居たのは、金ぴかの鱗を持つドラゴン。
普通のガーゴイルも何体か居るし、まさに『ここで侵入者を全員殺して食い止める』ってかんじである。
多分、金ぴかのドラゴンは元々このダンジョンに居たんだろうけれど……ガーゴイルは、新しく作ったんだろうな。
戦力が不安だったのかな。なら、ここに居る人は新米か。
……なら悪いけれど、通してもらおう。
ガーゴイルと金ぴかドラゴンが居る真正面へ向かう。
できるだけ、堂々と。
ホークとピジョンがガイ君にぶつかって鳴る。
ボレアスが背中で靡く。
多分、かなり堂々としているように見えるはず。
武器も抜かずに歩いてくる私の意図を量りあぐねたのか、ドラゴンもガーゴイルも、警戒体制のまま、私に攻撃をしてこようとはしない。
……そして私は歩いていって、ドラゴンやガーゴイルの魔法が十分に届くぐらいの距離まで近づいたら……声を掛ける。
「どいて。奥に居る人に用事があるの」
そんなに大きな声は出さなかった。
ただ、金ぴかドラゴンの目を見て、目をそらさなかった。
剣に手を掛けるでもなく、でも、油断する訳でもなく。
……明らかに動揺したドラゴンとガーゴイルは、しかし、動揺しても動く気配が無い。
どちらも知能の高いモンスターだから、私の言葉を理解していないわけではない。
理解した上で、困っているのだ。
だから、私は少し息を吸って、もう一度、強く言う。
「退け」
新米のダンジョンさんがどの程度の人かは知らないけれど、私だって、伊達に4つのダンジョンをやってはいない。
そして、私はともかく、ホークやピジョン、そしてガイ君は、とっても強いのだ。
……金ぴかドラゴンとガーゴイル達は、目をそらさない私から目をそらし、そして、じりじり、と後ずさっていく。
それに合わせて、私も一歩踏み出せば、彼らは今度こそ、道を開けてくれた。
「ありがとう」
お礼を言ってにこやかに通り過ぎれば、委縮したドラゴンがますます縮み上がった。
ちょっと面白い。
その奥へ進むと……すごい部屋に出た。
「金ぴか」
部屋全体が、金でできているかのような部屋だった。
……岩肌が見えない程に露出した金の結晶がびっしりと部屋を埋め尽くしているような状態で、まあなんと、すごい輝き。
……あ、でもこれ、ここは金じゃない。多分黄鉄鉱だ。とっても四角い。ということは、もしかしたらこの部屋、全部が金なんじゃなくて、黄鉄鉱とか黄銅鉱とかが一定量混じっているのかもしれない。まあ、それはそれで別に構わないのだけれど。
「だ、誰だ!何をしに来た!」
そして、その部屋の奥に居たのは、金ぴかゴーレムを従えた小太りの男性。
多分、彼が新しくこの金鉱ダンジョンに成った人なんだろう。
「あなたが、ここの新しい主?」
一歩近づくと、男性はゴーレム達の陰に隠れるように身を縮めてしまう。
怖がらなくてもいいのに。
「私はミスリル坑道ダンジョンなのだけれど、少しお話しませんか?」
声を掛けてじっと待つ。
……じーっ、と待つ。
そして、待っていたら、ようやく、男性はゴーレムの陰から出てきた。
「は、話、とは、なんだ」
男性がゴーレムから離れて、私の方へ歩いてくるのを更に待ち……。
「ごめんなさい、やっぱり特にないです」
私もにこやかに男性に歩み寄り、そして男性の鳩尾に膝を叩きこんで、昏倒させた。
すぴーでぃでよろしい。
昏倒させた男性はこの場で殺すと勿体ないので、持ち帰ることにした。
簀巻きにして、肩に担ぐ……のが難しかったから、とりあえずそこらへんに転がしておいて、先にこのダンジョンの玉座の部屋を目指すことにした。
ダンジョンの奥は、とにかく金でいっぱいだった。
さっきのキラキラの部屋もそうだったけれど、先には、金貨や金のアクセサリー、金の武具という意味があるのかないのかよく分からないもの、金の延べ棒、金の塊、金でできたよく分からないオブジェ……と、とにかく金でできたお宝が溢れんばかりに置いてあった。
多分、レイル君が金を操って生み出したものなんだろうね。
勿論、今更この程度のお宝に興味は無いので、スルーして先に進む。
進んだ先も、金がたくさんあったし、大体金でできてたし、もう、金ぴかすぎて目が痛いくらいだったのだけれど……その中で、金より遥かに価値のあるお宝を見つけた。
開かない扉を蹴破って進んだ先にあったお宝。
それは、本。ノート。そういったものだった。
多分、エピテミア魔道学校に居たというレイル君が魔法の研究をする為に使っていたものなんだろう。
そんなに多くはないけれど、多分、これ、山ほどの金よりも価値があると思う。
これは確実に手に入れたかったので、ダンジョンに成るより先に荷物袋に放り込んでおいた。
更に奥に進んで、やっと玉座の部屋に辿り着いた。
レイル君はこのダンジョンで人を殺す事をあんまりしていなかったみたいだから、その主が居ない今(あの小太りの人は多分、レイル君が作ったダンジョンの仕掛けを半分も使えてなかったと思う)、このダンジョンの攻略はとても簡単だったのだ。
……さて。
目の前の、明るい山吹色の魔法陣を見て、私は少し、気が変わった。
このダンジョンに成るの、やめよう。
めぼしいお宝を適度に回収して、さっきの小太りの男性を運んで、恐らくレイル君が出入りに使っていたと思われる隠し通路を通って、外に出る。
巧妙に隠された隠し通路は、金鉱ダンジョンの入り口から少し離れた岩場へと続いていた。
知らずに見たらただの岩にしか見えない隠し扉は、実にレイル君らしいものだ。
うん、今度から金鉱ダンジョンに入る時は、この隠し通路から入れば早いし人目にもつかなくてとても便利。
さて、私は金鉱ダンジョンの新たなる主である小太りの男性を、元・グランデム城に連れて帰って殺した。
……501003ポイント分の魂が手に入った。
そう。私の狙いは、これだ。
私は、あの金鉱ダンジョンを『ダンジョン生成機』として使おうと思う。
あの金鉱ダンジョンは、確かにレイル君の知恵が集結した、中々良くできたダンジョンだけれど、人間を殺すダンジョンじゃない。
そして、人が減っているらしいことを加味すると、『信頼』を潰して人を一気に殺そうと考えたとしても……あんまり収益は期待できない。
そして、私は別に、お金に困ってない。金のお宝なんて、テオスアーレとグランデムで腐る程手に入った。特にグランデムの宝物庫には、このダンジョンから採ってきたと思しきものがたくさんあったし。
……つまり、私がこの金鉱ダンジョンに成るメリットは、あまりにも少ない。
しかし。
この金鉱ダンジョンは、少ないとはいえ、人が来る。
あまり戦い慣れていない、つまり、割と弱い人達が来る。
……その人の中でも、特に欲深い人は、ダンジョンの奥まで進んで……玉座に座って、ダンジョンと成るだろう。
そして分かる通り、ダンジョンに成った人を殺すと、まあ、精霊や悪魔には及ばないけれど……それでも、そこそこまとまった魂が得られる。
多分、ダンジョンに成ってからの時間が長ければ、もっと多くの魂が手に入るんじゃないかな。
……そう。
私はあの金鉱ダンジョンを放っておく。
そして、金鉱ダンジョンに入って、金鉱ダンジョンに成る人が出てくるのを待つ。
時々、金鉱ダンジョンに入って、金鉱ダンジョンに成った人を攫ってきて、元・グランデム城で殺す。
魂がそこそこいっぱい採れる。
……私は、この金鉱ダンジョンを使って、魂の養殖を行おうと思う。
上手くいくかは分からないけれど、まあ、いかなかったらいかなかったでその時はその時。
国を作ってもらったりするよりはずっと速く収穫できるし、まあ、そこそこ期待はできるんじゃないかな、とは思うけれど。
……家庭菜園みたいな気分。
次の収穫が待ち遠しいな。




