63話
今日が月夜で助かった。
月夜ということは、影ができるということ。
影ができると、ムツキ君無双もいいところだから、とても楽だった。
ムツキ君が動けるぐらいの濃さの影ができたら、ドアの下の隙間からムツキ君が腕を伸ばしていって、寝ている人の喉を絞める、という鮮やかな殺し方をしてくれた。
ムツキ君は影だけあって、存在感というか気配がとても希薄。しかも影だけあって、とてもぺらい。
こういう時にはとても便利。
影ができない位置の部屋だったりすると、まともに戦闘になってしまうこともあった。
けれど、彼らは戦の直後で気が抜けているし、戦闘よりも『原因不明の病』に意識を持っていかれている。
そして、毒の混じった水や食品、薬等々を口にすることもあり、弱ってもいる。
今は武官をとても殺しやすい状況が揃っているのだ。
そんなに苦労せず、どちらかというと、殺すことよりも『こっそり静かに殺す』という条件の方で苦労しながら、私は武官を殺していった。
太陽が昇る前に、あらかた武官を片付けた。
そろそろ人が動き出して、たくさんの死体に気付く頃だろうか。
その前になんとか、もう少し減らしておきたいな。
それから食堂や医務室、人が集まって朝早くから仕事をしている所に赴いては、《ラスターケージ》で人を閉じ込めて、確実に殺していく作戦に移った。
本当に《ラスターケージ》と《ラスターステップ》にはお世話になっている。てるてる親分さん様様。
……ただ、まあ、当然だけれど人が起き出して、早速騒ぎに気付いたらしい。
夜勤だったりして殺し損ねた兵士とか、王の近衛とか、そういう人達がばたばたと慌ただしくあちこちを行き来している。
そうなるとあんまり分が良くないので、私は部屋に戻って、いくつか新たな仕掛けを施した。
1つは、『水石(特大)』。お値段、魂10000ポイント分也。
そしてもう1つは、『毒石(特大)』。お値段、魂30000ポイント分也。
……『水石(特大)』は、本来なら、ダンジョンの中に滝とか川とかを作るための設備だ。
『毒石(特大)』は、毒の池とか作るためのもの。薄めて使用も可。
どちらも、本来、こんな狭い部屋の中で使うものじゃない。
あふれちゃってしょうがないし、自爆しかねないし。
……だが、今回ばかりは話が別。
3つ目に用意したもの。
スライムメーカー。
あとはもう、だばだばと『毒石(特大)』から垂れ流される毒液をスライムメーカーに直接流し込み、毒スライムを量産していく。
量産していく。
それはもう、量産していく。
私はさっさと、隣の部屋(ウォルクさんの死体が転がっている)へ避難した。
元々居たでかスライム君が奥に引っ込んでへばりついて、残りの部屋のスペース全てが普通サイズの毒スライムでいっぱいになってもまだ、毒スライムを量産していく。
……そして、部屋が毒スライムでみちみちむちむちになったところで、『水石(特大)』を稼働。
みちみちむちむち、満員電車よりもみっちり、本当に物理的に隙間なくスライムが詰まった空間に、水が注ぎこまれていく。
……だが、『ダンジョンは破壊されない』。
私が破壊できるように予め決めておかない限り、例え、どんなにスライムが詰まって圧力がかかってぎゅうぎゅうになっていたとしても、部屋は壊れない。
そして一方、グランデム城内を慌ただしく行き来する兵士達は、寝ていた武官達がことごとく死んでいるのを確認して青ざめている所だった。
彼らは1部屋ずつ確認して、死んだ武官を見ては悲しみや怒りに表情を染め……そして、遂に。
「シーニュ・シグネの死体は無かったが……ウォルク・クレイゲンは駄目だったか。全く、卑劣な奴だ、どうして、こんな時に……」
遂に、私の部屋の扉に、手を掛けた。
ドアノブが回された、その瞬間、ドアがはじけ飛ぶように開いた。
ドアを開けた兵士は、水とスライムの直撃を受けて、アッサリ死んだ。
そして、兵士達の屍を乗り越え、どんぶらこ、どんぶらこ、と、水流に乗って流れていく膨大な数の毒スライム達。
水流の勢いが無くなったら、あとは彼らが彼ら自身の脚(?)で這って移動する。
ここが1Fじゃなくて、もっと高い位置ならもっと移動が速かったのだろうけれど、それは仕方ないか。
「な、なんだ!スライムが大量に!」
「くそ、何所からこんなに湧いて出たんだーっ!」
兵士達は、大混乱。
毒スライムが浸かっていた水は、毒液となって城内を流れていく。
そして毒スライムは当然だけれど、毒である。
解毒剤が無い今、単なるスライムですら、毒を持っていれば脅威になる。
……さて、城内からどんどんモンスターが湧くよ。
頑張って対処してもらおう。
毒スライムメーカーのセットは稼働させっぱなして、水に乗って毒スライム達が流れていくのを見送る。いってらっしゃい。頑張って移動してね。
グランデム城はダンジョンじゃないから、様子はよく分からないけれど……それでも十分、兵士達が困っているのは分かる。
そして私は、『王の迷宮』へ移動して、ガーゴイルメーカーやゴーレムメーカー……ありとあらゆる、低コストでモンスターを作れるメーカーの類を稼働。
生まれた端から、モンスターを鏡経由で部屋へ輸送。
彼らもまた、水流に乗って、グランデム城の侵攻を始めた。
途中からモンスターの輸送係をクロノスさんに代わってもらって、私もグランデム城攻略に向かう。
目指すは王城最上階、かのムキムキなグランデム王が居る玉座の間だ。
……なんだか、攻守逆転、っていうかんじで、新鮮な気がする。
私自身も毒にやられたらやっていられないので、輸送されるゴーレムの頭に乗せてもらって、そのままざぶざぶと毒水の川を渡っていってもらう。
こういう時、無生物系のモンスターは便利だ。ゴーレムやガーゴイルに毒なんて関係ない。
階段を上がりさえすればもう毒の川なんて関係ないから、そこからは私の脚で進む。
「貴様っ……ラビ下級武官!」
「あっちょっと通ります」
通りすがりに弱り切った兵士を斬り捨て、湯の入った桶を運ぶ小間使いを斬り捨て、と、辻斬りしながら進む進む。
毒スライムは着実に兵士の手を割かせているようだし、病人や怪我人なら毒スライムでも寄ってたかって殺せる。
ゴーレムやガーゴイルが応援していることもあり、着実にグランデム城内は人が減っていっていた。
だから私は、案外あっさりと王の前まで辿り着いた。
「……やはり貴様か。死んだと報告を受けていたが……それは甘かった、という事だな」
グランデム国王は、しっかり武装していた。
鎧兜に大剣。
最早王というよりは、ムキムキも相まって1人の戦士という風情である。
「ラビ……死ぬ前に、聞かせろ」
王の近衛だろうか、兵士数名も一緒になって私へ剣を向ける状態で、国王は静かに私に問う。
「貴様の目的は、何だ。……マリスフォールの、復讐か」
……ちょっと考える。
時間稼ぎは必要。
となれば、話をできるだけ伸ばしたいところ。
「何故そのように思われたんですか?」
マリスフォール、というのは、テオスアーレに滅ぼされた国だ。『王の迷宮』さんに莫大な魂を与えることになった国。
確かに、私がマリスフォールの人なら、テオスアーレを滅ぼすのは理に適っている、というか、まあ、理由づけにはなるんだろう。多分。
……でも、そうなるとますます、『何故グランデムを滅ぼそうとしているか』の理由が無い。
多分、グランデム国王が私に聞きたいのもそのあたりなんだろうけれど。
「マリスフォールには当時、15になる美しい姫君が居たと聞く」
当時、っていうのが何年前なのか気になるけれど、知っているふりで流す。
「だが、その美しさは魔性のものであったそうだな。……魔を、呼び寄せる程に」
なんとなく、テオスアーレに伝わっていた『悪魔召喚』に繋がる話が出てきた気がする。
「その証拠に、テオスアーレとマリスフォールの最期の戦いにおいては戦場に悪魔が現れたらしいな。……だが、悪魔を呼ぶほどの姫君が、戦に巻き込まれて死ぬとも思えぬ」
そして、グランデム国王は私を睨み、叫ぶように続けた。
「今、グランデムを襲う病魔も、我が城にどこからともなく溢れ出る魔物も……テオスアーレの戦において、不可思議な働きを成したという魔物も!これにて説明がつく!違うか、魔の娘『ミセリア・マリスフォール』!」
……静まり返った部屋の中、皆が私を見ている。
見られても困る。私は『ミセリア・マリスフォール』さんではない。ましてや、悪魔と契約してもいない。ただ、ちょっとダンジョンなだけだ。
……しかし、このまま時間を稼ぐのも無理がある気がする。
皆が、私の発言を待っている気がする。
「素敵なお話ですね。とてもロマンチックです」
……なので、熱弁を披露してくれたグランデム国王を、とりあえず、褒めておいた。
「でも、違います」
でも、違うものは違うので、ちゃんとそこは言っておいた。
「では何故、テオスアーレを滅ぼし、グランデムまで手に掛けようとする。貴様の望みは何だ。祖国の復讐のためでないなら、何のために、魔物と手を組んでまで、このような事をする!」
そこで少し、返答を考える。
……も、必要なかったらしい。
私の影の中で、ムツキ君がサインを出す。
準備はできたらしい。
じゃあ、もう時間稼ぎは必要ないね。
「別に復讐じゃありません。私はそんなに後ろ向きじゃない。腹立たしいことも悲しいこともあるけれど、でも、私の目の前には希望がある」
だから、正直な事を言った。
「つまり、まあ、必要なので」
私の言葉にグランデム国王が眉を顰め、怪訝そうな顔をした、その瞬間。
玉座の間の天井が音もなく消え、大きな大きな……毒スライムが、降ってきた。
王の真上に。
王の悲鳴は聞こえなかった。
でかスライム君の中にすっかり埋もれてしまっているから、悲鳴を上げようにも、声が出ないんだと思う。
多分、でかスライム君は王の喉から侵入してるんだろうし。
そして何より、王がどんなに筋肉ムキムキでも、生物である以上は毒には勝てない。
スライムに全身覆われちゃったら、やっぱり勝てない。
「へ、陛下!くそ、《ファイアフ……むぐっ!?」
そんな国王を助けようと魔法を使いかけた兵士は、やっぱり天井から降ってきた毒スライムに口を塞がれて、目をやられて、見当違いの方向へ魔法を飛ばした。
音もなく気配もなく、いきなり消えた天井(スライムに食べられたんだと思う。でかスライム君は大食いの早食いだ)から際限なく落ちてくるスライム。
スライムの手助けをする為、私も《ラスターケージ》や《オブシディアンウォール》を使って応援。
流石に近衛兵達は強かったのだけれど、毒スライムが1匹でも上手いこと張り付いてしまえば、あとはそこからムツキ君の不意打ちや私やガイ君の正面突破で切り崩し、崩したところを毒スライムに群がってもらって、毒で侵してしまえる。
毒スライム達を振り払い、剣で切り裂き、魔法で潰したとしても……そこに残るのは、毒スライムの成れの果て、つまり、毒液である。
どうあがいても毒である。
解毒剤の無い今、彼らにとって毒は致命傷。
おおいに体力があったであろうグランデム国王も、でかスライム君の中でもうすっかり動かなくなってしまっている。
そして、物量に押された兵士達もまた、動かなくなるまでにそう時間はかからなかった。
「死ぬかと思ったいえーい、かんぱーい……」
そして私もまた、中毒していた。
見事に中毒した。
当然だ。あれだけ毒スライム達がてんやわんやする中に居たのだから、私が毒を浴びない訳が無い。
毒スライム達も相当気を遣ってくれていたけれど、流石に無理がある。
ということで、今回の戦略は、半ば以上自爆テロの如き作戦だったのだ。
……ただ、私とグランデム兵達の唯一にして最大の違いは、私は解毒剤をたっぷり持っている、ということ。
隙を見ては解毒剤を飲み、浴び……そして玉座の間に私達以外誰も居なくなった今、解毒剤を祝杯とするのだ。
「……まずい」
ただし、解毒剤はまずい。苦い。
勝利の美酒、には程遠い。
早くダンジョンに戻って美味しい物を食べたい。




