表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
魔銀の道とグランデム城
61/135

61話

 それから私は、ひたすらひたすら薬に毒を仕込んで、ちゃんと封の蝋も直して、毒入りの薬を準備し続けた。

 数が数だからとても大変。もう1人でやるのは早々に諦めて、ガイ君とムツキ君とボレアスに手伝ってもらっていた。

 ここで意外だったのはボレアス。

 ファントムマントだからただのマントなのに、とても器用だった。

 マントの布地がとても細かく器用に動いて、一度に3つくらいの薬瓶を操作していた。

 ふにふに、と、そういう動物のように動くマントの布地はなんかこう……ちょっと器用すぎて怖い。

 ……逆に、ガイ君は、あんまり器用じゃなかった。

 ガントレットの手は細かい作業に向く手じゃないからね。

 薬瓶を倒して中身を零してしまった時にはかなりしょんぼりしている様子だった。

「ガイ君の手は剣を握ってる時が一番だもんね」

 励ましつつ、ガイ君には箱に薬瓶を詰める作業や、薬瓶入りの箱を台車に乗せる作業等々、力仕事をしてもらうことにした。

 適材適所。




 そのまましばらく宿で待機して、グランデム兵達の帰還を待つ。

 ……そして、日が沈む頃、ようやく兵士達が帰還したのだった。


 傷だらけの兵士は、しかし、暖かく迎え入れられる。

『テオスアーレを滅ぼした』事は、グランデムの人達にとって喜ばしいことでしかない。

 犠牲は出てしまったけれど、それ以上に得られたものが大きい。

 ……というかんじらしい。

 精霊云々について知った今なら分かる。

 多分、国同士の戦争というものには、精霊信仰のぶつかり合いによる宗教戦争の面があるんだろうな、と思うのだ。

 一番の理由が『精霊のため』でなかったとしても、多分、この人達の意識の根底には『精霊』という文化があるはず。

 特に疑問を持たずに、目的も無く、ただテオスアーレの人を殺していったのは多分、『精霊』を殺すためだったんだろう。

 ……とてもありがたい文化だ。




 兵士達が帰還して、城の中に入っていってから少し。

 私はやっと動き出す。


 適当な木箱に薬瓶を全部詰め込んだら、着替える。

 一般人の服は腐る程あるから、その中から一際地味なエプロンドレスを持ってきておいた。

 ムツキ君は外さなくていいし、ボレアスはスカートの中に隠して装備しておける。クロウも太腿に固定すればいい。リリーはスカーフで隠していつも通り首。

 ……だけれど、鎧と剣……ガイ君とホークとピジョンは、どう頑張っても装備できない。

 仕方がないから、いざとなったら逃げてね、という事にして、宿に置いていくことにした。

 まあ、すぐに戻ってこられるから多分大丈夫。


 あたりはもうすっかり暗いし、人々はテオスアーレが滅んだことを祝してのお祭り騒ぎだし、ガイ君が外に出て薬箱の荷積みを手伝ってくれていても、誰も気にする人は居なかった。

 テオスアーレ程じゃないにしろ、冒険者という人達がそこそこ多いこの町では、鎧姿の人なんて珍しくもない。ガイ君はパッと見て、モンスターじゃなくて鎧を着た人に見えているんだろう。多分。兜もあるし。

 もし気にする人が居ても、『テイムモンスターです』で通せる自信はあるし、いざとなったらなりふり構わず逃げ出してしまってもいいし。

 兵士が毒殺できるかどうかというだけの問題だから、最悪、失敗しても取り返しはつく。これはあくまで保険ぐらいの心づもり。

 私はガイ君に見送られつつ、台車を牽いて、賑やかな道に向かう。

 ……少々、脚を引きずりつつ。


 重い台車を牽きながら、のろのろのたのた、道を進む。

 そしてここは人の多い道。そんな様子の台車があれば、グランデムの勝利に機嫌を良くした人々は、声を掛けてきてくれる。酒瓶片手なのはご愛敬、かな。

「おう、どうしたんだ姉ちゃん。こんな夜更けにそんな大荷物牽いてよ」

「あなた、脚を痛めてるんじゃないの?さっきから歩き方が変よ?」

「なんなら手伝ってやろうか。どこまでだい?」

 親切な人々に、申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、私は成功を確信した。

 あとは、お願いするだけだ。

『王城に薬を届けてください』と。




 +++++++++




 悪しきテオスアーレは滅んだ。

 昔からの因縁のある国だっただけに、グランデムの民の喜びもひとしお、と言ったところかしら。

 帰還した私達は、あたたかなグランデムの民の歓声に迎えられた。

「……やっと、終わったんだな」

 私の隣を歩くウォルク・クレイゲン中級武官……私の同期の武官が、感慨深げに漏らす。

「そうね。これで、怪我人の治療も終われば、改めてお祭り、という所かしら。……あなたもきちんと治療しなくてはね」

 ウォルクは腕を折ってしまった。命に別状はないから、薬を分配することができなくて、彼はずっと折れた腕を抱えて帰還してきた。碌な治療もできないまま、痛む腕を抱えて。

 ……痛みのせいで、彼が昨日の野営では碌に眠れていなかったのを、私は知っている。

「それはシーニュ、お前もだろう」

「私のはかすり傷だけよ。誰かさんとは違ってね」

 私も勿論、無傷じゃない。

 不覚をとったわ。

 ……グランデムの『特殊武官』である私が、こんな怪我をするなんて。


「……傷痕が残ったら大変だろう。お前は武官だが、女性なのだから」

 けれど、ウォルクはそういうことを言う。

 彼は時々、こういう風に……スマートな言い方をするわね。そのくせ、好きになった子にはこういう事が言えない性質なのだから。

「あら、そういう事は惚れた子にでも言ってあげれば……ああ」

 少し意地悪したくなって、私が少しからかいの言葉を口にしたら……ウォルクは、動揺して、痛ましげに口元を引き結んだ。

 ……そう、だったわね。

「……ごめんなさい」

「いや……」

 ウォルクは、今回の戦争で……いいえ、その前、進軍の段階で、『惚れた子』を喪っている。

 あの子は『魔銀の道』の落石事故からウォルクを庇って、岩に潰されて死んでしまった。

 そのせいで、その日の野営ではウォルクがずっと「俺のせいで」って落ち込んでいて、士気が下がるって、上級武官に怒られていたっけ。

 ……私より若くて、小柄で、可愛らしくて、とても綺麗で、ウォルクの好みにぴったりで……とても、戦士には見えなかったあの子。

 ラビ、と名乗った、あの子。

 ……私が『特殊武官』として、監視するように国王陛下から仰せつかっていた、ラビ下級武官はもう居ない。




『ラビには警戒が必要だ』というのが、国王陛下の見解だった。

 当然ね。あまりにも不審すぎる。

 突然現れて、テオスアーレの姫と姫の近衛兵達の首を献上した、可愛らしい女の子。

 出来過ぎた物語のヒロインみたいな彼女に、疑いの目を向けてみるのは当然。

 ……けれど、悪しきテオスアーレの姫を攫ってきた手腕は確かなものだったようだし、姫と結託して芝居をしているにしては、グランデム側に潜り込ませておいた味方も無く、目的も読めない。

 姫は本物だったし、その姫の反応を見る限り、ラビが姫と芝居をしている線は無いだろう、と思われた。

 だから、ラビがテオスアーレの味方だとは、思いにくかった。

 けれど、グランデムの味方だと信じる理由にはならない。

 そこで私達『特殊武官』達がラビの正体について真っ先に思いついたのが、『マリスフォールの人間だったのではないか』という事。

 マリスフォール。テオスアーレに滅ぼされた亡国。魔術の盛んな国だったみたいね。

 ……そして、ラビがマリスフォールの人間なら、恐らく、王族や、その子孫といった、かなり国の根幹に近かった人物ではないか、と。

 ならば、ラビの目的は恐らく、テオスアーレ滅亡のためにグランデムを利用する事。

 その先でグランデムにも危害を加えることがあるかもしれないし、先にグランデムを滅ぼすつもりかもしれない。


 ただし、本当に『グランデムのために働こうとする優秀な戦士』の可能性もあるし、スパイだったとしても、最後の最後までは十分に有能な働きぶりを見せてくれるだろう、とも思えた。

 だから、国王陛下はラビの危険性を考慮した上で、ラビをグランデムの武官にすることにした。


 何にせよ、ラビを完全に信用することなく、しかし利用するつもりで……私、シーニュ・シグネは他の『特殊武官』と共に、それとなくラビを監視する命を受けた。




 ……尤も、予想は外れたどころか、ラビ自身を監視する必要もなくなってしまった。

 ラビは死んでしまった。

 さっきの、『魔銀の道』で。

 あれだけの量の血が流れ出て、死んでいない訳は無い。予め血液を用意しておいたとしても、岩を回避できた理由にはならない。周囲に逃げたとしたら、私が見つけている。

 余程巧妙な、見つかりにくい抜け道でもあれば話は別だけれど……そもそも、ラビには『魔銀の道』の構造を深く知る時間は無かったはず。

『魔銀の道』をグランデムが発見した日の6日前には、まだ『魔銀の道』が無かったという証言がある。

 そして、その頃ラビはテオスアーレの姫を誘拐するため、『王の迷宮』に潜っていたはず。

 それから最速でグランデムへ来ないと、間に合わない。とても、『魔銀の道』を探索する時間なんて無いはず。ましてや、姫を連れていたなら尚更。

 ……もし、ラビが、『魔銀の道』に住む妖精か何かだったりすれば話は別だけれど……そんなおとぎ話、考えるのも馬鹿らしいわね。




 だから、私達の心配は、杞憂に終わった。

 ラビは、旋風のように現れて、グランデムがテオスアーレを滅ぼすきっかけを作ってくれて、それで、死んでしまった。

 ……ああ、それから、他にも、やっていったことがあるわね。

 隣を歩く、ウォルクを見る。

 彼が浮かない顔をしているのは、私のせいだけれど私のせいじゃない。

 ……いっそ、ラビが本当にスパイで、私達を裏切って、騙された私達を嘲笑ってでもくれればよかったのに。

 そうしたら、ウォルクだって……。

 ……馬鹿みたいね、私。




 城へ戻ったら、早速国王陛下へのご報告……といきたいところだけれど、それは負傷者の治療の後で、ということで、簡易的に中級武官の3人がとりあえずのご報告へ向かった。

 だから、私は早く薬を貰ってきて、ウォルクの腕を……と思ったのだけれど。

「……何だと!?薬が無い!?」

「あまりにも負傷者が多く……それに、薬の多くは出陣にあたって、兵士の皆さんが持っていかれましたから……」

 ……私達は、戦場で多くの薬を使った。

 私も、手持ちの分は使い切ってしまった。だから、私自身の怪我も、ウォルクの腕も治せなかったのだけれど。

 普通なら、こんなに薬を使ってしまう事も無い。

 薬を使わなくてもいい程度の怪我しかしないか……或いは、薬を使う前に『使っても無駄な』状態になってしまうか、どちらかだから。

 そういう意味では、今回はとても運が良かったのだと思う。

 よく分からない動きをするゴーレム兵達によって、グランデムの下級武官、中級武官達は皆、あの塔の外に出してもらえたのだから。

 ……そうでなかったら、もっと多くの兵士が死んだだろう。

 きっと、ウォルクだって……。

 そう考えると、あのゴーレム達には感謝の気持ちが湧いてくる。

「そうか……しかし、困ったな……まさか、城の薬の在庫がこんなにも少なかったとは」

「薬が少ないんじゃありません。怪我人と薬の消耗が大きすぎたんです。……でも、困りましたね。どうしたものか」

 けれど、今はひたすら、薬が欲しい。

 折角拾った命。こんなの所で、たかが薬不足のためだけにすり減らしてしまうなんて、悔しすぎるもの。


 ……そんな、時だった。

「おい、薬が届いたぞ!」

「なんだって!?そいつはありがたい!」

 薬不足に暗雲が立ち込めるような雰囲気だった城内が、にわかに活気づく。

 運び込まれてきた木箱には、丁寧に薬の瓶が詰められていた。

「こんなにたくさん……一体誰が」

「ああ、どうやら、町の方で有志が薬を用意してくれたらしい。さっき、たくさんの人達が協力して運んできてくれた」

 窓の外を見ると、人々が空の台車を牽きながら戻っていくのが見えた。

 それぞれに、グランデムの国歌を高らかに歌いながら。

 ……ああ、ありがたいことね。

 兵士として戦う事は、楽しいことばかりじゃない。

 でも、こうして、私達の戦いぶりを労ってくれるグランデムの人たちが居る。

 だから私は、兵士として……『特殊武官』として、頑張れるの。




 薬は城内にすっかり行きわたった。

 最高級薬まで混ざっていたから、かなり重症だった兵士も治療することができた。

 ……そして、ウォルクも。

「腕の調子はどう?」

「ああ、問題ない」

 滑らかに腕を動かすウォルクを見て、安心した。

 彼、昨夜は痛みで眠れなかったようだったけれど、今日は眠れるわね、きっと。

「これで今日はぐっすり眠れるわね?」

「ああ……気づいていたのか」

 ウォルクは少しばつが悪そうに、「うまく隠していたつもりだったんだが」なんて言う。

 その様子を見て、思わず笑みが零れてしまう。

「ええ。気づくわ。だって、大事な同期の事だもの」

 ……ウォルクの事を、『好きになった子にはこういう事が言えない性質』だなんて、言えないわね。

 同じ穴のなんとやら、だわ。




 ウォルクの部屋を出て、私の部屋へ戻ろうとしたとき……ふと、不審な気配を感じた気がした。

 ……でも、廊下は相変わらず、静かなだけ。

 気のせいかしら、と思いながら、ふと、ウォルクの隣の部屋……私の部屋じゃない方の、隣の部屋が、気になった。

 死んだ、ラビの部屋。

 不審な気配は、ラビの部屋から発せられているような気がした。


 ラビの部屋の扉には、鍵がかかっていた。

 あの子ったら、戸締りして出ていったのね。しっかりしてる。

 ……廊下を確認したけれど、誰も居ない。

 なら……少しお行儀が悪いけれど、針金で開けさせてもらいましょう。

『特殊武官』として、錠開けぐらいは訓練しているから。


 ほんの数分で、鍵が開いた。

 また廊下を見て、誰も居ないことを確認してから、私は、そっと、扉を開ける。

 そして、その先には……何も無かった。ただ、普通の部屋があるだけ。

 ……不審な気配、だなんて。

「嫉妬、かしら」

 自嘲しながら、念のため、部屋の奥へ踏み入った。


 それが、間違いだった。


 ずるり。

 気配に上を向けば、天井に……天井にぴったりと、巨大なスライムが張り付いているのが見えた。




 悲鳴を上げかけた口は、すぐに塞がれてしまった。

 天井からスライムが落ちてきたのだ。

 対処する前に、私の体は大きくてひんやりとして柔らかな何かへと引き寄せられ、引き込まれ……飲み込まれた。

 私は、スライムの中に引きこまれて、閉じ込められてしまった。


「っ……!」

 もがくけれど、スライムの体は私の体にすっかりまとわりついて、離れない。

 それどころか、スライムの一部が口腔から侵入してきて、吐き気と苦しさでもがくこともできなくなる。

 剣に伸ばした手は剣に届かず、魔法を使おうと集中させた意識はどんどん薄れていく。

 声は出ない。物音を立てようにも、スライムに吸収されて、音は生まれることなく消えていく。

 こんなことって。こんなことって、そんな。

「……!」

 せめて、助けを。誰かに知らせて、それで……。隣の部屋にはウォルクが居る。

 彼に、彼に、助けを。

 スライムの中、伸ばした手の先で……スライムが、器用に、部屋の扉を閉めるのが見えた。


 最期に、ウォルクが居る方を見た。

 ……壁一枚に隔てられて、彼を見ることは、叶わなかったけれど。




 +++++++++




 薬の台車は無事、町の人達によって運ばれた。

 やった事は簡単。

『薬を王城へお届けする途中、有志の方々が薬を買ってきて、追加してくださり、これだけの量になりました。負傷した兵士の方も多いようでしたから、きっとお役に立てると思います。ですが、運ぶ途中で足を挫いてしまいました。もしよろしければ、どなたか、王城までこの薬を届けてくださいませんか』と、お願いしただけ。

 そうすれば、半分以上酔っぱらっている人達は、快く仕事を引き受けて、王城に向かって台車を転がしていってくれた。

 私は適当にお礼を言って、宿へ戻った。

 さて、これで大方、やることは終了した。

 あとは、結果を御覧じろ、というところだけれど……その前に。


「お疲れ様。いえーい」

 宿で、ガイ君他装備モンスター達と、ハイタッチ。

 ……何がお疲れ様って、薬の瓶に1つ1つ毒を入れていったあの作業、かな。




 さて、これで後は、毒がじんわり効いてくるのを待つばかり。

 数日後には、多くの死傷者が出るはず。

 そして、解毒剤(毒)を使って益々泥沼になるのだ。

 ……その時のために、私はもう一仕事しておこう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ