56話
私が剣を振れないのは、愛する人を傷つけられないのと同じ。
そして精霊が私を傷つけられないのも、また。
『なっ……何故です!何故!く、魔力が、いう事を、聞かないっ!』
精霊(というかテオスアーレ国王)の周りがぼやけるというか、ぶれるというか、不思議な見た目になってくる。
『……く、時間が無いのに!』
そして精霊さんは拳での反撃に出てきた。
けれど私はもう避けない。
拳は私に届く前に、青い壁に阻まれる。
『この魔力が!この魔力が邪魔をしてっ……!ただの魔力がこのように働くなど、聞いたこともない!』
精霊さんは苛立ったように攻撃を繰り返してくるけれど、それらは全て、私の居た世界の魔力、いわば私の居た世界の成れの果てに阻まれている。
『形を、とっているのも精一杯……!あなたは一体、何をしたのです!』
「私は何もしてないよ」
……そして、その間、私は精霊さんに攻撃しなかった。
できるわけがない。
相手は私の居た世界の魔力の塊みたいなものだ。攻撃できるものか。
……ただ、代わりに、私以外の皆が、他の部分に攻撃していた。
クロノスさん率いるゴーレム部隊が、6Fで戦っている。
そして、順調に、この『国』は、滅びに向かっている。
国が滅ぶって何だろう。
そう考えて、私は最初、王を殺すことだと思っていた。
王が居なければ、この国では執政が立ち行かないだろうし、政治が立ち行かなくなれば、それはもう『国』じゃない、と。
……しかし、よく考えれば、普通、『王』は死ぬのだ。
何も、殺される殺されないの問題じゃなくて、普通に病死とか、老衰とかでも。
その時、『王』は新しくなる。
ストケシア姫でもいいし、場繋ぎで大臣とかそういう人が王様代理をやったっていい。
それでも、『国』は多分、回るのだ。『王』は死んでもいい。普通死ぬ。それでも代わりが居る。代わりが現れて、『国』は続く。
では、国が本当に回らなくなって、ばらばらになって、死んでしまう時って、どんな時か。
……そう考えていくと、なんとなく、今までグランデム兵がやたらめったらテオスアーレ民を殺していた理由が分かる気がしてくる。
『国』とは、『王』じゃない。
人や物や……たくさんのものが集まって、形作られているんじゃないだろうか。
ある程度の人が集まって生活して、ルールができて、人や物が集まって、治める人が出てきて……そういうものが『国』なんじゃないかな、と思う。
ただ、普通の人が1人死ぬのと『王』が1人死ぬのだと、当然後者の方が『国』にとって大打撃だ、というだけで。
……つまり。
この精霊さんが、テオスアーレという『国』の精霊で、『国』と共に滅ぶ、というのであれば……当然、テオスアーレの町を破壊し、人を大量に殺せばいいんじゃないか、と、そう思う訳だ。
とにかく数を重視してね、と、ゴーレム達には指示を出した。6Fから7Fに上がってくる人はトラップで何とかするから、とも。
つまり、もうロイトさん達のような強すぎる人は最初から無視して、戦わなくていい、と。
どうせ全員死ななくたって、『国』として変わりすぎる程に人が死ねば、それで十分なのだろう。
よって現在、ゴーレム兵達はあらかたのテオスアーレ民を殺し終えて、多少損害を出しながらも『王の迷宮』の外に向かって侵攻中だ。
狙うのは勿論、民間人。
人が死ねば国が死ぬ。
その時、私の目の前にいる精霊さんも、死ぬのだろうから。
ゴーレム兵達には、特に強そうな人を除いて大体全員のグランデム兵を『王の迷宮』の塔の外に運び出してもらった。
特に強そうなグランデム兵(多分上級武官の人達)には、ロイトさん達の足止め要員として残ってもらっている。
足止め要員のグランデム兵にはフルーティスライムの何匹かに持たせておいた上級薬や最高級薬をぶっかけて、少し傷の治療もしてあげたから、もしかしたらロイトさん達を殺してくれるかもしれない。
一方、『王の迷宮』の塔の外に運び出されてそのまま放置されることになったグランデム兵達は、ある程度の治療を自分達で行っている。多分、ある程度は生きながらえると思う。
テオスアーレ民間人を減らすのを手伝ってくれればありがたいけれど、正直今の段階でも死にかけてる人が多いから、あんまり期待はしない。
それに、ゴーレムだけでも十分だとも思うし。
ダンジョンの外の様子は、ここから見える範囲でしか私には分からない。つまり、人が死んでいるのかどうなのか、細かくは分からないのだ。
……けれど、精霊さんには様子が分かるらしい。
『ああ、また民が……テオスアーレの民が!なんてことをするのです!あの傀儡はあなたの仕業ですね!今すぐやめさせなさい!』
「やだ」
今や精霊さんは、半分テオスアーレ国王からはみ出るというか溶け出るというか、とにかく形を保っていられなくなって、私に文句を言うしかできない何かへと変貌を遂げていた。
精霊さんは何度か、この『王の迷宮』の塔8Fからの脱出および、ゴーレム兵の侵攻の妨害を行おうとしていたのだけれど、時折青い光が現れては、壁になったり鎖になったり、精霊さんの邪魔をした。
そうして精霊さんから魔力が零れていけばいくほど、精霊さんはどんどん不安定になっていく。
精霊さんが保持しておけなくなった魔力が零れては、私の中へと染み込んでいく。
それは私を癒し、私を強くして、私の内側を掻き乱して、そして、私の意思を強くした。
そうしている間にも、テオスアーレの民は死んでいく。
勿論、都から出て逃げていく人達も居るけれど、それでも割と逃亡者を少なく抑えているようだった。
……勿論、ゴーレム兵にも限界はある。
元々、テオスアーレとグランデムの混戦で大分傷ついていたゴーレムも居た。そういうゴーレムは民間人の反撃を受けて、戦闘不能に陥ってしまう事もある。
これ以上戦えない、と思ったなら、すぐに撤退させて、ダンジョン内に呼び込んだ。
ダンジョンのエリア内に戻ってきさえすれば、『合成』でスペアボディに合成してあげられるから。
……ただ、大きいし、的になりやすいだろう、ということで一番心配していたクロノスさん。
クロノスさんは、全く、心配が要らなかった。
大きいから的にはなる。的にはなるのだけれど、それ以上に、大きい故に、もう、強すぎた。
防具すら無視して貫通する攻撃のせいで、まず、攻撃されて致命傷を与えられる前に相手を殺せる。
遠距離から魔法を撃ってくるような場合にも、素材に使った『黒鋼』が元々魔法に強いものらしく、ほとんど魔法が効かない。魔法無効もいいところだ。魔法を受けてもクロノスさん自身が魔法を使うから、相手を殺せるし。
そして当然だけれど、あまりにも大きいから、民間人達が作ったなけなしのトラップ……落とし穴だったり、ロープで足を引っかける奴だったり……そういったものも、丸無視。
落とし穴は小さすぎて落ちないし、ロープは逆に、クロノスさんに引っ張られて千切れるか、ロープが結んであった箇所が壊れるか。
……つまり、街に出たクロノスさんはとても強かったのだ。
味方の盾にもなってくれる。攻撃力としても申し分ない。魔法も罠もほとんど心配ない。
多分、ロイトさんみたいな、すごく強い人1人とか相手だと、少々厳しいんだろう。
でも、そんなに強く無い人いっぱい、とかが相手の時、クロノスさんはとても輝く。
輝いている。実際、黒光りしている。
……最早何も言うまい。
ゴーレムに予め指示を出しておいた通り、街に火の手が上がる。
火の魔法を覚えさせておいたゴーレムがうまいこと、よく燃える場所に火を放ったらしい。
『あ、ああああ、私の、私の国が!民達が!ああ……』
最早精霊さんは虫の息である。
魔力に邪魔される分と、『国』が破壊されていく分とで二重にダメージを受けているらしい。
『どうして、どうしてこんな酷いことをするのですか。皆ただ、幸せに平和に暮らしていただけではありませんか……』
恨みがましい目で私を見る精霊さんに、私は何も答えない。
『……ああ、ごめんなさい、守ってあげられなくてごめんなさい、私の、大切な民達……』
最早精霊さんは、しくしくと泣きながら死んでいく人達に謝り続けるばかりになってしまった。
いや、見た目はテオスアーレ国王だから、とても不思議な見た目なのだけれど……。
テオスアーレは死んでいく。
それは都だけに留まらない。
私が元々居たダンジョン、あそこでずっとお留守番していたリビングドール姉妹、ルビアとサフィアにもおつかいを頼んだ。
ご近所のテロシャ村に火を放つように、と。
……そして今、ルビアとサフィアはダンジョンに戻ってきた。
2体の様子を見る限り、怪我は無し。
嬉しげにしているし、どうやら無事、ミッションに成功した模様。
ルビアが火を付けて回って、サフィアが氷で村人の足止めをして、2体についているホロウシャドウやファントムマント達も加勢して、出てきた村人たちを魔法で遠距離射撃してくれたらしい。
何せ、グランデムとの戦争を予期した人達でテロシャ村はいっぱい。
それはそれはたくさんの人を仕留めることができただろう。
テロシャ村がダンジョン外だったのが残念だけれど、冒険者やその類の人達は上手く挑発してダンジョンに呼び込むようにしたみたいだし、十分。
それに、これから『国の精霊』が死ぬのだ。
多分、人間の魂ぐらい、些末なものだろう。
テロシャ村を焼いたついでに他の町や村も潰そうかな、と思ったのだけれど、その必要は無かったらしい。
『あ、あ……城、が』
テオスアーレの城の中に籠城する人達が居たらしいのだけれど、ゴーレム兵や、『王の迷宮』の城砦の大砲によって城門がこじ開けられ、中に居る人達も殺され始めたらしい。つけててよかった、大砲。
『……もう、この国、も……ああ、セイクリアナ、あとは、残った民、達を……頼み、まし……』
そして、そんな様子を見ながら、だったのだろう。
精霊さんの気配が消えた。
それきりだった。
勿論念のため、動かなくなった精霊さんもといテオスアーレ国王にはとどめを刺しておいた。
さて。
今、私には、凄まじい量の魂が雪崩れ込んでいるところだ。
多分、これが『精霊が死んだ』事によって得られた魂なんだろう。
……うん、すごい。
これは、すごい。すごくすごい。
とても元気が出てきた。
だって、私の世界を取り戻すための、大きな一歩になったのだから。
……でも、今はリザルトをやってる場合じゃない。
このダンジョン内に居るすべての人を、一旦外に追い出したい。
ゴーレム達も回収しなくてはいけないし……できたら、テオスアーレの城の中、少し、家探ししたいな。
うん。なら、最初にやることは決まり。
6Fでは、ロイトさん達がストケシア姫を守りながら、グランデム上級武官達に押されている所だった。魂が抜けてるのは伊達じゃないらしい。弱い。精彩を欠いてる。それでもまだ生きてるのだから、元々が相当強かった、という事なのか、意地なのか、はてさて。
……できれば、ここはロイトさん達に頑張ってもらいたいのだけれど。
どうせロイトさん達が死んでも碌な量の魂にならないことが分かってるし、だったらたくさん魂を落としそう、かつ、今後の進展に関わるグランデムの上級武官をしっかり殺してもらいたい。
……けれど、多分、ロイトさん達は私を見たら警戒するだろうな、と思う。
私が加勢してグランデム上級武官を殺したところを狙って背後から、とかやられたらたまらない。
だから最初にやることは、とりあえずロイトさん達をどこかに放り出す事か。
となると、8Fに誘導して、窓から飛び降りさせるのが一番手っ取り早いかな。風の魔法を使う人が居るだろうから、8Fからだって余裕を持って着地しそうだし。
どうせロイトさん達を殺して得られる魂なんて0に等しいだろうし、テオスアーレの精霊が死んで魂を得られた今、ロイトさん達は別に逃がしてしまっても構わない。
今、この『殺しても全然旨味が無い人達』をスピーディにどうにかするには、『逃げろ』と言うのが一番いいだろう。丁度、お姫様も居ることだし。
……そして、お姫様を逃がすメリットは、まあ、実験というか、そういうレベルだけれど……十分にある。
よし。
「道を拓いた!最上階には窓がある!そこから逃げて!」
7Fから6Fに降りてすぐ、私はそう言ってさっさとグランデム兵を攻撃しに行った。
「なっ」
「め、メイズ、さん……?」
当然、ロイトさんやストケシア姫は、私を見て混乱した。
今まで散々、攫ったり敵軍に売り渡したり殺したりしておいてこれだから、無理はないと思う。
「貴様、ラビ下級武官か!?」
「裏切ったか!」
そしてグランデム兵側も、混乱した。
今まで散々、敵国の姫を売りに来たり、いきなり武官になったり、生きのこったり死んだりしておいてこれだから、やっぱり無理はないと思う。
それでも私はグランデム上級武官をなんとか殺そうと頑張ることをやめないし、実際もう1人殺した。
ロイトさん達と戦って散々弱ったところを叩く訳だから、とても楽。漁夫の利最高。
「急いで!」
グランデム上級武官の1人の剣を斬り飛ばしながら、ロイトさん達に声を掛ける。
「な……信用できるかよ!今更」
「じゃあ最上階から逃げる以外に、ストケシア姫を死なせない方法があるとでも!?」
伸びあがる床でグランデム上級武官の視界を遮って、私を見失った人の背後に回って首を刎ねる。
首を刎ねながら、ロイトさん達に叫べば、ロイトさんが動揺したのが分かった。
……そういえば、私は『悪魔からストケシア姫を助けている』のだったっけ。
「グランデム兵は私がここで殺す!最上階へは行かせない!あなた達は逃げたければ好きに逃げればいい!」
駄目押しにもう一言叫べば、今度こそ、ロイトさん達は覚悟を決めたらしい。
「行くぞ!」
「姫、こちらへ!」
ストケシア姫を連れて、階段の方へ向かって行った。
よし。これで後は、グランデム上級武官を殺せば、この長い戦いもやっと終わる。
「メイズさん!」
しかし、そこに、予想していなかった声が掛けられた。
……ストケシア姫だ。
「メイズさん、私、分からない事だらけよ!あなたは、どうして皆を殺したの?どうして、私をグランデムへ連れていったの?どうして……どうして、なのに、助けてくれたの?」
「姫、時間がありません!」
急かされるものの、ストケシア姫は強情にもその場にとどまって、言葉を続けた。
「……私、あなたのこと、許せません!でも!でも、全部嘘だったとも、思えないの!だから……だからっ!」
「ストケシア姫」
私は、グランデム上級武官から一度大きく距離をとって、ストケシア姫に言う。
「逃げて、生きて。自由に生きて。それで、作って。……新しい、あなたの国を」
私の言葉に、ストケシア姫は目を円くした。
最後に少し笑顔を向ければ、ストケシア姫は泣きそうな顔で口を開きかけ、そのまま、近衛兵達に連れていかれ、階段の上へと消えていった。
「ラビ下級武官……貴様、裏切ったな」
既に2人、仲間がやられているからだろう。上級武官達は私を警戒して、不用意に近づいては来なかった。
全員が少し離れた所から私を睨んで、敵意を向けている。
「テオスアーレは滅びました」
でも、彼らはもう、碌に戦えない。
回復薬はとうに尽きているし、腕の骨が折れたり脚の腱を斬られたり、と、とても戦えるような状況じゃない人も居る。
まともに残っている人達だって、小さな傷はたくさんあるし、そもそも、疲労がとても溜まっている状態。
彼ら以外に敵はいない。そして、彼らを倒せば、これで終わり。
「次は、グランデムの番です」
これなら、心置きなく楽に戦える、というものだ。




