55話
とりあえず、テオスアーレ側の人間が生きていても良い事が無いので、可能な限りは減らす努力をする。
これから私は国王を殺しに行くわけだし、援軍に来られたら困るから。
トラップを使うと、グランデム兵まで巻き込んでしまうので、とりあえずゴーレム兵の導入だけでなんとかする。
1Fに居たゴーレム兵と7Fに居るゴーレム兵を6Fに集めて、テオスアーレの人間だけを殺す様に指示した。
……グランデム側がゴーレムばかりを狙わないかだけが心配だけれど、仕方ない。説明する暇も手段も無い。
後はゴーレム達が頑張ってくれるのを期待して、私は国王をさっさと始末しよう。
実は、国王を始末する手段は最初からある程度構築してあった。
どうせ、兵力がガタ落ちしているテオスアーレの国王とはいえ、腕の利く護衛をつけておくぐらいはするだろうし、そうなった時に真っ向から勝負するのはとても面倒くさい。
だから、最初から国王をスムーズに殺せるように考えてこのダンジョンを作ったのだ。
最初に、玉座丸ごとボッシュートになる落とし穴を作っておいた。
テオスアーレ国王が玉座に座っていたら玉座ごと7Fに落下することになる。
……が、それだけだと確実性に欠けるので、窓辺等の要所要所に落とし穴を作った。
ついでに矢が飛ぶ仕掛けもいくつか作った。玉座に座っていたら丁度額に矢が刺さるような位置・高さに作ったり、膝に刺さるように作ったりした。
……そうして、私が頑張って罠を設置しておいたことで、国王も護衛達も十分に罠に警戒した。
矢を打ち出す罠は看破されて氷の壁に封じられ、落とし穴もしっかり見つけて印をつけ、その上に乗らないようにしている。
うん。ダンジョンなのだから、この程度は想定していたんだろう。
だが甘い。
人間が一番油断するのは、何か1つ成功した時だ。
そういう時、その次にもう1つあると、案外引っかかってくれるもの。
ましてや、今まで罠を探して細かく濃やかに部屋の中を探していたのだ。
当然、いきなり視野を広げることなんてできやしない。
「階下は今、どうなっておる」
「何やら混戦状態となっているようで……民に紛れさせた兵士は間違いなく奮闘していますが、戦況がよく分からず……」
ああ、なんだ。避難させた一般人って、やっぱり一般人じゃないのも混じってたんだ。道理で。
「混戦……!?それでは姫は、ストケシアはどうした!」
「それが……死んだはずのロイト・アルデリン他4名の近衛に守られているようで……」
ロイトさん達はとても張り切っている。私にも見えてる。
「そ、それは……それは、一体何がどうなっておる?」
「わ、分かりません……我々にも、さっぱり……」
護衛の要領を得ない報告も当然と言えば当然か。
まさかお姫様が悪魔に魂売って『皆』を生き返らせたのに、悪魔が魂を買う前に死んだ、なんて、普通は想像できない。
「ストケシアは無事なのか……?」
そして、そわそわしながら王様が玉座(落とし穴凍結済み)から立ち上がり、数歩歩いたところで……私は、トラップを作動させた。
ぱかっ、と。
蓋が開くように、床が綺麗に割れた。
「なっ」
「へ、陛下ぁーっ!」
まさか床がほぼ全面落ちるとは思っていなかった彼らは、当然のように6Fへ落ちてくることになったのだった。
7Fには私が居る。
そして、トラップがたくさんある。
そこに落ちてくる人は……まあ、当然、死ぬよね。
空中に居る的にトラップを当てるのもそう難しいことじゃない。
落下中は魔法以外、ろくに身動きが取れない訳だから、魔法が上手に使えない人は全員ここで死ぬわけだ。
8Fには国王の他、6人護衛が居たけれど、その内の4人が死んだ。
なんだかうまいこと、『自分はいいから国王を守らなくては』っていうかんじに魔法を使って死んでくれた人が居たみたいで、ちょっと得したかもしれない。
「これは……」
ふんわりと風のクッションで軟着陸したテオスアーレ国王を襲うのは、飛び出す剣山。
「陛下!危ない!」
そして、優秀な護衛は国王を突き飛ばして剣山から回避させ、代わりに剣山の餌食になる。
立て続けにトラップを数度発動させれば、国王の代わりに護衛が引っかかってくれて、綺麗に国王1人だけにすることができた。
……ダンジョンにおいて、一番ありがたい敵は、足手まといの人。
足手まといが1人居るだけで……しかも、その足手まといが一番偉くて、一番守らなきゃいけない人だった場合は特に、周りにいる強い人達が代わりに死んでくれるから。
すっかり護衛を失った国王にとどめを刺すため、ギロチンを落としながら矢を発射し、ついでに国王の足下で地雷を爆発させた。
……のに、国王は生き残っていた。
トラップ発動地点から数歩分、瞬間移動したかのように移動していて、全てのトラップを避けて、生き残っていた。
『このテオスアーレにとって最も危険な存在は、グランデムではない』
そんなテオスアーレ国王の口が動いて、女の人の声が響いた。
……おじさんから綺麗な女の人の声が出てくると、なんだか、とてもこう、視覚と聴覚に齟齬が生じる。すごく変。
『あなたです』
テオスアーレ国王の体が動いて、私と向かい合う。
その瞳の奥に、なんとなく、既視感というか、懐かしさというか……そういうものを、感じた気がした。
『私はテオスアーレ。この国と共に在り、この国を守る精霊です。……私の国を滅ぼそうとするあなたを止めにきました』
テオスアーレ国王はあろうことか、そんな自己紹介をしてくれた。
……これは、多分、まずいやつ……なのだろうけれど、今一つ危機感が湧かないのはなんでだろう。
『できることならこんな事はしたくなかったのですが、このままではテオスアーレの民が無為に消えていってしまう。私はこの国の精霊として、あなたを止めなくてはなりません』
それは結構なことです。
『たとえ、城に蓄えられていた魔力を全て消費しても、たとえ、国王の体を乗っ取ることになっても、あなたを野放しにしているよりは余程いい。……私はあなたを殺します。そして、私の国を守るのです』
随分と過大評価されたものだなあ。嬉しいような悲しいような。
『……ですが、その前に1つ、あなたに聞きたいことがあります』
「はい」
しかし、精霊さんはすぐに襲い掛かって来たりしなかった。
私も、なんとなくこの精霊さんが好ましい……いや、好ましいわけじゃないし、むしろ殺したい気持ちはたっぷりあるのだけれど……何故か、この精霊さんに対して、あんまり危機感を覚えられないので、とりあえず精霊さんの話を聞くことにした。
『あなたは、たくさんの人を、テオスアーレの民の命を奪いましたね?』
「ええ、まあ」
『それは何故ですか?昔、この地に居た者は、私の民達と友好な関係を築くことを望み、実際にその通りにしていました。でも、あなたは違う』
ああ、『王の迷宮』さんの事か。
あの人は……うん、のんびり暮らしていたい人だったみたいだし、実際に人を殺すことはほとんど無かったみたいだから、精霊さんの言う通り、『友好な関係を築いていた』ことになるんだろう。
『どうしてあなたは、あんなにも民を殺したのです』
「どうしても、必要だったので」
でも、そもそも私と『王の迷宮』さんの目的は違うのだ。違ったのだ。
私には取り戻さなきゃいけないものがあるから。
だから、そのために人を殺さなきゃいけない。
だから殺す。
必要だから殺す。
それだけのシンプルな、1+1=2ぐらいシンプルな、それだけの回答なのだけれど。
『必要?何にですか』
「うーん、この世界には関係の無いことです。話したくありません」
『……関係が無い……?では、あなたはあなたの私利私欲のために、関係の無い人々を殺したというのですか!』
「まあ、はい」
どうも、精霊さんにはちょっと分からなかったらしい。
いや、分かったのかな。分かった上で怒ってるのかもしれない。
実際、殺した人の大半はほとんど関係ない人だから、まあ、合ってるよね。本当に直接関係があったのなんて、てるてる軍団の人達ぐらいだったし。
うん。それ以外は特に関係ないけれど、殺してる。間違いない。
間違いないけれど、仕方ないじゃない。必要なんだから。
『許せません!私は、私は……私の民達の無念を晴らすためにも、ここで、あなたを倒さねばなりません!そうしなくては……このままでは、これから先、私が滅んだ後も、他の、何の罪もない人々があなたの犠牲になるのでしょう?』
精霊さんはつまり、私を殺す、と。
そう言っている訳だ。それは分かる。
「はい。まだまだ殺します。いっぱい殺します。別にあなたの民じゃなくても殺します。グランデム人でもいい。人間じゃなくてもいい。正直誰でもいいから殺したい。……あなたでもいい」
……でも、やっぱり、私はこの精霊さんに対して、どうにも危機感を覚えられないのだった。
それでも、殺すけれど。
精霊さんに対して、トラップを作動させていく。
床から剣山を出したら、天井から剣山を落とす。
巨大な鉄球を落として、跳ね上がる床で弾いて転がす。
精霊さんはそれらを超人的な身体能力で避けていく。
……避けるという事は、当たったらまずい、ってことだよね。
なら簡単だ。当てればいい。
魔法もバンバン使って、積極的に精霊さんを追い詰めていく。
霧を発生させて視界を遮り、岩石を落とし、火柱を上げて。
『く、戦うために仕方ないとはいえ、形をとるとなると、いささか不便、ですね!』
けれどこの精霊さん、台詞の割にはとても避けるのが上手。
これは単純に、反射と身体能力が凄いから、なんだろうなあ。
『やられっぱなしというわけにはいきません!くらいなさい!』
そして、空中二段ジャンプ、という驚異的な事をやりながら、精霊さんは魔法のような……でも、もっと単純な何かを放ってきた。
青い強い光が、光線となって襲ってくる。
……相変わらず、私は妙に危機感が無いのだけれど、それでもちゃんと光線を避ける。
『ええい、大人しく、滅されなさい!』
お互い、攻撃しながら避けながら、忙しく動き回ることになる。
戦況はどっちもどっち。当たらないし当てられない。
どうやらこの精霊さん、身体能力の割に、戦う事は苦手らしい。戦い慣れていないかんじがする。だから今、こうして私と拮抗しているのだろうけれど。
……でも、私の体力は有限だから、どこかでこの拮抗は崩れるだろう。
早く、決着をつけなくては。
精霊さんの周りで、とにかくたくさんのトラップを発動させる。
大きく避けようにも、周りが全部トラップだったら大きくは避けられない。
だから、敢えて精霊さんの足下だけトラップを作動させずに行動を制限する。
多分、『避けることを想定して、敢えてこういうトラップの動かし方をした』みたいに捉えてくれると思うんだけれど。
……でも、真意は目隠し。
吹きあがる炎や、落ちてくるギロチンの大きな刃に視界を遮られた精霊さんに向かって、一気に距離を詰める。
跳ね上がる床を利用して飛ぶ。
途中で伸びあがる床を発動させて、蹴って、方向を変える。
そして、精霊さんに向けて、剣を。
剣を振ることは、できなかった。
その隙を、精霊さんが逃すはずがない。
『私はこの国の精霊。この国の全てを見守る必要があります。……当然、この塔の中も、私が見守っているのですよ』
私がダンジョンの中を把握できるように、この国の事を把握しているらしい精霊さんは、剣を振れなかった私を拳で捕らえた。
ガイ君が守ってくれたけれど、衝撃は私の体を襲う。
拳1つにしてはあり得ない程の衝撃に吹き飛ばされて、なんとか体勢を立て直すけれど、一度肺から出てしまった空気を吸い直すには時間がかかったし、その時間を精霊さんが待っていてくれる訳もない。
2撃、3撃、と、光線が飛び、拳が飛ぶ。
光線を避けたら拳を受けて、みしり、と骨が軋む。折れたかもしれない。
そして、精霊さんの手に、強く強く、青い光が集まる。
私は、動けない。
『これで終わりです!』
そして放たれる光に対して、私は剣を振らなかった。
『……何故、何故、これほどの魔力を受けて、あなたは生きていられるのですか!』
そして放たれた光は、私を攻撃しなかった。むしろ、癒しさえした。
体の痛みは消えていたし、頭は現状を理解して、冷静に回り始めている。
ただ、体でも頭でも無いどこかが、酷く痛む気がした。
「親が、愛する子を傷つけるわけが、ないでしょう」
光は、懐かしい、私の居た世界の気配がした。




