54話
開幕直後、というよりはもう、私自身の台詞に食い気味にトラップを発動させ始める。
跳ねる床、剣山、壁から矢、天井からギロチン、床で地雷を爆発させて、大鎌で払う。
……勿論、最初の床を回避されることを見越して剣山を出したし、その剣山を回避されることを見越して矢とギロチンを出した。地雷は言わずもがな。大鎌はもう保険の域。
しかし、どれ1つとして悪魔に当たらなかった。
おかしいなあ、と思いながら、続いてゴーレム部隊に頑張ってもらう。
立て続けにトラップを延々と発動させ続けながら、ゴーレムに指示を出して一斉に嗾けようとしたのだけれど、《ラスターケージ》の光じゃなくて闇でできてる奴みたいな魔法を使われてしまい、ゴーレム達は皆壁際に押し付けられるような格好になってしまった。
闇の壁で囲まれた部屋の中に居るのは私と装備モンスター達と悪魔だけ、という事になる。
床トラップと天井トラップは封じられてないけれど、壁トラップも封じられちゃったことになるか。矢とか。
そして悪魔は相変わらず、私からの攻撃を全て避けてくる。
……ちょっとこれは、予想外の強さかもしれない。
『どうした。我を殺したいのではないのか?』
殺したい、と言おうと思ったけれど、よく考えたら私、まだ悪魔さんに対して『殺したい』なんて言ったことないはず。という事はもしかして誤魔化せるのでは?
「いや、むしろすごく仲良くしたい。半分同業者みたいなものだし」
『たわけが』
が、無駄。ひどい。
また飛んできた火の玉を避けて、避けた先にどうせ魔法を発動されるんだろうな、と思ったから、自分の足下の伸びあがる床を発動させて、それで回避。
……しかし、それでも悪魔は私の回避ルートに魔法を撃ってくる。
トラップを自分で利用する、という、かなり複雑怪奇で読みにくい回避行動をとったのに、だ。
うーん、どうしたものか。
それからも数度、当てようとして避けられて、避けようとして当てられかけてスレスレでなんとか避ける、みたいなやりとりを繰り返した。時々悪魔の攻撃が当たって、私は死にかけた。
幸運だったのは、私にはてるてる親分さんから貰った《天佑神助》があるということ。
致命傷を重傷ぐらいに抑えてくれるこのスキルのおかげで、うっかり見えない刃でざっくりやっちゃっても最高級薬で回復して間に合うぐらいの怪我で済んでいた。
……怪我と引き換えに、分かった事もある。
ここで分かったのは、悪魔の攻撃は案外大したことない、という事。
いや、それでも相当強いのだけれど、私がなんとか頑張って避けられないこともない、相殺できないこともない、程度のものだから、多分、精々ロイトさんの本気モードぐらいの強さ、なんじゃないかと思う。
ただし、その狙いがあまりにも正確なのが性格悪いというか、なんというか。
うん、でもまあ、大したことない。
悪魔、攻撃は大したことない。案外大したことなかった。
『舐めてもらっては困るぞ』
しかし、そんなことを考えていたら、立て続けに激しく魔法が飛んできた。
仕方ないから跳ね上がる床を跳ね上げて盾にして、更に浅めの落とし穴に入ることで魔法から避難する。
『小賢しい』
それはこっちの台詞なんだよなあ。
……せめて、一発でも当てられればいいんだけれど。
より手数が多いのは私のはずだ。ゴーレムが無くても、トラップがある。
けれど、私がトラップをいくら動かしても、悪魔はそれら全てに対応してくる。
それが、極度の集中と驚異の反射によるものなのか、それとも。
……なんとなく、だけれど、手の内が分からないでも無い、気がする。
けれど、今の状態じゃ『考える』にしても分が悪いから、一度落とし穴で落ちて6Fへ。
「えっ」
「うわっ」
当然ながら、いきなり私が降ってきて、6Fに居た人達は大層驚いていたけれど、今はどうでもいいや。
……ダンジョンとしての目で見てみると、7Fに取り残された悪魔は難しい顔をしていた。
なので、ちょっと邪魔になりそうなストケシア姫にはご退場頂く、という事で、ストケシア姫の足下の落とし穴を作動させて、ストケシア姫も6Fにご招待。
「きゃっ」
「ひ、姫様!」
落ちてきたストケシア姫は誰かがキャッチしてるだろうからどうでもいいや。
さて。
ここで、私はまず、怪我を治す。
今まで最高級薬を適当にぶっかけるぐらいしかできていなかったから、ちゃんと的確にかけて、ちゃんと治す。
さて。しっかり元気になったところで、次に、パンを想像する。
パン。パン食べたい。パン。
噛むと塩味がじわーってする奴。
サクサクでカスタードと林檎がたっぷり乗ってる奴。
噛んだらじゅわっと肉汁が溢れるソーセージを挟んだホットドッグも美味しそうだし、しっとりがっしりローストチキンが挟んであるようなお総菜パンでもいいや。
塩コショウしたベーコンエッグを乗っけたトーストも美味しい。食べたい。
うん。お腹が空いた。
……さて、7Fの悪魔は、ストケシア姫が消えて一瞬驚いたような表情を見せた後、また難しい顔で考え込むというか……そういう表情になってしまった。さっきよりももっと、集中しているかんじ。そして、微妙に焦燥感。
これは……これは、多分、来た。
悪魔が難しい顔をしている間に、私は7Fのトラップ発動を、落とし穴以外、全部オートマティックに変更した。
『っ!?』
途端、悪魔を狙ってトラップが作動し始める。
1つ作動したら後はもう、フロア全体にみっちりぎっしり仕掛けられたトラップが連鎖していって、常に5つ以上のトラップが作動しているような地獄絵図が出来上がった。
……そして、悪魔の動きはあまり鮮やかでは無い。
なんとか致命傷は避けようとしているみたいだけれど、掠ったりなんだり、結局はダメージが入っている。
『くっ、くそ、見つからん!』
悪魔は撤退を考え始めたんだろう。トラップを避けながら、今度は別の種類の集中を始めた。
多分、魔法を使うような時の。
当然、私はこれを見逃すわけにはいかない。
折角の得物を逃がすわけにはいかない。
6Fに仕掛けておいた伸びあがる床に乗って、6Fの天井兼7Fの床に激突……する直前、落とし穴を作動させて、ちゃんと7Fに到達する。
そして、悪魔が私を見て反応できるより先に、私は闇の壁に隔てられたゴーレム達に、一斉に指示を出す。
「好きに行動しろ」と。
ゴーレム達が一斉にそれぞれ、適当に動き始めた瞬間、悪魔の動きが明らかに鈍った。
そして、私はガイ君とホークとピジョン、ついでにクロウとリリーとボレアスとムツキ君……つまり、全ての装備モンスターに、全てを任せた。
『なっ……なんだこれは!』
オートマティックの罠に翻弄されていた悪魔は、多分、私に気付いた。
そして、困惑しただろう。
……私の頭の中は、『うどんに乗せる揚げ玉は最高』という事でいっぱいだったのだから。
よくよく思い出せば、簡単な事だった。
この悪魔の一番の武器は、恐らく、『相手の考えを読み取れる能力』だったんだと思う。
だから、ストケシア姫の望みを、ストケシア姫の口から聞く前にある程度知って唆すことができたし、私が「死ね」と言うより先に私の殺意に気付いたし。
……なんとなく、口に出す前に先回りして会話されていた気もするし。
そう。
だからこの悪魔は、私の全ての攻撃を避けることができたのだ。
私が発動しようとしたトラップは、私の思考を読むことで全部事前に知ることができる訳だ。あとは、それに反応するだけの能力があれば、十分に避けられる、という事になる。
私の回避をことごとく縫ってきたのも、そういう事。私がどう回避しようとしているのかを読み取れば、そこを狙って攻撃を当てられる。
……しかし、この悪魔の能力、欠点があったのだ。
1つ目に、ゴーレムやガイ君、リリーといったモンスターの思考は、多分読み取れない、という事。
2つ目に、多くの人間が同じ場所に居ると、特定の1人の思考を読みづらくなってしまう、という事。
そして3つ目に、人の思考を読むことに集中すると、全体的にスペックが落ちる、という事。
1つ目は単純。
だからこそ悪魔は、初手でゴーレムの動きを封じたわけだし。……いや、もしかしたら、『多くの思考が近くにあると分かりにくい』っていう2つ目の方の理由だったのかもしれないけれど。
そして2つ目も思い返せば分かりやすい。
6Fで私やストケシア姫と会話していた時は、そんなに『超瞬間的に』思考を読んでいるようには感じられなかった。
人がたくさんいたから、誰か1人に集中して思考を読むことに余計な労力が必要だったんだろう。
というか、わざわざ『場所を変える』という提案に乗ってくれた時点で分かるべきだった。
だって、場所を変えなくても、十分に悪魔は戦えたはずだ。6Fには悪魔の傀儡たる、『生き返った』人達がたくさん居たのだから。
それでもわざわざ場所を変えたのは、6Fにたくさんの人が居たから。
たくさんの人が居ると、思考を読むのに時間がかかるから。
……だからこそ、私がいきなり6Fに消えて、パンの事ばかり考え始めた時、咄嗟に私の思考を見つけられなくて、『トラップのオートマティック化』に気付けなかったのだ。
もし気づけたとしても、自動で動くトラップに思考なんて無いから対処できなかったと思うけれど。
……3つ目は当然といえば当然か。
1つの事に集中すれば、それ以外がおろそかになる。
『トラップのオートマティック化』に気付けなかった悪魔は、ひたすら私の思考を探した。
人に紛れて、パンのことしか考えていない思考を頑張って探そうとしていたのだ。
だからこそ、他のスペックが落ちて、オートマティックのトラップを避けきれなくなったりしていたのだと思う。
……そして、最終的には、襲ってくる私達に気付くのが遅れた。
悪魔の首が飛ぶ。
咄嗟に首を庇ったらしい右手も一緒に、すぱり、と斬れ飛ぶ。
これが私のホークとピジョンの切れ味、そしてガイ君の剣技なのだ。
ぼとり、と首と手が落ちたら、すかさず私の服の裾からクロウが飛び出し、悪魔の胴体の心臓に突き刺さった。
リリーは《キャタラクト》で悪魔の手に追い打ちを掛け、ボレアスは《ゲイルブレイド》で悪魔の胴体に残った手足を斬り落とし、ムツキ君は悪魔の首を《フレアフロア》で焼き尽くした。
悪魔だからね。よく分からない理屈で生き返られても困る。
死体は徹底的に処分。
『還元』できるようになったら、さっさと還元してしまった。
……悪魔の死体って、利用できそうだけれど、なんとなく……なんとなく、怖かったので。呪われたりしてそうだし。くわばらくわばら。
なんとか、悪魔を殺せた。
詳しく見ている時間は無いけれど、とんでもない量の魂が手に入ったのは分かる。思わず表情が緩む。最高級薬分の損害はあるけれど、そんなの気にならないくらいの大儲け。やったね。
……しかし、これでめでたしめでたし、とはいかない。
ここまでで大きく狂ってしまった盤面を、なんとか直さなきゃいけない。
まず、悪魔が死んだことで生き返った人達は消えたか、というと、そうでもなかった。
……6Fではそのまま、混乱が続いている。
つまり、グランデム兵とテオスアーレ兵、そしてテオスアーレ民間人が入り乱れて殺し合いが続いているのだった。
すごい。
では、この状況がどうなれば、私の勝ちなのか。
……一番いいのは、グランデム側が少し残り、テオスアーレ側が全滅するパターン。
残ったグランデム兵が撤退せずにテオスアーレ国王まで討ちに行ってくれれば尚良し。
最悪なのは、テオスアーレが圧勝するパターン。
こうなるともう、テオスアーレを滅亡させるのがとても面倒になる。
だってロイトさん達まで生き返っちゃってるし。
ダンジョンでもう一回殺そうにも、ロイトさん達が5人揃って来ない訳がないし、絶対にすごく警戒してくるだろうし、前回の失敗を生かしてとても固い絆パワーを見せてくれるだろうから正直悪魔1体よりよっぽど強敵になってくるだろうし。
だから、最低でもロイトさん達には死んでいてほしい。
……でも、正直、ロイトさん達をグランデム兵がこの状況で殺せるか、といったら、正直、あまり期待できない。
ゴーレムを使って頑張っても、『姫を守れる喜び』で張り切ってるロイトさん達を、果たして殺せるものか。
トラップで一切合切まとめて吹っ飛ばそうにも、6Fでのここまで激しい戦闘は考えていなかったから(想定じゃテオスアーレ側がここまで持ちこたえるわけが無かった)、あまり多くのトラップは仕掛けられていないし。
……これは、もしや、とても面倒な状況になってしまったのでは。
この面倒な状況を打破する手段は無いものか、と考えて、考えて、考えて、結論を出した。
とりあえず、国王を殺してから考えよう、と。
もしかしたら、国王さえ殺せば『国が滅びた』ことになるのかもしれない。
そして、私の目的は『国を滅ぼす』ことで、『国に憑いている精霊を殺して魂を得る』事。
……別に、テオスアーレの兵を全滅させなくてもいい可能性だって、あるんじゃないかな。




