53話
『言え。お前の望みはなんだ?』
さて、予想外の悪魔の登場だったけれど、だからといって困る事は何もない。むしろありがたい。
……だって、悪魔は殺すとたくさん魂が手に入るって、『王の迷宮』さんが言っていた。
この悪魔はどう見ても強そうだ。
きっと、魂もものすごく多いのだろうなあ。
そして、私がストケシア姫や悪魔やその他大勢が居る6Fへ移動する間に、ストケシア姫と悪魔はやり取りを始めた。
『どうした。言えないか?』
「あ……あ……」
いざ、実際に悪魔を前にしてみて、ストケシア姫は怖気づいたらしい。
震えながら、しかし、それでもなんとか毅然としていようとしているのが分かる。
『簡単な事だ。望むだけでいい。……ふむ、お前は誰かを蘇らせようとしているのではないか?望めば叶えてやるぞ』
そして、悪魔がいっそ優しく話しかけると、ついに、ストケシア姫は自らの望みを口にした。
「……返して。皆を返して!死んじゃった兵士の人達も町の人達も、ロイトもサイランもアークダルもスファーもルジュワンも!皆返して!」
『それが望みか』
「そう!それが望み!お願い、皆を返して!」とてもお姫様らしい望みだと思う。
ここで『グランデム兵皆殺し』とかじゃないあたりが特に。
『ならば、それ相応の対価を貰おう。当然、そのような望みを叶えるために、お前の魂1つでは足りぬ』
しかしここでストケシア姫、困る。
……そして、困った挙句、結論を出した。
「だったら!だったらここに居るグランデムの人達皆殺して!それで対価にして!」
いつの間にか大分、ストケシア姫が成長していた。とっても感慨深い。
『ならん。お前が対価にできるのはお前の物だけだ。お前に命を差し出している訳でも無い者の魂を、お前が対価に使う事はできぬ』
そして、悪魔はお断りした。当然である。
だって、テオスアーレの人を生き返らせて、ついでにグランデムの人を労無く皆殺し、なんて、それじゃあストケシア姫に都合が良すぎる。
「私の、もの……?」
『例えば……その瞳』
悪魔はにやり、と笑うと(表情が分かりづらいんだけど、たぶん笑った)、ストケシア姫の目のすぐ下に、骨のような爪のような、そんな指を這わせた。
『珍しい紫色をしている。蒐集品として人間の目玉を集めている仲間への手土産に丁度いいな。或いは』
怯えるストケシア姫に構わず、続いて悪魔は姫の髪を一房、掬い取った。
『この髪。長く艶があり美しい。乙女の髪を薬にする悪魔も居る。腹の足し程度にはなるかもしれん。……或いは』
そして悪魔は、ストケシア姫の顔を両手で包み込んだ。
『魂亡き後も、傀儡として悪魔に仕え続けるのはどうだ?お前は若く美しい。召使いとして使ってやってもいい』
ひゅ、と、ストケシア姫の喉が鳴った。
多分今、お姫様は「どえらいものを呼び出してしまった」とか考えてるんじゃないかな。多分。
『さあ、どうする。滅びに向かう国の姫君よ。捧げるのは目玉か?手足か?髪や爪だけでは足りぬぞ。それとも、悪魔の召使いになるか?……それとも、お前の望みを諦めるか?』
カタカタと震えるストケシア姫は、しかし、『望み』について言われると同時に、その震えを収めた。
……そして、凛とした表情で悪魔に向かうと、はっきりと口に出したのだ。
「私は悪魔の召使いにはなれません。でも、私の体から目も手足も全部、持って行っていいわ!その代わり、ちゃんと皆を返して!幸せにして!嫌なこと全部無かったことにして!」
『成程。分かった。望みは叶えてやろう』
悪魔は笑って片手を振ると、その場に一気に人が増えた。
増えた。
……増えた。人が増えた。すごい。すごい増えた。すごい。
「あれ……ここは……」
「ん……?なんで……俺は死んだんじゃ……?」
多分、ストケシア姫の言う『皆』に入っている人が全員ここに生き返っ……いや。違う。
違う。生き返ってる訳じゃない。
少なくとも、『元に戻った』訳じゃない。
「姫様!」
「……ロイト!ああ、良かった……!」
見覚えのある騎士も中には混じっているけれど、うん。なんとなく、見て分かる。
「姫様、俺は……俺は、一体?なんだか体に力が入らねえっていうか……」
多分、この人達の魂は、元に戻っていないのだ。
人間の魂が人間にどう作用しているかなんて分からない。けれど、多分、現に今、この場に居る、『生き返った』人達は、魂が無い。あったとしても、すごく少ない。
……どういう仕組みか分からないけれど、考えてみれば妥当か。
ストケシア姫のそう多くないだろう魂とストケシア姫の体だけで、何百、下手したら何千という人間を生き返らせるのだ。
その1人1人の魂まで戻していたら、悪魔さん、破産してしまうだろうから。
しかし、ストケシア姫は生き返った人達と感動の再会をする暇も無かった。
『では、代価を頂こう』
喜びと安どの表情を浮かべていたストケシア姫は、悪魔の声にびくり、と反応し、その表情を絶望に変えた。
……なんで代金後払いで願いを叶えたのかな、って思ったけれど、悪魔さんはストケシア姫のこの表情を見たくて代金後払いにしたのかもしれない。
『お前の体全て、という事だったな』
「おい……おい、どういう事だ!お前、姫様に何をした!」
ストケシア姫に近づく悪魔にロイトさんがいきり立つけれど、悪魔の一睨みで動けなくなってしまったらしかった。
多分、物理的に。
『お前達は我が蘇らせたのだ。今のお前達は我が魔力で動く傀儡。傀儡の動きを止める程度、容易いこと』
……つまり、悪魔さんは自分が生き返らせた人の動きは自由に決められる、ということかな。
多分、戦わせたり細かい作業をさせたり、となるとまた話は変わってくるのだろうけれど、少なくとも、『戦えないように動きを止める』ぐらいならできるみたいだ。
「いいの。いいのよ、ロイト。私が決めた事だから……」
「姫様……まさか、悪魔に、魂を……!?」
ロイトさんをはじめとして、生き返った人は全員、絶望のような表情をストケシア姫に向けている。
……たった1人を盾にしただけで、グランデム兵がすんなりテオスアーレの都に入ってこられた時も思ったし、その前からなんとなく思っていたけれど。
ストケシア姫って、本当にテオスアーレの人達全員に、愛されていたんだなあ。
『では、目玉から頂こう』
無慈悲な悪魔は楽し気にそう言うと、ストケシア姫の頭をがしり、と左手で掴んだ。
「きゃ」
「姫様!くそ、動け、なんで、動かねえんだ、俺の、体っ……!」
勿論、誰も止めることができない。
生き返った人達は全員動きを止められているし、そうでない人は大体全員グランデム兵だ。悪魔の恨みを買ってまで、敵国の姫を助ける筋合いは無いもんね。
「誰でもいい、誰でもいいから、姫様を!ストケシア様を助けてくれえええええええ!」
ロイトさんの悲痛な声が響く中、悪魔の右手がストケシア姫の瞳に近づいていく。
『安心するがいい。一瞬で終わる』
恐怖の涙が湛えられたストケシア姫の眼球に、骨とも爪ともつかない悪魔の指を近づけていき……。
『……ぬっ』
悪魔の手が、止まった。
止めなくてよかったのだけれど。
お姫様の目に夢中になっている今ならいけるかな、と思ったから突っ込んでみたけれど、駄目だった。
悪魔は右手でホークとピジョンを受け止めていた。
「な……メイズ、さん?」
「メイ、ズ……」
一番近くで私を見ていたストケシア姫とロイトさんには構わず、悪魔から一旦距離をとる……と見せかけて、もう一撃。
『無駄だ』
も、駄目。
こっちの動きが読まれているらしく、かなり無理なフェイントを混ぜても全く通らない。
駄目だこりゃ。全然隙が無い。
せめてなんとか、上の階……トラップをいくつも仕掛けてあるフロアに誘導できればいいんだけれど。
どうしたものかな、と考えていたら、悪魔さんが何とも言えない表情で私を見ていた。
『……お前は、悪魔……ではない、な?』
「悪魔じゃないよ、失礼な」
そして、いきなりそんな失礼なことを言ってきた。失礼な。
『だが、人間でも無い』
「人間だよ、失礼な」
更に、重ね重ね失礼なことを言ってきた。失礼な。
『……どうやら本当にそう思っているようだが、お前は人間ではないぞ』
「人間だよ」
例えダンジョンだったとしても、私は人間だよ。
『まあ、構わんが。……同業なら、同じ場所に居合わせるのはお互いのためにならんと思っただけだ』
ああ、悪魔同士で殺し合ったりする羽目になるかもしれないから、っていう事かな。
前、『王の迷宮』さんもそんなことを言ったりしてた気もする。
『して、何故お前は我の邪魔をする』
「えっ」
……悪魔さんの視線が私に向いている。じっとりしている。
そういえば……そうか。悪魔さん目線だと、私はストケシア姫の目玉がくり抜かれないように悪魔さんを攻撃した、っていう事になっちゃうのか。
「えー……」
参ったな、どう言い訳すればいいんだろう。
なんとか、誤解を解く方法、うーん。
悩んでいたら、悪魔さんがまた何とも言えない顔になってしまった。速く回答しなくては。
うん。
「ちょっと場所変えない?」
『……構わんが、我としては供物に逃げられては困る』
「じゃあ供物も一緒でいいから場所変えない?」
『分かった』
案外あっさりと場所の移動に乗ってくれた悪魔さんの真意を測りかねつつ、私は悪魔さんとストケシア姫と一緒に、7Fへ移動した。
さて、7Fに到着した。
ここならトラップもゴーレムもたくさんあるから、なんとか悪魔の隙を作り出すこともできるだろう。
『さて、ここでなら静かに話ができるな』
「そうだね」
お互いに向かい合って、そして。
『神とやらに祈るといい。だが無駄だ!ここが貴様の墓場になる事はもう決まっている!』
悪魔が、巨大な火の玉を投げつけてきた。
当然避けると、私の動きを読んでいたかのようにぴたり、避けたところに風の見えない刃。手ごわい。
でも、それらをなんとか躱して、私は剣を抜いた。
気合十分。モンスター達もベストコンディション。
これでやって駄目なら、きっと何をやっても駄目だっただろう。
私にできるのは、もう後は、腹をくくる事ぐらいだ。
「じゃああなたのお墓にしてあげよう」
……こうして、悪魔(多分ホンモノ)と、悪魔(他称による)の戦いが、始まったのだった。




