51話
岩石が人の目隠しをした時点で、私は足元に設置しておいた落とし穴からB1Fに落ちた。緊急脱出。
そして、同時に落とし穴からブラッドバット部隊が出動。
岩の隙間から血になってはみ出してもらって、いかにも『ラビが死んだ』ような演出をしてもらうのだ。
死んでいれば殺されることも無い。
これから進軍する、という時に、下級武官1人のためにわざわざ岩を退かして生死を確認するようなこともするまい。
……万一確認された時のために、ダミーの死体(ミンチ状)も用意してはあるのだけれど、必要無ければ使いたくない。後で『生きていたのさ!』ってできなくなってしまうから。
そして実際、そうなった。
ウォルクさんはしばらく、落石の山の前でラビの名を呼び続けていたけれど、他の武官達に慰められ、励まされながら引っ張っていかれる。
そうして後に誰も残ることなく、軍はダンジョンを進んでいった。
……さて。
これで『ラビは死んだ』。
自由に動ける時間はそう長くない。貴重な時間、1秒だって無駄にはできない。
すぐにダンジョン内を動いて、鏡を通って、『王の迷宮』へ。
「ただいまー」
クロノスさんは最近暇らしく、私が見に行った時には他のゴーレムと一緒に本読んでた。(ストケシア姫の暇つぶし用に買ってきた奴)
大きな手でちまちまとページを捲る動作がなんだか可愛らしい。
「クロノスさん、そろそろ仕事だと思うからよろしくね」
一応声を掛けておくと、本をそっと置いて立ち上がり、頷いてくれた。
今回はクロノスさんがとても活躍すると思う。頑張ってもらわなくては。
念のためというか、保険というかで、クロノスさんのスペアボディを『王の迷宮』内にいくつか作っておいた。
魂を入れない只の人形なら、そんなに高いコストでも無い。ミスリルづくりの副産物でできてしまった魔鋼の類もあるから、材料費が少し浮くし。
それから、スライムメーカーにぼんぼん果物と水をつっこんで、フルーティーでカラフルな可愛いスライムをたくさん作った。
同時進行で、ガーゴイルメーカーに布(侵入者達の服とか)をぼんぼんつっこんで、やわやわふかふか布ガーゴイルも作った。
更に同時進行で、クロノスさんの配下となるゴーレムを量産する。
ゴーレムメーカーに手当たり次第、強そうな金属をぼんぼんつっこんで、ゴーレムにした。
……ミスリルゴーレムは作らないでおいた。ゴーレムのデザインも、『魔銀の道』(トンネルダンジョンがいつの間にかそう呼ばれるようになってたのでそう呼ぶことにする)のゴーレムとは大きく変えてあるから、2つのダンジョンの間につながりがある、なんて思われないと思う。
モンスター側の準備ができたら、フィールドの準備だ。
グランデムが『ストケシア姫の身柄を渡すための条件』を告知した時点で、もうこのダンジョンにストケシア姫が居ないことは分かったわけで、つまり、それ以降、侵入者は入ってきていないらしかった。それどころじゃなかった、とも言う。(だからクロノスさん達は暇を持て余していたのだけれど。)
だから、ダンジョン内の改造に制約は無い。思う存分、ダンジョン内を一気に変えてしまえるわけだ。
とは言っても、がんばって作ったダンジョンを駄目にするような事はしない。
地下の迷路群は私の努力と魂(コスト的な意味で)の結晶なのだから。
……だから、とりあえず、上に伸ばすことにした。
『王の迷宮』は流石と言うべきか、敷地が広い。1Fはしっかりフロア面積限界まで広くしてある。だから、これはこのままでいい。
問題は、テオスアーレ国王を放り込んでおくスペースだ。
そのために、2Fから8Fまでを作るのだ。
そうして、『王の迷宮』は、ほんの1時間程度で城砦を生み出した。
1Fと2Fはバトルフィールドを想定したものとなっている。
黒鋼を基調としてその他さまざまな金属で作られたゴーレム達が侵入者を阻む。
……城砦の3Fと4Fは特に何もない空間だ。何もない空間に見える。ここは私のバトルフィールドだから空けておいた。
5F6Fは、民衆のための避難場所。
1つの大広間を中心に、集合住宅のように小さく区切られたスペースが集まっている。
……そして、布ガーゴイル(かわいい)やフルーティスライム(かわいい)が、食料や衣類、生活用品等々、様々な物を持って徘徊もとい巡回している。
彼らはとても人懐っこく、頼まれれば持っている物を分けてくれる。
危害を加えられれば逃げはするものの、危害を加えようとはしない。
そして7Fはまたゴーレム達がうろうろするフロアで、最上階、8F。
ここが王様をつっこんでおく場所になる。
このフロアはとにかく、内装に気を遣っている。
きっちり敷き詰められた赤い絨毯。玉座っぽい椅子。壁はダンジョン入り口の方が全面ガラス張りになっていて、窓枠の格子のデザインも装飾的。こだわりの設計。
……そして、城砦の外壁には大砲や毒矢射出機構が何台も構えられ、時には火炎放射器が作動しさえするという、鉄壁の守りを実現。
この世界の兵器の水準からしてみれば、かなりオーバースペックな防護だと言える。
そんな城砦の名にふさわしい設備を備えつつ、装飾にも気を抜かない。
城砦のあちこちにはためくのは、旗。
テオスアーレの旗印だ。
ちなみに、ゴーレム達は全員、胸にテオスアーレの印を掲げている。
……多分、これだけ見れば、グランデム兵だって、まさかテオスアーレ国王が自分の意志では無く『誘拐』されたなんて、思うまい。
『王の迷宮』の劇的ビフォーアフターが終わったら、早速王城に向かう。
早速だけれど、国王の『誘拐』が目標。
……多分、なんとかなると思う。
どうせ滅ぶ国の事だ。立つ鳥跡を濁しまくりでも何ら問題ないのだし。
『王の迷宮』の周囲には、人々がごった返し、急に出来上がった城砦を不安げに眺めていた。
私は人の波を掻き分けながら進み、宵闇の町を駆ける。
王城までの道程を走り抜け、王城の門前にまで辿り着く。
「何の用だ、ここはテオスアーレの……うわっ!」
「すぐに、すぐに陛下に取次を!時間が無い!」
そして、我ながらの名演技で焦燥感を演出しながら、門番の肩を掴んで揺さぶった。
「悪しきグランデムに我らテオスアーレが打ち勝つ、唯一の方法を作りだした!」
多分、テオスアーレ国王も、藁にも縋る思いだったんだろう。
果たして、私の謁見要請はまかり通ってしまったのだった。
勿論、たくさんの兵に見守られながら、だけれど、この程度なら何の問題も無い。
「……メイズ、というそうだな」
「はい」
テオスアーレ国王は疲れの色濃く残る表情でこちらを見ている。
まあ、ダンジョンにグランデムに、これだけトラブルが降りかかれば、こうもなるか。大変だね。
「グランデムに勝つ方法を作りだした、と言っていたそうだが、それは真か?」
「あくまで、可能性の話です。最終的には賭けでしょう。ですが、このままこの城で籠城戦を行うより、余程勝算があるかと思われます」
室内がざわめきに包まれる。
……ここに居る兵士達も皆、同じか。
皆、藁に縋りたいんだね。
「静まれ。……では、その方法とやらを申せ」
疲れの中に諦めと期待が混じり合った目が、私を見つめる。
この場に居る兵士達の視線も、私に集まる。
私は数多の視線を感じながら、一呼吸置き、そして、話した。
「『王の迷宮』を利用する事です」
「……なんだと?」
勿論、テオスアーレ国王はこれに良い顔をしなかった。
当然だね。娘を誘拐されているし、娘の近衛や城の兵士達も殺されているし。
「私はこの度、『王の迷宮』を踏破致しました」
「何っ!?」
当然、テオスアーレ国王は玉座を立ちあがり、周りにいる兵士達はざわめく。
私は彼らのざわめきに掻き消されないよう、声を張った。
「そして!……その奥に居た、ダンジョンの主である精霊が、褒美に望みを叶えてやろう、と持ち掛けてきたのです。そこで私は、グランデムにテオスアーレが打ち勝つ力を望みました。その結果が、今回の『王の迷宮』の変貌です」
ざわめく者、ぽかんとする者、嘲り笑う者、様々な人達が居る中、テオスアーレ国王は……黙って続きを促してきた。
「今、『王の迷宮』は地上8階建ての要塞を生み出しました。私達の理解のおよばぬ兵器も搭載しているようです。さらに、民衆が避難するための場所と、食料、衣類等……そして、忠実なるテオスアーレの『兵士』を生み出しました」
「忠実なる兵士」
「ゴーレムです。……珍しい金属でできていて、胸にはテオスアーレの印がありました。近づいても危害を加えることはありませんでした。彼らはテオスアーレのために戦うでしょう。利用価値はあるかと思います。……グランデムの兵が侵攻してくるであろうこの状況で、唯一の策となるのではないでしょうか」
説明を終えて、あとは国王の反応を待つ。
……私の視線の先で、テオスアーレ国王はしばらく考え込み、それから、口を開いた。
「……いくつか、確認したいことがある。まず、『王の迷宮』を踏破したことについてだ。如何様にして、あの魔窟を踏破した」
「1人で攻略することによって、です。……『王の迷宮』は、大勢の人間が一度に入ってくることを想定した仕掛けになっていました。ですから、むしろ1人で赴けば、仕掛けを容易く通り抜けることができました」
多分、盲点だったんだと思う。周りの兵士達がまたざわめいた。
……ちなみに、本当に1人で攻略しようとすると、B13Fで詰むからよい子のテオスアーレ兵は真似しない方が良い。
「では、ダンジョンの精霊とは」
「精霊だと名乗っていただけで、本当に精霊かは分かりません。……詳しいことは申し上げられませんが、私は彼と魔法を用いた契約を行いました。なので、裏切るとは考えにくいかと」
そこをつっこまれると色々と面倒なので、あまり説明しない。
当然だけれど、不信感は増してしまったらしい。仕方ないけれど。
そして最後に、テオスアーレ国王は大事なことを聞いてくれた。
「……では、メイズよ。お前はどのようにその『王の迷宮』を利用すべきだと考えている」
これは自信を持って答えられる。
「できればテオスアーレの民全員、少なくとも国王陛下には『王の迷宮』に入って頂き、そうすることでグランデムの軍を『王の迷宮』へと誘導します。そして、兵器とゴーレムによってグランデムの軍を滅ぼせばいいのではないかと」
それからもいくつか、『王の迷宮』の機能について聞かれたりして、適当に答えたりした。
私が『王の迷宮』の武装を答えるごとに、室内の兵士は喜びや感嘆の声を漏らし、或いは、グランデムへの士気を上げていた。うん、思う存分大砲や火炎放射器を使うといい。
私はとにかく、『王の迷宮』の安全性と武力をアピールして、そして何より、『どうせこのままでも滅びますよ、賭けてもいいんじゃないんですか』とアピールした。
……アピールするまでも無く、分かっていたようにも思うけれど。
「そうか。……成程、分かった」
そして、遂に、国王は結論を出した。
「『王の迷宮』へ赴こう。……だが、民衆の避難は、望む者だけに限る。ダンジョンの謀略ではないとも言い切れぬ。民衆を巻き込む訳にはいかんからな」
そう言い、テオスアーレ国王は玉座を立ちあがった。
予想以上に上手く行ってしまった。
一度会えてしまえば、国王の影にムツキ君を忍ばせておいて後で誘拐しに来られたから、そのつもりでいたのだけど。
……まあ、上手くいくに越したことはないか。
テオスアーレの都にはすぐ、国王直々のお触れが回った。
国王が『王の迷宮』に移り戦うこと。
民衆も、望む者は『王の迷宮』に避難できること。
そういった諸々が説明されると、『王の迷宮』にはちらほらと民衆が集まり始めた。
集まった民衆は、フルーティスライムや布ガーゴイルに驚きながらもすぐ馴染み、彼らと交流し始めさえした。
一度、馴染んでしまえば後は早い。
『王の迷宮』行きを渋っていた民衆も、噂を聞きつけてやって来るようになる。そうなればもう後は、『王の迷宮』の中に人が増えていくのを待つばかりだ。
……勿論、『王の迷宮』へ避難する人はそれでもごく一部だ。
大体の人はもう、都の外……大体はエピテミアへ向かって疎開してしまっているし、そうでない人も、『王の迷宮』は信用できない、ということでダンジョン外に居残っている。
まあ、いいや。
とりあえず国王が来てくれただけでも十分だと思おう。
……国王側は勿論、『王の迷宮』を信用していない。
多分、私も信用していない。
だから、『王の迷宮』に来たは来たけれど、裏で何かを画策しているらしかった。
私や『王の迷宮』を出し抜くための計画を。
……しかし、彼らの内緒話の全てはダンジョンたる私の耳に入ってくる。
対処はそう難しいことじゃない。
そうして、『王の迷宮』が第二の王城になってから丸1日。
……遂に、グランデム軍がやってきたのだった。




