50話
悪魔を殺すために『王の迷宮』を改造して悪魔をダンジョン内で殺すにしても、ちょっと、どうしようか悩む所だ。
まず、グランデムは間違いなく、テオスアーレ王城へ向かう。そこにいる王を殺し、グランデムの勝利を宣言するために。
……そして一方、テオスアーレは間違いなく、悪魔を召喚したら、グランデム兵を狙う。当然だ。当然すぎるけれど、これが大切。
つまり、悪魔はどこに現れるか、というと……グランデム兵の居るところ、ということになり……つまり、グランデムからテオスアーレ王城までの道中のどこか、或いはテオスアーレ王城、ということになってしまうのだ。
不確定すぎる。こんな状態で、どうやって悪魔を捕まえてダンジョン内で殺そうか。ちょっと考えたくない。
なら、最初から悪魔が現れる位置をなんとか制御できないかな、と考える訳だ。
それには、グランデム兵の動きをある程度決めてしまう、というのが1つ、手段としてあり得る。
グランデム兵を『王の迷宮』に誘き寄せて、或いはそっちへ行く用事を作って、寄らせて……。
……ちょっと難しい気がする。
いや、ちょっとじゃなくて難しい気がする。
グランデムでは私は只の下級武官。軍全体の指揮なんてできる訳がない。
ましてや、これから王を殺しに行くぞ、という軍が何故ダンジョンに行かなきゃいけないのか。
ダンジョンに行く理由が必要で……。
……うん。
成程。分かった。
私が今回の戦争でやらなくてはいけないことが分かった。
テオスアーレ国王を誘拐して『王の迷宮』につっこんでおくことだ。
テオスアーレ国王が『王の迷宮』に籠城している、というような体裁にすれば、グランデム兵もダンジョンに入らざるを得ない。
そして、メインバトルフィールドは『王の迷宮』の敷地内、ということになるだろう。
当然、悪魔が湧くのも『王の迷宮』で、ということになるし、人が死ぬのも『王の迷宮で』、となるわけで、とてもいいアイデアのような気がしてきた。
……しかし、親子2人揃ってそれぞれ誘拐されるなんて、因果なものだなあ。
さて。私はもうテオスアーレ国王を誘拐する気満々だけれど、『テオスアーレ国王を誘拐する』にあたって、2つの条件を天秤にかけることになる。
天秤にかけるものは、『テオスアーレ国王を誘拐する時間』と『グランデムでの地位』の2つだ。
当然だけれど、このままだと私は『ラビ下級武官』として、テオスアーレ侵攻に関わることになる。
つまり、他のグランデム兵達と一緒になってテオスアーレへ向かい、一緒に王城へ向かう、ということになる。
……そうなると、私はテオスアーレ国王を誘拐しに行く時間が無いから、頑張って事前に遠隔操作なり何なりだけでテオスアーレ国王を『王の迷宮』に入れなきゃいけない。難しい。
逆に、ここで私1人が先にテオスアーレへ向かい、国王を誘拐するとどうなるか。
……当然だけれど、グランデムでの地位は失われると思う。
というか、グランデムの内情を知っている武官をそうそう辞めさせるとは思えないし、そもそも私は怪しさ満点からのスタートだから、絶対に警戒されているし。
最悪、グランデムの城を無断で出た時点で裏切りととられかねないし、そうなったら命を狙われかねない。
……ダンジョン内でなら大歓迎なのだけれど、ダンジョンの外で堂々と命を狙われることになると、流石にちょっと分が悪いから遠慮したい。
では、どうするか。
グランデムでの地位をとれば、テオスアーレ国王を誘拐する時間は無く、テオスアーレ国王を誘拐しようとすれば、グランデムに裏切りととられて最悪殺されかねない。
……こういう時、二者択一で考えないことが大事だと思う。
どちらかというと、『どうすれば両方を達成できるか』を考えた方がいい。
グランデムでの地位を失わず、テオスアーレ国王を誘拐できるような、そんなかんじのアイデアを。
……それから30分ぐらい考えて、なんとか無理矢理2つの条件を達成するアイデアが浮かんだのでもうそれでいくことにした。
これなら多分、何とかなる、と思う。
かなり行き当たりばったりになるけれど……上手くいく自信も、ある。
とりあえず、トンネルダンジョンで死んだ人の『血液』が土や岩に染み込んで残っていたので、それらを全部回収した。
翌々日の夜明け前、グランデムから軍が出発した。
行き先はテオスアーレ。
当然のようにトンネルダンジョンを通っていくルートだ。
「ラビ、大丈夫?緊張してない?」
偉い人達の演説の途中、こっそりとシーニュさんが話しかけてきてくれた。
「はい。大丈夫です」
「そう。それは何よりだわ」
そして、ウインクしながら微笑んでくれたので、こちらも微笑み返しておく。
「……ついに、この日が来たわね」
「いつ来てもおかしくなかった、でも、ずっと今まで来なかった日、ですよね」
グランデムはいつだって、テオスアーレを攻撃できた。
しかしそれを今までしなかったのは、単純に『面倒だから』に他ならない。
……まあ、犠牲はどうしたって相当数出るし、テオスアーレ侵略によって他の国からちょっかい出されるようになったらそれはまた問題だし、『面倒だから』はある意味、とても正しい選択肢だったのだけれど。
「楽しみだわ。……私、絶対に活躍するわ。ラビ。あなたもがんばってね」
「はい。シーニュさん、ご武運を」
燃えるような瞳に戦いの意志を強く宿して、シーニュさんは勝気な笑みを見せた。
この国では珍しい物でも無い。
つまり、この国の人は大体全員、テオスアーレを侵攻することを喜んでいる、ということ。好戦的だ、ということ。
侵攻結構。好戦的最高。
きっとこの軍は、テオスアーレの人間をたくさん殺してくれるに違いない。
「それではこれより、テオスアーレ侵攻作戦を開始する!」
偉い人の話も終わって、私達は歩き始めた。(この人数を馬車で輸送する訳にもいかないから、下級・中級武官は徒歩での移動になる。)
私は比較的前の方の隊列に加えられたので一安心。
最後尾だったりしたらちょっと面倒になるところだった。
特に問題も無く軍隊は進み、翌日の夕方にはトンネルダンジョン前に到着した。
そして、トンネルダンジョン前で野営、ということになったので、予想外に『準備時間』が手に入った。
ちなみに、グランデム兵達はここを『ダンジョン前』だと思っているけれど、実質、この平地も十分にダンジョンだ。
なので、私はここに居るだけで、トンネルダンジョンの改造を行える。とても便利。
……とは言っても、作るものはそう多くない。
1つは、たくさんの岩。その内の1つは、人間よりもずっとずっと大きなもの。
もう1つは、落とし穴。適当にテオスアーレ側に近い1Fに設置。
そして最後に、拐取しておいた血液でブラッドバットを数匹作って、落とし穴付近に待機しておいてもらう。
あとは、私の演技力。……これは大丈夫だと思うけれど。
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「では、これより我らグランデム兵は、『魔銀の道』への侵入を開始する!一本道らしいが、油断はするなよ!」
最上級武官の言葉に、応、と声を返す。
沸き上がる歓声とも怒声ともつかないような、質量を伴ったような声。
これから敵国テオスアーレを滅ぼさんとする者達の声が、俺達自身の士気をより奮い立たせた。
『魔銀の道』とは、テオスアーレと我らグランデムを隔てる山脈に空いた穴のようなものだった。
急に現れたのだから、間違いなく『ダンジョン』であると考えられる。
しかし偵察によると、『魔銀の道』は『ダンジョン』であるのに、『とても安全』らしい。
にわかには信じがたいが、実際、テオスアーレ兵達はこのダンジョンを通って、山脈のグランデム側まで到達した、という事だったのだから、信じざるを得ない。他にも、テオスアーレの人間がミスリルの採掘を行っていたことは事実らしい。ということは、採掘作業を行う間も危機に晒されなかったのだろう、という事になる。
……テオスアーレでは『王の迷宮』が豹変したというし、その余波でこのような不可思議な仕組みのダンジョンが出来上がってしまうのだろう、と納得してみた。
……或いは、勝利の精霊がグランデムに味方しているのかもしれない。
「ウォルクさん、あれがミスリル、ですよね」
「ああ、そうらしいな」
「……綺麗、ですね」
そして、それから俺達は『魔銀の道』に侵入し、順調に行軍していた。
俺の隣で俺に話しかけてくるのは、城で隣の部屋に入った、ラビ、という女性武官だ。
ラビはそこまで身長が高いわけではなく、体つきががっしりしている訳でも無い。
俺から見れば、小さくて細くて柔らかそうで、すぐに壊れてしまいそうな印象すら受ける。
ラビは戦場で剣を握っているよりも、窓辺で刺繍でもしているか、或いは本でも読んでいる方が余程似合うような、そういう少女だった。
……だが、これでも彼女は先の『魔銀の道前の攻防』で数少ない下級武官の生き残りとなった武官だ。
生き残るのは難しかったはずだ。魔法もあったというし、相手はミスリルの武具に身を包んだテオスアーレ兵。しかも、たまたま陣形が有利に働いたというだけで、実質、相手が不意打ちしてきたようなもの。
そんな中で、ラビは生き抜いた。
この細い体のどこに力があるのか、とても不思議だが……それでもラビは立派な1人の戦士なのだった。
「ミスリルの武具を作っている暇があればよかったのですけど」
そして、ラビは今、俺の部隊に入っている。
ラビの部下は2人を残して全滅したし、その2人についても雑兵をやめてしまった。
だから、ラビは実質、1人も仲間の居ない状態なのだ。そして、そうなっては部隊としての体を成さない。
下級武官は中級武官の元につくことになったため、仕方なく、ラビは俺の部隊に入り、俺の傍に居ることになった。
……ラビやラビの部隊の兵には悪いが、おかげでラビと話ができる。
これはなんとなく、嬉しいような気持ちがする。
「……ウォルクさん?」
気が付けば、ラビが少々心配そうに俺を見上げていた。
「あ、ああ、すまない、少しぼんやりしていた」
「ウォルクさんもお疲れですものね。クレイガルからすぐに戻って来て、それからまたそう日をおかずに侵攻、では疲れがたまってしまうのも無理はありませんよ。……あ、そうだ」
ラビに要らぬ心配をかけてしまったな、と内心反省していた所、ラビは自身の鞄を探り、中から小さな紙袋を取り出した。
「眠気覚ましに飴菓子を持ってきているんですが、よろしければどうぞ」
「……ありがとう」
ラビが開けてくれた袋から1つ、飴菓子をとる。
飴菓子は口に放り込むとほろり、と崩れ、薄荷の香りと清涼感が広がった。
これは目が覚めるな。
「これで少し、パンのお礼ができました」
ラビは俺を見つめていたかと思うと、そんなことを言って笑った。
……笑うと、花が咲いたように感じられる。
「ところでウォルクさん、このままテオスアーレの……」
ラビがふと、思い出したように言葉を口にしかけた。
しかし、その言葉は不意に途切れ……代わりに、俺は胸に強い衝撃を受け、吹き飛ばされていた。
俺はラビに突き飛ばされ、数歩分、ラビから離れた。
ラビの行動に呆気に取られていると、みしり、と、嫌な音が聞こえた。
俺を突き飛ばして助けたラビは、そのまま、その場に降ってきた落石に飲み込まれ、見えなくなった。
「……ラビ?ラビ、おい、返事をしろ、返事を知ろ、ラビ!」
呼んでも、反応は無い。
しばらく、ラビ、ラビ、と声を掛けたが、積み重なった岩石の山は、一向に退く気配がない。
「ウォルク中級武官……これをご覧ください……」
それでも岩山から離れられない俺に、部下が地面を示した。
「……血」
岩石の隙間から漏れ出た大量の血液が、俺達の足下を濡らしていった。
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