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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
始まりのダンジョン
5/135

5話

 強そうな剣士は、最初の部屋をさっさと抜けた。

 そして、2番目に入って……ちらっ、と壁の数字と記号を見たものの、そこもさっさと抜けた。

 なんだろう、最初から数式はブラフだって分かったんだろうか。少しぐらい立ち止まってもよさそうなものだけれど。

 ……そして、3番目の部屋に繋がる扉にダイアルがついているのを見て……2番目の部屋に戻っていった。

 そして、そこでやっと壁の数字とにらめっこし始めて……。

「……分からん。帰るか」

 あ、これ一番駄目なパターンだ。




 強そうなのに頭は弱いのか。ダイアルなんだから数撃ちゃあたるって分かりそうなものなのに。

 しかし、ここで大事な魂を逃がしたくない。

 あの人は強そうだから、多分、魂もポイント換算で多めなんじゃないだろうか。

 ……仕方ない、不意打ちを1つ諦めなきゃいけないのは辛いけれど、ここは出ていくしかないか。

 なんとか3番目の部屋まで引き込めれば、落とし穴が2つある。

 そこに2人がかりでかかれば、なんとかなる気がする。


 リビングアーマー君に、引き戸を開けて、出ていってもらった。

 私はリビングアーマーに指示を出して、3番目の部屋へ剣士を誘導してくるように伝える。

 3番目の部屋まで誘導できれば、あとは落とし穴と私とリビングアーマーとの連係プレーで剣士1人くらいは何とかなるだろう。

 がしゃ、がしゃ、と音をさせながら歩くリビングアーマー君は相手の意識を引くのにとても有効だ。

「……誰かいるのか?」

 そして、剣士は当然のようにその音に気付き、剣を抜く。

 その眼はその剣と同じぐらい鋭い。

 隙の無い構えと、油断のない眼差し。完全な戦闘態勢である。

「魔物……やっとお出ましか!」

 目を爛々と輝かせて、剣士はリビングアーマーに突っ込んでいった。

 ……あっ駄目だこれ。

 リビングアーマーは、防御力は高いし(鎧だからね)攻撃力も低くない。(そりゃ鉄の塊だからね)

 ……しかし、動きはあまり速くないのだ。(鉄の鎧だから当然だね)

 思いのほか素早い剣士の攻撃を、リビングアーマーは受けて耐えた。

 ガシャン、と、鉄と鉄のぶつかる激しい音が響く。

 そして、リビングアーマーは距離を取り、3番目の部屋へ戻ろうとして……。

「流石に硬いか。なら、これでどうだ……《一点突破》!」

 ……鎧の胸部に真一文字の切れ目を入れられてしまったのだった。


 リビングアーマー、剣士を3番目の部屋へ誘導するというミッションの成功は、最早絶望的である。

 戦力差が、ちょっと、大きすぎた。




 これ、一歩間違ったら、斬られていたのは私だったのか。

 ……ちょっと、びびるね。

 ダンジョンとしての私の目が、剣士の様子を仔細に映す。

 強い。強すぎる。

 大枚叩いたリビングアーマーが防戦一方、しかも消耗していっている、となれば、相手の戦力は推して知るべし。

 成程、これは相手を見逃してお帰り頂くのがベストだった。

 そういう意味では……最初にリビングアーマーを向かわせたのは、まだ、ベターだった、かもしれない。

 少なくとも、いきなり3番目の部屋で戦闘開始していなくてよかった。

 落とし穴とリビングアーマーがあっても、負けていた、かもしれない。


 ……結構ぞっとしたところで、でも、今更何もしない訳にはいかない。

 リビングアーマーをわざわざ倒させるなんてもったいないことはしない。

 しかし、私が不用意に加勢する、なんていうこともしない。

 そもそも、この剣士と真っ当に戦って勝てる気がしない。

 そんじょそこらの不意打ちじゃ、到底敵いっこない。

 相手を舐めていたと言えばそれまで。

 そのせいで負けるなら、本当にそれまでのこと。

 だけど当然、私はここで負けるわけにはいかない。相手を舐めてかかった分の機転は利かせなきゃいけない。


 リビングアーマーを死なせず、相手を殺す。

 リビングアーマーを回収しつつ、相手を油断させる。

 ……達成したい条件を見ていけば、そこへ繋がる道が見えてくる。

 そして、道が見えた瞬間、私は動く。

「すみません、そこに誰か居るんですか!?」

 大声で叫びながら、床をごろごろしつつ、服の裾をナイフで割いた。




 +++++++++




 名声稼ぎを目的に入ったダンジョンの中で、運よくリビングアーマーと遭遇できた。

 リビングアーマーはモンスターとしてはそこそこ強い部類だ。

 こいつを倒せばそこそこの金になるだろうし、もしかしたら、学の無い俺が成り上がるチャンスになるかもしれない。

 《一点突破》でリビングアーマーを大きく切り裂いた以降、リビングアーマーは慎重になっちまったが、それでも押せば押し切れる勝負だった。

「すみません、そこに誰かいるんですか!?」

 そんな、女の声さえ、聞こえてこなければ。


 女の声が聞こえ、一瞬、意識がそっちに持っていかれた。

 自分でそのことに気付いて、やばい、と思ったが……リビングアーマーは、俺に攻撃してこなかった。

 リビングアーマーもまた、女の声が聞こえた方を向いていたのだ。

 その武器である片手斧を降ろして。

 ……もしかして。

「ああ、居る!そっちに誰か、居るのか!?」

 リビングアーマーと距離を取って、ダンジョンの奥に声を掛けると、奥から嬉しそうな声が返ってくる。

「よかった!人が居るんですね!……リビングアーマー、戻ってきなさい!」

 ……そして、リビングアーマーは大人しく、ダンジョンの奥へ向かっていったのだ。

 このリビングアーマーは声の主が従えているモンスターだったらしい。その割には目印になるものも無かったが……だが、これでリビングアーマーが積極的に攻撃してこなかった訳は分かった。

 このリビングアーマーは主人を守っていただけだったんだな。


 警戒はしたまま、俺もダンジョンの奥へ向かう。

 見れば、さっきまで閉じていた数字の錠前付きの扉は開いている。

 さっきのリビングアーマーが開けたのか。

 リビングアーマーは部屋に入ると、すぐに動いて部屋の真ん中にいる主人の傍へと戻っていった。

「このリビングアーマーはあんたのテイムモンスターだったのか」

 大人しく控えるリビングアーマーの側には……床に座り込んだままナイフを胸に抱いて怯える、『めしいた』女がいた。




「ごめんなさい、リビングアーマーが私を守ろうとして、あなたを襲ってしまったようで……お怪我はありませんか?薬を持っていますから、もしお怪我があるようでしたら」

 女はナイフを脇へ置くと、そんなことを口にする。

 相手の慌てた様子は、却って俺を落ち着かせた。

「ああ、特に怪我は無い。大丈夫だ」

 実際、リビングアーマーと戦って、俺は傷一つ負っていない。

 答えると、女はほっとしたような表情を浮かべた。

「ああ、よかった」

 ……つくづく、こんな場所に似つかわしくない女である。

 肌は肌理細かく、髪はさらりとして艶があり、着ている服は上等なもの。

 無骨な皮の手袋とブーツが多少似つかわしくないが、それも旅装だとすれば十分に納得できる。

 つまり、いかにも上流階級の令嬢、という身なりなのだ。

 ……しかし、全体的に埃で汚れており、表情には怯えや疲労が見える。

 その上、上等な服の裾は乱暴に裂かれ、その裂いた端は女の目を隠すように巻いてあった。

「あんた、目を?」

「……はい」

 女はそれ以上を語る事も無く、少々気まずげに顔を背けるだけだった。

 成程、きっと訳ありなんだろう。

 ……これは、都に連れて帰ってやるべきか、そうすべきでないか、判断に困る所だな。


 盲いた女と傷ついたテイムモンスターをこれ以上警戒する理由も無い。俺は剣を納めて、女に近づいた。

 女は俺が近づいてくる事が分かったのか少しばかり身を固くしたが、向いている方向が微妙に俺からずれている。

 本当に目が見えていないようだ。可哀相に。

「あんた、こんなところで何をしていたんだ?何か事情があるみたいだが」

 盲いて怯えて、きっと碌に使えもしないだろうナイフを抱いて震えていた女を放っておくのも夢見が悪い。

 だから、思い切ってストレートに聞いてみることにした。

 ……目を隠していても分かる程度には女が整った容姿をしていたから、そういう打算も無くは無い。

「え、あ、その」

 しかし、女は困ったように戸惑うばかりである。

 ……ああ、そうか。事情は言えないようなものなんだな、きっと。

「ああ、すまない、無粋な事を聞いた。あんたにも色々あるんだろう。喋らなくていい」

 俺がそう言えば、女はほっとしたような、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんなさい、あまり口外できない事情で……」

 視線を落とす女に釣られて視線を落とせば、裂かれた裾から覗く太腿が白く眩しい。

 慌てて目を逸らすが、女はこんな俺の様子にも気づいていないらしかった。

 目が見えていないならしょうがないか。

 ……となると、益々心配だな。

「なあ、あんた、ここにずっといる訳にもいかないんじゃないのか?都まで連れて行ってやろうか?俺は馬で来たから、乗せていってやるよ。そうすりゃ、1日2日で都まで着く」

「都……」

「あ、途中の村が良いならそこでもいいんだ。あんたも訳ありみたいだし」

『都』と聞いて、女が考えるようなそぶりを見せたので、慌ててそう付け加える。

 ……女は少し考えて、おずおずと結論を出した。

「あの、じゃあ、一番近くの村まで……お願いできますか?」

「ああ、任せろ」

 俺が答えると、女はぱっと顔を明るくして微笑んだ。




「立てるか」

「はい。立つだけなら」

 女が立ち上がると、リビングアーマーもそれに合わせて動いた。

 リビングアーマーは少し離れた床からスコップを拾い上げると、女の手に渡す。

「ありがとう、リビングアーマー」

「スコップ?何に使うんだ?」

 女がスコップを握りしめたのを不思議に思って尋ねると、女は笑って答える。

「杖代わりなんです」

 成程、そういうことなら納得がいく。

 ……目隠しのために服の裾を裂いてあることといい、杖代わりのスコップといい、この女はあり合わせのものでなんとかせざるを得ない状態にあったんだろうから。


「こっちだ」

 女の手を引いて、ダンジョンの出口に向かって歩き始める。

 このまま一直線の道程だから、ダンジョンを出るまでは難しくない。

 ……そう、思っていた。

「もうすぐ廊下に……っ!」

 不意に、足元の床が消えた。

 咄嗟に女の手を放して、女を巻き込まないようにしたが、それ以上の事はできなかった。

「いてて……」

 どうやら、落とし穴があったらしい。入って来た時には反応しなかった訳だから、恐らく、踏んだ回数によって作動するようなものだったんだろう。

 不幸中の幸いは、落とし穴がそんなに深くないものだったことか。

 精々、盛大に腰を打った程度で済んでいる。

「あの、大丈夫ですか?」

 不安げな女の声が上から降ってきたので、安心させるべく声をかけようと、上を向いた。

 そこには……『まるで見えている』かのように、俺の喉を真っ直ぐ狙う、スコップの先端があった。




 +++++++++




 私にアカデミー女優賞をあげたい。


 落とし穴に落ちた剣士をスコップで一発刺して、そこを狙ってリビングアーマーにも一撃入れてもらって、それでなんとか、剣士を倒すことができた。

 ……綺麗に攻撃が入ったのも、相手の油断を誘うための演技があってこそ。

 相手は私を盲目だと思っていたけれど、ダンジョンとしての視覚を使えば目隠しなんて関係ないのだ。

 寸前まで盲目のふりをしておいて、ついでにリビングアーマーにも大人しくさせておいて……相手の油断を誘って、殺す。

 こっちはこの世界の事なんて碌に知らないから、『都』についてや、そもそものこっちの『事情』について詳しく聞かれたらアウトだったわけだから、かなり綱渡りだった。

 それでも上手くいったんだから、相手は相当警戒心の無い人だったんだろうな。


 ……けど、『都』か。

 こんな綱渡りは二度とやりたくないけれど、他の用途で今後も使う知識かもしれない。覚えておこう。




 さて、早速リザルトといこう。

 今回得られた魂はなんと、4720ポイント分。

 ……1人でこれなのだから、相手がどれほどの強敵かがよく分かる。

 ああ、最初から戦闘を挑んでいたらどうなっていたことか。……危なかった。


 得られたものは魂だけじゃない。

 いつもの死体と、服やブーツなどの一式。

 お金や薬、そして食料などのこまごましたもの。

 そして、立派な剣が一振りに、短剣、そして、立派な鎧。

 そう。相手はいっぱしの剣士だった。

 当然、装備もそれなりに立派なものだったのだ。

 強敵を倒すと一気に潤う。

 ……剣はスコップより取り回しが利かなそうだし、鎧もこれじゃどうせ私が身に付けるには重いし……これでリビングアーマー君を強化してもいいかもしれない。


 ……そして、最後に残ったもの。

 それは、手のひら大の光の球だった。

 調べてみると、《一点突破》と出てくる。

 ……そういえば、この剣士、リビングアーマーを大きく切り裂いたとき、《一点突破》って叫んでいた、気がする。


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― 新着の感想 ―
これぞ正にMONSTER
[一言] ヤバすぎる!慣れるのはっや!!! ポイントに飢えすぎる!普通に村に行ってもいいだろうw
[良い点] やばい、面白すぎるww ここから(冒険者×盲女)ラブストーリーとか新たな物語が作られてもおかしくないのに、バッサリと打ちきられて爽快すぎます! 神作品を発見した!!!
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