39話
ストケシア姫が『王の迷宮』に攫われた、という話は、案外すぐに広まった。
『王の迷宮』が豹変した、という話は既に広まっていたし、ダンジョンの告知を見た人がお城に問い合わせて『ストケシア姫が消えた』という話が真実だと知れてしまったし、入り口外に出した石板の告知についても知れ渡り……『ストケシア姫がダンジョンに攫われた』と、一気に広まった。
多分、もうそろそろ、お城から強い人達が来るんだろう。
……それが多分、最初で最後の山場になる。
ストケシア姫に『庶民の食事』を与えたり、多少話し相手になったりして待つ内に、侵入者達がやってきた。
見覚えのある顔他4名の強そうな人5人、そして、その人達に連れられた50人の普通の兵士達。
合わせて55人が、『王の迷宮』に突入した。
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「ロイト、緊張しているのか。表情が硬い」
「多少、な」
サイランの問いに素直に返せば、意外そうな顔をされた。
「おや、意外だな、ロイト。お前がそんなことを言うなんて思わなかったぞ?」
さらには、アークダルまで俺をからかってくる。
「そういう事言うなよ。流石に俺だって、『王の迷宮』……しかも、豹変して800人以上を殺したダンジョンに入るって時に、能天気じゃいられないんだっつの」
「あらぁ、そーお?ロイト、アンタ、珍しく可愛いじゃなーい?」
「ルジュワン先輩、あんまりロイト先輩をからかうもんじゃないっすよ。ロイト先輩がキモがってますって」
仲間と軽口を叩き合いながら……実際、俺は緊張していた。
『豹変する前』の『王の迷宮』でだって、俺は1人でB28Fまでしか潜った事が無い。
けれど、他の冒険者の話じゃ、B40Fまでは確実にあるらしい。……俺1人の力じゃ、到底B40Fまでなんて、行けないだろうって事ぐらい、俺にも分かってる。
……でも、昨日の昼間、城に来たメイズ、っていう女剣士は、1人でB32Fまで潜った、って言ってたな。
負けてらんねえ。負けてらんねえよな。女の子に負けるなんて、ちょっと俺のプライドが許さねえ。
それに、今日、俺は1人じゃない。
『水』のサイラン・イヴァンズ。
頭が切れる冷静な参謀役。こいつの作戦が失敗したことは一度も無い。名字で呼ぶと怒る。
『風』のアークダル・ウィーニア。
一番年上で、俺達のまとめ役。頼れるリーダー。どんな状況でも、皆を落ち着かせてくれる。
『地』のスファー・レンディ。
一番年下。皆の後輩。ちょっと無謀なところがあるけど、明るいムードメーカーでもある。
『闇』のルジュワン・パルピリエ。
オカマだけど、実力はちゃんとある。……オカマだからか、姫様と気が合うらしいんだよな。
そして、『火』のロイト・アルデリン。俺だ。
平民上がりだけど、実力はピカイチ。アークダルには負けるかもしれねえけど、それだって城で2番目に強い自信がある。……それに、姫様を思う気持ちは誰にも負けねえ。
……そうだ。俺には仲間が居る。そして、俺達の助けを待つ姫様が居る。
それだけで十分だ。俺達が負けるわけがない。
「負けるつもりは、ねえぞ」
『王の迷宮』に踏み込んですぐ、凄まじい数の魔物に出くわした。
でも、もう負ける気はしない。
「当然だな」
「よっしゃー!俺、頑張るっすよー!」
「はん。みーんなアタシの剣の錆にしてあげるわ!」
「よし。皆、頑張ろう。……総員、突撃!魔物を殲滅せよ!」
俺達は、アークダルの号令と共に魔物の群れに飛び込んでいった。
相手はスケルトンやゴーレムの軍勢だった。
でも、この程度なら俺達の敵じゃない。
実際、フロアいっぱいに居た魔物も、10分もすれば全滅させることができた。
「よし。負傷者は名乗り出るんだ。回復薬は国王陛下からたっぷりと賜っている!惜しみなく使っていいぞ!」
けれど、俺達はともかく、付いてきてる兵士50人の中には、そこそこ負傷者も出ている。
スケルトンは弓を使ったりしていたし、そうなると完全に全員無傷で、ってのは難しいんだよな。
「たいちょーお、俺も怪我したっすー」
……スファーも負傷したらしい。あいつ、すぐ突っ込んでくからすぐ怪我するんだよなあ。
「スファー、気をつけろ。今は負傷で済んでいるが、ここから先はそうもいかないぞ」
「あ、サイラン先輩。はい、気をつけます……」
スファーはスケルトンの矢が掠ったらしい。ま、矢は避けにくいしな。
「ねー、アタシもぉへとへとー。アークダルぅ、ちょっと休まなーい?」
「そうだな。負傷した者の手当てもある。一旦休憩するぞ!進軍は10分後!」
こうして無事、1Fで魔物の大群を倒したら俺達は、少し休憩することになった。
気は急くけど、ちゃんと休んで、万全の状態で次のフロアに進んだ方が良いもんな。
10分をきっかりサイランが計って休憩して、また俺達はダンジョンを進むことになった。
……のだけど、なんつーか、こう、ちょっと想像してたのと違う光景が広がってた。
「あらぁ、薔薇の生垣の迷路なんて、洒落てるじゃなぁい?」
「うわぁ、ルジュワン先輩、似合いすぎてて怖いっす……あ、やめて、薔薇を背景にポーズとらないで」
ダンジョンの中だっつうのに、薔薇の花が咲いてて、甘い香りが漂ってた。
薔薇の生垣で迷路を作ってあるみたいなんだけど、こう……今までに見てきた『王の迷宮』とは違うんだな、って、思わされるよな。
「ダンジョンの中なのに、こんな風に花が咲いていると……不思議な感じがするな」
「罠かもしれない。気をつけろ」
驚いたけど、やることは変わらない。
俺達は慎重に、迷路を進んでいった。
……そして、迷路の先で、俺達は待ち望んでいた姿を見ることができた。
「姫様!姫様っすよ!」
薔薇に囲まれた中、牢屋のような部屋に閉じ込められて、ストケシア姫がそこに居た。
分厚いガラスに阻まれて、俺達の声は届かないようだけれど、姫様は俺達に気付いたらしい。
姫様はガラスの近くまでやって来て、困ったような顔で俺達を見つめた。
「ああ、ご無事なのね……良かったわ」
「しかし……この牢の入り口はどこだ?」
「姫様の居る部屋の奥に扉が見える。だが、その後ろの壁に道は無い。……恐らく、下の階層から上がってこなければいけないようになっているんだろう」
随分意地悪な仕掛けだよな。……まあ、俺が姫様を攫った奴でも、B1Fで姫様を助けられるようになんて、設計するはずがないもんな。仕方ないか。
「仕方ない。先へ進むぞ」
アークダルはすぐに結論を出した。
そりゃそうだよな。姫様を助けに来たんだから、いつまでもここでぐだぐだなんてしてらんねー。
「姫様。……もうちょっとお待たせしますけど、絶対に俺達、助けますから。待っててください」
出発する直前、ガラス越しに姫様に話しかけた。
……だが、姫様は複雑そうな顔で、顔を背けるだけだった。
俺達の身を案じてらっしゃるんだろうけど、でも、俺達だって負ける気は無い。
すぐに姫様を助け出して、笑顔を見せてもらうんだ。
B2Fからは迷路だった。
その階層ごとに、風だったり、地だったり、水だったり……と、コンセプトがあるらしい。
けど、全部、種は同じだ。
迷路の中にある、小さな謎を解く。
壁に嵌めこまれた石板を正しい順序に並べ替えるんだったり、迷路のあちこちに隠された数字を集めて、数字を入れる鍵に入れたり。
多少、手間取ることはあったけれど、道中で出てくるモンスターもほとんど無く、順調に進むことができた。
……そして、B7Fになったらまた、普通の迷路になって、B8Fはまた花の生垣の迷路で……種類が1週したらしかった。
謎解きが少し難しく、より大掛かりになったような気がしたけれど、でも、それぐらいだったな。
こっちには頭脳戦負け無しのサイランが居るし、いざとなったら勘が強い俺やスファーも居るし。
つまり、ほとんど何も変わりなく、俺達は同じような道を進んでいった。
B12F、2回目の水の迷路を終えたら、B13Fに下りる。
そこには予想通り、2回目の火の迷路があった。
そして、B10Fの岩の迷路にあったように、入ってすぐの謎解きだ。
「また謎解きだなあ。サイラン、頼めるか」
「ああ。少し待っていてくれ」
アークダルも頭が切れない訳じゃないけど、サイランの頭の切れにはやっぱり劣る。
適材適所って事で、謎解きは基本的にサイランに任せることにしてる。
「あーあ、アタシ、もっと魔物と戦う事考えてたんだけどぉ?こんなに謎解きばっかなの、予想外よぉ」
……ただ、ルジュワンの言う通り、予想外ではあるんだよな。
俺はもっと、こう……もっと戦って、もっと戦って、戦って、戦って、連戦しながら下へ下へ潜っていくようなイメージでいた。
だから、こんなに頭脳戦ばっか持ち出されるのは、こう、ピンと来ないっていうか……悔しい気がする。
「このフロアの謎も大掛かりだな」
ほんの少しして、サイランが今回の謎解きを説明してくれた。
「このフロアには、邪神像が5つある」
サイランが示す先には邪神みたいな像があって、その像が持つ石板があって、石板にはこのフロアの地図があった。
その地図の4隅と真ん中に、印がつけられている。
「その邪神像それぞれの前で、同時に特定の言葉を言えば次のフロアへの道が開けるんだろうな」
「え、特定の言葉って、なんすか?」
「ここに書いてある通りだ。『5の邪神に時同じくして祈れ。祈りの言葉は邪神が知る』。……つまり、邪神像に祈りの言葉が書いてあるんだろう。それを読み上げればいい」
なんだ、謎解き自体はそんなに難しい物でもない。
「5か所同時に、か」
「それって、アタシ達がバラバラになる必要がある、ってことよねぇ?ねえ、サイラン。どうすんのよ」
俺達が幾手かに分かれて謎解きするフロアは、ここまでにもあった。
けれど、5つに分かれる、というのは初めてだ。
いよいよ、謎解きも大規模になってきた、って事か。
「迷路の攻略も、地図はあるが距離もある。魔物にてこずらされるとも思えない。中心まで全員で進行して、それから近衛1人と兵5人程度の動きやすい組で4隅に向かう。あらかじめ時間を決めておいて、同時に祈りの言葉を言えばいい。どうだろうか」
サイランの意見に反対する奴は居ない。
「分かった。なら、俺が兵30人と共に中心の邪神像に残ろう。ロイト、サイラン、スファー、ルジュワン。お前達は5人の兵をつれて、それぞれ4隅に向かってくれ。時間は……そうだな、魔石ランプに俺が同じ量の魔力を注いで火を灯す。その火が消えたら、ということでどうだ」
それからアークダルがそうまとめて、作戦会議は終了。
俺も5人の兵を連れて隅っこへ行く係だな。
そして、フロアの中央の部屋に辿りつくと、部屋の奥の壁が一部くぼんでいて、そこに邪神像が納めてあった。
足を肩幅より広めに開いて腰を落とし、手を前で呪いの形に組む姿の像だ。
……その像の視線は虚ろで、表情がのっぺりとしていて、なんというか……見ていて、薄気味悪さを感じる像だな。
「これが邪神像?美しくないわねぇ」
案の定、ルジュワンには不評だった。こいつ、『美』にうるせえんだよなあ……。
「ここを見ろ。『祈りの言葉』が書いてある」
そしてその邪神像の土台の部分に、『最も醜く禍々しきは歪んだ人の心也』と書いてある。……センスのねえ言葉だな。
さて、それじゃ、分かれて4隅に向かおう。
「くれぐれも気をつけろよ」
「分かってるって!……んじゃ、アルド、バネッサ、シリル、ディラ、エルリル。お前ら、俺について来い!」
俺は早速、付いてきてる50人の兵の中から、比較的仲がいい奴を5人選んだ。
サイランとスファーとルジュワンも、それぞれ気の合う奴を5人ずつ選ぶ。
「ほら、魔石ランプだ。……もし、到着前に火が消えてしまったら、全員一回戻ってくるように。それでは、気をつけて行くんだぞ」
アークダルから魔石ランプを受け取ったら、俺達は中央の部屋を出て、それぞれの方向へ向かった。
俺達が向かったのは、地図の右上の方だ。
迷路の道は紙に記したから、迷う事も無い。
魔石ランプの火が消える前に部屋の中に辿りつき、邪神像にやはり同じく祈りの言葉とやらが書いてあるのを確認して、魔石ランプの火が消えるのを待った。
……そういや、この部屋の邪神像は、中央の部屋の邪神像とまた違うな。
鎧のようなものを身に付け椅子に座る、髪の長い女の姿をしている。……だが、やはりその表情に底知れぬ不気味さ……禍々しさを感じる。
このダンジョンを作った奴が誰だか知らねえけど、そいつは相当趣味が悪いぜ。
しばらくして、ランプの火が消えた。
それに合わせて、俺と5人の兵とで同時に、『最も醜く禍々しきは歪んだ人の心也』と声に出す。
……すると、邪神像が台座ごと、壁の奥へとめり込むように動いた。
邪神像が動いた下に、下りの階段が現れる。
進むかどうか迷ったその時、邪神像の上から石板が降りてきて、邪神像の上で止まった。
そこには、こう書いてあった。
『この石板は封鎖された部屋以外の4つの部屋全てに現れる。ここではない4つの部屋の内どこかの部屋が封鎖された。今から3分後にその部屋は炎に飲まれ、中に居る者は皆燃え尽きるであろう。彼らを助けるならば、この部屋に居る者全員で階段の下へ進め』。
どこかの部屋が封鎖された。その中にいる人は、3分後、火に焼かれて、死ぬ。
恐ろしい情報を前に、瞬時に俺の頭が判断した。3分じゃ、中央の部屋までだって、戻れるか怪しい。
だから、今はこの石板の通り、階段の下へ進むしかないのだ。
迷わず、5人の兵に指示して、一緒に階段を下りていく。
……そこには、また不思議な光景があった。
美しすぎる程に美しい宝石。金や銀の、美しい細工の装飾品。そういったものが、『大量に、かつ無造作に』置かれている。
まさに、宝の山、といったところか。
宝の山の奥には、また石板がある。
『燃え尽きる運命にある者を救わんとするならば、石板に触れよ。ただし邪神の宝を盗むことなかれ』。
『4つの石板が触れられ、邪神の宝が何1つとして盗まれなかったならば、燃え尽きる運命は変わるであろう』。
『この石板は封鎖された部屋以外の4つの部屋全てに現れる』。
俺は石板を読むや否や、すぐ、石板に手を触れた。
……すると、石板はするり、と壁の奥に消えていった。
これで……これで、いいのか?
「……中央に、もどってみよう」
やれることはやった。あとは……仲間の無事を、祈るだけだ。
走って元来た道を戻って、俺達は中央の部屋の前に戻ってきた。
……しかし。
「くそっ!開けろっ!開けろよっ!アークダル先輩がっ!先輩を出せよォっ!」
そこには、閉じた扉と、扉を狂ったように叩き続けるスファーの姿があった。
「スファー!」
声を掛けると、スファーは泣きそうな顔で俺を振り返る。
「ロイト、先輩……!扉、開かなくて……中から、返事、無くて……!なんか、扉、熱いし、俺、俺……!」
スファーにかける言葉も、扉を開ける手段も思いつかないまま、時間だけが過ぎていく。
「ロイト、スファー!どうした!」
「ちょっと……え?嘘、でしょ……?」
どのぐらいの時間が経ったのか分からないが、サイランとルジュワンも戻ってきた。
「ロイト、説明しろ。今、どうなってる!」
珍しく取り乱したサイランが、却って俺を落ち着かせてくれた。
「……分からない。扉が開かないんだ。中から返事も無い。……それから、触ると分かるけど、扉が……熱い」
言葉にしたら、また一気に不安と絶望が膨れ上がった。叫び出したいような衝動に駆られて、でも、俺の喉はそれ以上言葉を発せなかった。
サイランもルジュワンも、何も、言わなかった。
それからまた、どのぐらい時間が経ったのか分からないけれど……重い音がして、扉が開いた。
「アークダル!」
反射的に部屋の中に駆け込み……俺は、見てしまった。
数人分の、もうほとんど燃えてしまっているような骨。灰。そして……溶けて固まったような金属の塊がいくつか。
「アーク……ダル?」
ここで何があったのか、目の前の光景と……未だ、部屋の中に残る、熱い空気が、物語っていた。
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