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36話

 そうして私は宝石店のオーナーらしいおじさんと一緒に、テオスアーレの城の中に潜り込むことに成功した。

 ……結局、宝石店は私を「宝石の発見者」として連れていき、王宮でそういったものの買いつけや管理を行う人と交渉して宝石を売って、その利益の中から適当な額を私に渡すという事で折り合いをつけた。

 宝石店は、このパープルサファイアを他店に持って行ってほしくない。

 多分、魔石粉末入り人工ルビーに関しては、ダンジョンに近いこの店の寡占市場になってるんじゃないかと思う。

 それをここで崩されるのは、この店の立場としてあまりよろしくないんだろう。

 また、「城の中を見られるなら、多少売値が落ちても文句は言わない」と私が言い出したため、余計、私を王宮に連れていかざるを得なくなったんだろうし。

 さて、お姫様に直接会えればいいのだけれど。




 王宮に着いたら、宝石店オーナーのおじさんは裏口に回り、そこの門番に「至急、お目にかけたい宝石が……」と言づけた。

 顔見知りらしく、門番と数度、やり取りをしたと思うと、門番は中に入っていき、私達はそれからしばらく待たされることになった。

「いやね、つい3日程前に、見事な紫水晶を仕入れまして。少々気は早いですが、ストケシア姫の婚礼の衣装を飾るのにぴったりだということで、お譲りしたばかりだったんですよ。でも、見事な紫水晶でしたが、この紫の宝石と比べると見劣りしますから」

 待っている間、気を遣ってか、オーナーのおじさんは話を聞かせてくれた。

「本当は紫水晶を豪華な首飾りにする予定だったのですが、主役にするならこちらの宝石の方がいいでしょう。そうなれば宝石職人に加工させていた紫水晶の方も一度作業を止めて、紫水晶の方はまた別に、指輪か髪飾りにした方が良いでしょうから、できるだけ早く、城の方にはお伝えしたかったんですよ」

 もし、お店に十分なお金があって、私から宝石を買い取ったとしても、今日中に王宮に宝石を届けに来ただろう、とのこと。

 宝石店の女性といい、このオーナーのおじさんといい、宝石が好きで好きでしょうがないらしい。

 話す間も、嬉しそうに顔が緩みっぱなしだ。

「やはり宝石商としては、美しい宝石を美しい人に身に付けていただきたい、と思いますからね。……合わせると良さそうな石もいくらか持ってきていますから、今日は是非、ストケシア姫にちょくせつ合わせて、色の調子を見てみたいところですが……はてさて」

 ……このおじさんは、宝石だけじゃなくて、美しいお姫様も好きらしい。




 それからもう少し、おじさんと会話してからやっと城内に通された。

 いくつも階段を上がって下りて、廊下を進んで……そして、部屋に通された。

 衣裳部屋、とでも言うべきか、様々なドレスが並び、様々なアクセサリーが並ぶ室内の様子は、華やか、としか言いようがない。

 ドレスには紫や金をアクセントカラーに入れているものが多い。アクセサリーも、『金髪に紫の瞳』に合わせやすそうな色合いの物が多い。成程、この部屋の衣装は全部、お姫様の物なんだろうと思われた。


「お待たせしました」

 やがて、衣裳部屋に『お城の宝飾係の人』らしい人がやって来て、オーナーのおじさんと握手した。

「いつもごひいきにして頂いてありがとうございます」

「いえいえ。……今日は、例の宝石が見つかったとか」

「はい!それはそれは素晴らしい宝石です。私の人生で見てきた中で、最上の宝石ですとも」

 おじさんが興奮気味に話す中、お城の宝飾係の人は、ちらちら私を気にしていた。

「して……あの、こちらの方は?」

「ああ、この方が宝石の発見者なのですよ」

 できるだけ害の無さそうな笑顔で一礼すると、宝飾係の人も戸惑いながら一礼してくれた。

「実は、前回の紅い宝石を発見したのもこの方なのです。それから……」

 オーナーのおじさんは宝飾係の人と何かぼそぼそこそこそ、と内緒話をした。多分、私から宝石を買い取る金が無かった、とか、そういう事をぼかして言ってるんだと思う。

 ……内緒話が終わると、宝飾係の人は納得したように頷いて、私に笑いかけてくれた。

「成程、分かりました。では、しばらくこちらでお待ちいただけますか。申し訳ないのですが、やはり部外の方を姫様にお会いさせるとなると、何かと問題も多くなってまいりますので」

 まあ、仕方ないか。

 城内に潜入できただけでも儲けものなのだし。

「分かりました。今日中にある程度まとまったお金を頂けるのでしたら、あとはそちらに従います」

 ここは大人しく頷いておこう。

「ですが、事情はご存知かと思いますが、私は『王の迷宮』の地下32階に単身潜り込み、その宝石を見つけました。その程度の実力はあるつもりです。お忘れなく」

 ついでに、ちょっとだけ釘も差しておいた。つまり、宝石の持ち逃げはさせないからね、という事なのだけれど、案外効いたらしく、宝飾係の人はややこわばった表情で何度もうなずいてくれた。


 衣裳部屋には私と、私を警戒しているのであろう兵士だけが取り残され、宝飾係の人とオーナーのおじさんが出ていく間際、私はホロウシャドウのムツキ君を宝飾係の人の影に潜ませた。

 ……これで多分、お姫様までムツキ君が辿りつく。

 うまくいけば、お姫様の部屋の位置を把握してくれるだろう。




 ひたすら待つ間に私の元々のダンジョンに侵入者が来たので、トラップでさくさく片付けた。

 丁度いい暇つぶしになった。とても助かる。




「……なあ」

 侵入者の頭にタライ(100kg)を落として殺してフィニッシュを決めた直後、声を掛けられて思わず過剰に反応しかけた。

 ……ダンジョンとしての感覚と、この肉体としての感覚は同一の『私』なのだけれど、2つの間が微妙に離れているので、ダンジョンに意識を集中している時は肉体の意識が疎かになりがちだ。

 戦闘ならガイ君がなんとでもしてくれるのだけれど、こういう……人に話しかけられる、とかだと、どうしようもない。

「……はい」

 多少、驚いた素振りは出てしまっただろうけれど、問題ない範疇だろう。突然話しかける方が悪い。

 私に突然話しかけてきた兵士に返事を返すと、兵士も相当暇そうな顔をしていた。

「あんた、『王の迷宮』の地下32階まで潜ったんだろ?」

「はい」

 まあ、暇なんだろう。実際。

 何もせずぼーっとしている私をぼーっと見張っているのはさぞ退屈だろうと思われる。

「1人でか」

「はい」

「へえ……すごいな」

 兵士はちらり、と扉の外を見てから、少し、私の傍に寄ってきた。

「今、『王の迷宮』には変なスライムが出てるんだろ?……城に居ると、どうしてもダンジョンに行けなくてな、話に聞いてるだけなんだけど」

「ええ、まあ。いますね。紅いスライム」

「いいなあ、くそ、俺も見て見てえなあ、紅いスライム……なあ、聞かせてくれよ。ダンジョンの話!最近は姫様の護衛ばっかで全然外に出られなくってさあ、退屈……あ」

 ……そこで、兵士の人は口元を押さえて、『しまった』みたいな顔をした。

「……今のは、聞かなかった事にしておいた方が、良いですか」

「……ああ……いや、うん、いいや。この城に居る奴は全員俺の事知ってるし……この際名乗っちまおう。俺はロイト。ロイト・アルデリン。ストケシア姫の近衛兵だ。この城で2番目に強いぜ」


 ふーん。そうか。強いのか。しかもお姫様の護衛の人なのか。

 ということは、いずれこの人もきっと、殺すことになるんだな。

 お姫様を攫ったら真っ先にこの人が来るんだろうな。きっと。

 もし、会話の中で手の内を明かしてくれるならその方が良い。少し、話してみようかな。

 ……と、思った矢先だった。

「あんた、名前は?」

 ……困った。

 困った。名前。名前……当然だけれど、素直に名前を名乗る気は無い。

 異世界人だとすぐ分かってしまうだろうし、そうでなくてもなんとなく嫌だ。

 大体、苗字の名乗り次第では、貴族か貴族じゃないかがばれてしまうのだから、不用意に名乗るのは今後の可能性を狭めることになりかねない。

 ……ならば、これだ。

「メイズ、とお呼び下さい」

『MAZE』。迷路。正直に名乗って、相手に勝手に解釈してもらおう。


「メイズ、メイズね。了解。よろしくな、メイズ!」

 ……案外普通に受け入れられた模様。まあ、変な名前の人、多いもんね。オッフルとかマリアードとか。メイズぐらいおかしくないか。

「ええと……ま、つまり、苗字は名乗れない、って事でいいんだよな?」

「はい、まあ、なんというか」

 そして、ロイトさんの楽し気というか、悪戯っぽい表情を見る限りでは、そんなに悪い印象でも無い模様。

 ……テロシャ村ではお忍びの貴族だと思われていたけれど、ここでもそういう扱いなんだろう。だから、偽名でも苗字無しでも怪しまれない、と。

「ま、いいや。そういう奴、別に珍しくもなんともねえし。サイランだって普段は苗字、名乗らねえもんな……」

 案外、そういう人も多い、と。ふーん。助かった。




 それから、ロイトさんとしばらくダンジョンの話をした。

 剣の話になると私は『感覚でやってるので分かりません』としか言えないし、魔法を使える事はなんとなく黙っていた方が良い気がしたから話せないし……ということで、ダンジョン内のモンスターや、お宝の話に終始した。

 特に、ロイトさんは紅色スライムの話を聞きたがってくれたので、『お菓子で釣れる』と教えてあげた。喜んでいた。

 ロイトさんは宝石の話よりはダンジョン談義やモンスターとの戦闘の話の方が好きらしい。

『王の迷宮』の話(ただし私が成る前の状態の時の話に限る)をするとロイトさんは目を輝かせて……それはもう、すぐに打ち解けてくれた。

 裏表のない人だなあ。




「しっかし、メイズみたいな子が『王の迷宮』の地下32階、かあ……俺よりずっと小さいし細いし、なのに地下32階……くそー、俺も今度休暇貰えたら、それ以上まで潜ってやる!」

 ちなみに、ロイトさんは1人でふらっと潜った時、B28Fまでで断念したらしい。甘いな。

「あ、何ならメイズ。俺と一緒に潜らないか?俺、これでもかなり強いぜ?2人でなら地下40階だって夢じゃないんじゃないか?」

 もう1人で踏破した、とは言えない。

「ごめんなさい、明日からまた、都を離れるので」

「あー……そういやさっき、『まとまった金が必要』っつってたもんな……」

 ここは適当にかわして、ロイトさん側の話を聞きだすことにした。


「お姫様の護衛、となると、大変でしょう?いつ何時、誰に襲われるか分からない」

「ん?まあ、確かに、俺達3人……あ、姫様の近衛は俺含めて5人なんだけどさ、大体の時は3人が交代して控えてる。俺もだけど、みんな強いからな。1人でも襲撃者ぐらいなんとでもできる。それに、姫様は基本的にこの城から出ないから……ま、城内では俺達が多少気を抜いてたって、襲撃者なんて入ってきやしないんだけどな」

 その言葉、お姫様が攫われた後にぜひもう一回言ってほしい。

「ただ……最近は姫様もお年頃だからさ、時々俺達の目がうっとおしいらしくて……近衛は5人とも男だから。ま、お休みになる時とか、そういう時も部屋の前に控えてりゃいいから、そう不都合は無いけど。一応、女性兵士も居るから、女性兵士を近くに配備して、俺達は遠くから見てる、とか、そういう事もあるよ」

 そこでロイトさんはふと、ため息を吐いた。

「……特に、姫様は今、近くに男が居ない方がいい時があるしな……」

「ああ、そろそろご結婚が決まるのでしたっけ」

「そうなんだ。貴族のパーティとかに出て、良さそうな相手を探してるけど……姫様ご自身が、結婚に乗り気じゃ、ねえんだよなあ……」

 ありがちな話だね。

「無理もねえか。15で結婚、しかも、碌に外に出た事も無く、だもんな……はあ」

「それは……お可哀相に」

「特に今は、グランデムといつ戦争になるか分からねえし、セイクリアナあたりの王族を婿にとったりしておいた方が良いんだろうけど……」

 あら。

 これは……これは、とても良い事を聞いた。

 そうか。グランデム。グランデム。

 グランデムとテオスアーレは、戦争一歩手前。これは、本当に、良い事を聞いた。


「もし、グランデムと戦になったら、ロイトさんも戦場へ?」

「え?ああ、そうだな。その時には多分、俺達も戦に出るんだろうな。……あ、もしかして、メイズ、あんたも、か?」

 私?と聞くと、ロイトさんは案外真剣な表情をしていた。

「……そう、ですね。私も戦に出ることになると思いますよ」

 ただし、テオスアーレ側でもグランデム側でもない第三勢力としてだけれど。

「そうか……あんたも大変だな。そんな小さい体1つで、戦、か」

「まあ、腕には自信がありますから」

 同情のような視線を向けたロイトさんに笑顔を返すと、ロイトさんは思い直したように笑顔になった。

「そっか。そういや、そうだった。あんた、なんてったって『王の迷宮』の地下32階まで1人で進んだんだったな。こいつは失礼しちまった。……なあ、ところであんた、戦う時はやっぱり剣なんだろ?」

「ええ、まあ」

 本当はスコップの方が使いやすい気がしているけれど、今使っているのは剣、だ。剣は剣でも剣の魔物だけど。

「なら今度、手合わせしないか?あんたは強くて楽しめそうだ」

 ダンジョンに来てくれたらいくらでも殺してあげるけれど。

「やめておきます。きっと私じゃ歯が立ちませんから」

「ええー、『王の迷宮』の地下32階まで潜ってるのにか?腕に自信があるってのはどうしたんだよ」

 ロイトさんの不服そうな顔に、どう答えたものか、素直に面倒くさいと答えた方が良いか、と悩んでいると……廊下が騒がしくなった。

「……っと」

 どうやら、宝飾係の人達が戻ってきたらしい。

 ロイトさんが扉の傍に戻り、姿勢を正すと、扉が開いて、ほくほく顔の宝石店のオーナーと、やっぱりほくほく顔の宝飾係の人。

「いやあ、お待たせしました。この度はどうもありがとうございました。姫様が身に付けるに相応しい宝石です。……これは、少ないですが、今回の宝石のお礼です」

 そして、宝飾係の人が私に差し出してきた小箱には魔鋼貨が1枚と、白金貨が5枚。これが買い取り額、ということなんだろう。勿論、仲介料として宝石店の方にも相当のお金がいっているはずだけれど。

「はい。確かに。こちらこそどうもありがとうございました」

 けれど、まあ、問題は無い。

 戻ってきたムツキ君も嬉しそうだし、多分、もうストケシア姫の部屋の位置は割れた。

 あとは忍び込んで、攫うだけだ。




 宝石店のオーナーのおじさんと一緒に、ロイトさんに送られて城の裏口へ向かう。

「ああ、ロイトさん。私共はここまでで大丈夫ですよ」

「あ、そうですか?じゃあここまでで」

 オーナーのおじさんと顔見知りらしいロイトさんはそう言って二言三言、おじさんと会話してから踵を返し……立ち止まって、振り返った。

「メイズ!今度会ったらその時はダンジョン、一緒に潜ろうぜ!」

 ロイトさんは満面の笑みで、ウインクまで飛ばしてきた。元気な人だなあ。

「はい。……次にお会いする時は、きっと。ダンジョンで」

 私も笑顔で返すと、ロイトさんは手を振って去っていった。

 ……うん。次に会う時は、ダンジョンだ。

 あの人、きっとお姫様を助けに来るだろうから。ね。




 ロイトさんを見送って、私達も城を出よう、という所で……ばたばたと、騒がしく足音が聞こえた。

「姫様!姫様お待ちください姫様ー!」

 そして、裏口すぐの階段の上。声に追われるように、愛らしい美少女が現れた。

 私とオーナーのおじさんが見ている先で、美少女はぱっと顔を明るくし、そのまま階段を駆け下りてきた。

「そこの方、お待ちになって!」

 ……が、階段を駆け下りるには、少女のドレスはふわふわと裾が長すぎたのだろう。

「待っ……きゃっ!」

 短く悲鳴を上げたかと思うと、少女の体が階段の上で傾いだ。

 ドレスの裾をひっかけて転んだ少女は、そのまま階段の下めがけて落下し……。

「だいじょうぶ、ですか?」

 無事、私が(というよりは、うまく動いてくれたガイ君が)抱き留めて、事なきを得た。




 私の腕の中で美少女は、すっかり身を固くしていた。

 階段から落ちた恐怖がまだ抜けきらないのだろう。

 見開かれた紫の瞳が、じっと私を見つめている。

 ……成程、この人がストケシア姫か。

 噂通りの美少女だった。

 淡い金髪は緩やかにウェーブしながら腰まで伸び、紫色の大きな瞳とそれを納めた小さな顔を縁取っている。

 身に纏う薄紫のドレスはふんわりとして、よく似合っていた。まあ、階段を駆け下りるには似合わないドレスだけれども。

「ええと、ストケシア姫、様?」

 固まってしまっているストケシア姫に声を掛けると、やっと、姫は動き出した。

「あっ、あの、そう、です。私がストケシア・テオスアーレ、で、あの、その……」

 そして、私の腕の中でわたわた、と慌てるようにもがく。

 そういえば、ずっと抱きしめっぱなしだった。15にもなって抱っこじゃ恥ずかしいんだろう。可哀相なことをした。

 地面にそっと降ろそうとすると、しかし、姫君は「痛い」と小さく漏らした。

 なので、もう一度抱き上げてしまう。

「あ、あの……?」

「足を怪我してらっしゃいますね?」

 うん、これはチャンスだ。


「すみません、そこの方、ストケシア姫の侍従の方ですか」

「え、あ、はい。姫様は……」

「足を挫いたようですが、もしかしたら筋をひどく痛めているかもしれません。このまま部屋へお運びします。案内をお願いします」

 突撃、姫様の部屋。

 外からの侵入経路も見ておきたいし、渡りに船以外の何物でも無い。




 捻挫が悪化するかもしれない、急げ、と急かしてみたら、意外にも案内してもらえた。

 後で警備の人に怒られると思うよ。

「こちらが姫様のお部屋です」

 案内された先は、綿菓子みたいな部屋だった。

 最上級の絹とレースでできた部屋は、全体的に白っぽい。お姫様の部屋、というイメージそのまんまというべきか。

 部屋の中に入って、ソファの上にお姫様をそっと降ろす。

 お姫様がソファに収まるや否や、侍従達がお姫様に殺到して、足首の様子を診始めた。

「少し、腫れていますね。捻ってしまったのでしょうが……至急、医務室へ」

「あの、もしお薬が必要でしたらダンジョンで手に入れたものがありますが」

 ばたばたする侍従さんに声を掛けて、『最高級薬』(最近頑張って紅色スライムにお供え物をしてくれている冒険者から貰ったものだ)を渡すと、侍従さんは心底助かった、という表情でお礼を言い、早速お姫様の足首の治療を始めた。


「あ、あの」

 治療が始まって、お姫様自身が落ち着いてきたのだろう。私に声を掛けてきた。

「先ほどはお礼も言えず、申し訳ありませんでした。助けていただいて、ありがとうございます。それに……その、運んでいただいて、しまって……お薬まで……」

 最後の方は頬を染めながら俯いてしまって聞き取りづらかったけれど、とりあえず、このお姫様がこの城で大変愛されているであろうことがよく分かった。

「いいえ、お気になさらず。……ところで、ストケシア姫様、は、私に何か御用が?」

 階段を駆け下りてくるとき、『お待ちになって』と確かに言っていた気がする。

 ということは、私に用があったんだろう、と思って聞いてみると、ストケシア姫は真っ赤になって、か細い声を出した。

「……その、お外のお話を、お伺いしたかったのです。女性が1人で、『王の迷宮』の深くまで進んだ、と耳にしたものですから……」

 それは、なんとも。

 さて、どうしたものか、と思っていたら、バタバタと足音が響き、勢いよく扉が開いた。

「姫様っ!ご無事でっ!?……て、あれ?なんでメイズが」

 慌ててやってきたらしいロイトさんは、ソファの上のお姫様を見て、私を見て、不思議そうに首を傾げた。


 簡単に事情を説明したら、ロイトさんにもお礼を言われた。

 そのお礼、お姫様が攫われた後にもう一回聞きたい。


「……って、メイズ、いいのか?今日中に、って言ってだろ?急ぐんじゃないのか?」

 けど、あんまりここでのんびりもしていられない。

 私は今日中にまとまったお金が必要、という設定だったから。

「はい。なので、そろそろお暇しなくては」

「あ……」

 ストケシア姫は大変残念そうな声を漏らした。でも帰る。

「じゃあ、お邪魔しました。ストケシア姫様、お大事に」

 ……ストケシア姫の、縋るような目を見て、なんとなく、もう一言付け足した。

「外のお話は、またお会いできました時にでも」

 すると、お姫様はぱっと笑顔になって、頬を紅潮させながら頷いた。

「はい!是非また、お城へ遊びにいらしてください……メイズ様」

 様。

 ……様。

「メイズ、送るよ」

「あ、どうも……」

 ストケシア姫の言葉と表情に、ちょっとなんか複雑な気分になりながら、ロイトさんに送られて、私は無事、城の外に出ることができたのだった。




 その夜。

「一回来たからわかるもんね」

 ホロウシャドウのムツキ君も私も、道を覚えている。

 私は城の庭、ストケシア姫の部屋のバルコニーの下にまで来ていた。


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百合来ないかなと期待してしまう
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