35話
少し迷ったけれど、4つの宝石はそのまま売ってきた。
普通の人工ルビーが銀貨5枚、『王の迷宮』の宝石が銀貨78枚、侵入者から得た宝石が銀貨90枚……そして、魔石入り人工ルビーは、『魔鋼貨』1枚になった。
魔鋼貨、というのは、てるてる親分さんが1枚だけ持っていたあのよく分からない色のコインだ。
これ1枚が金貨100枚分の価値になる。
ちなみに、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨10枚で白金貨1枚、白金貨10枚で魔鋼貨1枚。
本来、魔石粉末入り人工ルビーは『魔鋼貨1枚』に収まる代物じゃないらしいのだけれど、お店が出せるお金の限界が魔鋼貨1枚だったらしく、とりあえずそのお値段で売って、その埋め合わせとして店にあった装飾品を何点か貰ってきた。
流石にテオスアーレで使う訳にはいかないけれど、遠く離れた場所にダンジョンを作ることになったら、そこのお宝として活用させてもらおう。
さて、大金を手にして私は『王の迷宮』に戻ってきた。
そして、早速、色々な準備に取り掛からなくてはいけない。
……少し予定よりも『ダンジョンの宣伝』が先走ったけれど、問題ない。すぐに準備を始めれば十分間に合うだろう。
最初に作るのは、スライムだ。
『紅色のスライム』を作って、それに宝石を運ばせようと思う。
そうすれば、人がたくさんいるダンジョンにおいてもお宝の再設置が可能だから。
元々のダンジョンに戻って、匠に魔石粉末入り人工ルビーの発注をした後、薔薇の花を収穫してきた。
深紅の花を持って『王の迷宮』に戻り、『王の迷宮』のスライムメーカーに薔薇の花と水を入れてスライムを作る。
……すると、薄紅色のスライムが出来上がった。
「ちょっと色味が足りない」
ほんのりと薔薇の香りがする薄紅色のスライム、という時点で中々に可愛らしいのだけれど、パッと見で『普通のスライムとは違う』事が分からなくてはいけないので、もう少し色を濃くしたい。
仕方がないので、色味が足りない分はリンゴの皮を追加した。
『王の迷宮』の中には木苺が生えていたので、それも追加した。
ついでにミカンも追加してみた。
それで案外綺麗に色が付いたし、フルーティな香りのするスライムができたのでこれはこれで良かったと思う。
血液でブラッドスライムを作ることも考えたけれど、そうするととても物騒な見た目になる為、それは却下。
あくまで、『休憩中の冒険者の荷物をこっそり漁る平和なスライム』でなくてはいけない。そうしないと、宝石運びのスライム達が殺されてしまうかもしれない。なんだかそれは可哀相だし……それ以上に、スライムのレベルが勿体ない。
紅色のスライムが5体生まれたら、続いてダンジョンの整備に移る。
B10Fまでは途切れることなく人が常に居るけれど、B30Fともなれば、人が居ない時間がある。
その隙にダンジョンの整備を行って、『人は通れないけれど小さな荷物を持ったスライムなら通れる』ような通路をたくさん作った。
隙があれば、B29Fよりも上にも作った。
更に、B20F~B29Fまでのモンスターを少しずつ間引いて減らして、フロアの難易度を下げた。
B31Fにキメラドラゴン10体を移動させて冒険者バイバイ(バイバイしてくれなかったら殺してバイバイさせる)システムにした後、B32F以降の改良を行った。
そして、それらの作業中、ずっとB30Fの様子を見守り続けた。
しぼりたて牛乳に木苺と砂糖(町で買ってきた)を混ぜて苺牛乳にして飲んだり、プリン(ただし火加減が上手くいかなくてすが通った)を作って食べたりしながら、作業とB30Fの監視を続けた。
……『王の迷宮』にはたくさん食材があるから、楽しい。
その日の内には、変化が無かった。
けれど、翌日あたりからB30Fで無意味にうろうろする人が出始めた。
そして、翌々日には無意味にそわそわしながら休憩する人が出てきたし、翌々々日にはそういう人が結構増えた。
その頃には匠に発注した『魔石粉末入り人工ルビー(魔石粉末含有量0.6%~0.75%)』ができていたので、加工して宝石の形にして、それぞれのスライム達に1つずつ持たせた。
「休憩している冒険者が居たら、そっと近づいて、気づかれていることに気づいていないふりをしながら、荷物を漁りなさい。中からお菓子とか薬とか、好きなものとっておいで。その代わりに宝石を置いて帰ってきてね。1日に1回やればいいから」
言い聞かせると、紅色スライム達はぷるぷる揺れる。
「危険そうな冒険者には近づかなくていい。優しそうな冒険者にだけ宝石を置いてきて。それでももし危なくなったら逃げてね。でも、その時は宝石を出しちゃ駄目。じゃないと、スライム狩りが始まるから。物をくれた優しい冒険者にだけ宝石を出すようにしていれば、紅色スライムを攻撃する冒険者はそう出てこないはずだから」
一通り注意事項を指示したら紅色スライム達をB32Fまで連れていき、そこで放して、スライム達をB30Fへ向かわせた。
玉座の部屋でB30Fの様子を眺めていると、ついに、1匹の紅色スライムが休憩中の冒険者4人組に近づいていった。
わざとらしく荷物を広げて休憩していた彼らは紅色スライムの接近に気付いてそわそわし始めるけれど、特に何もしない。
……やがて、紅色スライムは冒険者の鞄の中から、焼き菓子らしいものの包みを1つと、上級薬の瓶を1つ、そして銀貨を1枚取り出した。
そこで初めて冒険者は紅色スライムを見たけれど、紅色スライムに危害を加える気配は無い。
どこかわくわくと、そわそわと、紅色スライムの動向を見守っているだけだ。
……そして、紅色スライムは冒険者たちの目の前で、魔石粉末入り人工ルビーを吐き出すと、お菓子と薬とお金を体内にしまったまま、ずりずり這ってダンジョンの隙間(つまりスライム専用通路)に逃げ込んだ。
紅色スライムの姿が完全に見えなくなってから、冒険者達は歓声を上げて人工ルビーを拾い上げた。
そして、口々にそのルビーを賞賛しつつ、意気揚々とダンジョンを出ていったのである。
……うん。上々。
その日は最初のスライムを含めて、深夜までに2匹のスライムがルビーを出してきた。
最初はこんなものでいい。あまり多く出過ぎると価値が下がるだろうから。
「お疲れ様」
スライム2匹が持ち帰ってきたものは、上級薬2本、お菓子2袋、銀貨1枚と、ぼんやり光る塩の塊みたいな魔石1つ。(ちなみに、てるてる坊主さん達の杖の先に付いていたのは塩の塊と大理石の間ぐらいの質感の魔石だった。これはそれより少しクラスの低い魔石、という事になるんだろう。)
「他のスライム達も、のんびりでいいからね」
ご褒美ね、ということで、スライムが冒険者達から貰ってきたお菓子を開けて、スライム達と食べる。
クッキーとケーキの間ぐらいの焼き菓子とフルーツ味の軽い飴菓子とを食べながら、少しのんびりした。
翌日になると、冒険者の数は倍以上に増えた。さらに翌日になったら、最初の5倍近くにまで増えた。
どうも、魔石粉末入り人工ルビーを持ち帰った冒険者達の噂は順調に広まっているらしい。
また、これを見越してB30Fまでの難易度を下げた事もあり、B30Fは冒険者でいっぱいになっていた。
……そして、その冒険者全員が、のんびり休憩しているのだ。
今なら殺しやすそうだなあ、なんて思う。
紅色スライム達はマイペースに頑張ってくれた。
5匹が大体1日に1回ぐらい働くから、大体5時間弱に1回、紅色スライムが出ていく事になる。……とはいっても、1時間に2匹出ていったと思ったら10時間以上出ていかないこともある。それどころか、1日に1回も働かないスライムも時々出る。
つまり、結局は紅色スライムの気分次第だ。
……そして冒険者達は、その『紅色スライムの気分次第』をどうにか自分達に向けようと、色々頑張り始めた。
色々なお菓子を用意して待つ冒険者達。
紅色スライムが漁りやすいように、荷物袋の中身をぶちまけておく冒険者達。
低級な魔石をたくさん並べて置いておく冒険者達。
紅色スライム専用通路の前にお菓子や飲み物をお供えし始める冒険者達。
そして、本当に紅色スライムの気分で冒険者の選出が行われ、その冒険者には魔石粉末入り人工ルビーが進呈される。
……紅色スライムに任せておいたら、あまりに人が多くなりすぎたB30Fには一時現れなくなり、B29FやB28Fが紅色スライム出現スポットになったりした。
その為、その内冒険者達も、『今日は人が多いからB30FじゃなくてB29Fにしよう』とか、『試しにB25Fで待ってみるか』とか、そういうことをやり始めた。
ある程度人が分散すると、紅色スライム達も動きやすくなったらしく、楽し気に宝石運搬係をやっている。
そうして、『王の迷宮』は、今までにない程の冒険者の入りを達成し続けた。
何と言っても、24時間、途切れることなく数百人の冒険者がダンジョンで休憩し続けるのだ。
ダンジョンにわずかに入る『魔力』とやらもたくさん入り、ダンジョン内の作物や家畜も元気に育っている。
また、魔石や宝石も少しずつ採れるので、これは貯めておくことにした。今は人工ルビーだけでいい。
『王の迷宮』のB32F以降の改装が終わり、そろそろ一気に殺す準備をしなくては、と思い始めた頃。
貴族らしい人達がやってくるようになった。
彼らの会話を聞いていると、事情が少し、分かってくる。
……どうも、最初に私が売った魔石粉末入り人工ルビーが国王の手に渡った所、とても国王が喜んだ、と。
だから、自分達も同じぐらい良い宝石を手に入れて、国王に献上することで自らの地位を高めようとしている、ということ。
……うん、これは好機、か。
テオスアーレの貴族達は、いかにも豪華なおやつや高級な薬を携えてやってきて、B30Fに居座り続けた。
そして、紅色スライムが横切る度にそわそわし、他のパーティの方へ行ってしまうとガッカリし、そしてまたスライムが戻っていく時にお菓子を与えてみたりするけれど失敗に終わり……とにかく、紅色スライムに全く相手にされない。
貴族が帰ってしまっても、貴族の部下らしい兵士たちが交代しながらずっと、ダンジョンの中で頑張り続けていた。1日経っても2日経っても、ずっとB30Fに居る。ど根性兵団だ。
時々、貴族が様子を見に来るけれど、どの貴族も結果は芳しくない。
何故なら、紅色スライムには「あの人達には宝石を渡しちゃ駄目」とちゃんと言ってあるから。
どんなに待っていても貴族達が紅色スライムから宝石を貰える事は無い。
あまり国王への献上品が多いと、私からの献上品のありがたみが薄れてしまうだろうから。
私は街に出て、宝石店の女性や、食堂のおばさんと雑談して、幾らかの情報を得た。
まず、『ストケシア姫』の容貌。
……ストケシア姫は、死んだ王妃によく似た淡い金髪に紫の瞳の美しいお姫様らしい。今年で15歳、そろそろ結婚相手を決める頃なんだそうだ。
それから、『ストケシア姫』の家族構成。
こちらも至ってシンプル。
血族は父である国王と、ストケシア姫の2人だけ。妃は数年前に死んでしまったきり、後妻は無し。
そうか、お姫様は国王の1人娘で、国王にとって1人だけの家族なんだ。きっとさぞかし大切にされているのだろう。
情報はこれで十分だ。
ストケシア姫の容貌と家族構成を聞いた理由は、『確実にストケシア姫に届けられる装飾品』を作りたかったから。
匠にお願いして、魔石粉末入り人工パープルサファイア(魔石含有率0.9%)を作ってもらった。
サイズは2cm×3.2cm。魔石配合率は多少下げたけれど、大きさは天下一品、だと思う。
少なくとも、このクラスの宝石なら間違いなく王族に届く。そして、この色の宝石なら、きっと……お姫様に届くだろう。
ダンジョンを転移陣で一回出て、怪しまれないように外で一泊して、それからまたダンジョンの中に入り、貴族達を素通りして、B31F以降へ進んだ。
当然だけれど、キメラドラゴンがひしめき合う冒険者バイバイのB31F以降に進む冒険者は1人も居ない。
よって、B31Fより下に何があるか、冒険者達は誰も知らない事になる。
B32Fで少し待ってから、その間に紅色スライム達を動かす。
そして、一斉に冒険者達に宝石を与えさせた。
一気に5つ。……喜んだ冒険者達は、ダンジョンを出ていく。
多分、ダンジョンを出てすぐの、この間私が利用した宝石店に向かって買い取りをしてもらうんだろう。
ルビーを手にした冒険者5組がダンジョンの外に出た事を確認してから、私も例のパープルサファイアを持ってフロアを上がっていく。
いかにも、B32Fを攻略して、その結果、宝石を手に入れた、というように。
「いらっしゃいませ……あら、あなたはこの間の!」
この間の宝石店に入ったら、冒険者5組が鑑定をしてもらったり、もう買い取りが済んで大金を手にしてほくほくしていたり、という状態だった。
そして、私は宝石店の女性にもう顔を覚えられていた。
……この女性もいつか殺した方が良いかもしれない。
「あれからあなたが持ってきたような、奇跡的な美しさの紅い宝石がダンジョンから出て、今、国中の宝石業界が湧いている所なんですよ。今も、5つ一度に来たところで。……でも、あなたが最初に持ってきて下さった宝石ほどの物はまだ見つかっていませんね」
宝石店の女性は嬉しそうに教えてくれるけれど、知ってる。だってダンジョンは私なのだから。ダンジョンの宝石産出事情を知らないわけがない。
「それで、本日も宝石を?」
「はい。……紅くない宝石を見つけたので」
私はカウンターにパープルサファイアを乗せた。
鑑定が終わって、やはり女性は興奮気味だった。
「立て続けに、これほどの宝石を見られるなんて!ああ、魔力量は確かに前回のものより劣りますが、ですが、この美しさで、この大粒となると……!」
しかし、ある程度興奮し切ったところで、女性ははっとしたように静かになった。
「……これほどの大粒の宝石になりますと、少なくとも今は、うちでの買い取りはできません。申し訳ありませんが……」
この言葉を聞きたかった。
だからパープルサファイアは大粒にしたし、ルビー5つを事前に買い取らせておいて、お店のお金を減らしておいたのだ。
「そうですか……他に買い取ってくれそうな所はありますか?」
「え?他、ですか……?」
「どうしても、できるだけすぐに、まとまったお金が欲しくて」
私が聞くと、宝石店の女性の顔色が少し悪くなった。
「いえ、しかし、これほどの物となると、他店では……当店はテオスアーレ公認店ですが、他店はそうではない店が大半でして、その……」
多分、王族への献上品を他の店にとられると、この店にとって都合が悪いんだろうと思う。
或いは、公認店じゃない店にこの宝石が流れたらいけない、とか。
困る女性に、私は聞いてみた。
「この宝石は、国王陛下への献上品になる品ですか?」
「え、ええ。それは間違いなく」
「なら、私が直接、お城へ行って売ることは、できますか?」




