34話
今後の予定。
まず、ダンジョンに来た冒険者を、一旦全員殺す。
そうなれば冒険者達は一旦、ダンジョンへの侵入をやめるだろう。
流石に、今まで平和だったダンジョンがいきなり殺人ダンジョンになったら、警戒してくれると思う。
人が居なくなったら、その間にダンジョンを改良する。このトラップの無い、広々としたダンジョンはいただけないから。
ダンジョンの改良が終わったら、テオスアーレのストケシア姫をダンジョンの奥底へ攫う。
そして犯行声明を出す。
すると勇気ある者たちが助けに来る。
全員殺す。
強い人が来る。
全員殺す。
私達は強くなる。
そして、私達が強くなると同時に、テオスアーレは力を失って弱くなっていくはず。
戦争のきっかけはまたそれはそれで作るにしても、戦場をテオスアーレの都にするためにはテオスアーレが押される必要がある。その為にも、テオスアーレを弱らせていくのは得策だと思うんだけれど……戦争とダンジョン攻略に使う戦力は別、とも考えられるか。
……とりあえず、お姫様を助けに来る人達を殺せる、ということだけ考えて、戦争が起きたらラッキー、ぐらいにしておこう。
お姫様を攫う前に、ダンジョン内の冒険者を全滅させる必要がある。
何故なら、侵入者が居る時点で、その部屋の改造はできないから。
流石に、このダンジョンで侵入者を迎え撃つのは嫌なので、ある程度は改良したい。だから、侵入者を全員殺すしかない。(追い出すだけでもいいけれど、それじゃ勿体ないし、また入ってこられる可能性もある。)
……どうせ一気に殺すなら、たくさんたくさん冒険者を呼び込んでおいてから、一気に殺したい。
一度『一気殺し』をやってしまったら、それ以降、侵入者は警戒して入ってこなくなる。一気に殺せば一気に稼げるけれど、一度しか使えない大技だ。
だからこそ、一気に殺す人数を多くしたい。
……つまり、まずは閉店セールの準備から始めたい、ということだ。
人を、とりあえず一度にたくさん呼び込む。ダンジョン内に人が大量に居るようにする。
後先は考えない。
以上2つの観点から、私は『王の迷宮』改造第一段階として、お宝を用意したい。
なので、私のダンジョンに帰る。そろそろ匠が魔石粉末入り人工ルビーを完成させているころだと思うから。
ちなみに、帰るのはとても簡単だ。
……玉座の部屋にある、華奢な細工の壁掛け鏡。
この『壁掛け鏡』で、帰れる。
玉座の部屋にある壁掛け鏡は、私専用のダンジョン間連絡通路、ダンジョン間ワープゲート、みたいなものなのだ。
『王の迷宮』の鏡から入れば、元々のダンジョンの鏡から出るし、元々のダンジョンの鏡に入れば『王の迷宮』の鏡から出られる。
……まあ、元々のダンジョンも『王の迷宮』も私自身だし、私の一部だから、私から私へ私を移動させることに不思議はないと思う。
鏡を使って元々のダンジョンに戻って、匠の様子を見に行く。
「お疲れ様です匠。首尾はどうでしょうか匠」
ソウルハンマー・匠に声を掛けると、匠が数度、空中でかるくハンマーヘッドを振った。
……すると、もぞもぞとやってきたのはスライム。
スライムの透明な体の中に円柱状の人工宝石の塊が2つ浮かんでいた。
……スライムの体の中に宝石を突っ込んでおくことで宝石に傷をつけずに保管し、尚且つ自由に動かせるようにする、という、匠のアイデアらしい。いつの間に。
「これは、普通の石と、魔石入りの石かな」
匠が肯定するように揺れる。
スライムの中の2本の円柱を取り出して見るまでも無く、その違いは目に明らかだった。……いや、目というか、感覚に明らかだった。
2つの見た目はほとんど変わらない。魔石入りの方が、若干屈折率が高い……キラキラしている印象を受ける、というくらい。
けれど、感覚に訴えてくるものが全然違う。
魔石入りの方は、『世界のコア』になんとなく近い。
当然、世界のコアとはひよことコンドルぐらいの違いがあるのだけれど、魔石入りの石からは力の片鱗というか、なんというか、そういうものがなんとなく、感じ取れるのだった。
……これが『魔力』という奴なのだろうか。
また、私の首の騒がしさも大きく違った。
デスネックレスのリリーは、どうも、魔石入りの人工宝石がお気に召したらしい。さっきからすごく興奮しているらしく、ぱたぱたぱたぱた騒がしい。
……今まで作ってきた人工宝石には精々『綺麗ねー』ぐらいの反応しかしてこなかったリリーが、である。
試しに、リリーに色々な宝石を見せてみた。
『王の迷宮』で拾ってきた宝石、今までの侵入者から得られた宝石、人工宝石、魔石入り人工宝石を順番に見せて、興奮度を見てみる。
……結果は明らかだった。
魔石入りの人工宝石に一番興奮。続いて、侵入者から得られた宝石と『王の迷宮』で拾ってきた宝石。そして最下位が普通の人工宝石。
「魔石入りの奴が好きなの?」
リリーが嬉しそうにぱたぱたするので、折角だし、この魔石入り人工ルビーはリリーにあげることにしよう。これから量産できるし。
とりあえず、できていた魔石入り人工ルビーを加工したら、リリーと合成。
リリーは中央に大粒の人工ルビーを持つ、派手な容貌に変化した。
……そして、それと同時に、多分、とても強くなった。
「ほう」
成程、魔石入りの宝石を使うと、モンスターが強化されるらしい。
早速、魔石粉末入りの宝石を匠に量産してもらうようお願いする。
……が、お願いするまでも無く、匠は既に、魔石粉末入り人工宝石をある程度作ってくれていた。
『もし成功するようだったら、続けてこっちも使ってみてね』と言ってあったから、その通りにしてくれていたらしい。ありがとうございます匠。
早速、魔石入り人工宝石でダンジョン内のモンスターを強化した。
リビングドール姉妹の目はより美しく輝くようになったし、デスネックレス達はますます派手になった。
ホークとピジョンとクロウ、そしてついでに匠にも、柄に宝石を飾ってみた所、好評。
ボレアス他ファントムマント達には、一応、マント留めとして魔石入り人工宝石ブローチを与えた。
これでファントムマントが強化されるのか、私やリビングドール姉妹が強化されるのかは……分からない。ファントムマント単品の時にはマント留めなんて装備していたら重くて動きにくくなるから、誰かが装備している時限定でブローチを装備することになるし……。
そして、残念ながらホロウシャドウ達にはなにをどうやって宝石を装備させればいいか分からなかったし、本人達も『無くていいや』みたいな反応をしてきたので、今回はお預けの方針。
ガイ君は、前くっつけた宝石があったから、その宝石と今回新しくできた魔石入り宝石を入れ替えればいいか、と思っていた所、とてもしょんぼりされてしまった。
……最初の宝石も気に入っているらしいので、仕方ない、鎧の装飾デザインを変えて、2つの宝石を飾る事にした。
ガイ君が満足そうだからまあいいか。
モンスターの強化が終わったけれど、ここで1つ、疑問がある。
『人間には2つの宝石の違いが分かるのか』である。
本来の目的を忘れてはいけない。
本来、この人工宝石は『侵入者にばらまく餌』として用意しているものだ。
魔石入りの方が釣れるのか、それとも、魔石が入っていても居なくても変わらないのか。
折角だから、調べておくことにした。
4つの宝石を持って『王の迷宮』に行き、そこから転移陣を使って地上まで戻った。
1つ目は普通の人工ルビー。2つ目は『王の迷宮』で拾った緑の宝石。3つ目は以前、侵入者から手に入れた黄色い宝石。4つ目は魔石粉末入り人工ルビー。
それぞれ、サイズは大体1cm×1.6cmぐらい。
特に、人工ルビー2つはほとんどきっちりこのサイズにしてある。黄金比に近しい縦横比にしたかったから。
……さて、これは人間の目にはどう映るのだろうか。
『王の迷宮』を出てすぐの場所には、様々な店が多く存在しており、さながらショッピングモールというか、商店街というか、そういう風情。
人が集まる所にお店を構えるのは当然と言えば当然だ。ましてや、集まる人が『ダンジョンに潜る冒険者』だと限定できるようなこの状態だから、当然、宿や武器屋防具の店、薬やダンジョンに潜る際に必要になる道具を売る店、そして、お宝の買い取りの店があるのは至極当然な事。
少しぶらつくだけで、『テオスアーレ公認店・宝石の買い取りします』と看板に掲げている装飾品店らしきものを発見することができた。
中に入ると、店の棚には様々な宝石や金属細工が所狭しと並んでいた。
よく分からないけれど、もしかしたらファンタジックな効果のある装飾品なのかもしれない。
棚を眺めている冒険者らしい人達も何人か居る。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
店に入ってきょろきょろしたら、カウンターから声が掛かった。
もう少し色々見たかったけれど、今は先に用事を済ませてしまおう。
カウンターの女性に宝石を4つ差し出す。
「ダンジョンで拾いました」
何と言ったらいいのかまるで分からなかったので素直にそう言うと、女性は「鑑定ですね、少々お待ちください」と笑顔で返してから、慣れた手つきで宝石を布のクッションの上に並べる。
そして、カウンターの横にあったルーペのような機械のようなもので宝石を覗き始めた。
女性は普通の人工ルビーの鑑定から始めた。
ルーペのような機械のような何かでルビーを覗きながら、手元の紙に色々と書き込んでいる。
一通り紙が埋まると、続いて『王の迷宮』で拾った宝石を鑑定し、更に続いて侵入者から得られた宝石を鑑定し……最後に、魔石入り人工ルビーに取り掛かった。
「……あら……嘘」
そして、魔石入りルビーを覗き込んだ時、女性は感嘆らしい声を漏らす。
そのまま色々な角度から魔石入りルビーを覗き込む表情は、どこか興奮気味にも見える。
女性は手元の紙に素早く文字を書き込んでいく。
「お待たせしました。以上が鑑定結果です」
女性が紙を渡してくれたので、そのまま読む。
……色、とか、透明度、とか、そういう普通の宝石の鑑定結果みたいなものが適当に並び、そして、最後に『魔力』という項目があった。
普通の人工ルビーは50。『王の迷宮』産の宝石は520。侵入者から得た宝石(多分、てるてる親分さんの奴)は560。
そして、魔石粉末入り人工ルビーは1050、とあった。
……ちょっと、桁が、違う。
渡された『鑑定結果』にどう反応したものか困っている私を放り出して、鑑定の女性は興奮気味に語り始めた。
「素晴らしい宝石です。最初の紅い宝石は魔力はほとんどありませんが、奇跡的な美しさですね。こちらの緑の宝石と黄色の宝石は、美しさも魔力も申し分ありません。一級品として市場に出回るものですね。そして、最後のこの紅い宝石ですが」
ここで女性は一度息を吸って吐いて、また吸ってから、まくしたてるように続けた。
「最後のこの紅い宝石、これはとても素晴らしいものですよ。これだけの美しさと魔力を兼ね備えた宝石となりますと、普通は手に入りません。悪魔と契約でもしない限りは……少なくとも、今まで『王の迷宮』で見つかった宝石には、このクラスのものは今までありませんでした。魔力があっても塩の塊のように濁った価値の低い魔石ですとか、美しくても魔力があまりない石ですとか……そういうものは比較的多くとれるようなのですが」
成程。
これは想像を遥かに超える程に価値のある宝石だったらしい。
気づけば、店内に居る冒険者たちの視線がすっかりこちらに集まってしまっていた。
……これは、しくじったか。
どうしようかな、と考えている間も、女性は興奮気味に喋り続けてくれた。
「私もこれほどの物を見るのは初めてです。このクラスの宝石となると、国王陛下へ献上するか……最低でも王族のどなたかの元へ届けられるべきものです。素晴らしい物ですよ、これは。……ところで、これは何階で手に入れたものですか?」
鑑定の女性の輝かんばかりの瞳と、冒険者達の熱い視線に晒されながら、少し、考え直す。
……うん。これは失敗じゃない。成功、大成功だろう。
これからの事を考えれば、むしろ、順調すぎる滑り出しだ。
話す内容を考えながら、ゆっくり喋る。
「地下30階です。不思議な紅色のスライムが居て。……休憩していたら、気づいたら傍に居て。それで、私の荷物を漁って、中身をいくらか持って行こうとしていたのですが……あまりに仕草がいじらしかったので見逃したところ……私の目の前でこの宝石を吐き出して、薬とお菓子と、それから価値の低い魔石とを持って去っていきました」
ごくり、と、誰かが唾を呑む音が静まりかえった店内に響いた。




