32話
目の前で床に座り込んでガタガタ震える人は、私より年上に見える。
長身痩躯、というのか、もやし、というのか、そういう背格好の男性を前に……とりあえず私はホークとピジョンを鞘に納めた。
「あなた、このダンジョンですよね?」
そして、できるだけ笑顔で話しかけてみた。
後ずさられた。
……パニックになっている人を落ち着かせるには、目線を合わせる事、だったか。
しゃがんで目線を合わせると、目の前の人はますます硬直した。
「別にとって食おうってわけじゃないです」
言ってみても、相手はブルブルしているばかりである。
ひどい。
このまま待っていても状況が改善しない気がしたので、さっさと話し始めることにした。
「……聞きたいことがあるんです。このダンジョンって、人間を殺す目的で作ってないですよね」
「……え?」
ああよかった。反応があった。
「人を殺さずに、どうやってモンスターを生み出しているんですか?」
尋ねれば、その人は数度目を瞬かせて、それからようやく、口を開いた。
「……もしかして、あんた、他所のダンジョンのモンスターか」
これはひどい。
相手があまりにも鈍いので、『とあるダンジョンで生み出された『ワルキューレ』です。今日は他所のダンジョンに遊びに来ました』と自己紹介した。
ちなみに、『ワルキューレ』は魂1000000ポイント分で作れるモンスターである。
相手はそれをそのまま信じてくれたので、相手が死ぬまで手の内を隠したままやり取りができることになった。
……まあ、仕方ないかもしれない。
目の前の相手……『王の迷宮』さんを見る限り、この人自身が戦いそうには見えない。
なら、『ダンジョン』が戦うという認識が無くても仕方ないし、咄嗟によく分からない思考をしても仕方ない、と思う。
「で、ワルキューレさんはなんでこのダンジョンに?」
「不思議だったので」
お茶が出てきたんだけれど、それには口をつけず、先に聞きたいことを聞く。
「このダンジョンは人間を殺す目的で作られていません。事故死する人間が居たとしても、それ以上にモンスターの被害が大きい。採算をとる事すら難しいはずです。何故、そのような仕組みにしたのか、と」
正直に気になるので、ストレートに聞いた。
……すると、卓を挟んで向かい側、『王の迷宮』さんは少々得意げに頷きつつ、答えてくれた。
「ああ、それなら簡単だ。俺の目的は人を殺すことでも世界征服でもない。『のんびりだらだら生きること』だからな」
……知ってた。
「ただ生きていくだけなら、人を殺す必要はない。ダンジョンは周囲の魔力を吸って動くし、ダンジョンに侵入者が入れば、ダンジョン内にそれだけ魔力が積もっていく。それを使えばダンジョン内で作物を育てたり家畜を育てたりできるし、『魔石坑』を作っておけば魔石を回収して売って金にして外で買い物ができるしな」
けれど、早速知らない情報が出てきた。
そうか、ダンジョンって、人を殺さなくてもある程度動くんだ。
それを『魔力』っていうのも初めて知った。
……どうも、私のダンジョン知識って、穴があるな。
「人を大量に入れれば、それだけでダンジョン内で魔石や宝石が育って金になる。生きていくにはそれで十分なんだよ。できた魔石や宝石を還元すれば魂の代替品として使えるしな」
ダンジョン内で作ったものを還元して魂にしてダンジョンにする。
それでダンジョン、回せるのか。
……盲点といえば盲点だった。
そっか。よし、今度、岩塩とかミカンとか還元してみよう。
けれど、まだ終わりじゃない。
相手はまだ、手の内を明かしきっていない。
「でも、それだけじゃ足りないですよね。特に、モンスターの消耗が激しいはず」
「そうだな」
最初の怯えっぷりが嘘のように、『王の迷宮』さんは余裕綽々の表情だ。
「スライムやスケルトンやゴーレムはメーカーを使えばほぼ無限に生み出せる。キメラドラゴンなんかも、モンスターの死体があれば作れる。……でも、『ボス』はそうもいかない」
ボスとして各フロアに1体ずつ居た、強いモンスター。
あれらを作るメーカーを作るには、それこそ、とんでもない量の魂が必要になるはずだ。
けれど、このダンジョンは『そんなに多く魂を回収できていない』。
それに、このダンジョン自体もそうだ。
フロアがこれだけいっぱいあるのだから、当然、それに関わるコストだけでも、とんでもない量になるはず。
「知りたい?」
「是非」
なので、ここは素直に聞いておこう。
殺すのはその後でも遅くない。
「……じゃあ、俺の配下に加われよ」
いや、やっぱり殺そう。
「お断りします」
ちょっと腹が立ったので、きちんとお断りした。
……すると、相手の反応は、ちょっと不思議なものだった。
「え?なんで?」
「え?」
なんでって、なんで?
そんな、『当然引き受けるだろう』みたいな考えをする理由が分からない。
どうしてこの人はこんなに自信満々なんだろうか。
不思議に思っていると、『王の迷宮』さんは何かぶつぶつ呟き、1人で頷き……しっかりと、私の目を見てもう一度言った。
「……もう一度聞く。俺の配下に、加われ」
その瞬間、『王の迷宮』さんの目が、怪しく光った。
「お断りします!」
何かよからぬ光のような気がしたので、思わず手が出た。
そして、ぶすっ、というか、でろっ、というか、なんかそんな感覚。
「ぎゃあああああああああああ!」
そして、『王の迷宮』さんの絶叫。
……私が突き出した手の形は、いわゆる『ハサミ』。チョキ、とも言う形である。
ついうっかり、『王の迷宮』さんの目を潰してしまった。
「どうもすみません」
「い、いや……いいんだ、こっちも無理に言って悪かったよ……」
『上級薬』をかけてあげると、目が治ったらしい。
それでも違和感はあるらしく、『王の迷宮』さんは目をしぱしぱ瞬かせながら、おどおどと笑みを浮かべた。
『王の迷宮』さんにさっきの余裕はもう無い。最初からこうすればよかったな。
「それで、話の続きなのですが。『モンスターをどう調達しているか』についてはもうお伺いしません。私はあなたの配下になる気は無いので」
……というか、さっきの発光眼球で分かったからもういい。
私がダンジョンを初めて2回目の侵入者を迎えた時……盲目のふりをしたあの時。
あの時点で私は『それ』の存在を知っていたのだけれど、今の今まで結びついていなかった。
……そう。『魔物使い』。
目の前の『王の迷宮』さんは、『魔物使い』なのだろう。
つまり、魔物をダンジョン内で作成しないで、ダンジョン外からテイムして持ってくる。
こうすれば、魂を使わなくてもある程度のモンスターを揃えられる、ということなんだろう。
……現に、私をテイムしようとしていたし。
「ですが、『どうやってこのダンジョンをここまで大きくしたか』についてはお伺いしたいですね」
「そ、それは」
モンスターはもう大体分かったからいい。
でも、ダンジョンの階層の多さは、相変わらず不審だ。
どう考えてもとんでもない魂が必要になるはず。
……なら、何故、この『人を殺すことを目的にしていない』ダンジョンにそんなことができるのか。
「言いたくないですか」
『王の迷宮』さんが言い淀むので、両手をチョキにして、ちょきちょき動かして見せた。
「い、いや、あの……俺は何もしていなくて」
「なんだと」
「あ、あああ、そうじゃなくて!俺がこのダンジョンに来た時、丁度ここで戦争が起きてて……!死ぬのは絶対戦士以上だし、英雄級の人間もたくさん死んだし、悪魔同士の戦いにもなってたし!最終的にテオスアーレがマリスフォールを滅ぼして、憑いてた精霊も死んだから、だからここにダンジョンがあっただけでかなり儲かったんだ!」
……それは……。
不公平。
団子の如き部屋3つしか無かった私と比べて、この『王の迷宮』さんは随分恵まれているらしい。
なんだそれ。ただほっとくだけで魂が入ってくるなんてイージーモードじゃないか。ふざけるな。ふざけるなよ。
私はスコップで人を殺していたというのに、この人はゴロゴロしているだけで魂が手に入ったのか。それはいくらなんでも腹が立つ。この人が悪いんじゃなくても腹が立つ。
……でも、良い事を聞いた。
うん。うん。とても良い事を聞いた。
そっか、戦争になればいいんだ。
ダンジョン関係なく、人がたくさん死ぬ状況になればいいんだ。
それは……思いつかなかったな。
「そうですか。それはありがとうございます」
お礼を言うと、『王の迷宮』さんはほっとしたような表情を浮かべた。
「しかし……英雄に悪魔、精霊、ですか。見た事がありませんね」
「ああ、だろうな。普通にダンジョンやってたら見ないよ。やっぱり大きな戦争になれば、魂が研ぎ澄まされていくみたいで、英雄が増える。悪魔は人間が呼んで、それがそのまんま死んだり。人間の魂を食いに来た奴が逆に死んだりな。精霊は国に憑いてるから、国が滅べば精霊も死ぬし……」
……それから、『王の迷宮』さんは調子を取り戻していろんなことを教えてくれた。
更には、その戦争期を経て、死体を大量回収&ゾンビ大量生産した話や、人間の死肉を目的に寄ってきたワイバーンをテイムした話(言わなくていいって言ったのに教えてくれた。とてもいい人だ)もしてくれた。
「ところで、そっちのダンジョンの名前は?」
そんな会話の最中、こんなことを聞かれた。
「名前、ですか。さあ。私は知りません」
「えっ……ああ、そうか。できたばかりのダンジョンだと、そうなのか。まだ侵入者はそんなに来てないのか?」
「ぼちぼち、といったかんじですね」
侵入者が居ないのに『ワルキューレ』を作成できるわけないので、そこは適当に誤魔化す。
「なら、早いうちに名乗った方が良いだろ?……あ、もしかして、名前を決められない、とか?」
ダンジョンの名前って、名乗るものなのか。
……だとしたら、この人は自ら『王の迷宮』を名乗っているのか。
それはそれで……ちょっと、なんか、うーん。
「なら、丁度いい。ここで会ったのも何かの縁だ。俺がそちらのダンジョンの名を付けよう!」
お断りしたい。
お断りしたいんだけれど……この人が私のダンジョンにどんな名前を付けるか、聞いてみたい気もする。
妙な葛藤に苛まれてお断りし損ねていると、『王の迷宮』さんは、とんでもないことを言ってくれた。
「ええと、そちらのダンジョンのマスターは、何の能力を持っているんだ?」
「能力、ですか」
「ああ。俺は『モンスターを従える能力』を持っていたから、『王の迷宮』。他のダンジョンも大体、マスターの能力に合わせて名前を名乗ってる。『静かなる塔』は魔封じの能力だし、『常闇の洞窟』は闇系の能力らしいし……」
……それは、それは、なんだ。
なんだ、能力、って。
ダンジョンが全員、そういう変わり種を持っているのか。
じゃあ、私の能力って、なんだ?
「それで、そちらのダンジョンのマスターの能力は」
「筋肉です」
「……え?」
「恐らく、筋肉がとても発達する能力です」
「……筋肉」
「筋肉です」
自分の能力が分からない。
そもそも、そんなものがあるのかも分からない。
ダンジョンに成った時に色々混ざったり吹き飛んだりしてしまっているから、余計に分からない。
仕方ないから適当に言ってみたら、『王の迷宮』さんは「筋肉、筋肉……」と大層困ってしまっている様子だった。
でも私の方が困りたい。
「それでは、そろそろお別れしなくては」
変な名前を聞いてみたくもあったけれど、今はもうそれどころじゃない。一刻も早く、ダンジョンに帰って『自分の能力』を確認したい。
結局手を付けなかったお茶をそのままに立ち上がると、『王の迷宮』さんは少し寂しそうな顔をした。
「そうか……また遊びに来てほしい。今度は、そちらのマスターも是非一緒に」
「ええ、そうですね」
『王の迷宮』さんが寂しげながらも手を差し出してきた。
なので、私はその手をしっかり握り、上下に振り、ついでに捻って極めてから足を払って倒して首を絞めて落とした。
「じゃあ、帰ろうか」
気絶した『王の迷宮』さんを俵担ぎにして、私達は元来た道を戻り始めた。
ちょっと重いけれど仕方ない。
ダンジョンから得られる魂がどの程度なのか、気になるのだから。
さあ、早く持って帰って殺そう。




