30話
その日の内に、リビングドールをもう1体作っておいた。今度は目に青いサファイアを入れてみた。ルビーの子と色違いで、並ぶとなんだかかわいい。
リビングドール増員に合わせて、ファントムマントを増やして、ホロウシャドウも2体増やして、更に、デスネックレスも2つ作った。ホロウシャドウとデスネックレスは完全にリビングドール用にする予定。
そして魔法のスキルオーブを使って、それぞれに魔法を仕込む。
こうして、Lv1の状態にもかかわらず魔法をバンバン撃つ凶悪なモンスターがもう1体誕生したのである。
どうせ、もう1つダンジョンを作ったら、そっちにもモンスターを配備しなくてはいけなくなるだろうし、今から増やして育てておいてもいいだろう、と思うのだ。
……が、ここでちょっとした問題が発生した。
「じゃあ、デスネックレス達にはそれぞれ火と水の魔法を……あ、君じゃない、君じゃない」
そう。
モンスターの増量に伴って、モンスターの区別が、つきにくくなってきた。
そもそもファントムマントの時点でそんな気はしていたのだ。
私が身に付けている深紅のファントムマントと、リビングアーマー君用に作った青のファントムマント。
これ、両方ファントムマントだから、どっちのファントムマントなのか、ちょっと呼んだりするときに分からなくて不便。
……仕方ない。
あんまり名前を付けるのは得意じゃないんだけれど、この際、ダンジョンのモンスター達にある程度名前を付けよう。
じゃないと、今後さらなる混乱が待っている。間違いなく待っている。
まず、複数居る奴から名前を付けよう。
ソウルソードは2振居るから、最初はソウルソードから。
この2振は私の装備だから、別に区別がつかなくて困ったりすることは無いと思うんだけれど……まあ、一応。
ということで、命名。
「……ミギとヒダリ」
猛烈なブーイングを食らった。駄目か。丁度いいと思ったんだけれどな。
モンスター達が私を見る目がなんとなくじっとりしている。
しょうがないでしょう、ネーミングセンスが無いのだから。人生を楽しく生きるコツは他人に期待しすぎない事だって誰かが言ってたよ。
……とは言っても、気に入らない名前を強要する気も無い。しょうがない、代案を考えよう。
右と左、っていうのは分かりやすくていいと思ったんだけれど……それが駄目なら、ええと、うん。
「命名、ホークとピジョン」
今度はソウルソード2振も納得したらしい。ということで、今日から君たちはホークとピジョンだ。
ただし、ホークは普通に戦うし、ピジョンも普通に戦う。
刃物仲間ということで、ソウルナイフは「命名、クロウ」ということになった。
なんとなくカラスって雑食のイメージあるし、闇夜には隠れられるし、ナイフにはいい名前なんじゃないかな。何より本人ならぬ本ナイフが気にいったみたいだからこれでいいや。
「じゃあ、ファントムマントは……ぬのすけ、ひれひれ、どどりげす……こら、やめなさい、分かったから」
続いて、3体に増えてしまったファントムマントにも名前をつけようとしたら、早速抗議のぱたぱた攻撃を頂いてしまった。いいと思うんだけどな、ぬのすけ。
いくつか代案を出した結果、私に付いている奴が『ボレアス』、リビングアーマー君の奴でリビングドールに貸し出されてる奴が『ノトス』、リビングドールように新しく作った奴が『エウロス』になった。
もう1体増えたらそいつは問答無用で『ゼフィロス』にしよう。それ以上増えたら『ぬのすけ』かな。
「ホロウシャドウはムツキとキサラギとヤヨイ」
なんと、次は文句も出ず、一発で通ってしまった。なんでだろう、よく分からない。
ちなみに、ホロウシャドウ達はこれ以上増えても卯月、皐月、水無月……と増えていくだけなのでとても考えるのが楽。
ホロウシャドウはトラップとの相性もいいし、装備モンスターを問わない(影ができないような奴には装備させられないけれど)から、これから増えていくかもしれないし、丁度いい。
そして、デスネックレスなんだけれど……ここまで、ソウル刃物が鳥、ファントムマントが風、ホロウシャドウが月、と来ているから、『花鳥風月』ということで、当然のように花の名前にしよう。
多分、花の名前をつけていく分には文句も出ないだろう。多分。
「命名、リリー、ローズ、藤子!」
藤子から文句が出た。なんでだ。
結局、藤子を『ウィスタリア』にすることで丸く収まった。なんでだろう、横文字好きなんだろうか。いいじゃないか、藤子。
リビングドールは目の宝石からそれぞれ、『ルビア』『サフィア』と命名。
『ルビーアイズ』と『サファイアアイズ』をぎゅっと縮めたらこうなった。今回は我ながらなんだかネーミングセンスが冴えていた気がする。
流石に、スライムやブラッドバット1匹1匹に名前を付けるのはしんどいし、そもそも個体の識別のしようがないし、彼らは彼らで『別に名前いいや』みたいなかんじだったし、今後も呼ぶときは『油スライム部隊ー!』とかになると思う。
ソウルハンマーはそのまま『匠』と呼ぶことにした。これからもよろしくお願いします、匠。
「あ、そうだ、匠。今度の試料にはこれを混ぜて欲しいんだけれど」
それから、忘れないうちに実行。
「魔石の粉。魔石の粉が混ざったガラスの髪飾りが綺麗だったから。宝石を作る時に混ぜたら綺麗なんじゃないかと思って」
テロシャ村の露店で見たあの髪飾り。
あれは中々綺麗だったから、是非、ルビーやサファイア他、人工宝石に混ぜてみたい、と思ったのだ。
どうなるかは分からないし、綺麗に結晶にならずに失敗するかもしれないけれど、魔石はてるてるロッドからたくさんとれたし、多少使ったって構わないだろう。
杖の魔石を1つ砕いたら、そこそこの量の粉になった。それを全部匠に渡して、「もし成功するようだったら、続けてこっちも使ってみてね、上手くいかなかったらいつも通りにお願いします」とお願いすると、『まかせとけ!』みたいな反応を貰えた。
多分、テオスアーレの都に行って帰ってくるころには結果が出ていると思う。
ちょっぴり楽しみ。
名前を付けたら、ご飯を食べて早く寝ることにした。
明日中になるべく遠くまで移動したいし、そのためにも明日は早く起きて早く出たい。
その為に、早めに寝床に潜りこんだのだけれど……。
「……どうしたの?」
リビングアーマー君(ダンジョン内に居る時はできるだけ分離しておくようにしている)がやってきて、私をじっと見ている(目が無いから見ているような気がする、でしかないのだけれど)。
なんとなく寂しげというか、なんというか。
「リビングアーマー君?」
そして、ただ、じーっ、とこちらを見ているだけなので声を掛けてみたのだけれど、ますます寂しげになるばかりである。
どうしたんだろう。
……あ、もしかして。
「名前?」
リビングアーマー君は1体しか居ないから、特に名前は付けなかったのだけれど、それがどうも気になっていたらしい。
こくこく、と兜が上下に振られる様子を見る限り、1体だけ名無しなかんじがしてショックだったのかもしれない。
「いらないかな、と思ったんだよ。リビングアーマーはリビングアーマー君1体だけだし、魔法のスキルオーブが余ってるから、今後増やすとしてもリビングドールになりそうだし」
リビングアーマー君は頷きながらも、なんとなくしょんぼりしている。
……そんなに名前って、いいものだろうか。いっそ、よろいのすけとか名付けてやろうか。
まあ……いいか。それでリビングアーマー君が喜ぶなら、まあ。
「じゃあ、君は今日からガイね」
『鎧』の音読みそのまんまである。GUYの方ではない。
「どう?」
聞くまでも無かった。
リビングアーマー君改めガイ君はがしゃがしゃ頷いて、深々とお辞儀して見せてくれた。
多分、これでいい、ってことなんだろう。
「明日から、ちょっとハードスケジュールになるけれど、よろしくね、ガイ君」
早速呼んでみると、がしゃ、と、嬉しそうに頷いて応えてくれた。
良く寝て、翌朝。
いつも通り、ご飯を食べたら、すぐにダンジョンを出る。
装備はフル装備。
ソウルソードのホークとピジョン、ソウルナイフのクロウ、デスネックレスのリリー、ファントムマントのボレアス、ホロウシャドウのムツキ、そしてリビングアーマーのガイ君。
お留守番は、それぞれファントムマントとデスネックレスとホロウシャドウを装備したリビングドールのルビアとサフィア。そして私の指先、足先であるトラップ。
お留守番の戦力は多分、これで大丈夫だと思う。よっぽど駄目そうだったら、その時は『奥の手』を使ってすぐダンジョンに戻ってこよう。あんまりやりたくないけれど。
「じゃあ、行ってくるね」
モンスター達に見送られつつ、私は自分のダンジョンを出た。
向かうのはテオスアーレの都。
そこにあるという『王の迷宮』。
いわば、私がこれからダンジョンを作る上で非常に邪魔な、商売敵のダンジョンである。
大体、ダンジョンからテオスアーレの都までは2日ぐらい、と踏んでいた。
前、来て帰ってまた来た貴族の人が戻ってくるまでの時間から考えると、多分そんなかんじ。
だから、道中の野営ぐらいは覚悟していたんだけれど……なんと、私が眠っていても流石のリビングアーマー。ガイ君が起きて馬の操縦をしてくれることで、私が眠りながらも移動する、という荒業が可能になったのである。
2人1役乗馬は中々の効率を上げた。
馬の休憩は挟んだけれど、それでも出発した翌日の昼前に到着してしまったんだから……かなり速かったんだと思う。
都は都だった。
テロシャ村とは比べ物にならないぐらい人が居るし、お店もたくさんある。
ここならテロシャ村には無かった大粒の宝石なんかも売っていそうな気がする。
……けれど、私は特にお店を覗いたりすることなく、真っ先に宿へ向かった。
平均的な値段らしい宿(1泊銀貨2枚)をとって、食事を摂ったらさっさと寝てしまう事にしたのだ。
モンスターを装備しているからか、それともダンジョンに成ったことで体力が増えているのか、1日以上の旅路を経てもまだ元気だ。一応。
けれど、前、体調不良で侵入者が来ても寝ていたことがあった以上、自分の体の調子には気をつけすぎるぐらいでいいと思う。
特に、これから商売敵のダンジョンにお邪魔する、ともなれば、尚更。
おやつ時に眠って、夜起きる。
夕食をしっかり摂ったら、そのまま『王の迷宮』に向かう事にした。
場所はすぐ分かる。案内の看板が出ていたし、宿の女将さんにも聞いておいたし。
そして何より、その場所には冒険者らしい人達がたくさん居た。
夜からダンジョンに潜る人もそこそこ居るらしい。
なので、私もその冒険者たちに混ざり、ダンジョンに入ることにした。
目的は視察だけれど、目指すは欲深く最深部。
そして、ついでにこのダンジョンを潰してしまえれば、今後は私の独占市場だ。
頑張っていこう。
ダンジョンに入って、驚いた。
なんとなく想像はついたけれど、それでも、驚いた。
「モンスターだらけ」
ダンジョンの中には、スライム達がぷるぷるしていたり、でっかい芋虫がのんびりもぞもぞしていたり。
つまり、弱いモンスターがたくさんいるのだった。
そこまではまだいい。まだ、いいのだけれど……。
……何より驚くべきことは、私の《慧眼無双》では、トラップの類が1つも見つからない事だ。
トラップが、無い。
ダンジョンなのに、トラップが、無い。
……カルチャーショック。




