3話
最早、ダンジョンを掘って広げることすらできない。
私はダンジョンとして、この侵入者3名を屠らねばならない。
……しかし、その手段が無い!どうする、私。迷っている時間はあんまりないぞ。
まず、今持っている魂62ポイント分で何とかできることを再確認しよう。
まず、スライム1匹10ポイントだから、スライムなら6匹召喚できる。
ただし、スライムはスライムでスライムだ。日本の王道RPGにでてくるぐらいのサイズの、日本の王道RPGにでてくるぐらいの強さのモンスターでしかない。最弱。最弱である。
……つまり、多少戦い慣れた侵入者にとって、何もない部屋でスライム6匹と戦うなんて、何の障害にもならないのである。
だから、スライム6匹で戦うのは却下だ。却下。
次に、落とし穴(小)。これを1個設置する余裕がある。
……が、(小)の名は伊達じゃない。
この落とし穴、精々腰の高さくらいまでの深さしかないのだ。
当然、この落とし穴に侵入者が落ちても、良くて捻挫、打撲。
とてもじゃないが、致命傷を与えるなんてことはできそうにない。
更に、この落とし穴(小)を作ってしまうと、残る魂は12ポイント分。
スライム1匹と落とし穴1つで何をしろと。
ということで、これも却下か。
……となると、もういっそ、アイテムを全て魂に還元してスケルトンを召喚するか、とも思ったが……これも無しだろう。
何故なら、モンスターの召喚で召喚できるモンスターは、本当に『只のモンスター』。
具体的には、武装の1つもありはしない、素っ裸の状態で出てくるのである。
……つまり、スケルトンを召喚した場合、鎧も剣も弓も何も無い、ただの動く骸骨が1匹出てくるだけ、ということになる。
叩けば折れる骨1匹で、3人の侵入者を片付けられるだろうか。いや、無い。
ということは……これも却下、か……。
……そうこうしている内に、侵入者3人は最初の12畳間に入ってしまった。
まずい、まずい。
何がまずいって、このダンジョン、一応、制約のようなものがあるのだ。
制約それ即ち、『侵入者がダンジョンに居る限り、侵入者が確認した場所の変更はできない』。
例えば、今この状態だと、侵入者は最初の部屋に入ってしまっている。
だから、最初の部屋に新たなトラップを設置したりすることはできないのだ。
逆に、最初の部屋以降の場所はまだ確認されていないから、それ以降の場所にものを設置することはできるのだけれど。
……つまり、私は急がなければならない。
侵入者が進むほど、私が打てる手はどんどん少なくなっていくのだから。
しかし、しかし、だ。
これ、あまりにも無理が無いか。
詰め将棋の如き、動かせる駒の少なさ、打てる手数の少なさ。
その実、詰め将棋というよりは詰み将棋といったかんじである。
モンスターは居ない。新しく生み出すにしろ、決定打になるモンスターを召喚できない。
トラップも無い。こちらもやっぱり、決定打になるトラップが無い。
……ネックは、相手の数なのだ。
相手は3人。だから、少ない戦力しか持たないこちらは、3人をいかに分断して戦うかがポイントになる。
けれど、『分断』をする為のトラップは作れず、また、相手を『分断』して戦ってくれるようなモンスターを生み出すこともできない。
くそ、ここは、てるてる坊主さんを生かしておいて、共闘すべきだったか……いや、無理かな。てるてる坊主さんが生きていたら、それこそ本当に詰んでいた気もする。
本当に無いのか。本当に、このダンジョンには何もないのか。
このダンジョンの全てを把握すべく、感覚を広げて、ダンジョンにあるものを一覧化する。
……ナイフ、杖、服……薬草、キャンディ……世界のコア、私。以上である。
以上で、ある。
……本当に、確認した分しか無かった。
何度確認しても同じこと。
このダンジョンには、トラップもモンスターも……。
……いや、ある。
あった。
あった……あった!
このダンジョン最強の戦力にして、最大の頭脳。
敵を分断する頭脳があって、敵を一撃必殺することももしかしたら可能かもしれない、唯一の可能性!
……私である。
そう。このダンジョン最強のモンスターは、私なのだ。
そこで私は考えた。
もういっそ、私が全部兼任したらいいんじゃないか?
どうせ、ここで待っていても侵入者に殺されるだけだろう。
なら、他に手段の無い今、いつ出ていっても同じこと。
モンスターは私がやればいい。不意打ちで人を殺すぐらいならなんとかなると思う。
トラップも私がやればいい。人を分断する知恵は絞りだせると思いたい。
ついでに、侵入者の気を惹くお宝も私が兼任できるかもしれない。私は異世界人で、どうも珍しいらしいから。
……うん、それしかない。
つまり、私はこのダンジョンにして、このダンジョンのモンスター、そしてダンジョンのトラップ。
某牛丼チェーンも真っ青のワンオペ体制。
だがこれしかない。もうこれしかない。そして迷っている時間はもう無い。
ということで、なけなしの魂を使って、私は勝利の道筋を整えることにしたのだった。
準備はそう多くない。
1つ目。
3番目の部屋に入る所のドアを、開き戸から引き戸に変えた。(魂20ポイント分)
2つ目。
その引き戸の廊下側に、4桁の数字を入力できるダイアルをつけた。(魂20ポイント分)
3つ目。
2番目の部屋の壁に、『X+2Y=0』『X-Y=0』『X>0,Y≠0』みたいな数字と記号を書いておいた。(魂12ポイント分)
4つ目。
てるてる坊主さんの杖から魔石を外した。(私の労力プライスレス)
5つ目。
3番目の部屋の奥に、畳んだ服を置いて、その上に『世界のコア』を乗せた。
6つ目。
長さ1mちょっとのスコップ(魂10ポイント分)を作成した。
これにて、準備完了。そして、魂残量、0。
では、これより3人の侵入者を返り討ちにする。
……私は3番目の部屋に入るための引き戸に、そっと、杖をつっかい棒として置いた。
そして、扉の前に体操座りで待機することにした。
+++++++++
ダンジョンに入ってすぐ、俺達は落胆した。
「……これは、ダンジョン、ですよね?」
「もしかしたら、眠ってるダンジョンなのかもしれねえなあ……」
折角ダンジョンを見つけたと思ったのに、入ってすぐに現れたのは、何もないただの部屋だったからだ。
ダンジョンは攻略のむずかしさがそのままお宝のランクに繋がることが多い。
つまり、ただの部屋しか無いようなダンジョンにあるお宝は、たかが知れてる、ってことだ。
「どうします?戻りますか?」
「いや、一応奥まで行くぞ。ブロンズのナイフ1本でもありゃ、とりあえず今日の飯にはなるだろう」
しかし、俺達に撤退の2文字は無い。
たとえしょっぱいお宝しか無かったとしても、今の俺達にはそれが生命線になるのだ。
……テオスアーレの聖魔道団に見つかって、今まで貯め込んだお宝を全て取られたのがつい昨日のこと。
着の身着のまま逃げ出した俺達は、今日の飯にありつけるかも分からない状態だ。
なら、このダンジョンを一通り確認するのは悪くない選択だろう。
ダンジョンである以上、何かのお宝はあるんだろうしな。
……ドアを抜けた先の廊下を進み、さらにその先の扉を開けた時、俺達はがっかりした。
「ま、また、只の部屋……」
さっきの部屋と同じような部屋がただあるだけだったのだ。
これじゃ、本当に碌なお宝は望めそうもねえ。くそ、つくづくツイてねえ。
……だが、この部屋には1つ、さっきの部屋とは違う所があった。
「アジンの兄貴、こりゃ一体、何でしょうね?」
「計算の問題ですか?」
それは、入ってきた扉のある面の壁に書かれた、数字や記号だった。
「おい、キャス。お前、多少計算ができたな?」
「へ、へい。でも兄貴、とてもじゃねえが、すぐに解けるようなもんじゃないですよ?」
「ベック、お前は」
「お察しの通り、俺は読み書き計算、一切御免です!」
……俺も一応、一通りの読み書き計算はできる。
だが、壁にある数字と記号は、見るからに高等なものなのだ。
真面目に取り組む気にもなれねえな。
「こんな謎解きがあるなんて……案外、このダンジョン、捨てたもんじゃないかもしれねえな」
だが、解けない問題も幸福の知らせに思える。
だって、こんなお高く留まった謎解きがあるぐらいだぜ?そりゃ、この先にあるお宝への期待も高まるってもんだ。
「あ、兄貴ぃ、これ、どうしますか?」
「今はほっとくぞ。どうせ、問題を解いてもここには他に何も無い。多分、この先にこの壁の問題の答えを使うような場所があるんだろうよ。なら、それを見つけちまってからでも遅くない」
逸る気持ちを抑えながら、俺はひとまず、先へ進むことにした。
そして、俺達はそれを見つけたのだ。
「これは……鍵、ですかね?」
ドアを抜けた先の廊下、さらにその先には、今までとは違う形の扉があった。
珍しい形だが、見た事が無いわけじゃねえ。
横にスライドさせて開く扉だって事はすぐに分かった。
……だが、扉を開けることはできない。
何かにつっかえたように、扉が開かないのだ。
そして、扉には不思議な道具が取り付けてある。
「0から9までの数字がついた輪が4つ並んでますね。回転させると数字が動きます」
「成程、ここにさっきの壁の答えを使う、って訳か」
中々分かりやすい仕掛けだが、ここに立ちはだかるのはさっきの壁の難問だ。
確かに、このダンジョンは中々の難易度なんだろう。
……だが、俺の頭には、この鍵の解き方がもう分かっているのだ。
「おい、ベック。お前、この鍵を開けろ」
「え!?あ、アジンの兄貴、そりゃないっすよ、俺、読み書きも計算もできないって」
慌てる部下をなだめて、俺は鍵を示す。
「いいか、ベック。よく見ろ。この鍵は誰にでも解けるんだよ。……全部の数字の組み合わせを試せば、な」
「え……ああ、本当だ。そうか、そうですね!」
この数字の輪が並んだ鍵なら、全ての数字の組み合わせを試せばいつかは鍵が開く。
ちょっと考えりゃ、すぐに分かるもんだぜ。
「じゃ、ベック。お前は全部の数字を試しておけ」
「え、兄貴とキャスは?」
「俺達はさっきの部屋に戻って、問題を解いてくる。俺達が解く方が速くても、お前が鍵を開ける方が速くてもいいだろ?」
そして、この狭い廊下で3人ひしめき合ってる必要もねえ。
面倒な作業はベックに任せて、俺とキャスはさっきの部屋に戻ることにした。
もし、本当に問題が解けちまえば、その分さっさと鍵を開けることができるかもしれねえしな。
「……駄目だ、全然わからねえ……」
「この記号、なんなんでしょうね……」
だが、俺とキャスとで壁の問題に挑んでみたが、全く答えが分からなかった。
「もしかしたら、全然違う規則で動かさなきゃいけないのかもしれないですね……」
キャスは頭が良いが、それでもこの問題はお手上げみたいだ。
「……よし、一旦ベックの所に戻るぞ。もしかしたらもう開いてるかもしれねえ」
仕方がねえから、ベックの所に戻ることにした。
「……あれ?ベック?」
だが、さっきの扉の前に戻ってみると、ベックが居ない。
「あ、兄貴、扉が開いてます」
「何っ……あいつ、抜け駆けしやがったのかよ」
キャスの示す通り、扉がわずかに開いている。
ということは、ベックはもう中に入ってるんだろう。
仕方のない奴だ。後でシメておいてやらないとな。
……そう思いながら、キャスが扉を開けるのを見守った。
その瞬間、部屋の中から、黒い旋風が飛び出してきて、キャスにぶつかった。
「ぐあっ……!?」
キャスが倒れる。
その腹には、ナイフが突き刺さっていた。
「キャスっ!」
呼びかけるが、キャスの反応は鈍い。
僅かに動くばかりとなったキャスの下に、みるみる血だまりができていく。
当たり所が悪かったらしい。くそ、あれじゃあもう、助からないだろう。
……そして、俺は目の前に立つ、さっきの黒い旋風……人間の女と、対面していた。
+++++++++
……さて。
ほとんど相手任せの作戦だったけれど、ここまでは上手くいった。
『解無し』の式を頑張って解こうとしてくれたし、そのために1人だけドアの前に置いていってくれたし。
ダイアルを回していた下っ端を不意打ちで殺すのはそう難しいことじゃなかった。
両手はダイアルにいっていたから武器を持っていなかったし、座り込んでいたからすぐに逃げることもできなかった。
それに、ダイアルにすっかり集中していたから、不意を突かれてすぐに反応できなかったらしい。
下っ端の喉をナイフで切り裂いて、1人目はなんとかなった。
2人目はもう、半分ぐらいは賭けだった。
1人目が居なくなったことを警戒されたらまずかったし、不意打ちが失敗することだって十分考えられた。
……駄目だったら駄目だったで、また別の作戦は考えてあったけれど。
そして、3人目。
そう。今回の一番の難所がここである。
「てめえ……ベックも、やりやがったのか」
すっかり私を警戒して、片手斧を構えるリーダー格の侵入者。
対する私は、2人目を殺すときにナイフを刺しっぱなしにしてきてしまったので、持っている武器はこれだけだ。
……つまり、スコップ。
スコップ1本で、私はこの相手と真っ向戦わなくてはいけないのである。
とかやってらんないから、そんなことはしない。
「こっちだ」
私はスコップを下げて、最後の侵入者を手招きする。
「……は?」
私は侵入者に背を向けて、3つ目の部屋へと入っていく。
侵入者は明らかに警戒していたけれど、私が立ち止まって振り返ると、斧を構えたままついてきた。
そして、ある程度進んだ所で……侵入者の目にも、『世界のコア』が映る。
「こ、これは……!」
「『世界のコア』だ」
私は侵入者に向き直って、できるだけ優雅に一礼しながら、侵入者に『世界のコア』を示した。
侵入者に『世界のコア』を捧げるように。
一礼したまま動かない私を見て、『世界のコア』を見て……侵入者は、『世界のコア』に近づいて、手に取った。
「は、ははは……こ、これで俺は、億万長者だ……!」
そして、『世界のコア』を手に、現実味の無い喜びを味わっているらしい。
……本当に『世界のコア』って、価値があるものなんだろうな。きっと。
「あっちにまだある。よければ持って行くといい」
そして、私がさらに奥……玉座の間を示すと、あまりにも大きすぎる欲望に釣られてか、ふらふら、と、侵入者は玉座の間へ進んでいった。
「な、なんだここは……」
そして、そこで不可思議な魔法陣や玉座を見て、侵入者はすっかり驚いたようだった。
きょろきょろとあたりを見回して……そして、気づいたらしかった。
「おい、『世界のコア』ってのはどこに」
『世界のコア』が他に無い事に気付き、そして、私を振り返り。
侵入者は振り返った瞬間、スコップで喉を突かれた。
スコップを侮ってはいけない。
土を掘る道具ではあるが、実体は鉄の道具だ。
先端は薄く、勢いがあれば人体に刺さるくらいはする。
「あっ……がっ、」
喉から血を溢れさせる侵入者からスコップを抜いて、そのまま今度は頭を打ち付ける。
侵入者が倒れても、念入りに、なんども叩く。叩く。時々刺す。
……そうしている内に、侵入者は死んでいた。
私は、圧倒的資源不足の中、ダンジョン防衛戦を制したのである。
更にその時、私は奇妙な体の変化を感じていた。
体が軽い。
力が沸いてくるような感覚がある。
……もしや、と思って、『ダンジョンのモンスター一覧』を調べた。
……私が、『Lv3』になっていた。
どうも私は、ちょっと強くなったらしい。