28話
ダンジョンの範囲から出ると、ダンジョンとしての私の感覚が変化した。
うん、前にも一回やってるから、大丈夫。この状態でも十分、ダンジョンの様子が分かるし、トラップを作動させることにも問題は無い。
……けれどやっぱり、『ダンジョン最大の戦力』としては、ダンジョンを離れるのは不安だ。
できるだけ早く帰ろう。
今回、テロシャ村に行く目的は、『人間の暮らしの観察』だ。
私は、この世界の人間がどの程度の科学レベルに居るのかも知らない。
魔法があるらしいこの世界で、魔法がどういう風に生活に応用されているかも知らない。
物価も知らないし、冒険者ってものが何なのか、未だによく分かってない。なんで冒険者は冒険するだけでご飯を食べられるんだろう。
……今日は、それを見に行く。
人間の暮らし方から、人間の科学力を割り出して、相手の戦力の程度を探る。
魔法の応用の仕方を身て、私のダンジョンに応用する。
物価が分かればお宝の設置の目安になるし、冒険者の習性が分かれば、より人間が多く集まるダンジョンを作れそうだ。
「楽しみだね」
身に付けているモンスター達に言えば、僅かに身じろぎして返事としてくれた。
馬を飛ばせば、10分かからずに到着した。
村の近くまで来たら、馬から降りてゆっくり行く。
私のダンジョンから一番近い人間の集落、『テロシャ村』。
そこは、非常にのどかで牧歌的で、でも、どこか暗く沈んだ空気を纏っていた。
「こんにちは」
村に入ってすぐの場所に露店を開いている人が居たので、声を掛けてみる。
「おう、いらっしゃい。……お嬢ちゃん、その恰好だと……冒険者の人かい?」
「まあ、そんなところです」
ダンジョンは冒険者に含まれるだろうか。まあいいか。多分似たようなものだろう。獲物を狩るという意味で。
「へえ、お嬢ちゃんみたいな綺麗な子がねえ。苦労してるんだね。……ま、いいのが揃ってるよ。見てっておくれ!」
露店のおじさんは私の身分については勝手に納得したきり、それ以上特に聞いてこなかった。
代わりに、露店に並んでいる武器を見せてくる。
「このナイフとか、どうだい?中々の業物だよ。軽いしよく切れるよ!今なら銀貨3枚で譲るよ!」
はい、と差し出された大ぶりなナイフを観察してみると、鍛えられた鋼特有の艶が綺麗な一品だった。
けど、ソウルナイフ君には劣るな。きっと、ソウルナイフ君も『このナイフじゃ満足できねえ』みたいな反応をするだろう。
「ごめんなさい、武器は間に合ってるんです」
「そうかい?まあ、それだけ立派な剣2本も持ってりゃそうか」
ソウルソード2振が褒められてちょっと嬉しそうにしてる気がする。
「じゃあ、アクセサリーは?都からいいのを買い付けてきたんだ。この髪飾りとか、お嬢ちゃんに似合うと思うがね」
差し出された髪飾りは、銀細工の上に薄青のガラスを溶かして滲ませて焼き付けたような、綺麗なものだった。
薄青のガラスは見る角度によって滲む色が変わる。桃色がかって見えたり、緑っぽく見えたり。
ダンジョン内じゃないから鑑定はできないけれど……代わりに、《慧眼無双》で少し見てみる。
……うん、本当にただの髪飾りらしい。
「これは魔石の粉をガラスに混ぜて焼きつけたものだよ。綺麗だろう?」
ふうん。……ダンジョンで作るお宝に応用できるかな。
「おいくらですか?」
「そうだなあ、銀貨2枚でどうだい?」
銀貨2枚。
……最初の方に1人で来た剣士さんは銀貨は手持ちに1枚しか無かった。その後に来た冒険者の人達は銀貨8枚持ってたっけ。
それで、ナイフが銀貨3枚で、髪飾りが銀貨2枚、と。
ぼったくってる可能性を考えても……この世界の物価がよく分からない。
「ごめんなさい。手持ちがあんまり無いんです」
「そうかい?残念だなあ」
買い物するとしても、もう少しこの世界の物価を知ってからの方がいい気がする。
それから露店のおじさんに『最近の変わった事』を聞いてみたところ、『どうやらこの村の近くにダンジョンができて、そこに迷い込んだらしい村人が3人死んでしまったらしい』という話を教えてもらえた。
更には、『テオスアーレ第1警邏団も挑んだが、雇われた魔法使い1人だけが命からがら戻ってきたらしい』とも。
……どうやら私のダンジョンは、少なくともこの村では、かなりの高評価(戦闘力というか、殺人力という観点で)らしい。
村の中を進むと、宿と飲食店を兼ねて営んでいるらしい建物を発見した。
折角だし食事を摂っていこうかな。
食堂の中は、そこそこ人が居た。
多分、宿に泊まっている人がここで食事を摂ったりするのだろう。
この村は『エピテミア』から『テオスアーレの都』への道の途中にあるらしいし、宿場町として機能しているんだと思う。
「いらっしゃい!何にする?」
入って席に着くと恰幅の良い女性が注文をとりに来た。
「おすすめ、何ですか?」
「今日のおすすめは山鳥の煮込みだよ!パンとバターとスープが付いて銅貨7枚だよ!」
1食銅貨7枚。……うん、やっぱり分からない。
「じゃあ、それをお願いします」
「はいよ!……山鳥の煮込み1つー!」
女性が厨房の方へ声を掛けると、厨房の方からまた、威勢の良い声が返事をよこした。
「……じゃ、もうちょっと待ってておくれ。ところでお嬢ちゃん、その恰好だと冒険者かい?」
私の前にパンの籠やバターの小皿を置きながら、恰幅の良い女性はにこにこと聞いてくる。
「まあ、そんなところです」
「へー。1人でかい?大したもんだねえ」
……さりげなく、食堂の中を見回すと、何人かこちらを見ている人が居た。
多分、彼らは冒険者なのだろう。身なりや居ずまいがそんなかんじ。
……そして、彼らは皆、複数人で卓を囲んでいた。
成程。1人旅、ましてや女1人、ともなれば、相当珍しいのかもしれない。
「腕には自信がありますよ」
仲間が居たけれど少し前に分かれた、とか、そういう嘘も吐きようはあったけれど、ここは素直に言った方が良いと判断。
「へー!大した自信だ。……ま、冒険者たるもの、そのぐらいじゃなくっちゃね!」
食堂の女性が目を丸くしながら笑うと、向こうの方の席からヒュウ、と、口笛が聞こえた。
視線が集まっているけれど、特にどうするものでもないだろう。
「ところで、この近辺にダンジョンはありませんか?」
……だが、私がそう尋ねた途端、食堂の視線がより集まった。
一気に変わった空気。
食卓に着く冒険者達からは、好奇。
食堂の人からは、不審。
そして両者ともに、無知な冒険者への呆れと優しさも含んでいる。
私はあくまでも『どうしたんですか?』というような表情で、食堂の女性の顔を見つめ続ける。
……すると、食堂の女性は声を潜めて、教えてくれた。
「……知らないのかい?この村の近くには、新しくダンジョンができたんだよ。でも、行こうなんて思うんじゃないよ。この村の人間が3人、死んでる」
うん、知ってる。
「それにね、テオスアーレの警邏団すら全滅したって話だよ」
それも知ってる。
「……あのダンジョンは人の手に負えるもんじゃないって、専らの噂さ。あそこに行くのは馬鹿か命知らずだけだよ」
うん。来たのは大体、馬鹿か命知らずだったな。
……知ってることばかり教えてもらっても困るんだけれど。
「そう、ですか」
でも、あくまでも『初めて知りました』というような顔をしておいて、少ししおらしくしておく。
すると、食堂の女性は優しい笑顔を浮かべつつ、私に情報をもたらしてくれた。
「どうせダンジョンに行くなら、都のダンジョンにしときな。あそこなら他の冒険者も良く入ってるし、そこそこの稼ぎになるって評判だよ」
……ほー。
「都のダンジョン、ですか」
「おや?知らないのかい?」
多分、有名なダンジョンなんだろうな。きっと。
都、って時点で有名だろうし、そこそこの稼ぎになるって評判な時点で有名だし、冒険者が良く入ってるならとても有名だ。
「噂には聞いていました。でも行ったことは無いんです」
有名なダンジョンを知らないというのは、流石に無理がある。
薄らぼんやりした回答をすると、食堂の女性は頷きつつ勝手に何か納得してくれた。
「まあ、どう見ても普通の冒険者には見えないしねえ……うん。ま、これから行くって言うなら教えてあげるよ。テオスアーレの都のダンジョンはねえ」
しかし、その続きを食堂の女性が喋る事は無かった。
「通称『王の迷宮』。階層ごとに難易度が分かれてて、深くなるほど魔物が強くなる。初心者でも上層で魔物狩りをしてりゃ、そこそこ安全に稼げるって訳だ。だが、最深部には誰も到達したことが無い。……『腕に自信がある』なら目指してみたらどうだ?お嬢さん?」
割り込んできた冒険者らしい男の人は、そう言って下卑た笑みを浮かべた。
その人は勝手に私の卓の向かいに座ると、話し続ける。
「ま、貴族のお忍び、って割には様になってるとは思うがね、お嬢さん。あんたみたいな世間知らずがダンジョンに潜ってよく死ぬんだよ。いくら『腕に自信がある』んだとしても、最初は1Fでスライムを倒すところから始めろよ?身の程知らずはすぐ死ぬぜ?」
成程、私は貴族のお忍びに見えるらしい。
……これは結構大事な情報のような気がする。
そうか、もしかして、さっきの露店のおじさんは、私が貴族だと思ってあの髪飾り、ふっかけてきたのかもしれない。
「……ま、どうしても深くまで潜りたいなら、どこかのパーティに混ぜてもらうんだな。……そうそう、あんたなら女のいないパーティを選んで声を掛けりゃ、どこにでも入れてもらえるだろうよ。なんなら俺のところに来るか?しっかり歓迎させてもらうぜ?」
そうかそうか、やっぱり冒険者もある程度つるんで活動するんだな。
今の話を聞く限り、ソロでやっている人がどこかに臨時で入れてもらう、っていうことも、割と日常的な事なんだろう。
……ってことは、1人だとやっぱり、目立つのかな。まあいいや。
「俺達のパーティは地下30階まで進んだことがあるけどな、あれはヤバいぞ。なんてったって、ドラゴンが居たんだ。こんなでかいドラゴンで」
「そうですね。折角だし、目指してみようかな。最深部」
一度、私のダンジョンに戻ろう。
そして、計画を立てるのだ。
「なんだか、楽しそう」
それからも私の目の前で冒険者の男性は何か喋ろうとしていたけれど、食堂の女性が食事を運んできたついでに追い払ってくれた。
この世界でも食堂のおばちゃんの『へいおまち!』は一定以上の威嚇力を持つらしい。
私は、運ばれてきた鳥の煮込み料理を美味しく頂きながら、これからの計画に思いを馳せる。
敵情視察……そして、商売敵を潰す、という、楽しい計画に。




