25話
てるてるスパイさんが帰ってから4日。
その間に私は、てるてるスパイさんが持って帰った『ダンジョンマップ』のゴール地点、すなわちB2Fの迷路の途中に、ちゃんとドアを設置しておいてあげることにした。
『ここを開ければゴールだよ』という具合にドアを設置して、そして、そのドアを開けると毒霧が噴射されるようにしておいてあげた。
ちなみに、ドアを迂回して横に伸びる道を通れば、ちゃんと今まで通りの迷路の続きに入れる。
ドアの向こう側にあるのは壁なので、ドアは本当にただのトラップでしかない。
なので、大きな改造も必要なく、ただ、ドアと毒霧トラップを設置しただけ(毒はあるから作成不要)。
コストも10分の1てるてる(100ポイント分)で済んだし、このぐらいはてるてるさん達の歓迎会の準備って事でいいことにしよう。
引っかかるかな、引っかかるといいな。
それから、鉄球をもう1個増やしておいた。
こっちも引っかかるといいな。
そしてついに、てるてる坊主さん達はやってきたのだった。
その数、80人。
あれ、てるてるさん達って、こんなにいっぱいいるんだ……。
……80。はちじゅうにん。
うん、これだけ殺せば、きっと私はとても強くなれるだろう。
1Fを進行してくるてるてる軍団を観察すると、30人が下っ端、49人がそこそこ、1人が親分、ってかんじなのがなんとなく分かった。
そして、私は49人と1人、つまりそこそこ以上の地位らしい連中になんとなく、見覚えがある。
あの日、私達の世界へ来ていた連中だ。
……多分49人が50人じゃなくて49人なのは、1人、私と一緒にダンジョンに落ちてきてしまって、それから事故死したからだろう。元々は50人だったんじゃないだろうか。
死ぬ前にてるてる団の人数を教えてくれたてるてる坊主1号さんは、『一般団員30名とマリアード様』って言っていたけれど、現状を見る限り、『一般団員』に当てはまる30人以外にも下っ端が30人、そして、もうちょっと上の人達が50人ぐらい居たんだろうな。隠密てるてるさんはこの50人の中に入ってるのかな。
……相手がどんな内情しててもいいけれど、とにかく、よわっちいのが30人、そこそこ強そうなのが49人、そして結構強そうなのが1人だ。
そして、私がその全員を殺す事に変わりはない。
+++++++++
下級団員が全滅したと報告があった。
元より使い捨てにするつもりで送り出したが、ダンジョンに入ってすぐ、トラップで全滅したらしい。
だが、そのおかげでダンジョン内部の様子を知ることができた。
少なくとも、下級団員が全滅した迷路の内部の様子は全て地図にしてある。
下級団員が掛かったトラップも『星光の杖』によって記録済みだ。
これで私が『世界のコア』を手にする準備が整ったと言えるだろう。
今回探索するダンジョンは、ごく最近目覚めたものだと、テロシャ村の村人たちは言う。
恐らく、『世界のコア』がその内に秘める魔力によってダンジョンが目覚めたのだろう。全く、厄介なことになった。
……だが問題ない。
下級団員の尊い犠牲によって手に入ったダンジョンマップは手の内にある。
そして、私が引き連れてきたのは、80人……いや、1人、異世界解体の時に行方不明になったからな、79人、か。
そう。私は79人の駒を引き連れているのだ。
たとえどんなトラップがあったとしても、79人を全滅させることなど容易ではない。
それに、79人の内、30人は使い捨ての下級団員だが、49人はそこそこに腕の立つ者達だ。
ダンジョンのモンスター程度に負けるような戦力では無い。
第一、このようなダンジョンは通常、5人から7人程度の冒険者が入ることを想定している、という程度の戦力しか持っていない。
79人という人数で押して押せない相手ではないだろうと踏んでいる。
「マリアード様、到着いたしました!」
馬車に乗ってしばらくすると、テロシャ村そばの森の中を進んだ先、白い祭壇……ダンジョン前に到着した。
「よし、全員集めろ!」
早速、上級団員に声を掛け、下級団員と上級団員を集める。
下級団員は今まで、使い捨てにした下級団員のグループや上級団員の存在を知らなかった為、どこか困惑しているようだったが、それも『ダンジョン攻略に当たって信頼できる仲間を集めた』と言えばすぐ納得した。
「よし。これより私達は『世界のコア』奪還作戦にかかる!内部は凶悪なダンジョンだ。テオスアーレ第1警邏団が全滅している。全員、心してかかるように!」
声を掛け、全員をまとめる。
団員から力強い声が返ってきたのを確認して、私達はダンジョンへの侵攻を開始した。
ダンジョンに入ってすぐ、『世界のコア』が見えた。
本物であることを確認する以上、特にやるべきことも無い。どうせすぐ、こんな透明な床越しでは無く、直接触れて確かめることができるのだからな。
「ほら、ぐずぐずしている暇はないぞ。進め」
『世界のコア』を一目見ようとする下級団員達を急かしながら、私達は奥へ進んだ。
1つ先の部屋へ進めば、『ダンジョンマップ』通り、二手に分岐するようになっていた。
……が、やはり、80人もの大軍で来ることは想定されていないらしい。
部屋が狭く、80人が二手に分かれようとすると、かなり詰めないときつかった。
「では予定通り、赤の班は左へ。青の班は私と共に右へ分かれろ」
それでも、なんとか分かれなければ、80人で来た意味がない。
30人と50人に分かれて、なんとかボタンを押し、2つの扉を開いた。
「いいか、赤の班。そちらでは一度、誰かが扉をくぐってすぐ、戻れ。そのまま少し待つんだ。鉄球が落ちてきたら進め。いいな?」
「はい、マリアード様!」
「仰せのままに!」
左のルートは、坂道と鉄球だ。
こちらには下級団員を向かわせる。
鉄球の罠だけなら、下級団員とてそんなに苦労せずに抜けられるだろう。
ダンジョンの最深部まで行くにあたって、下級団員といえど、無駄な犠牲は増やしたくなかったので、鉄球側に下級団員を配置したのだ。
下級団員はこの先で盾となる役目を負うのだからな。こんなところで無意味に死んでもらっては困る。
「では、合流地点で落ち合おう!」
そして、私達の進む右側の道は、単純な迷路だ。
道中にトラップはあるが、それもほとんどがもう分かっている。
進行には何の問題も無い。
上級団員と共に右手へ進み、地図通りに進む。
トラップも位置が分かっていれば、どうという事は無い。
……ただ、時折、使い捨てにした下級団員達が掛からなかったトラップがあったりして、上級団員もいくらか負傷してしまったが。
「こっちだ。そっちは行き止まりだろう。それから、右の壁際には近寄るな。矢が飛ぶぞ」
私は前から数人目の位置に並びながら、最前を進む団員に指示を出していく。
「すごいです、マリアード様。流石の観察眼ですね」
そんな私に、団員は尊敬の眼差しを向けてくる。
「ああ、皆の命を預かっているのだ。この程度は当然だろう」
使い捨てた下級団員も無駄ではなかった、ということだな。
そして迷路の出口に到着した。
階段を下りてすぐのこの扉を開ければ、合流地点に到着する。
念のため、私は後方に下がり、上級団員に扉を開けさせた。
……その瞬間。
「うわっ!」
「なっ……!」
扉上部から、霧のようなものが噴射された。
それは後方に居た私にまで及ぶ。
「ぐ、ぐああああ……」
「ど、どうした!大丈夫か!」
ほぼ全員が霧を浴びた直後、最も近い位置で霧を浴びたものが苦しみ始めた。
「ど、毒だ!今の霧は毒だったんだ!」
1人の上級団員が、そう言った途端……団員たちはパニックに陥った。
「げ、解毒剤を!」
「早くしなくては!」
そして、各自に持たせた解毒剤を次々と飲み干していく。
「待て!」
私が止めたが、もう遅かった。
団員たちはもう、それぞれの解毒剤を使い切ってしまっていたのだ。
……あの程度の毒、至近距離で浴びたのでも無ければ、解毒剤を丸々1本使うまでも無かったのに。
「ま、マリアード様……扉の先が……」
……しかも、腹の立つことに扉の先には壁があった。
そう。この扉は偽物だったのだ。
見れば、横に迂回路があった。
まるで、私達をあざ笑うかのように。
それからの私達の探索は、暗澹たるものだった。
まず、毒矢に当たった者が死んだ。
当たり所が悪かったとはいえ、毒矢程度なら、解毒剤を使い切っていなければ死ななかったのだろうが……。
それだけでは終わらず、長く長く続く迷路の中で、数名の団員がトラップによって命を落とした。
命を落とさないまでも、負傷し、上級薬を使う事態に陥る。
……人員も道具も、私達は確実に消耗させられていた。
だが、迷路はやがて終わりを迎える。
その頃には団員が5名程減っていたが……だが、役割を果たしたと考えればそう悪い数字でもあるまい。
やっと現れた迷路の終わりに安堵し、そして、注意深く扉を開けさせ……。
……そこにあったのは、予想とは全く違う光景だった。
そこに居るはずの30人はどこにも居ない。
左側の道を覗き込んでみると……坂道を、血が流れ落ちてきて、血だまりを作っているのが見えた。
「なんだとっ」
坂道の中腹では……下級団員たちが、潰れて死んでいた。
おかしい。何故だ。何故こうなった。
鉄球は誰かが入ってから少ししてから落下してくる仕組みでは無かったのか。
迷路の偽の扉といい、起こるはずの無い鉄球での死亡といい……どうにも、不可解なことが多すぎる。
「ま、マリアード様……いかがなさいますか?」
30人の下級団員は恐らく、全員生きてはいまい。
そしてこちらも45人にまで数を減らしているし、薬の類は半分以上使ってしまっている。
……だが。
「いや、進むぞ」
『世界のコア』を諦める訳にはいかないのだ。
それに、このダンジョンのやり口も分かってきた。
勝算は十分にあるだろう。
そう思って踏み出した矢先、床から飛び出してきた槍に足を切り裂かれて、上級薬を使う事になってしまったが。
トラップで負傷しながらもなんとか階段を下りきる。
……すると、そこには幻想的な光景が広がっていたのだ。
鏡の迷路は香油の池で満たされ、甘い香りを放っている。
そして、香油の池の底には数多の星が沈み、輝いている。
「香油がこんなに大量に……!?」
「汲んで持ち帰れば大金になるぞ!」
団員たちは香油に目を輝かせているが、それも無理はない。
香油は高価なものだ。ましてや、この迷路を満たすもの程に香りの濃いものともなれば、尚更である。
「マリアード様!薬の瓶に香油を持ち帰っても構わないでしょうか!」
「好きにするといい」
使い切った薬の瓶に香油を汲む団員と、美しい迷路を眺めて休憩しつつ、私は自身の判断が間違っていなかった事を悟った。
やはり、進行に間違いは無かったのだ。
甘い香りの中、迷路を進む。
足首程度までを満たす香油の池は、確かに良い香りを漂わせるが、同時に足を滑らせやすくもするらしかった。
団員が何度も転び、全身香油にまみれてしまっている。
団員が新たに転ぶ度、迷路の中を満たす甘い香りは濃く強くなっていった。
「ん……?ここ、段差があるようです。お気を付けを……うわっ!」
そしてついに、強い香りによって集中力が削がれたせいか……注意喚起した団員が足を滑らせて、香油の池の深みへ嵌ってしまった。
そして、その先で『見えない何か』に貫かれ、死んだ。
「今薬を!」
「待て、手遅れだ!」
薬を使おうと駆け寄る団員を止めると、その直後、深みへ落ちた団員の周りに矢が降り注いだ。
……傷ついた仲間を救おうとすると道連れになって死ぬ、ということか。なんと卑劣な。
「……気を付けて進むぞ。慎重に足元を確かめるんだ」
私達にできることは、慎重に足元を探り、見えない落とし穴が無いかどうか、確かめながら進むことだけだった。
やがて、強い甘い香りは邪魔にしかならなくなってくる。
頭の芯までとかしてしまうような香りは我々の集中力を削ぎ、危機感を薄めてしまう。
そのせいか、何もないはずのところで滑って転ぶ者、また、滑って転んで見えない落とし穴に嵌ってしまう者が続出する。
次々に使われていき、薬も大分少なくなってきた。
……この迷路を抜けるまで、耐えなければ。
趣味の悪い隠し扉や隠し通路を探し、光り輝くばかりで目印にもならない壁の間を進み、甘ったるい匂いの中、探索を続け……やっと、迷路を抜けることができた。
その頃には1度も転んでいない者は居なかったし、負傷していない者もほとんどいなかった。
薬が尽きた者が大半を占め、最早、物資の枯渇は目前だった。
だが、ここまで来て引きかえすわけにはいかない。
私達は階段を下り、その先へと進み……そこで奇妙な物を見つけた。
『25』と書かれたプレートが取り付けられた道が9つ。
……これは一体、なんだろうか。
答えはすぐそばにあった。
「これは……これは、この道の説明、でしょうか」
9つの道の脇にぽつんと設置された看板には、『数字は一度に入れる最高人数』と書いてあった。
「……よし、二手に分かれて進むぞ」
二手に分かれることには抵抗があったが、そうしなければ先へ進めない。これ以上迷っている理由も無いだろう。私達は二手に分かれてそれぞれ道を1つ適当に選び、進むことにした。
全員が道に入ると、入り口が塞がった。
「ひぇっ」
「閉じ込められた!これじゃあ帰れません!」
「落ち着け!進むぞ、どうせ出口は他の道とも繋がっている。帰りは別の道を通ればいい」
団員が慌てたが、私が落ち着かせて先を促す。
そうして進めば、『25』の道は、すぐに終わった。
道を抜けたところには、レバーがある。
レバーを引けば、後方でがしゃり、と音がした。
……見てみると、入り口が開いていたらしい。
成程、出口を出てからレバーを引けば、入り口を開けることができる、ということか。これなら恐れることも無いな。
続いて『5』の道が9本あったが、特に恐れることなく分かれて道を進んだ。
41人にまで減ってしまった団員だからこそ、全員同時にそれぞれの道を攻略することができる。
私達はそれぞれの道を進み……『25』の道よりも長くなった道を進み続け……そして、出口で合流した。
多少、到着時間にばらつきはあったが、少し待てば全員が揃った。
そして、レバーを引けば、入り口が開く音がした。
分断されてもすぐ合流できる。帰り道も確保できる。
……ここにあるのは、なんてことはない仕掛けのようであった。
『5』の道を進んだ後、『1』の道が現れた。
「流石に全員同時には進めませんね」
41人の我々は、5回程に分けなくては未知の先へ全員が進むことができない。
「中々面倒だな。……だが、臆する事は無い。進んだ先で合流しよう」
しかし、ここは人数が多ければ多いほど時間がかかるというだけの仕掛けでしかない。
また、道を抜けた先でレバーを引いてもらえれば、こちらの入り口が開き、次の順番の者が先に進むことができる。
逆に言えば、入り口が開かなければ、先で何かがあったということだ。警戒の材料にもなる。
「では、順番に進め。私は最後尾を務めよう」
指示すると、上級団員たちがそれぞれの道に分かれて、1人ずつ進み始めた。
入り口は重い音を立てて閉まったが……それも待ち続けていればやがて開いた。
向こうで団員がレバーを引いた、という事に他ならない。
つまり、向こう側の安全が保障されたという事だ。安心して他の団員たちも進み始めた。
多少、時間がかかったが、『25』の道よりも『5』の道の方が圧倒的に長かった。
恐らく『1』の道はもっと長いのだろう。
なら、気長に待っていればいい。
待っている間、室内の蒸し暑さに辟易させられたが、それもすぐに終わった。
40人が道の向こう側へ到達し、遂に私が進む番が来たのだ。
私は開いた入り口の中へと歩を進めた。
道は平坦だったが、とにかく長かった。
だが、特にトラップがある訳でも無い、ただの道だ。
蒸し暑い事はただただ不快だが、逆に言えばそれしか無い。
……本当に今までのトラップの数が嘘のようだが、実際そうなのだから仕方ない。
ひたすら歩くだけ歩くと、次第に蒸し暑さが消えていき……そして、出口が見えてくる。
私は出口の扉を開いた。
その先で待つ団員と合流するために。
……だが、その先に団員は居なかった。
その代わり、見覚えのない女剣士の姿だけがあったのだ。
「な……貴様は誰だ……?」
「あ、いらっしゃい」
女は私を振り返ると私の問いに答えることなく、ただ微笑んだ。
両手にそれぞれ、血に塗れた2振の剣を構えて。
女剣士の微笑みに、背筋が凍る思いがした。
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