21話
入り口から見える位置の『世界のコア』をどうしようか、また、私の服を着替えようか少しだけ迷ったけれど、このままでいくことにした。
もし、世界のコアを見たてるてる坊主さん達が引き返して、お家に情報を持ち帰ってくれればそれで万歳。
そうでなくても、殺してしまえばどちらでも同じこと。
ただ、その代わり、B1Fの分岐点に『帰るなら今の内』と書いた看板を掲げておいた。
これでてるてる坊主さんが世界のコアを確認してから帰ってくれれば、次に来るのはてるてる坊主さんの大群だろうから、とっても効率が良い。
できればてるてる坊主さんは帰したいなあ。
「B4Fまで使うぐらいのつもりでいこうね」
モンスターを装備して、私はB2Fのトラップ部屋で待機しよう。
……迷路の中で待機しておいて、鉄球坂道のグループはトラップ遠隔操作だけで削って、迷路グループを片付けてからB3Fの方へ追いかけていく、っていう事も考えたけれど、だったらB4Fまで大きく使って、確実に相手を仕留めていった方が良い。
「頑張ろう」
自然と体に力がみなぎる。
やる気は十分。体調も万全。ダンジョンだって、準備万端。
どこか心が弾むような感覚と共に、私は侵入者を待つことにした。
+++++++++
森の中を進む馬車は、時々ガタガタと大きく揺れて、あまり乗り心地が良くない。
エピテミアへの遠征ぐらいなら、街道を通ればいいからこんなに乗り心地が悪くなることも無いんだが。
「マリアード様も人使いが荒いよなぁ、幾ら世界のコアらしき宝石の目撃情報があったからって、ダンジョンに俺達を派遣するなんて。そう思わないか?バリアン」
馬車の中、クリスがため息を吐いた。
「そう言うなよ。第1警邏団の連中は貴族の馬鹿共だぞ。もし世界のコアに傷でもつけられたらどうするんだ」
「けど、まだ、本当にダンジョンにあるのが世界のコアなのかどうかも定かじゃないだろ?」
「それを俺達が確かめに行くんだろ」
そう。俺達は、イヴァンズ家の3男が持ち帰った『青い雫型の宝石』の情報の真偽を確かめるため、ダンジョンに派遣されているのだった。
俺達テオスアーレ聖魔道団は、テオスアーレの王宮の地下にて、王のため、テオスアーレのために活動する秘密結社。
いずれ、我ら神国テオスアーレは敵国グランデムやセイクリアナを滅ぼし、統治する。
その為に失われた魔術を研究し、俺達がテオスアーレに富と栄光をもたらすのだ。
……そんな俺達が手に入れたのが、『ヴメノスの魔導書』。
そこにあったのは、異世界を解体し、その魔力を回収するという秘術だったのだ。
膨大な数の魔法使いたちが長い時間と労力を掛けて異世界へのゲートを作り出す方法を編み出した。
そして、マリアード様は異世界人に襲われる危険を冒してでも異世界へ向われた。
それら全ては異世界を解体することで得られる魔力による膨大な富と力……テオスアーレの繁栄のためだった。
しかし、前回の異世界解体において、魔力の回収こそ上手くいったものの……『世界のコア』の方は回収に失敗してしまったのだ。
異世界人がマリアード様に危害を加えた挙句、『世界のコア』を奪って逃げて……そのまま異世界の解体に巻き込まれて落ちていったのだとか。
世界のコア自体が消えることは無いだろうが、所在が分からなくなってしまったのは痛手だった。
……『世界のコア』が何なのか、『ヴメノスの魔導書』には記されていなかった。ただ、世界を形作るものだ、という事しか未だに分からない。
けれど、何らかの力を持っていることは確かだろうし、それが強力なものであることも容易に想像がつく。
それがもし、万一、テオスアーレ国内では無く、グランデムにでも渡ってしまっていたら……痛手になることは間違いない。
つまり、一刻も早く世界のコアを発見することが我らテオスアーレ聖魔道団に課せられた使命なのである。
テオスアーレ聖魔道団のメンバーがあちこちへ出向いて『世界のコア』を探し回っている中、テオスアーレの第3警邏団が帰ってこないという事件があった。
それ自体はどうでもいいんだが、それとほぼ同時に、イヴァンズ家の3男が『テロシャ村付近の森の中にダンジョンを発見した、そこで第3警邏団は死亡したらしい』という報告を持ち帰ってきた。
……イヴァンズ家3男の報告はそれだけでなかった。
『ダンジョンに入ってすぐの床が透き通っており、その下の階の部屋が見えた。そこには青い雫型のとても大きな宝石と、その宝石の横で眠る姫君があった』と。そう、報告してきたのだった。
イヴァンズ家の3男はそのダンジョンで見つけた『姫君』の方にご執心だったみたいだ。
だからマリアード様が『姫君は好きにしてよいが、代わりに世界のコアと思しき宝石は提出せよ』という条件を出した。
そしたらあの3男坊、嬉々として従っていたな。あれはマリアード様が巧かったと思うよ。
……まあ、実際、その3男坊が戻ってこないから、こうやって俺達が派遣される羽目になっちゃったんだけどな。はあ……。
「魔導士方。着いたぞ」
「ああ、今行く」
馬車が停まり、外から声が掛けられた。
貴族の2男3男の落ちこぼれ共にこんな扱いされるのも腹立たしいが、テオスアーレ聖魔道団は秘密の存在。
今回、俺達は『国王親衛隊副隊長マリアード様の紹介で派遣された魔法使い』という肩書を名乗っている。
国王親衛隊なんて、能力も血も優れた人しか就けない役職。いわば、テオスアーレの国王陛下に次ぐ位置にある存在。
そのマリアード様の紹介なんだから、もう少し俺達を丁重に扱ってもいいのに……『派遣された魔法使い』ということで、第1警邏団の連中は、俺達を同列扱いしているらしかった。
「戦力になってくれるのだろう?期待しているぞ。よろしく頼む」
「こちらこそ」
若干不服気な色を出しているクリスに代わって、俺が挨拶してやれば第1警邏団の連中は満足したらしかった。
……ま、ダンジョンをちょっと見れば、このダンジョンにあるのが『世界のコア』かどうかは分かりそうだし……もし違ったとしたら、適当なところで理由をつけて引き返させればいいしな。
俺達の仕事はあくまで報告だ。本気を出して戦力になってやる必要も無いさ。
ダンジョンに入ってすぐの部屋には、青い光が溢れていた。
「これがアルデリックの言っていた……」
第1警邏団の奴が、神妙な顔をして床に近づいていく。
罠が仕掛けてあるかもしれないから、俺達は遠巻きにしておいた。
「……おや?姫君とやらは居ないらしいな。青い宝石はあるが……」
……が、どうやら罠は無さそうだ。クリスと顔を見合わせて、俺達も床を覗きに行く。
そして、覗き込んだ先で……俺達は、見つけてしまったのだ。
「……な、なあ、バリアン。これって……」
「ああ、間違いない……!」
俺とクリスは第1警邏団の連中に聞こえないように小声で、「『世界のコア』だ」と、囁き合った。
第1警邏団の連中には、「とても強力な魔石のようだから、持ち帰り次第マリアード様に提出した方が良いと思う」と誤魔化しておいたが、俺達の興奮は抑えきれなかった。
今まで数々の偽情報を掴まされてきたが、俺達は遂に、失った『世界のコア』を見つけることができたのだ!
「さて、じゃあ進むぞ……ん?どうした、魔導士方」
だが……俺達は、マリアード様に報告だけできればいい。
ここでダンジョンの奥へ進む危険を冒したくはない。
だが……しかし……。
「あの魔石をマリアード様へ献上しなくてはいけないのだろう?なら、俺達もその助力を惜しまない。さあ、行こう」
俺はクリスと顔を見合わせた。
……そして、決断した。
「勿論だ」
ただ世界のコアを発見したという報告だけじゃなくて、世界のコアを持ち帰るまでの成果を上げられたら、それは俺達の功績になる。
テオスアーレ聖魔道団の中での地位も、公での地位も上げることができるかもしれない。
……俺達は、その欲に負けた。
「おや、2つに分岐するのか」
「なら隊員を2つに分ければいいな」
進んだ先では、2つのドア。ここで戦力を2分しなくてはいけないらしい。
「魔導士方は1人ずつに分かれてくれ。魔法を使える者が分散していた方がいい」
「えっ」
そして、第1警邏団の団長からそう言われてしまい、俺とクリスは困る事になった。
……だが、先へ進み、世界のコアを持ち帰るためだ、仕方ない。
「俺は右へ進む。クリスは左へ」
「分かった」
俺とクリスはそれぞれ分かれて、先を目指すことになった。
右の扉を入って進み始めてすぐ、俺は先へ進んだことを後悔し始めることになった。
「なんだってこんなにトラップが……!」
「アルデリックが死んだのは間違いなさそうだな……」
そうだ。イヴァンズの3男が死んだというぐらいなのだから、当然、このダンジョンは危険なものだったのだ。
なのに何故、俺は先へ進んでしまったのだろう……。
重い足を動かして、鬱屈とした迷路の中を進む。
突如、俺の横の壁がせり出してきた。
「おっと、バリアン。危ないぞ。気をつけろ」
……が、壁と壁に挟まれて潰される前に第1警邏団の団長が引っ張ったため、俺は死を免れた。
「あ、ああ。ありがとう」
……ああ、本当に先へなど進むのではなかった!
第1警邏団の団長は観察眼に長けた奴だったらしい。
トラップは次々見抜いたし、誰かがトラップに掛かりそうになっていればすぐに助けた。
こいつが居なければ、迷路の中での犠牲者がもっと増えていたかもしれない。
……そう。もう、犠牲者が2人出てしまった。
その2人は、急に足を止めたと思ったら、そこに出てきた槍や振ってきたギロチンによって死んでしまった。
何故あんなところで急に止まったりしたのだろう。止まらなければトラップに掛からなかっただろうに。馬鹿な奴だ。
永遠にも思われる迷路を抜けた先には、何も無かった。
ただ、2つの扉があるだけの部屋だった。
「……抜けた、のか」
ひとまず、迷路は抜けたらしい。
これだけでも、俺は大いに安堵させられた。
体の力が抜けてしまう。
「多分、左に分かれた組とここで合流できるんだろう。しばらく待つか」
団長がそう言った事で、俺は休憩に入ることにした。
床に座り込むと、疲労がたまった体が鈍く軋んだ。
全く、本当にダンジョンなんて碌な物じゃない。
「……変だな」
しかし、休憩時間はいつまでたっても終わる気配を見せなかった。
つまり、左に分かれたグループが、いつまでたっても現れないのだ。
「まさか……」
まさか、死んだんじゃ。
そう、誰かが言いかけて、誰かに止められる。
左の組にはクリスが居たはずだ。あいつはどうしたんだろう。まさか、本当に死んだんじゃ、ないだろうな。
……だが、ここに居る誰も、それを否定する材料を持っていなかった。
「……何か、聞こえないか?」
何かが来る気配に俺達が身構える中、それは始まった。
トラップが作動し始めたのだ。
床から突き出す槍は次第に俺達に迫り来る。壁から飛んでくる矢は容赦なく俺達を殺そうとしてくる。
それらは全て、俺達が来た道の方から迫ってきていた。
「総員退避!先へ進むぞ!」
団長がそう指示するや否や、俺達は先へ進む扉に向かって駆けだした。
1人、また犠牲者が出てしまった。
もろに矢を受けてしまった者が1人、逃げ遅れたのだ。
そいつが居なかったら、俺に矢が刺さっていたかもしれない。危なかった。
「……7人、生き残ったな」
進んだ扉の先には、下り階段があった。
「先へ進むぞ。……もしかしたら、左へ進んだ連中も追い立てられて先に進んだのかもしれん」
……俺はもう心底嫌になっていたが、それはこの場に居る誰もが同じだろう。
しかし、戻ることはできない。だから、先へ進むしかないのだ。
「これは……」
「なんと美しい……」
階段を下りた先で、俺達はとても不思議で美しいものを見た。
床は星空のように不思議な光を放つ。
純粋すぎて恐ろしい程によく物を映す鏡が壁や床を作っており、床の星空の光を映して輝く。
そして、床の鏡とばら撒かれた星の上、静かに満たされているのは透明な液体だった。
「鏡と……満たされている物は、なんだ?油か?」
「香油なのではないでしょうか?場を清めるのに、香油を使う事があります」
「いや……香油、ではなさそうだが……」
「なら、滑りやすくするための罠でしょう」
液体は油だった。不注意にも、直接触れて確かめる奴が居たから間違いない。
確かに油が敷かれた床など、滑りやすくて仕方ないだろう。ここから先は、進むのにも今まで以上の注意が要る。
……だが、先ほどまでの鬱屈とした迷路に居るより、数段気分が良かった。
どこまでも広がるような鏡の空間も、床に散りばめられた星も、開放感があって、美しくて、見ていて飽きない。
「左に進んだ連中は居ないようですが……」
疑念もあったが、それ自体が宝物のような美しい迷路を前に、俺達はまた探求心を取り戻していた。
「とりあえず、先へ進んでみよう」
団長の声に応える声は、先ほどよりもずっと張りがあった。
美しい花には毒がある、とは、誰が言った言葉だったか。
美しい迷路にもまた、罠があったのだ。
「うわっ!」
突然、何もない場所で、団員が1人沈んだ。
「大丈夫か!」
……しかし、鏡の床の高さは特に変わっていない。なら、団員が勝手に滑って転んだだけか、と思ったのだが……。
「……血?おい、おい、しっかりしろ!」
団員がぴくり、と動く。
そして、その足元では血溜りができつつあった。
「これは……落とし穴、だと!?」
溜まっていく赤い液体が、罠の姿を明らかにする。
血が溜まっているのは、俺達の足がある位置より下……『見えない落とし穴』の底だった。
落とし穴の底で血を流した団員は、助からなかった。
上級薬を飲ませたのだが、その直後、降り注いだ矢によって再び致命傷を負い、今度こそ間に合わなかったのである。
その時、上級薬を飲ませて介抱しようとしていた団員も1人、死んだ。
……この時から俺達は、見えない敵への恐怖に駆られることになったのだった。
そこから俺達はもう、先へ進むことを諦めた。
来た道を引き返し、あの鬱屈とした迷路を抜けてでも、帰ろうと思った。
幸運なことに、来た道を戻る道中ではなんとか死者を出さずに済んだ。
「あっ!」
「ああ……またか……」
だが、致命傷こそ受けなかったものの、落とし穴に落ちたり滑って転んだりすることは多かった。
特に、注意していたのに突然、誰かに足払いを掛けられたかのように足が滑ることがあった。
転べば服が油を吸い込み、より体を重くする。
……油の重み、滑る足、転んで打ち身になった尻……そういったものは確実に、俺達を消耗させていた。
「ああ、出口、か……」
そうしてやっと見えた上り階段に、俺達は涙を流さんばかりに喜んだ。
ダンジョンに入って来た時は20人、今やたったの5人だ。
だが、その5人が生きて戻るか戻らないかには大きな違いがある。それぐらい、俺にも分かっていた。
生きて帰って、マリアード様に、ご報告を。
……『世界のコア』を守るダンジョンは、あまりにも強固で残忍だと。
だが、ダンジョンはそれを許してくれなかった。
「いいか、扉から部屋に入ってすぐ、左側の通路へ進むぞ。もしかしたら左に進んだ生き残りが居るかもしれないからな」
団長の言葉に頷きながら、団長が扉を開けるのを見守り……。
「行くぞ!」
団長が開けた扉の先、さっきまでトラップが発動していた部屋に入って、左の通路の方へ向かって行くと……。
そこに突如として現れた刃が、団長の喉を切り裂いた。
咄嗟に反応できない内に、足が空を切る。
落とし穴に嵌ったのだ、と理解するや否や、俺の体は落下していた。
「っ、《ウォーターピロウ》!」
なんとか魔法を使って、落とし穴の底に叩きつけられる事は回避できたが、その間にも団員の悲鳴と血飛沫が飛ぶ。
《ウォーターピロウ》の魔法で生み出した水のクッションを操って体勢を立て直すと、そこでは1人の女剣士が2振の剣を操って、団員たちを……殺していた。
剣技によって切り裂かれ、血飛沫と首が飛ぶ。
炎の魔法によって、油を吸い込んだ服に火を付けられて生きたまま焼かれ、絶叫を上げながら死んでいく。
水玉に視界を眩まされ、風の刃に切り裂かれる。
多彩な攻撃は、圧倒的だった。
女は、いっそ遊んでいるようにすら見えた。
……ああ、これは、勝てない。
もう、抗う気力すら、無かった。
ただ、俺以外の全員を殺し終えた女が、晴れ晴れとした顔で俺に向かってくるのを、ただ、待つことしかできなかった。
「てるてる坊主さん」
……が、何の奇跡か、女剣士は小首をかしげながら、俺に声を掛けてきたのだ。
「この服に、見覚え、無い?」
そして、鎧の隙間から覗く服の裾を見せてきた。
ダーク・シアンの上等な布地。そして、その裾に施された金糸の刺繍の細やかな模様には見覚えがあった。
見覚えがある、どころじゃなかった。
「それは……まさか、聖魔道団の……!?」
女は黙っていたが、その表情は確かに、俺の言葉を肯定していた。
そうか、そうか!この女は、テオスアーレ聖魔道団の団員だったのか!
よかった、助かった!
何を思って第1警邏団の連中を殺したかは分からないが……だが、これで助かる!
「よかった、助けてください!薬がもう無いんです」
……だが、女は、きょとん、と驚きの表情を薄く浮かべ……それから、首を傾げた。
「……聖魔道団って、今、何人ぐらい?」
「……は?ああ、俺と……俺と一緒にここに来たクリスを含めて、一般団員が30人、それからマリアード様……31人だと聞いています、が」
ふんふん、と女は頷いて、「そっか、なら私の顔を見ても分からないのも無理はないのか」なんて呟いて……それから虚空を少し見つめて考え事をしているらしかった。
「あ、あの、薬を……」
だが、こっちは打撲傷だらけの上、足首をくじいている。聖魔道団の一員なら、上級薬ぐらい持っていてもおかしくない。
「ああ、薬ね。……はい、どうぞ」
だが、女が出してきたのは、簡素な傷薬だった。
……恨み言の1つも言ってやりたいが、さっきまで遊ぶように殺戮を行っていた女に文句を言う余裕は無かった。
傷薬でも、無いよりはましだった。くじいた足首に塗れば、大分痛みが和らいだ。
「ねえ、もう『世界のコア』がここにある事って、広まってるの?」
そして、俺に水の入った革袋を出しながら、女は聞いてきた。
ああ、世界のコアについて知っているという事は、この女は相当内情に詳しいんだろう。
「世界のコアが世界のコアだという事はまだ、我々しか知りません。兵士連中には上等な魔石だ、と説明する算段です」
「そっか」
女は表情の薄い顔で頷く。
「……マリアード、さま、って、どんな魔法使うのか知ってる?」
「それは、強力な光の線を……ん?見た事が無い、んですか?」
女は俺の問いに答えず、続けて、不思議な質問をしてきた。
「香油、って、高いの?高いよね」
「え?あ、はい。高い、ですよね」
「マリアードさま、は、香油とか、使ってるのかな」
……何の意味があって、こんなことを聞くんだろうか。
もしかして、俺の休憩を摂るついでに、雑談しよう、ということなんだろうか。
女は先ほどの晴れやかな笑顔から打って変わって、今は表情が薄く、ぼんやりしているような様子なので分かりづらい。
でも、これでも俺の気分を和らげようとしているのかもしれない。
「ああ、マリアード様は国王陛下を少しずつ魔力で強化するため、週に2度ほど儀式を行っておられますからね。その時に香油を使うらしいですよ。高級品を惜しみなく使えるからこそ、最上級の儀式ができるんだとか」
「ふーん」
……話を振ってきた割に、女の反応は薄い。
「油。鏡の迷路に油があったでしょう。あれ、香油じゃないの、おかしいと思う?」
「は……?」
しかも、こんな質問をしてくる。
確かに、俺達はそんなことを言っていた。けれど、別にダンジョンがおかしいことなんて、今に始まった事ではないし……油が香油だったからと言って、あの迷路の恐ろしさが変わる訳ではない。
「いや、別にダンジョンなので……」
「香油だったら、いいよね」
「はあ、まあ」
よく分からない問答を経て、女は満足げに頷く。
「マリアードさま、なら、このダンジョン、攻略できると思う?」
「と、当然じゃないですか!あのマリアード様ですよ!?ヴメノスの魔導書を解き明かし、異世界を解体して魔力を得るまでの魔術を作り上げた人ですよ!?」
不敬にもほどがある!テオスアーレ聖魔道団の者なら、とてもじゃないがそんなこと、言えない!
この女はテオスアーレ聖魔道団の者じゃ無いのか?
……そこでやっと、俺は気づいた。
気づいて、一気に血の気が引いた。
「……あ、あの、その服、って……どこで、手に入れた、んですか」
「うん、貰った。びっくりした。何か勘違いしているようだったから」
……『貰った』。ありえない。
聖魔道団の身分を証明するこのローブを、誰かに譲るなど、ありえない。
つまり、つまり……女の言葉が意味するところは……。
「殺した、の、か」
「うん。……うん?」
絶望で目の前が真っ暗になるような心地がした。
だが、そんな俺に構わず、女は斜め上を見つめながら眉を寄せて、事故、とか、正当防衛、とか、そんなことをぶつぶつと呟き……。
「うん……まあいいか」
手にした刃を、振りかぶった。
+++++++++
てるてる坊主1号を殺して、『19人の侵入者』を殺すことができた。
聞きたいことも聞けたし、満足。
特に、てるてる親分について聞けたのは大きかったし、ダンジョン改良のヒントも貰えてしまった。正に至れり尽くせり。
てるてる坊主2号は、左ルートの最後尾にいたらしい。
そして、もたもたしていたため、『鉄球が落ちてくるタイミングで鉄球落下地点やや手前に居た』のだった。
結果、てるてる坊主2号は鉄球に頭をぶつけて気絶し、足を潰されただけで生き残り、坂道の上に取り残されたのだった。
生きのこったなら丁度いいよね、ということで、このてるてる坊主2号を『メッセンジャー』として使う事にしたのだ。
『世界のコア』の存在を伝え、より多くの人をダンジョンへ誘き寄せてもらうために。




