18話
世界のコアの小部屋で待機していたら、この間の侵入者が天井から顔を出した。
前回よりも良さそうな装備を身に付けているし、引き連れている人達も前回とは全然違う、もっと強そうな人達だ。
これは収穫が期待できるなあ。
思わず口元が緩むのを感じつつ、私を『救出』しようと意気込む侵入者達が奥へ入ってったのを見送った。
……さて、私達も、奥へ行かなきゃね。
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テオスアーレの屋敷へ馬を飛ばし、帰還次第、屋敷の兵を集めた。
イヴァンズ家が私有する兵士の中でも選りすぐりの能力を持つ者を8人。
第3警邏団程度になら余裕を持って勝利を収められる兵団だ。
テオスアーレ第3警邏団の不帰の報告は、私とほぼ同時にテオスアーレに到着したらしい。
私が戻った時には既に、第2警邏団を派遣するか否かの会議が行われていた。
しかし、私が個人的に元凶と思われるダンジョンを見つけた事、そして、イヴァンズ家の兵を出して攻略に当たることなどを伝えれば、公式に、私によるダンジョン攻略が認められた。
第3警邏団亡き今となっては、余計に警邏団の人手をダンジョンに割く余裕など無い。テオスアーレ警邏団全体としても、私の個人的なダンジョン攻略は渡りに船となったはずだ。
神秘的な白亜の祭壇に上り、そこから下り階段を下りていく。
2度目の探索になるが、1度目とは違い、私には確固たる目的がある。
「お待たせしました」
ダンジョンに入って最初の部屋。薄青く光る床の向こう、座り込んで私を見上げる乙女。
彼女は前回のように微睡むでも無く、むしろ私を待っていたかのように綺麗に座ってこちらを見上げ、薄く微笑んでいる。
「これよりそちらへ向かいます。もうすぐですよ」
彼女の救出こそが、今回の目的。
私を突き動かす信念だった。
乙女に見送られながら先へ進むと、2つの扉と2つのボタンのある部屋に出た。
「どうしましょうか、アルデリック様」
「どうせ我らを分断する仕掛けだろうな」
だが、ここで動じる私ではない。
「面白い。このダンジョンの目論見に乗ってやろうではないか」
素直に2手に分かれず、大きく偏らせてメンバーを分けるという方法も無いわけではない。
しかし、2手に分かれた先で更にまた何かの仕掛けがある可能性を考えれば、セオリー通り、戦力を二分するのが得策だろう。
「私は右へ進む。お前達は4人ずつに分かれろ」
私が道を示せば、兵士たちは2手に分かれた。
「2手に分かれた先、合流地点で落ち合おう。くれぐれも、無暗に先へ進まないことだ。いいな?」
左手に分かれる兵士と私がそれぞれ、左右のボタンを押せば、間に壁が現れる。
……退路も断たれるのか。中々このダンジョンの主はいい趣味をしているな。
「では、行くぞ」
ここでぐずぐずしている訳にもいかない。
私達は右の扉の先へ進むことにした。
右の扉の先は、迷路だった。
しかし、モンスターは1匹も見当たらない。
その代わりか、トラップは矢鱈と多かったが。
「妙だな。モンスターが居ないダンジョンなど、聞いたことがない」
普通、ダンジョンというものにはモンスターが居るものだ。冒険者の中にはモンスターを狩る事を目的としてダンジョンに潜る者も居る。
……だが、このダンジョンにはモンスターが居ない。
ここに来るまでもモンスターの姿を見なかった。
そして、この迷路の中でも。
「アルデリック様、そちらの右手の壁はトラップです。お気を付けください」
「ああ、分かった。礼を言うぞ」
……尤も、ここにモンスターが居たら、たまったものではない。
トラップを見破る事に長けた兵士が居たから良いが……それでも数度、トラップに掛かっている。
兵士の1人などは浅い落とし穴に掛かった時、その底に設置されていた刃に足を切り裂かれ、回復に上級薬までもを必要とした。
私はイヴァンズ家の者であるから回復薬を惜しむ必要も無い。
だが、第3警邏団のような平民出身の者たちなら……このようにトラップに掛かったが最後、待つのは、死、という事か。
……そう考えると第3警邏団の連中も愚かな奴らだったな。無意味に第1警邏団に張りあおうとするのでなければ、上級薬程度、融通してやれたのに。
そうすれば連中とて……無意味に死ぬことも、無かったのだろうに。
迷路を進むにつれて、ダンジョンの残忍さは増していった。
遂に、上級薬でも間に合わない程の傷を負う兵士が出てきてしまったのだ。
突如として伸びあがる床のトラップに掛かった兵士は、なんとか押しつぶされる前に脱出できたのだが……その回避行動を見越したかのように床から現れた刃にやられた。
しなやかな刃は鎧の間を縫って心臓を貫いたらしい。恐らく、背骨の間にも刃が入り込んだのだろう。最早体を動かせる状態でも無かった。
救助しようにも、もう上級薬でも間に合わない傷だった。
「……進むぞ」
部下の命を奪っていった『死』は、紙一重で私の横を掠めていったように感じた。
いつの間にか乾いていた口内を誤魔化すよう、私は革袋から水を飲んだ。
部下が1人減り、4人となった私達にも、変わらずトラップは襲い掛かってくる。
私達は先ほど以上に慎重に、歩を進めていた。
……だが、それこそが罠だったのだと、思わざるを得ない。
「う、わ」
不意に、私の後ろを歩いていた兵士の声が遠ざかった。
不審に思って振り返れば、もうそこに兵士の姿は無い。
「……どこへ行った?」
答えは返ってこなかったが、代わりに、ジャキン、と、鋭く重い音が響き……それと同時に、うめき声と、湿った嫌な音が後方で響く。
「……後ろ、だな」
……確認した先、私達の後方、行き止まりとなる道への分岐点、その曲がり角。
そこには、床から突き出た槍に貫かれて息絶えた兵士の姿があった。
「……なんと、音もなく発動するトラップがあったとは……!」
「違う。これを見ろ」
私が示したのは、死んだ兵士の首。
「こ、これは……!」
「首を絞めた痕だ。そして、脇腹の傷は槍のトラップによるものではない。……ナイフのようなもので刺した傷だ」
とどめこそ、トラップだった。それは間違いない。
だが、そこに至るまでの過程は……トラップ以外の、つまり、モンスターによる、ものなのだ。
今まで居なかったモンスターがここに来て今更現れた、という衝撃。
その衝撃に慄く間もなく、私達は次の攻撃に晒されることになった。
背筋が凍るような感覚を覚え、咄嗟に床を蹴る。
すると、床から伸びた手が私の足を捕らえようとして空振りしたのが見えた。
「床から手が伸びてきたぞ!気をつけろ!」
床から伸びた手はすぐに引っ込んでしまったが、背筋が凍るようなあの感覚は中々消えるものではない。
警戒を促し、3人で床に注意し続ける。
……だが、次の攻撃は来なかった。
すっかり疲弊しながら迷路を進む。
先ほどより強く警戒し、より慎重に進むようにする以上、攻略の速度はがくりと落ちた。
だが、やむを得ない。何か少しでも不審な点があれば立ち止まり、或いは逃げ、形の分からない危機の回避に努めた。
しかし、それでもいつの間にか兵士が1人消え、私の他、兵士は1人だけになってしまった。
如何に手練れの兵士と言えども、ダンジョンの卑劣なトラップの前ではその力を発揮できない。
呆気なく死んでいく兵士達は、死ねば死ぬだけ私の中に焦燥を生み出していった。
……そして、迷路が終わる。
「ついに出口、ですね!」
扉の先にまた迷路、という事が無ければ、これで迷路は終わりなのだろう。
正しい道も分からず、トラップと未知のモンスターに行く手を阻まれ、命も精神力も削り取られ……もうそんな思いをしなくて済むかもしれない。
そう思えばそれだけで、開放感に満たされた。
「これも罠かもしれん。油断するな」
だが、油断は禁物だ。
ここまで来て死ぬわけにはいかない。
私は、ダンジョンの秘宝、眠れる乙女を救い出し、必ずやこのダンジョンから生きて帰ると決めたのだから。
扉を、開ける。
「……あなたは」
だが、そこにあったのは、あまりにもおかしな光景だった。
左に分かれて進んだ仲間達の姿は無く、代わりに、1人の女剣士が居る。
凛々しくも鎧に身を包み、深紅のマントをなびかせ、両手に剣を持つ女剣士。
その首には、重すぎるぐらいの首飾りが輝いていた。
そして、花が綻ぶような笑みを浮かべたその顔の中……瞳だけが異質な光を湛え、爛、と輝いていた。
咄嗟に頭が働かない内に、女剣士は迫ってきた。
ふわり、と床を蹴った足が、見た目にそぐわぬ速度で振り抜かれる。
「ぐっ……!」
そして、私の横にいた兵士の足を払うと、直後、魔法が飛んだ。
恐らく《スプラッシュ》であろう水玉と、《ファイアフライ》であろう火の玉。
およそありえない事に、2つの魔法が同時に現れ、兵士に直撃した。
そして、追い打ちを掛けるように天井から落ちるギロチンの刃。
兵士は呆気なく殺された。
「……あなたは、このダンジョンの入り口から覗ける部屋に居た、あの女性、なのですか」
茫然としながらも、私の口は分かりきった質問を紡いだ。
聞くまでも無い。深紅のマントも、鎧の隙間から覗く上等そうな服も、重すぎるように見える首飾りも。全てがこのダンジョンの『秘宝』のものだった。
そして何より、目に焼き付いて離れない乙女の姿を見紛うはずがない。
はずが、ない……しかし、それでもやはり、違和感を拭えなかった。
先ほど私に微笑みかけたその花のかんばせはそのままだが、だが……あまりにも目が、違いすぎる。
目に宿る光は柔らかさなど一切持ち合わせず、しかし静かで、そして異質なまでに『色が無い』。
憎悪があるでもなく、歓喜があるでもない。だが、虚ろというには強すぎる。
……言葉にするならば、『狂気』なのかもしれない。
剣が、迫る。
咄嗟に私も剣を抜き、女剣士となった乙女の剣を防ぐ。
……ふわふわと舞うような動きからは考えられない重さに、剣を持つ腕が痺れた。
そして、私がその衝撃によろめいたところへ、慈悲も無く次の剣が叩き込まれる。
床に倒れて転がるようにすることでなんとかそれを躱すが、立て続けに床から槍が突き出し、壁から矢が飛び出してくる。
それらを剣で払い、なんとか躱して起き上がると、今度は上から錘が降ってくる。
それに続くのは女剣士の魔法だ。
現れた滝が私の行方を阻み、逃れた先で床が燃え上がる。
これらをなんとか紙一重で躱し、致命傷を避けたが……次の一撃は、避けられなかった。
不意に足を引っ張られ、私がそれに反応するより先に、女剣士がふわり、と舞い降りてきた。
そこから鋭く繰り出された刃は、確実に鎧の隙間を貫き、私の体を切り裂いていった。
鎧の隙間から流れていく血を止める間もなく、私は落とし穴に落ちた。
薬に手を伸ばそうとするが、腕が折れたらしく、動かせない。
落とし穴の底、そんな私の上に影が差す。
見上げれば、女剣士が私を見下ろしていた。
「……はは、先ほど、とは、逆だ、な」
私が床越しに乙女を見下ろしていた時、乙女は何を思って私を見上げていたのだろうか。
あの時にはもう、私を殺そうとしていたのだろうか。
成程、私が恋した花は、毒草であったか。
「……構わ、ないさ。貴女の手で、死ねる、なら……」
だが、見上げる毒花の姿は、毒であると分かった上でも美しい。
こんなにも美しく残忍な生き物の手で殺されるなら、それもまた、1つの幕の引き方として十分なのかもしれない。
「さあ、望み通り、殺し、て、くれ。貴方の、手で……」
霞む視界の先、私が懇願すれば、乙女は薄く笑って、その口を初めて開いた。
「やだ」
その瞬間、私は床から突き出た槍に貫かれた。
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9人の侵入者を、全部トラップで倒した。
道中で手を加えたりしたけれど、それでもとどめは全部トラップだ。
こんな縛りプレイじみたことを可能にしたのは、ホロウシャドウ君だ。
私の影から出ていって侵入者の影に潜み、首を絞めながら侵入者を引きずってトラップまで運んだり、侵入者の足を引っ張ってくれたり。
隠密性抜群、そして魔法でもサポートしてくれた。
今回のMVPはホロウシャドウ君で決まりだと思う。
……さて、今回手に入った魂は、87000ポイント分。
これにて、残りの魂は136959ポイント分。すっかり潤ったけれど、今回の潤い方はどちらかと言えば、こっちよりも……畑、だろう。
「オリーブ、見てこようか」
今回、とどめを全てトラップにしたのも、経験値をダンジョンに入れて畑を育てるためだった。
さて、畑のオリーブはどのぐらい育ってくれただろうか。
スライムたちはどのぐらい油を作ってくれただろうか。
モンスター達と一緒に足取りも軽く、私は畑の部屋へ向かった。




