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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
始まりのダンジョン
16/135

16話

 落ち着いて素数を数えるより先に見るべきものは、ダンジョンの内部。

 ファントムマントとデスネックレスは私が装備しているけれど、リビングアーマー君他モンスター達が今、傍にいない。

 ……内心ひやひやしながら確認したら、リビングアーマー君他モンスター達はB2Fのトラップ部屋に居るらしかった。

 よかった。もう討伐されちゃったとか、そういう事は無かったらしい。

 続いて、侵入者の様子を確認。

 侵入者は全部で7人。全員まだ、最初の部屋……つまり、私の真上から動いていない。

 侵入したてほやほや、っていう訳だ。

 ……しかし、一応、現段階でダンジョンの範囲は1F……つまり、森の中にまで及んでいる。

 なのに、ここまで侵入されて気づかなかったとは何事か。

 余程眠かったっていう事なんだろうか。前回は割とすっきり起きられたし……後でちょっと考えよう。


 今考えなくてはいけないのは、この侵入者をどうするか、だ。




 とりあえず、侵入者はまだ最初の部屋から動いていない。一方、リビングアーマー君達はもうB2Fにスタンバイしている訳だから、私が居なくても何とかなる……ような気もする。トラップは遠隔でも操作できるし。

 ……これからダンジョンを運営していく内に、いろんなアクシデントが起こるだろう。それこそ、私が戦えない状況になることだってあると思う。

 今はその予行練習だって思えばいいかな。いざとなったらB2Fまで移動するのは簡単だし。

 1回ぐらい、こういう戦闘経験があってもいいかもしれない。

 ……何と言っても、今回の侵入者達。

 私を見て、『このダンジョンの主だ』っていう発想には至っていないみたいだから。




 +++++++++



 旅の帰路は漫然とした閉塞感と苛立ちに包まれていた。

 テオスアーレの屋敷からわざわざエピテミアまで婚約者候補に会いに行ったが、収穫は芳しくなかったのだ。

 婚約者候補はエピテミア1、2を争う商家の娘だったのだが、どうにも面白味の無い女だった。

 容貌がパッとする訳でも無く、話して面白い相手でも無い。反応1つ1つ、仕草1つ1つが浅く薄っぺらい。魅力を感じない。

 そんな女であったから、代々都に屋敷を構えるイヴァンズ家に相応しい相手だとも思えなかった。

 相手は貴族とのつながりが欲しかったのだろうが、私としてはそんな娘、お断りだ。

 ……そんなわけで、無駄足を踏まされた私はテロシャ村で一泊して、都テオスアーレへ戻る事になったのだ。


 しかし、テロシャ村で、少々、苛立ちを紛れさせる噂を耳にした。

 どうも、テオスアーレの第3警邏団が、テロシャに寄った後行方不明となった冒険者を探しに行ったきり戻ってきていないらしい。


 第3警邏団は平民から取り立てられた者たちの集まりだ。当然、戦力もたかが知れている。

 逆に、私が所属する第1警邏団は、貴族の子弟しか入ることができない。

 平民と貴族は得られる教養が違う。入手できる装備にも天と地ほどの違いがある。

 よって、貴族出身者のみで構成された第1警邏団が第3警邏団より勝るという事は当然の事なのだ。

 ……だが、どうも第3警邏団の連中はそのあたりを理解していなかった。

 事あるごとに第1警邏団に突っかかってくるし、こちらの手柄をハゲタカのように奪おうとする。

 尊い血が己に流れていないことを自覚しているからこその嫉妬なのだろうが、あまりにも目に余る。

 特に団長のゼランディオはそうだった。大した実力も無いくせに、妙に第1警邏団に敵対意識を持っていた。

 ……だが、副団長のストラリア、といったか。あの女は少なくとも、会ってきた婚約者候補よりは数倍、魅力のある女だったが。


 ……ということで、その目障りな第3警邏団が戻ってこない、ともなれば、少々苛立ちが紛れるというものだ。

 第3警邏団の分の職務が第2、第1警邏団に回されることになるが……多少の仕事の増加程度なら我慢してやろう、とも思える程に第3警邏団は目障りだったからな。


 ……しかし、多少、不可解ではある。

 ゼランディオは実力の無い奴ではあったが、無謀な奴では無かったように思う。どちらかと言えば慎重すぎて利を逃すようなところのある、鈍くさい奴であった。

 ならば、何故、第3警邏団が不帰の末路を辿ることになったのか。

 多少、興味が湧いた。

 どうせ第3警邏団についてはもう、テオスアーレへ連絡が飛んでいるのだろう。

 だが、そこへ私が詳しい情報を持ち帰ってやってもいい。

 ……折角の休暇を無駄にした苛立ちも、これで多少紛れるだろう。




「アルデリック様、あれかと」

 従者が示す先には、白い祭壇があった。

「ダンジョンか」

 白い祭壇には下り階段があり、成程、確かに底知れぬ気配を感じる。

 第3警邏団はここに入って全滅したのだろうな。

「面白い。入るぞ」

「しかし、アルデリック様」

 ダンジョンの中を見ずに帰るのもつまらない。従者は止めたが、一睨みして黙らせる。

 ダンジョン近くで馬を止めて手綱を手近な木に括りつけ、祭壇に上がる。

 従者が付いてきていることを確認して、私は下り階段を下りていった。


 ダンジョン最初の扉を開けると、薄暗い中、ぼんやり青く光る床を持つ部屋に出た。

 ……いや、よく見ると、床が光っているのではない。床は透明な素材でできていて、その下にある空間からの光を透かしているのだった。

 慎重に近づいて床を覗き込む。光の元が何なのか気になったし、ここがダンジョンである以上、無意味なものだとも思えなかったからだ。

 ……そして、覗き込んだ床の下に、私は運命を見た。


 透明な床の下には、これ1つで屋敷が買えるのではないかと思われるほどに美しい、大粒の青い石があった。

 青い光はこの石から放たれるものらしい。恐らく、強い魔力を秘めたものなのだろう。

 ……しかし、床の下に眠る秘宝とは、この石の事を指すのではないだろう。神秘的な青い石も、このダンジョンの真の宝の前ではその輝きを霞ませる。

 ぼんやりと薄青い光の中、上等な絨毯の上で微睡む女の姿を、私はそこに見たのだ。


 薄青い光のせいで、髪や肌の色は判然としない。眠る女は時々身じろぎするだけで、特段何か言葉を発したりするわけでもない。

 だが、マントを掛け布にして穏やかに眠る女はそれだけで何か……何かを惹きつける魅力を持っていた。

 思わず言葉を失って女を見つめていると、女は透明な床の下、身じろぎして……その双眸を開いた。

 そして、緩やかに寝返りを打つと……その瞳が、私を見つめた。

 深い色をした瞳は驚いたように見開かれ、数度、瞬かれた。

 そこで私は、眠る淑女をまじまじと見つめるという無作法に気づいたが、もうこの視線を断ち切ることなど出来もしない。

 只々私が見つめる先で、女は身を起こして絨毯の上に座った。

 ぺたり、と座り込む姿がどこか幼くも見え、女の年齢をあやふやにする。

 マントが女の肩から滑り落ちると、女の首に豪奢な首飾りが見えた。ダンジョンの秘宝を飾るに相応しい物だが、華奢な女の首には少々重すぎるようにも見える。

 だがその首飾りの不均衡さが女をダンジョンの底に繋ぎとめる首輪のようにも見えて、却って神秘的な仄暗い魅力となっていた。


 ……そう。

 気づけば、私はすっかりダンジョンの秘宝に魅せられていたのだった。

 ……どうにか、この女を、このダンジョンの秘宝を、我が手に収めることはできないだろうか。

 私がそう思い至るまで、そう長くはかからなかった。




「アルデリック様」

 侍従が声を掛けてきたことで、私は我に返った。

 随分長い間、床の下の女を見つめていたらしい。

 ……だが、それは侍従達も同じことだった。

 床を覗ける位置に居たものは皆、神秘的な空間の中に閉じ込められた女の姿にすっかり目を奪われていたのだから。

 これほどの秘宝、目を奪われない方がおかしいというものだろう。

「興が乗った」

 だが、私が声を発せば、従順な侍従達はすぐ、注意を私へ引き戻した。

「このダンジョンの『秘宝』、ダンジョンの眠り姫……このアルデリック・イヴァンズが手に入れる」


 そして、私は考え始める。

 ……テオスアーレ第3警邏団の不帰の知らせは、もうテオスアーレに届いただろうか。

 いや、もしそうだったとしても、テオスアーレで何らかの手配が成されるまでに幾分時間がかかるだろう。

 ならば、今からすぐテオスアーレへ戻れば、第1警邏団、第2警邏団の派遣を遅らせる事ぐらいはできるだろう。

 勿論、いつまでも留めておく事はできないだろうが、その間にイヴァンズ家の護衛を連れてこのダンジョンへ戻ってくることはできるはずだ。

「引き上げるぞ」

「は?いえ、しかし」

「この人数でダンジョンを突破できると思うのか?これほどの秘宝が眠る場所だ。それに、第3警邏団が死んだのも恐らくここだろう。油断して犬死する訳にはいかないからな。一度テオスアーレへ戻って、万全の準備を整えてから戻ってくればいい」

 イヴァンズ家はそこそこ名の通った由緒正しき貴族だ。当然、護衛も多く屋敷に控えさせているし、全員、粒ぞろいの腕前だ。

 全員集めれば警邏団程度の人数にはなる。ダンジョン攻略するなら、その程度の準備はしておきたかった。

「しかし、そのような事をすれば第1警邏団のご友人方が黙っておいでではないのではないでしょうか?」

 侍従は心配そうな顔をしているが、問題ない。

「ああ、問題ない。第1警邏団の団員は全員貴族だ。他人の恋にとやかく言う程無粋な連中でもあるまい」

 そう答えれば、侍従の内の数人が感嘆を表情に浮かべた。我ながら、良く言い切った、と思わされるが、仕方あるまい。この秘宝を前にして、何故本心を偽れるだろうか。


 ダンジョンから出る前に、輝く床の前に跪く。

 透明な床の下、女はこちらを見上げ、座っていた。その瞳が妙に熱っぽく、幼い仕草に似合わず蠱惑的だった。

「もうしばらくお待ちください。兵を連れて必ずや戻って参ります。そしてその時にはきっと、イヴァンズ家が3男、アルデリック・イヴァンズが貴女をお救いしましょう」

 床越しに声が伝わったかどうかは定かではない。

 だが、床の下、女はわずかに微笑んだようにも見えた。


「至急、戻るぞ。眠る間は無いものと思え」

 さて、ここからは時間との戦いだ。

 この秘宝を独り占めする為にも、急がねばなるまい。



 +++++++++




「はい、かいさーん、かいさーん。お疲れ様ー」

 侵入者が全員ぞろぞろ出ていってしまったのを見届けて、私はリビングアーマー君達に持ち場を離れるよう、指示した。

 だって、侵入者が帰っちゃったのにいつまでも構えていたって仕方ないし。


 ……侵入者をわざわざ帰した理由は簡単だ。

『一度帰した方が、よりいっぱい侵入者を連れて戻ってきてくれそうだったから』。

 しかも多分、あの口ぶりだと、そこそこ戦闘経験のある人を連れてきてくれそうだ。

 強い人からはより多くの魂が得られる。だから、戦闘職ウェルカム。人数が多いのも大歓迎。

 それに、一回ダンジョンから侵入者を帰せば、このダンジョンの情報が知れ渡って、より多くの侵入者を呼び込むことに繋がるだろうし。

 今回の侵入者はダンジョンの仕掛けを何1つ見ずに帰ったから、ダンジョンの攻略情報を持ち帰ったわけでも無い。

 実に『帰すことでメリットが大きい』侵入者だったのだ。

 さて、これで近々、侵入者がいっぱい来てくれることになるだろう。

 期待してのんびり待っていよう。




「それで、なんで起こしてくれなかったの」

 侵入者の片が付いたら、こっちだ。

 何故、私は起こされなかったのだろうか。

 折りたたまれたファントムマント達や正座したリビングアーマー君を前に、私は尋問を始めることにした。

 ……のだけれど。

「リビングアーマー君達は侵入者に気付いていたからB2Fで待機していたんでしょう?なら……えっ」

 がしゃ、とリビングアーマー君が動いたと思うと、私を抱えて歩きだした。

「えっえっ」

 リビングアーマー君にどうしたのか尋ねる間もなく、私は元の位置……世界のコアがあるお宝部屋に戻されてしまった。

 そして、絨毯の上にそっと寝かされると、すかさずそこにファントムマントが飛んできて、私に被さる。

「……えっ」

 続いて、デスネックレスが生み出したのであろう《スプラッシュ》の水玉がぷかり、と宙に浮かんで、私の頭の上で弾けた。

 ……冷たい。けど、あれ、冷たくて気持ちいい。

 デスネックレスがしょんぼりしたようにしんなりすると、続いて、ソウルソード達に運ばれてお薬スライムがやって来て、私の額の上に乗った。

 ひんやり。

 ……うん、なんだか気持ちいい。

 自然と瞼が重くなってくる。さっきまで寝ていたはずなのに、とても眠かった。

 がしゃ、とリビングアーマー君の腕が動いて、私の頬のあたりに触れた。

 うん、金属、冷たくて気持ちいい。

 ……成程。

 私はどうも、体調不良だったらしい。


 そうと分かれば、やることは簡単だ。

「ちょっと寝ちゃうけれど、もし、その間に侵入者が来たら起こしてね。絶対だからね」

 リビングアーマー君にしっかり釘を刺したら、目を閉じる。

 そして、ファントムマントの温さとお薬スライムの冷たさを感じつつ、また睡眠を摂ることにしたのだった。




 どのぐらい眠っていたかは分からないけれど、自然と目が覚めた時にはすっかり体が軽くなっていた。

 ああ、今まで体が重かったんだな、という事がやっと分かる。

 そういえば、今まであんまり休憩を摂らずに来てしまっていたかもしれない。

 これからは適度に休みながらダンジョンを運営していこう。

 さもないと、体調不良の時にバッサリ、なんてこともあり得る。

 命に直結する以上、体調管理には気を付けなくては。

「心配かけたね。ごめんね」

 モンスター達に挨拶すれば、それぞれに個性豊かな反応を返してくれた。

 それじゃあ早速、体調管理の第一歩。お腹が空いたから食事を摂ろうかな。




 食糧庫に赴いて、私は驚くことになった。

「油……?」

 そこには、オリーブの搾りかすをほとんど食べつくしたスライムと……小さな油の水たまり、いや、油たまりがあったのだ。


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