134話
「助太刀……って……」
戸惑うロイトさん達を尻目に、私は邪神の前に出る。
突出した位置。ミセリアの骨もあるし、ここなら邪神は真っ先に私を狙うだろう。
「先の雨は……ウィア姫の秘技……貴様、どこでそれを盗んだ!」
「さあ、どこででしょうね」
激昂した邪神の攻撃が私に向かってくる。
……けれど、手数なら、私は邪神にだって負けない。
魔法で相殺して、剣で攻撃を払って、耐える。
防御に専念すれば、多分、勝機はあるだろう。
魔法が数発飛んできて、それぞれ装備モンスター達の魔法と相殺される。
邪神の槍は、見て避けるか、避けきれなかったら、積極的に鎧でもマントでも無い位置で受ける。
……私には、てるてる親分さんからもらった《天佑神助》がある。
これは、どんな攻撃も致命傷一歩手前までのダメージに抑えてくれるスキルだ。
つまり、『必ず1撃は耐えられる』。
その間に春子さんが治してくれれば問題ない。
私が盾になれば、その間、ガイ君が私の体を動かして攻撃に転じてもくれる。ガイ君が動けないような時でも、ボレアスが後ろから引っ張ってくれたりはする。
鎧と中身の立場が逆転してるけれど、今はこれが一番いい。
たまに当たってしまった攻撃がガイ君やボレアスを傷つけたら、すかさず《霖雨蒼生》で回復させる。
……肉体を持っているモンスターじゃないから、気休めかもしれないけれど。
「ロイトさん!」
ロイトさん達は、私が盾になっている間になんとか立て直すことには成功したらしい。
一度後方へ下がって、《ラスターケージ》と《オブシディアンウォール》を出して防壁にする。
作戦会議の間の防衛は、装備モンスター達の魔法に任せよう。
「ロイトさん、このまま私が盾になります。なのであなた達は」
「剣になれ、って?」
ロイトさんは剣を握り直しながら私を見た。
うん、分かっているなら話が早い。
「話が早くて助かります。邪神を倒すあてはありますか?」
「ああ。……時間が欲しい。3分、くれ」
「分かりました。流れ弾にはご注意くださいね」
私が頷くと、ロイトさん達は戸惑いつつも、それぞれに構えた。
「いいのか、ロイト」
「おう。……もうこれしかないだろ。俺達だけで邪神と戦うのは無理だ。……メイズ、本当に、信用していいんだな?」
「盾の役目は完璧に果たしますよ。生きている限りは」
尤も、そんなに長くはもちそうにない。
春子さんも私の治しすぎでへばりはじめているし、私も《霖雨蒼生》をあと何発撃てるか。
「なら心強い。頼むぞ、メイズ」
「うー……と、とりあえず、これ終わったら一発殴らせろっすよ!」
「……ったく!アタシはアンタの事、信用してないわよ!しょうがないから協力してやるけどさ!」
それぞれの台詞を聞く余裕も無く、邪神の攻撃は止まずに飛び込んでくる。
遠距離からなら、大体は魔法で相殺できる。できないものは、剣で払うだけの猶予があるから、大丈夫。
……でも、盾が後方に居る訳にもいかない。
なんとしても、ロイトさん達の奥の手を出してもらって、邪神はここで、殺さなきゃいけない。
「では、きっかり3分後に」
私はまた、突出した位置、邪神に最も近い場所へ飛び込んだ。
私が邪神の攻撃を文字通り受け止め続けている間、ロイトさん達は何やら、儀式のようなよく分からないことをやっていた。
成程、時間がかかる訳だね。
「……貴様の狙いはこれか」
「さあ。出たとこ勝負ですよ」
そして、邪神はというと、そんな儀式を始めたロイトさん達に攻撃をやろうとしては私にディフェンスされて、忌々し気に私を睨む。
「分からんな。我が安寧の内に在りながら、何故女神の手先の肩を持つ。貴様の世界を滅ぼした連中だろう」
「今更あなた側に付くと言っても、殺されそうなので」
正直に答えると、すかさず黒い剣が大量に飛んできた。
何本かは避けて、何本かは剣で払って、何本かは魔法で弾いて、何本かは刺さった。
刺さったらすぐガイ君が引っこ抜いてくれて、即座に秋子が止血、それから春子さんが治療にあたってくれる。
モンちゃんがそういう効果の誘惑をしてくれているらしく、痛みはあんまり感じない。
体を動かすのはガイ君がやってくれるから、実質、私の仕事は本当に盾になることと、邪神を煽ることぐらいだ。
「それに折角なら、恋人諸共、殺してあげたほうがいいかなって」
今度はロイトさん達を狙わずに私だけを狙って黒い何かが飛んできたから、対処も楽だった。
黒い何かを一部吸いこんだら一瞬吐き気が凄かったのだけれど、モンちゃんが何かしてくれたらしく、それもすぐに収まる。そしてモンちゃんが可愛い。
「大丈夫です。骨は一緒に埋めてあげますから」
邪神の攻撃が来るより先に、魔法を一気に5発放つ。
リリーとボレアスとムツキ君とモンちゃんと私の分。
攻撃は最大の防御也。こちらの攻撃が例え通らなかったとしても、相手の攻撃の手を緩めることはできるし、そうすれば、魔法5発なんて安いものだ。
「忌々しい奴め!」
そして、邪神が怒れば怒る程、必死になれば成程、攻撃は力一杯、私へ向く。
力一杯の攻撃は、私にとっては無駄そのもの。
何故なら私は、『どんな攻撃でも必ず一度は耐える』。
それが百でも万でも、億でも兆でも同じこと。
その一撃と一撃の間に回復することができさえすれば、なんら問題は無い。
春子さんがばててきたら、秋子が薬を身体に包んで、私の血管の中へ飛び込んでくれる。
回復薬を血管に直接流し入れれば、これでまたしばらくは持つ。
秋子が血管の中に居れば、出血もすぐに止められる。簡易的な輸血としても役に立つ。
「どんなに忌々しくても、私は消えませんよ」
だから3分間。
たった3分くらいなら、邪神相手でも、なんとかなる。
急に、辺りが明るくなった。
見れば、ロイトさん達が儀式を行っていた場所から、眩い光があふれ出している。
とりあえず、3分の約束は果たせたらしい。
「女神様、姫様!俺達に力を!」
ロイトさん達が天へ手を掲げると、光はそれぞれに纏わりついて、光の武具になってロイトさん達を強化した。
「何が女神だ!そんなものが……!」
邪神が黒い霧のようなものを放つけれど、ロイトさん達はそれを受けて、眉一つ動かさなかった。すごいね。
「邪神!お前が作った世界だろうが何だろうが知らねえけど!俺は俺の大切な人達を!大切な人達が暮らすこの世界を!お前に破壊させはしねえ!」
ロイトさんがそう、吠えるように叫ぶ。
……次の瞬間、5人は邪神に襲い掛かっていった。
私はそれを、比較的安全そうな位置から眺めていた。
……さっきまでの私の必死の防衛が馬鹿らしくなる光景だった。
ロイトさん達は邪神の攻撃の一切を受け付けず、代わりに、着実に邪神にダメージを与えていっている。
この分なら、多分、邪神に勝てるだろう。
……今なら、どちらの注意も、私に向いていない。
今の内かな。
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祈りが届いて儀式が完成した時、声が聞こえた。
「さあ、勇者たちよ、今こそ邪神を討ち滅ぼす時です」
優しい女の人の声が聞こえると、俺達は光に包まれた。
それから光は形を変える。
悪しき力を一切受け付けない鎧。
悪しき者を裁く剣。
それから、俺達の確固たる意志に。
俺達を包んでいるのは、女神様のお力だけじゃない。
きっとエピテミアで祈りを捧げている姫様の加護も、俺達が今まで会ってきた人達の願いも、それから、死んでいった人達の祈りも、全部が俺達を守る力になっていた。
「何が女神だ!そんなものが……!」
邪神が放った混沌の霧は、皆の守りの前に消えていった。
見ろ、邪神。俺の、俺達の、この世界の人達の心は、こんなにも強い!
ダンジョンは、邪神の力の顕現らしい。
そのダンジョンに、たくさんの国が滅ぼされた。
テオスアーレも、セイクリアナも。多分、グランデムも。
大勢の人が傷ついて、死んでいった。たくさんの物を失った。
……さっき、邪神が言ってたな。『元々は貴様ら、女神共こそが侵略者であったのだ』って。
だとしても、俺は迷わない。
例え俺達が侵略者だったとしても、俺は俺達の為に戦う。
例え俺達に正義が無くたって、俺は、俺の大切なものを守るために、邪神を倒す。
「邪神!お前が作った世界だろうが何だろうが知らねえけど!俺は俺の大切な人達を!大切な人達が暮らすこの世界を!お前に破壊させはしねえ!」
邪神の猛攻を防ぎ続けてボロボロになったメイズが、振り返った。
少し、笑った気がした。
光の鎧は邪神の全ての攻撃を防いだし、光の剣は邪神の力を押し伏せて邪神を斬り裂いた。
今まで防戦一方だった分、全力で攻撃し続ける。
「貴様ら……侵略者、め!今更、どう御託を並べようと、貴様らは侵略者だ!」
邪神が抵抗しても、俺達にとっては抵抗にすらならなかった。
邪神を守る混沌の霧は、光の剣に切り払われて、どんどん消えていく。
これが、皆の思いの力。
「繰り返すぞ!この歴史は!」
そしてついに、邪神を守るものがなくなった。
俺達は一斉に邪神に向けて、攻撃を繰り出す。
「いつまでも侵略者であり続けられると思いあがるな!」
スファーのナイフが邪神の剣を止める。
ルジュワンのレイピアが邪神の槍を払う。
アークダルの大剣が邪神の魔法を斬り裂く。
サイランの剣が邪神の爪を切り落とす。
「次に我が蘇る時は……!」
俺の剣が、邪神の心臓に届いた。
邪神の体が、どろり、と溶けていく。
溶けた邪神は、どす黒い何か……煙みたいな、水みたいな、よく分かんねえものになって、地面へ吸い込まれ……。
「させませんよ」
声が、聞こえた気がした。
次の瞬間、邪神が染み込みかけたその土に、空から降ってきたスコップが突き刺さっていた。
スコップごと空から降ってきたメイズは、スコップを振るって、どす黒いものを、掘り返した土ごと、宙へ放った。
宙を舞う、どす黒いもの。
「ほら、お返ししますよ」
そのどす黒いものに、メイズは何か、包みのようなものを投げた。
……その包みが宙で解けると、中から白い、骨……骨が、飛び出す。
すると、どす黒いものは宙で蠢いて、その骨を、一欠片たりとも零すまい、とするように骨を包み込んでいく。
どす黒いものがすっかり骨を包み込んで、そして、地面に着く……その前に、メイズの手から光の奔流が放たれた。
「……これで、もう、邪神の歴史は繰り返されないでしょう」
どす黒いものも、骨も、全てが光に消えてしまった後、メイズは、ほっとしたような、少し寂しそうな顔をしていた。
「メイズ」
声を掛けると、メイズは俺の方へ顔を向けた。
俺、こいつに聞きたいことが山のようにあるし、言ってやりたいことも山のようにある。
姫様を傷つけた事、テオスアーレを滅ぼした事、セイクリアナを滅ぼして……たくさんの人を殺した事。許すつもりはねえ。
ぶん殴ってやりたい気持ちもある。
でも。
……今、俺達を邪神の攻撃から守り続けて、すっかりボロボロになってしまった女の子に言う事は1つだった。
「ありがとう」
メイズが、少し笑った。
「……あ」
メイズが、柔らかい表情を浮かべて、東の空を指さす。
「朝、ですね」
いつの間にか、空には朝焼けが広がっていた。
邪神が居なくなって、これから動き始める世界を祝福するように、金色の光が降り注いで、世界が金色に染まる。
「夜明け、か」
「……キレー、っすね……」
「世界はこんなにも……美しいんだな」
「はーあ、ま、悪くないわね、こーいうのも……」
金色の光が俺達から、光の武具を融かしていった。
邪神が居なくなったこの世界では、もう必要ないだろう。
皆の願いによって生まれた守りが、朝の光に混じって、世界中へ広がっていく。
……俺達は多くのものを失ったけれど、でも、これから、まだやらなきゃいけないことがたくさんある。
多くの物を失ったけれど、全部を失ったわけじゃない。
これからもっと増えていくだろう。
だから俺達は、
「……え?」
俺の胸から、ナイフの刃が、生えていた。
ひゅ、と風を切る音がしたと思ったら、目の前でメイズがスコップを
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次回最終回です。




