130話
道中、必要なものを見つけた。
ちゃんと、カタパルトで誘導できていたらしい。
けれど、もう最初のダンジョンへ誘導する必要は無いから、誘導し直さなければ。
走るジョーレム君から飛び下りて、私はロイトさん達の目の前に着地した。
「お久しぶりです、ロイトさん」
さあ、正義の味方と邪神がぶつかり合う場所へ、案内しなくては。
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エピテミアの町は、活気づいていた。
これも、姫様のおかげだな。
姫様は頑張った。
テオスアーレから逃げて、最初にまず、セイクリアナへ亡命した。
そこで基盤を立て直して、セイクリアナ王家の協力も取り付けた。
もともと、テオスアーレはセイクリアナと同じ国だったからな。友好関係にあったし、協力はあっさり取り付けられた。
……尤も、そのセイクリアナも滅びちまったけど。
そして、セイクリアナとテオスアーレの生き残りが集まって、エピテミアは大きな町になった。
まだ、町としての機能は完璧じゃない。
少なくとも、『国』としては整備が行き届いていない部分がたくさんある。
……けれど、皆が皆、姫様の言葉に胸をうたれて、一緒に頑張ろう、って、前向きに進んでいる。
姫様とセイクリアナを出てから、あちこちの国へ行った。
……あのグランデムへも行った。滅んだ、とは聞いていたけれどな。
姫様はグランデム人ともお話になって、それで、生き残ってたグランデム人達の一部が、姫様と一緒にエピテミアへ戻ってきた。
セイクリアナより更に遠く、オリゾレッタへ行ったら、ダンジョンから汚染された水が流れ出て、住みづらい土地になっていたらしく、エピテミアへ移住したがる人も結構居た。
ダンジョンが絡んでいたら間違いなくまずい。
テオスアーレもセイクリアナも、それから多分、オリゾレッタも。きっとダンジョンによって滅ぼされる。
……姫様はそう説いて、オリゾレッタの人達を積極的にエピテミアへ迎え入れた。
エピテミアはこうしてでかい町になった。
あり得ない程のスピードで人が増えて、あり得ない程の団結力で成長している。
俺だってまさか、グランデム人と手を取り合って町を作っていくことになるなんて思いもしなかった。
姫様が言ってた。『一度滅びた国同士が諍い続けるなんて、愚かしいとは思いませんか?国という形を取り払ってしまえば、私達はこんなにも同じなのに』って。
……グランデムの連中は気に食わないことも多いけれど、でも、今はエピテミアで……一緒に、新しい国を作っている。
俺達は前に向かって、進んでいるはずだ。
「どーも、引っかかるのよ」
でも1つだけ、引っかかることがある。
「どうした、ルジュワン」
「んー……『メイズ』の事よ。意味わかんないじゃない、あいつ」
……前に向かって進み始めた俺達の前に、一筋落ちている影。
メイズ。
……テオスアーレを滅ぼした張本人だ。
「そいつに対抗するために俺達だって強くなったじゃないですか?」
「そーね。今なら戦っても勝てる自信があるわよ、アタシだってさ」
そして、俺達はその一筋の影の為に、強くなった。
「女神様の加護と、『聖女』の守りが俺達にはある。悪に負けるはずはないな」
俺達は、女神様……この世界の、正しい神の加護を受けている。
そして、同じく女神様の加護を受けた姫様……『聖女ストケシア』の祈りが、俺達を強くしている。
だからメイズと出くわしたとしても、俺達は負けないだろう。
一度負けて、無様に殺されたけれど、次は負けない。絶対に勝って、姫様を守り抜く。
……その自信がある。
あるんだ。でも……勝つか負けるかはいい。勝つからな。
でも、なんとなく、すっきりしないのも確かだった。
「メイズの目的は、一体何なんだろうな」
俺達にとって、一番脅威になるだろう相手が、俺達を見ていない。
そんな気がして、すっきりしない。
考えても仕方ないことだってのは分かってる。
メイズはテオスアーレを滅ぼしたけれど、姫様の命を救った。
メイズはセイクリアナを滅ぼしたけれど、メディカはセイクリアナの人達を多く救ってくれた。
『ミセリア・マリスフォール』に仕えているとか、前の主人を殺されたモンスターだとか、色々情報はある。
でも、メイズ自身の真意は、何一つ分からないままだ。
「……信用するんじゃないわよ、ロイト」
「分かってるっての。ルジュワンこそ、な」
ルジュワンが釘を刺してきたけど、そんなの、俺自身、何度も何度も、自分で自分に釘を刺してきたことだ。
それよりも……ルジュワンの方が、心配なんだけどな。
ルジュワンはセイクリアナで、メイズと少し話をしたらしい。
でも、その内容は教えてくれなかった。
理由は、「話したらアンタとスファーが日和りそうだからよ。アンタ達馬鹿は何も考えずに戦ってな」だってよ。
……祖国を滅ぼされた恨みはある。悪魔から姫様の命を助けてくれた恩もある。
だから……多分、ルジュワンの言う通り、何も考えずに戦う方がいいな。
俺、考えるの、向いてねえから。
今だって、こんなに……なんか、疲れちまったし。
そんな日の事だった。
いつもみたいに、エピテミア内の治安維持の為、見回りをしてた。
「ロイト先輩!あれ!森から火の手が上がってます!」
そうしたら、スファーが駆け寄って来て……見た方向には、火の手があった。
エピテミアから、テオスアーレの都があった方へ向かう途中の森だろう。
「スファー、すぐに皆に伝えて呼んでこい。様子を見に行くぞ!魔物かもしれねえ!」
森の方から、鳥が逃げてくるのが見える。
火の手が上がる方からは、一抱えあるような岩が飛んできたりもしている。
……どう考えても、これは危ない。
何かが、起きてる。
それも、とてつもなく大きな、何かが。
そんな予感がする。
俺の他4人、いつもの5人で、火の手が上がっていた森の方を見に行くことにした。
「気を付けろ。火の手の原因だけじゃない。この森には元々、魔物も居るからな」
「今更魔物如きにやられる俺達じゃないだろ?」
「油断するな、ロイト。俺達はもう二度と負けられないんだぞ」
軽口を叩きながら、森の中へと入る。
……こっちの方から、火の気配を感じる。
多分、飛んできた岩も、こっちからだ。
……進んでいる内に、ふと、近くに巨大な魔物の気配を感じた。
俺だけじゃない。
全員それぞれ武器を構えて、魔物の襲来に備えた。
一気に近づいてくる気配の大きさに圧倒されないように、剣を抜いて、構えて……。
「お久しぶりです、ロイトさん」
そして、俺達の目の前に降り立った人物を見て、俺は、さっきの予感が当たった事を知った。
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「……お前」
ロイトさん達は、私を見て明らかに警戒している。
……けれど、それと同時に、怯えや恐怖は一切無い。
代わりに、自信が見える。
多分、『強くなった』んじゃないかな。この人達。
「森に火を放ったのはアンタ?」
紫っぽい……ルジュワンさんが進み出てきて、私に問う。
多分、時間稼ぎと、私の台詞待ち、なんだろうな。
さて、あとはどうやって、この人達を誘導するか、なのだけれど。
……少し考えてから、正直に話すことにした。
「はい。こうすれば、ロイトさん達がいらっしゃると思ったので」
正直に理由を言えば、ロイトさん達は明らかに困惑した様子だった。
なので、更に正直に、言葉を重ねる。
「邪神様が復活なさいました」
「邪神……!?」
彼らにとって、当然ながら、邪神は邪神であり、信仰の対象ではない。
忌むべき者であり、討伐の対象である、はず。
「はい。マリスフォールの信仰対象であり、この世界を混沌の淵に沈めようとする者です」
邪神の説明は、ミセリアの記憶から引用した。
ミセリアはどうも、『混沌』を好んでいたらしいから。
「確かに……この邪悪な気配……邪神のものだとするならば、納得がいく」
「それって……つまり、この世界、ヤバいんじゃ!?え、ど、どうなるんですか、この世界!」
「落ち着け」
スファーさんが慌て始めるけれど、後ろからサイランさんに小突かれて落ち着いたらしい。
「……それを俺達に教えて、どうする気だ」
続く、アークダルさんの言葉には、答えない。
「邪神様は、ここから都の方へ向かった場所にあるダンジョンに居ます。まだ、復活したてですから、不安定な状態です」
私の言葉が何を意味するのか、彼らは察したらしい。
「……俺達に邪神を殺せ、と?」
勿論、私はそれには答えない。
ロイトさん達は、剣を握ったまま、私を見て動かない。
……なので、もう少し混乱させておこうと思った。
彼らは、怒らせて誘導するにはあまり向かない。いい加減、慎重になっているはずだから。
だったら、信用を勝ち得るか……そうでないなら、『確認する価値はある』位に思わせる。
或いは、『確認したくないけれど、しないと危ないかもしれない』という状況を作り出す。
両方を同時にできれば、完璧。
「ルジュワンさん」
急に声を掛けられたルジュワンさんは少し驚いたような顔をしつつも、概ね平然と、私に続きを促した。
「約束は、守ります」
「っ、それって……!」
途端に感情を露わにしたルジュワンさんと、困惑する残り4人。
……この様子を見る限り、ルジュワンさんは、セイクリアナで私と話した内容を他に人達に伝えていないんだろう。
「可能な限りは。新たな指令が下されるまでは。……しかし、時間はあまりありません。邪神様が動き始めたなら、きっとあなた達は……すべてを守ることはできないでしょう。そして、その時は私も、エピテミアを滅ぼしに向かうことになります」
今度の台詞の意味は、全員に伝わったはずだ。
つまり、『急いで邪神を殺さないと、エピテミアを滅ぼしに邪神が向かうぞ』と。
「……アンタ、さあ。それをアタシ達に伝えて、どうしようっての?アンタ、邪神側でしょ?アタシ達を誘導しようってか」
「はい」
皮肉気なルジュワンさんに、正直に答えた。
ここを肯定されるとは思っていなかったらしい5人は、それぞれに驚きなり、警戒なりを表しながら、私の言葉の続きを待つ。
「誘導、しようとしています。誘導されるのもされないのも、あなた達の自由です。……でも、今から民衆の避難を始めても、間に合わないでしょう?」
これは当然だけれど、真っ当な考え方に基づけば、『誘導されるべき』となる。
これが私の罠だったとしても、その先にあるのはエピテミアの滅び。
そして、私の言っていることが本当だとしても、先にはエピテミアの滅びがある。
ダンジョンに入って、且つ、勝つ自信があるなら、罠にかかるリスクを冒してでも、ダンジョンへ向かうべきだ。
その先に居るのが私でも、邪神でも、放っておけばエピテミアの滅びに繋がるのだから。
幸運なことに、邪神の気配はこの森全体に滲み出ているらしいから、邪神の存在自体を疑う事はしないはず。
……恐らく、5人の思考は概ねこんなかんじだったと思う。
「……1つ、聞かせてほしい。何故、俺達にこのような情報をもたらす?」
そして、アークダルさんが、慎重に言葉を選んで、私に投げかけた。
「あなた達と接触するな、とは、命じられていませんから」
なので私はそう返して、再びジョーレム君に乗り……スコップ謹製ダンジョンへと向かって、走り出した。
多分、これでロイトさん達はスコップ謹製ダンジョンへ来るだろう。
そうでなかったとしても、様子見くらいはしたいはずだし……そうなったらその時は、ダンジョンへ引きずり込むべく頑張ればいい。
あとは、邪神が完全復活し次第、邪神が追いかけてくれるように誘導して、ダンジョンへ誘導すればいい。
……スコップ謹製ダンジョンは、細長い形をしているのだ。
片方の入り口はエピテミア側に。
もう片方の入り口は、都側に。
……両端から侵入者が入れば、当然、真ん中で行きあたる。
そこが、邪神とロイトさん達の戦場になる。
 




