13話
ダンジョンとしての視覚と、私自身の体の視覚とをリンクさせる。
ダンジョンとしての感覚を使えば迷路を俯瞰視点で見られる。まるで、ダンジョンのマップを見ながら歩くみたいに動ける。自分の手足や指がどこにあるのか分かっている感覚に近い。
道順も道中のトラップも私の一部である訳だから、当然、把握できていないはずがない。
……ということで、するする簡単に迷路の中を進むことができる訳だ。
侵入者がとっても苦戦している迷路をするする抜けていけるのは、ちょっぴり楽しい。
迷うことなく迷路を進んでいく内に、壁の向こうから人の声や足音が聞こえてくるようになる。
完全な不意打ちで仕留めたいから、リビングアーマー君やソウルソード達にお願いして音を立てないようにしてもらう。
敵の気配なんて、相手には気づかれない方が良い。
警戒されたって良い事なんて何もないから。
さて、これから迷路の中で戦う訳だけれど、やっぱり基本通り、分断して1人ずつ袋小路に誘い込んで、っていうのが理想、かな。
できれば、侵入者の後ろに回って最後尾から殺していきたいから、まずは侵入者の後ろに回り込むべく、迷路の中を進んでいく。
何回か危ない箇所はあったけれど、なんとか見つからずに侵入者の後ろに回ることに成功。迷路を一本道じゃなく作っておいてよかった。
こっそり背後から様子を窺いつつ、機会を待つ。相手は道に迷っているから、そんなに慌てなくても大丈夫。
むしろ失敗して私が危険な状態になる方が余程まずい。じっくり待って、最高のタイミングで襲いかかろう。
……しかし、侵入者達はじっくりじっくり、道に迷っているらしかった。
「ストラリア副団長、もしや、私達は同じところを回っているのでは……」
回ってないよ。わざと似たようなつくりにしてあるだけだよ。
「しかし、付けた印は無いでしょう?」
「でも……もしかしたら、このダンジョンは印をつけてもすぐに消えてしまうダンジョンなのかもしれません」
そんな機能は無いよ。
「……一度、戻ってみませんか?マッピングも狂ってしまったようですし……」
戻らなくていいから進んでほしい。
「……いいえ。進みます。あそこの階段を下りれば、まだ行った事の無い場所に出るはずだから。団長達と合流することを優先しましょう」
ああ、よかった。
……副団長のストラリアさん、というらしい、杖を持った魔法使いっぽい女性が先導して、彼らは正しい道を進み始めた。
よし。そろそろいいかな。
「危ないわね。ここにもトラップがあるわ……避けるのが遅かったら、私は串刺しだったわね……」
先頭を行くストラリアさんが、浅い落とし穴+剣山のトラップを回避した。
1つのトラップを回避したことで、彼らの緊張はわずかに緩む。
緩まない人も、緊張を『他にまだトラップがあるんじゃないか』という方向に向けてくれる。
だから、『自分達が通ってきた安全なはずの背後』になんて、気を配らない。
私は音もなく床を蹴った。
「なっ」
そして、背後から射手らしい人を刺し殺して、咄嗟に動けなかった魔法使いも斬りつける。
魔法を警戒して数歩後ろへ飛びのいたら、そのまま袋小路の方へ走って逃げる。
「オルダス!ノーリ!」
「ウパラ、ワーダンテ、パリナ!あなた達はさっきの魔物を警戒して!私とキセナーは2人の傷を診ます!」
聞こえる会話から、相手がそこそこ慎重派であることが分かる。
ここで私を追いかけてきてくれたら都合が良かったんだけれど、流石にそうはいかないらしい。
「……駄目だ、傷薬じゃ間に合いません。ストラリアさん、上級薬の使用許可を!」
「構いません、使用なさい!」
けど、ここで『上級薬』がとっても上級なお薬だという事が分かった。そうでないなら、『使用許可』なんて要らないだろう。
『上級薬』はとても上級。うん、今後の参考にしよう。
「……駄目だ……ストラリアさん、そっちは」
「ノーリはなんとか、助かったわ。……でも、そう、オルダスは駄目だったのね」
そして、なんと、『上級薬』によって、深く斬りつけたはずの魔法使いが生き返ってしまった。
恐るべし、『上級薬』。
「……まだ、さっきの魔物は居るかしら」
「分かりません。そっちの方へ逃げていきましたが……」
ちなみに、私が逃げたのは『退路』にあたる方。
さあ、ここで6人一斉に私を攻撃して退路を開く、なんてことにならなければいいんだけれど。
「どうしますか。引き返しますか?」
「……いいえ、進みましょう。団長と合流しなくては」
そして彼らは残り7人の仲間たちと合流することを優先することにしたらしい。
「さっきの魔物は?」
「常に背後を警戒しましょう。ウパラ、ワーダンテ。頼んだわ」
侵入者達は仲間の死体から薬などを回収すると、先へ進み始めた。
……さて、あと2人ぐらい、削っておきたいんだけどな。
私を警戒する彼らを動かすためには、もう1手、何かが必要だ。
私に構っていられなくなるような、そんな隙がほしい。
……しかし、私への警戒が強い彼らが、元々警戒していたトラップで隙を生じてくれるとも思えない。
事実、侵入者達の進み方はよりゆっくり慎重なものになっていた。
ならば、彼らを突き崩すきっかけは、別に用意しなくては。
私の装備になっているモンスター達を分けて使ってもいいんだけれど、私自身の戦闘力は極力下げたくない。
ならば……あれを使おう。
B2Fトラップ部屋の隅っこでただの血だまりと化しているブラッドバット達に声を掛け、動かす。
ブラッドバット達は血だまりからコウモリへ変化して、ぱたぱたしながら迷路の中へ入ってきた。
ダンジョン内のモンスターとは、離れていてもやり取りができる。(何故かと言われれば、当然、『このダンジョンは私の一部だから』としか言えない。)
ブラッドバット達に道順を指示すれば、ブラッドバット達が迷路を逆走してくるのが分かる。
そう。ブラッドバット達にはこのまま突っ込んできてもらう。
迷路の中で侵入者を挟み撃ちにするように。
「……何か、前方から来ます!」
「総員、構え!《ゲイルブレイド》!」
そしてついに、ブラッドバット達は侵入者の正面からやってきた。
副団長さんの魔法だろうか、風の剣が鋭く飛んでいったけれど……まあ、ブラッドバット達は大丈夫。切り裂かれる瞬間に血液に戻って、それからまたコウモリになれば無傷でやり過ごせるから。
その代わり、攻撃力はあんまり無いモンスターだけれど、構わない。
ブラッドバットの仕事は終わった。
「効いていない……なら、《ブリーズ》!」
副団長さんが飛び回るブラッドバットに魔法を唱え、他の人達も剣を振るい、ナイフを投げ……。
……そこに、私が突っ込んでいく。
ソウルソードが綺麗に動いて、完全にブラッドバットへ意識をやっていた戦士の1人の首を斬り飛ばす。
狙いは一撃必殺。
『上級薬』で回復されないように、一撃で仕留める。
「く、後ろからっ」
「させるかよっ!」
1人殺したら、次の1人が飛びかかってくる。
斧槍の重い一撃は、勝手に動いたソウルソードが受け止めてくれた。
そして、やはり勝手に動いたソウルソードのもう一振りが、斧槍の戦士の脇腹へ吸い込まれていく。
「ぐっ」
「パリナ、ウパラを回復して!」
斧槍の戦士を助けようとしてか、ナイフの女性が飛んできた。
私の横から飛んできた女性は、私に不意打ちで一撃入れようとしていたらしい。ダンジョンとしての私には不意打ちなんてバレバレなんだけれどね。
けれど、この女性に斧槍の戦士さんを回復されたら面倒だ。
私はわざと、壁に手をついた。
「えっ」
「きゃっ」
脇腹に重傷を負った戦士と、その戦士を回復しようとしてきた女性。
その2人の居る場所近辺の壁がせり出して、2人を反対側の壁まで押し……そのまま、押しつぶした。
当然、私は巻き込まれる前に回避済みである。
「パリナ、ウパラ!……くっ」
その私を追って攻撃してきた相手は、誘導して落とし穴にはめてやる。頭に血が上った相手をトラップに誘導するのは簡単だ。
あとは、落とし穴に落ちた侵入者にソウルソードで止めをさしてやるだけだ。
……さて、これで残り3人。
「逃げるわよ!ここで戦うのは得策じゃない、先へ行って団長達と合流しなくては!多少の怪我なら団長の鞄にスライムポーションがあるわ。気にせず先へ進むことを優先させて!」
そして、ここで残り3人となった侵入者達は、トラップ発動覚悟で先へ進む事にしたらしい。
ブラッドバットを払いのけながら強行突破、そしてそのまま先へ先へと進み始めた。
この急ぎっぷり、さっきの左ルート班を思い出すかんじ。
……けれど勿論、彼らを逃がしてあげる気は無い。
追いかける私を止めるためか、1人残った戦士を斬り殺して、侵入者は魔法使いと副団長さんだけになった。
しかし、その2人はトラップに掛かるわけでもなく、かつ、道を間違える訳でも無く、着実に進んでいった。
途中から、私も追いかけるのをやめた。魔法使い2人相手なら、B2Fのトラップ部屋で戦った方がいい気がする。
……ただ、その代わり、ブラッドバットの1匹にお願いして、左ルートの入り口付近に待機しておいてもらう事にした。
+++++++++
もう、私の仲間は私の他にノーリだけになってしまった。
団長に預けて頂いた団員をむざむざ死なせてしまうなんて。
自分のふがいなさに涙が出そうになる。
でも、私の役目は変わらない。
このままダンジョンを進んで、団長と合流して、団員を殺していった人間型魔物を討伐する事。
そして、このダンジョンを無事に脱出して、テオスアーレにダンジョンの情報をもたらすこと。
今はただ、死んだ仲間よりも、次の目的を見据えていたかった。
さもないと、罪悪感で死んでしまいそうだったから。
「ああ、出口よ!」
「やりましたね、副団長!」
そうしてついに、迷路には終わりが訪れた。
ドアを開ければ、今までとは大きく異なる空間……狭い通路じゃない、広い部屋に出た。
「……団長はまだかしら」
多分、ここが合流地点なのだと思う。私達が出てきたドアの他、もう1つ、入り口が同じ壁にあるのだから。
けれど、なら、何故団長はここに居ないのか。もう先へ進んでしまわれたのか。
……念のため、団長達に割り当てられた方の入り口を覗き込む。
そこに、団長達が居てくれるような気がして。
……けれど、そこにあったのは無慈悲な光景だった。
「……嘘」
通路の脇に、邪魔にならないように、とでもいうように重ねられた死体。
それらの全てに見覚えがある。
ああ、ああ!
「団長、団長!しっかり、しっかりしてください!」
なんてこと……こんなの、こんなの嘘だわ。
団長が死んでしまうなんて。誰も生き残っていないなんて!
せめて、せめて誰か1人だけでも助けられないかと、上級薬の瓶を取り出しながら検分してみたけれど……もう皆、完全に死んでしまっていた。きっと、致命傷を受けてから今までの時間が長すぎたのね。
……どうして、もっと早く私はあの迷路を抜けてこられなかったんだろう。
そうすればもしかしたら、団長を助けられたかもしれない。もしできなかったとしても、せめて、せめて死に目に会うぐらいは……。
「ストラリアさん!危ない!」
仲間を失って茫然自失となってしまった私は、ノーリの声に我に返った。
……けれど、もう、遅かった。
私の目の前には、凄まじいスピードで転がってくる鉄球があった。
+++++++++
副団長さんを鉄球で潰したら、残った魔法使いが鉄球を避けたところを見計らって足元のトラップを作動。
落とし穴に落ちたら壁から矢を放って、無事殺害。
こうして侵入者を全員仕留めることに成功した。
1匹だけ動かしていたブラッドバット君には、鉄球が落ちてくる仕組みを作動してもらっていたのだ。
左ルートの坂道の入り口を誰かが通った後、30秒で鉄球が落下してくる。
そのシステムをこちら側でも使ってみた結果、鉄球を武器として使う事ができたのだった。
……成程、空飛ぶ身軽なモンスター、というものは、予想以上に便利かもしれない。もうちょっと増やしてみようかな、ブラッドバット。
「おわった……つかれた……」
思えば、侵入者14人を全員殺したのだ。
我ながら、すっかりダンジョン業にも慣れてきたな、と思わざるを得ない。
私自身の身体能力は多分、ほとんど向上していない。けれど、装備(しているモンスター達)や、トラップ発動の技術……そして何より、相手の隙を見つけるのが、格段に上手になったように思う。
だって、14人、だ。
14人。14人。今までの比じゃない人数だった。
……それを殺せてしまったのだから、やっぱり、この私は成長しているのだ、と思う。
さて。では、今回のリザルトといこう。
今回手に入った魂は、なんと、113240ポイント。
……じゅういちまん、さんぜんにひゃくよんじゅう、である。
遂に、6桁の大台に突入。もう最初の頃に3000ポイント程度で慄いていたのが信じられない。
続いて、アイテム……の前に、気になるから自分達のレベルを確認しよう。
多分、14人も殺したんだから相当レベルが上がっている、はず!
まず、私はLv9にまで上がっていた。
……やっぱり、変化が緩やか。
次に、リビングアーマー君はLv17にまで上がった。
……なんだろう、釈然としない思いでいっぱいだ。
そして、ソウルソード2振はLv4に、ソウルナイフはLv3になった。
デスネックレスはLv4、ファントムマントはLv3。
順調に育っているみたいで何よりだ。
……そして。
最後に、『スライム:Lv2』。
……スライム。
さて、これは一体、どうしたことだろうか。
探してみると、団長さんの死体が持っていた鞄の中から、薄緑のスライムが見つかった。
……そういえば、副団長さんが『スライムポーションがある』なんてことを言っていた気がするけれど……。
「……君、お薬代わりに使われてたの?」
とりあえず聞いてみたけれど、スライムは私の腕の中でぷるぷるするばかり。
……どうしようかなあ、これ。




