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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
終わりのダンジョン
129/135

129話

 ミセリアの首が切断されて、転がる。

 ……けれど、血が1滴も流れていない。

 不思議な光景に驚くより先に、切断されたミセリアの首がこちらを見た。

「……中々、やるのね」

 あまつさえ、喋った。

「でも……詰めが、甘かったわね?」


 その時、一滴も流れていなかったミセリアの血が、一気にあふれ出して形をとった。

 大きく広がった血液は、膜のようになって私に覆いかぶさる。

「」

 視界が真っ赤に染まって、それきり、何も見えなくなる。

 ……そういえば、『自分の血を邪神に捧げ、代わりに邪神の力を体内に流し入れることで邪神の力を顕現する魔法』っていうのも、あったか。




 真っ赤に染まった視界の中で、私と同じ顔が私を見ている。

 咄嗟に《フレイムピラー》で牽制しようとしたら、そもそも発動してくれなかった。

 気がつけば体は動かないし、装備モンスター達も居なくなっている。

「どうせ魂は2つで1つ。どちらがどちらでも大して変わりはないわ」

 どぷり、と、聞こえるはずのない音が聞こえ、感じるはずのない冷たさに沈む。

 ……私の体はミセリアと共に、深い深い、赤い海に沈んだ。


 血よりも赤く透き通った水の底へ一緒に沈んでいきながら、ミセリアは笑って私の瞳を覗き込む。

「あなたの魂を貰うつもりだったけれど、体ごと貰ってしまえばいい話。もともと1つだったのだから、別にいいでしょう?」

 私の頬にミセリアの手が優しく触れる。

 私の体がとける。

 とけ出して沈んでいく感覚。

「あなたはよくやったわ。ゆっくりおやすみなさい」

 体も記憶も体験もそのままに残っているのに、意識だけが溶け出して、澱となって沈んでいく。

 深く深く水底へ沈んでいって、そして、遠く水面のミセリアを見ている。

 ……ミセリアの首元には、青く光る、涙型の。


 その瞬間、弾かれるように私の意識は浮上した。

 赤い世界の中に1点輝く青い星。

 これが、これだけが。これだけは。

「返せ」

 伸ばしたら、ちゃんとそこに腕があった。

「返せ!」

 伸ばした指先が、ミセリアの首に触れ、そして、『世界のコア』に触れる。




 ざばり、と頭から冷水を浴びたような感覚の後、鉄臭さが鼻をついた。

 べったりと粘つく感覚。

 ……私は、全身に血を被った状態で寝ていた。

「……信じられない」

 私の横で、首だけのミセリアが、茫然と私を見ていた。

「あなたの魂は私のものなのに」

 ミセリアの呟きに呼応するように、私の首で『世界のコア』が輝いた。

「……やられたわ。魂が、世、界に繋ぎ、留められて、」

 それから急速に、ミセリアは動きを鈍くして……そして、そのまま動かなくなった。

 二度と。




 体の各所を刺す槍を全部引き抜いて、なんとか、体が動くようになった。

 ひとまず、といったところだけれど。

 怪我は春子さんが大体治してくれている。

 ただ、切断してしまった左腕については、一応くっついたけれども後遺症が残りそうな予感がしていた。

 あまり器用に動かなくなってしまったみたいだから……動かすのはガイ君に任せてしまおう。

 私には装備モンスター達が居るから、こういう時に助かる。


 ……さて、体は痛むし、損害も出ているけれど、とりあえず、ミセリアは殺した。

 ということで、今回のリザルト。

 手に入った魂は、ぴったり1千万ポイント分。

 そして、手に入ったスキルオーブは特に無い。

 特に無いのだけれど……。

 砂時計型オブジェの前に戻ると、砂時計の下半分に溜まっているはずの魂は全くなくなっていて、代わりに、上半分に丁度1千万ポイント分程度の魂が残っている。


 私は、砂時計型オブジェを破壊した。




 ぱりん、と、甲高い音を立てて砕けた砂時計から、液体とも気体ともつかないものが流れ出す。

 頼りなく流れ出して消えていきそうな魂を見て、『これなら大丈夫そうだな』と確信した。

 ……流れ出してきた魂を手で受け止めると、魂は私の手から染み入って、私の中に吸収されていった。




 すっかり、ミセリアの魂が私の中に吸収されてしまうと、私の体はすっかり元気になっていた。

 今まで知らなかった力が湧き出てくるような感覚だったし、しかし、どこかで『これが普通だ』とも思う。不思議な感覚だった。

 でも、これだけは言えるだろう。

 私は、もう半分の魂をとりこんで強くなった。今なら、リリーを超える魔法を使える気がする。




「……いるんでしょう。邪神『様』」

 私の声に応えるように、ダンジョンが蠢いた、気がした。

「聞きたいことがあります」

 ダンジョンが、私であって、私ではない。そんな奇妙な感覚を覚えながら、邪神へ問いかける。

「私が居た世界は、どうなりましたか?」

 答えは無い。


「では、もう1つ」

 いつでもダンジョンの外へ出られるように準備しながら、邪神に問いかけた。

「私はあなたの恋人を殺しましたが、あなたの恋人の魂を持ってもいます。……どんなお気持ちですか?」




 怒ったらしい邪神から逃げて、ダンジョンの外へ出る。

「ジョーレム君!」

 ジョーレム君を呼ぶと、すぐにジョーレム君は駆け寄ってきてくれた。

「エピテミアまで、お願い!」

 そして、私の声に応じて、ジョーレム君はすぐ、エピテミアに向かって走り出してくれた。

 ……恐らく、カタパルトを打ち込まれて大慌てであろうエピテミアに、これから向かう。




 道中、少し、考え事をする。

 ミセリアの事について。

 ……ミセリアの魂をとりこんだ今、多分、私は『ミセリア・マリスフォール』に限りなく近い何かになっている。

 勿論、私は私だ。ミセリアじゃない自覚はある。つまり、意識は何ら変わっていないと思う。

 ただ、能力や……記憶が。そう、記憶も、私はミセリアの物を引き継いでいるらしかった。


 記憶がある、と言っても、本で読んだ、という程度のものでしかない。

 私の記憶が、金魚の入った水槽だとすれば、ミセリアの記憶は古びた金魚図鑑みたいなものでしかない。決定的に、隔たりがある。ミセリアの記憶には、動きが無い。感情が無い。

 ……けれど、情報としては、ミセリアの記憶をちゃんと認識できている。

 だからこそ、私は今、困っている。

 ……どうやら、ミセリアは邪神を、『個人の意思で』復活させようとしていたらしい。

 つまり、マリスフォールなんて関係なく、ただ、ミセリアが邪神を復活させたいがためだけに。

 むしろ、そのためにわざとマリスフォールを滅ぼさせたようなところがあるらしいから、本当に国の事はどうでもよかったんだろう。

 ……では、何故ミセリアは邪神を復活させようとしていたか。

 簡単な理由だった。

 ミセリアは、邪神と、どうやら……恋仲であった、らしい。


 ミセリアの人となりは、元々なんとなく見当がついていた。

 つまり、『ヴメノスの魔導書』を書いた人だ、というくらいだから、混沌や混乱を好み、自分勝手で奔放で、そして邪神が大好きなんだろうな、というくらいは。

 ……そういう人だったから、魂を分けたり、祖国すら生贄にしたりしていたのだろうけれど。

 まあ、つまり……ミセリアは、そういう人だったのだ。

 自分と自分の恋人(邪神)の為に全てを破壊するくらいのつもりでいたし、邪神もそれにのっていた。

 ……結果、どういう事が起きたか、というと。


 私は今、邪神の恋人を殺した張本人でありながら、邪神の恋人に最も近い存在になったのだった。

 ……餌としては、完璧だと思う。




 ジョーレム君の移動は見事な速さだった。

 エピテミアに到着するまで、半日とかからなかった。

 勿論、邪神はまだ追いかけてきていない。復活するまでにもうしばらく掛かるのだろう。

 復活し次第、私を追いかけてくるだろうから、そこは心配ない。そのためにわざわざ煽ってから来たのだし。

 ……だから、それまでに私は、エピテミアで一仕事しなければいけない。

 即ち、エピテミアの戦力を……ロイトさん達を、スコップ謹製ダンジョンに誘導しておくことだ。

 ロイトさん達は、きっと、さぞ強くなっていることだろう。ストケシア姫を守るため、何らかの策を講じていたらしいから、期待させてもらいたい。

 ……今回は、この強くなったロイトさん達を、邪神と戦わせようと思う。

 そして、邪神を殺して、私は私が居た世界を取り戻す。



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