128話
スコップ謹製ダンジョンもエピテミアも、この最初のダンジョンからそう遠くない。
だからこそ、このダンジョンで世界を復活させようとしたのだから。
そしてエピテミアには、恐らくそろそろ、強化に成功したロイトさん達が居るはずで……そこに『メイズ』が2人現れれば、当然、乱戦になることが予想される。
そうでなくても、ミセリア・マリスフォールは邪神を復活させようとしている人だ。普通の人からすれば、十分に討伐の対象になるだろうし……そうでなくても、私が巻きこめば十分に乱戦を作れる。それは自信がある。
問題は、どうやってエピテミアまで行くか、だった。
一応、ジョーレム君はダンジョンの外に居る。
しかし、果たしてダンジョンを逆走してダンジョンの出口まで到達することができるだろうか。
……多分、答えは、否、だ。
ダンジョンの出口へ向かって動いた瞬間、前方の床に黒の槍が突き刺さる。
「逃げるの?」
そしてその瞬間、ミセリアの防御が若干、甘くなった。
トラップを継ぎ足しながら剣と魔法を数度繰り出す内に立て直されてしまったけれど……どうやら、ミセリアは私を外に出したくない、らしい。
防御を多少犠牲にしてでも。つまり、とても。
……うーん。
邪神の槍はどんどん強くなっていく。ミセリアは私を逃がしたくない。
でも私はこんな相手と戦っていられないから、私はさっさとエピテミアに逃げて、ロイトさん達も戦闘に巻き込みたい。
ダンジョン外で戦う事で、私の地の利は減るけれど、ミセリアの地の利も減る。
そして何より……多分、邪神の力が、発揮できなくなるんじゃないかな、と思う。
多分、だからミセリアは私をダンジョンの外に逃がしたくないんだと思う。
……けれど、1つ、抜け穴がある。
玉座の間の方へ引き返す。
ミセリアは当然、このダンジョンの構造は知っているだろう。だから、このダンジョンの奥へ私が逃げ込むことの意味が分かれば、当然、追尾の手が厳しくなる。
邪神の力は時間経過と共に強くなるらしいから、脱出までの時間がかかれば掛かる程、脱出は難しくなる。
……けれど、今なら、まだ逃げ切れる。
ここからダンジョンを逆走して、9本の道を超えて、油と鏡の迷路を抜けて、もう1つ迷路を抜けて……なんてやっていたら、間に合わないかもしれない。相手はトラップも作動させられるのだから、トラップが多い所は抜けたくない。
でも、ダンジョンの最奥……『世界のコア』があった部屋まで逃げるだけなら、道中、トラップは無い。
そして、時間もそんなにかからないはず。
このダンジョンは、最初に作ったダンジョンだ。
お宝もトラップもモンスターも最小限で、ダンジョンとして戦うために作ったダンジョンだ。
だから、B5Fまでという小ささだし、何より、『お宝を見せながらにして取得させない』という手段で、侵入者を侵入させる構造になっていた。
……そう。『世界のコア』を置いていた部屋。
今は何も無いその部屋へは、玉座の部屋から到達できる。
そして、その部屋の真上は、もうダンジョンの入り口だ。
玉座の部屋の方へ、引き返す。
トラップが無い場所へ立ち回るように動いて、ミセリアと数度、剣を交えて……そして、動く。
走る前に《オブシディアンウォール》で壁を作って、壁の先に《フレアフロア》を撒いて、あとは真っ直ぐ、『世界のコア』があった部屋の方へ。
「まさか……」
当然、ミセリアは私の意図に感づいたらしい。けれど、この距離、この時間なら間に合う。
ミセリアの追撃を数度避けて、目的地まで到達したら……天井を、破壊可能オブジェクトに切り替える。
ガラスの天井に向けて剣を振れば、容易く天井は割れ砕けた。
《ラスターステップ》を出して瞬時に登り、そして、目の前にあるダンジョンの出口へ走る。
「逃がすと思った?」
声が、『前方から』聞こえた。
床に倒れた、と思った瞬間、右の肩に剣が刺さった。
痛い。
……痛い、だけで済むから、まだマシなのだろうけれど。
「ダンジョンは邪神様の力の顕現。知っているでしょう?出し抜けるとでも思った?」
ミセリアは私の切り札である装備モンスター達の事を知っている。
剣は抜かれることなく、私の右肩を貫いたまま、床に刺さって動かない。
剣を抜いてもらえれば、春子さんに回復してもらえるのだけれど。
それでも、秋子が傷口にくっついて、一応の止血だけしてくれているらしいのがありがたい。
「間に合ったみたいね。邪神様の力はダンジョンの中を自由に駆け巡れる程に強まってきている。完全なる復活も、もうじきでしょう」
さっきのミセリア瞬間移動は、邪神の力によるものらしい。
なんでもありだなあ、邪神。余程ミセリアが好きなのか。力を彼女に貸している、ということだろうし。
……こんなのを、どうやって出し抜けばいいだろうか。
ミセリアが左手を振ると、立て続けに4本、邪神の槍が呼び出される。
そして、その都度それらが私を貫いた。
左腕、右太腿、左脹脛、それから腹。
秋子の止血が間にあわないから、春子さんが傷口を治して無理矢理血を止める。
それでも、痛むものは痛むし、神経が切れたらしい箇所は動かない。
「あなたはここで死ぬ。役目は終わったの」
「役目?」
「そう。あなたの役目は、この世界で魂を集めること。あなたはよくやってくれたわ。流石、私の魂の片割れ」
……ふと、頭の中に、何かが引っかかる。
見上げる先で、ミセリアは剣に両手を乗せて、そこに優雅に顎を乗せ、私に向かって微笑んだ。
「すべてはこの日の為にあった。マリスフォールを生贄に捧げて、魂を異世界へ分けて、テオスアーレに異世界を滅ぼさせて。……そしてあなたは世界を滅ぼされて、この世界へやってきて、そして上手くやってくれた」
ミセリアは、魂を分けている。
その為の魔法は、オリゾレッタで見つけたあの魔法だろう。
『自分の骨の一部を邪神に捧げることによって、自分の魂を分け、魂の片割れを持つ別の人間を生みだす魔法』。
ということは。
「あなたが私にそっくりなのはとても好都合だったんじゃない?私の美しさはとても役に立ったでしょう?魔力は分け与えなかったけれど、それでも上手くできるだけの力は与えたものね」
……あの絵本の横に、確か、あったはずだ。
『骨』。
「ありがとう。あなたのおかげでやっと、邪神様の御世が訪れる。混沌の世界を、邪神様と共に在れる!」
ミセリアは右手にもう一本の剣を握って、私の首目がけて剣を振り下ろした。
剣が迫る瞬間、装備モンスター達が一斉に抵抗した。
リリーの魔法がミセリアのもう片方の剣で切り払われる。
モンちゃんの誘惑がミセリアに振り払われる。
ムツキ君とボレアスの魔法は相殺された。
……そして。
ホークが私の手から抜け出て、鎧の継ぎ目に刃を通して、私の左腕を切断した。
「なっ……」
切り落とされた左腕は、ガイ君のガントレット部分を着けたまま。
ガイ君の腕はピジョンを握ったまま動いて、ミセリアの剣を受け止める。
そして……クロウが飛び出して、ミセリアの『左腕』を、破壊した。
ミセリアの左腕は、砕けてひび割れて、床に落ちたまま。
血の一滴も流れなかった。
「……あなたは魂を分けるために、骨を邪神に捧げた。だから、捧げた部分は義肢になっている」
オリゾレッタに、あったよね。
左腕の骨。
ミセリアが茫然としている中、私はダンジョンを作り変えた。
ダンジョンの外に、高く塔を伸ばす。
その先に、カタパルトや火矢や火炎放射器を設置して、一斉にエピテミアの方に向かって攻撃を始めた。
これで、異変に気付いたロイトさん達が調査にでも来れば儲けもの。
そうでなかったとしても……なんとかできる可能性は芽生えている。
このまま、ここでミセリアを殺せる可能性は、十分にある。
ミセリアはというと、ダンジョンが作り替えられる数秒の間、そしてその後、私の腕が春子さんに治される間も、茫然と左腕を見ていた。
……床に落ちた左腕は、人間の腕にしか見えない精巧さで作られた義肢だ。
義肢は、薬じゃ治せない。ましてや、砕けてしまったのなら、直すのはもっと困難。
「……よくも」
そして、大切にしていたものが壊れたなら、頭に血が上るだろう。
「よくも、邪神様から頂いた腕を!」
そして、私に向かって剣が突き出された。
やったことはさっきと同じだった。
つまり、それぞれのモンスターが、それぞれに攻撃しただけ。
……けれど、手数が1つ、違う。
ミセリアは腕を片方失って、手数を1つ、減らしているのだから。
そして、ミセリアはさっき、邪神の槍を使う時に左手を使っていた。
きっと、左腕が、邪神の力を行使する鍵になっていたはず。
剣は、ガイ君のブレストプレート部分にぶつかって、止まった。
そして、ミセリアの腹にはピジョンが突き刺さっている。
「……この程度っ……!」
そして、『この程度』では死ななかったミセリアは、私が振った右脚に足元を掬われて転ぶ。
私の右肩を縫いとめる剣を持つ手はもう無い。
私は肩を持ち上げて、床に肩を縫いとめる剣を引き抜いて……右手に戻ってきたホークで、ミセリアの首を切断した。
 




