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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
終わりのダンジョン
122/135

122話

『濁流の洞穴』に到着したら、真っ先にダンジョンの内部を少し改造して、モンスター達のバトルフィールドを整えた。

 巨大スライムもそうだし、水キメラドラゴンも。

 特に、水キメラドラゴンはその水でできたボディを存分に生かせるようにバトルフィールドを整えた。


 元々のバトルフィールドは、壁一面の水晶と、水晶の間に隠れた矢のトラップ、それから、床から水が吹き上がったり、水が吹き上がって壁を作ったりするトラップがメインだった。

 今回はその部屋の中央に四角く池を作って、その中に4つ、足場が突き出しているようなかんじに改装。

 結果、『田』の字に水が張ってあるような状態になった。

 水深は5mぐらい。人間が溺れるには十分な深さだし、中に水キメラドラゴンが潜むにも十分だ。

 ……勿論、水キメラドラゴンが黒鋼の鎧を身に着けている状態で水に沈むと、水の中に大きな黒鋼の鎧が沈んでいるように見えてしまうのだけれど……逆に、それも1つの罠にできるだろう。


 他に、水没迷路の天井裏に水が通るパイプを張っておいたり、田の字型プールの底から次の部屋へ繋がるパイプを通しておいたり、と、水キメラドラゴン用移動路を確保。

 それから、巨大スライムが潜む部屋の天井部分に人間が通れる隙間を作って、その先に牢を用意しておいた。

 水牢もいくつか用意してあるから、生きのいい侵入者の捕獲にも使える。

 人間を生け捕りにできたら、ゴーレム達の経験値にしたい。


「じゃあ、頑張ろうね」

 声を掛けると、水キメラドラゴンと巨大スライムがぷるぷる、と身を震わせて応えてくれた。




 +++++++++


「酷い有様だな」

 かつて、美しさを誇っていたはずのその姿は、最早面影も無いほどに荒れ果てている。

「セイクリアナを襲ったダンジョンと同種の何物かの仕業と思った方がいいでしょうね」

「ああ」

『清流の洞穴』。

 川の精霊がおわすとも言われていたダンジョンは、今や汚水を吐き出すばかりの、魔物の巣窟と化していた。




 もう、しばらく前のことになるが、城へ報告があった。

 カドランの町の者が登城し、町がどうしようもないほどに荒れ果てている、と。

 町でも冒険者を募って問題解決に向けて動いていたが、結果が得られぬままである、と。

 至急、城から数名の兵を派遣したが、原因と思しき『清流の洞穴』へ向かうと鳥文を送ってきて以来、連絡が無い。

 経験の長い者を含めた班であったが、不帰であるところを見る限り、今回の『清流の洞穴』の異変は恐らく、隣国セイクリアナで起きた『幸福の庭』の豹変事件と同種のものであると見るべきだろう。

 ……聞けば、テオスアーレでもダンジョンの豹変をきっかけに、国が滅んだと聞く。

 グランデムについては連絡が無い故に分からぬが……我らがオリゾレッタも、レイナモレのようにダンジョンを制圧しておくべきだったかもな。


 だが、案ずることは無い。

 今回、我らは油断することなく、最大の戦力を持ってして、『清流の洞穴』へ挑む。

 ダンジョン攻略を幾度となく行ってきた者も含め、精鋭20名だ。

 易い戦いでは無いだろうが、決して勝てないという事もあるまい。

 最初から最大の敵と戦う事を想定して動く。常に全力を尽くす。

 それでも敵わなかった時は……我々が滅ぶ時なのだろう。

 その時、悔いの無いように、全力で戦い抜くまでだ。




「隊長、この先は足場がより不安定です」

 ……しかし、意気込んで向かったはいいものの、ダンジョンの中は、『魔物の巣窟』からは程遠い様相であった。

 汚水の激流に浮かぶ小さな足場は奇妙にぬめる。

 壁伝いに伸びる細い通路も、汚水の滝の裏を回る通路も、全てが滑りやすく、1歩あるくにも気が休まらない。

「……仕方ない。歩くために精神を摩耗するのは得策ではないな。エーリ、《フリーズ》を使え」

「分かりました。……《フリーズ》!」

 魔物との戦闘のために魔法は温存していたが、この調子では魔物と戦う前に戦力を削られかねない。

 部下のエーリに《フリーズ》を使わせた。

 エーリは優秀な魔法使いだ。エーリは宙に氷の板を出現させ、頼りない足場の上に設置した。

 これで、氷の橋ができた。

「この苔やぬめりの岩よりは随分ましでしょうが、氷は氷です。滑らないよう、お気を付けください」

 エーリの先導で、全員が無事、氷の橋を渡ることができた。


「危なかったな」

「危なかった、でしょうか?確かに、体力も精神力もあまり消耗せずに渡ることができましたが……」

「さっき、お前に《フリーズ》を使わせた判断を誤りだとは思わない。このダンジョンは、普通のダンジョンではない」

 ……きわめて珍しい事だが、このダンジョンは元々、魔物の少ないダンジョンだった。

 今、我々が気を付けなければならないのは、魔物ではなく、地系……このダンジョンそのもの、ということか。

 ダンジョンの常識とはかけ離れた姿をしたダンジョンではあるが……相手の土俵で戦う以上、そうも言っていられない。

「もし、さっきの足場で魔物に襲われていたら、我々は全滅していたかもしれないな」

 そして、『ここは魔物の少ないダンジョンである』という先入観すらも、我々を捕らえる罠となりかねない。

 慎重であることに越したことはない。そして、その慎重さは、枠の中に収まったものであってはいけない。

「よし、進むぞ。常に魔物との交戦を意識しろ。足場をよくするための魔法を惜しむな。このダンジョンにある全てのものが敵だと思え!」




 こうして、我々はおおむね安全に、ダンジョンの中を進んでいった。

 ……だが。

「これは……なんだ?」

「中には水が満たされていますが……通路は他にありませんでしたね。ここを通るしかなさそうです」

 我々は、目の前にぽっかりと空いた穴と、そこに満たされる水を前に、困惑していた。


 水で満たされた空間は奥へ奥へと続いており、ここが通路になっていることを教えている。

 だが。

「水の通路……敵の罠なのでしょうが……どうしましょう。進むべきですか」

「当たり前だろう。何のためにここまで来たと思っている。抜け道が無い事は確認された。あとは……安全に進む方法を考えよう。誰か、意見は無いか」

 この通路を進まねば、他に道は無い。

『清流の洞穴』を制圧し、川の流れを元に戻す為にも、我々は進むしかない。

 意見を募ったところ、アニサから意見が出た。

「ならば、内部の水を凍らせながら進めば良いのでは?通路の四方と前方を囲むようにして凍らせ、前方の氷の壁を押し広げていき、その中を進むのです」

「それは」

 一瞬、躊躇った。

 それには当然、魔法を使う。それも、膨大な魔力を消費するだろうことは想像に難くない。

 それはつまり、ここでエーリの魔法を使い切る、という事に他ならない。

「隊長、私なら構いません。魔法を使えるだけ使った後は、戦線離脱して待機しておりますから」

 ……だが、結局、エーリ自身の進言もあり、アニサの案を採用することになった。


 エーリが先頭を進みながら、水を凍らせていく。

 おかげで、我々は水の中を探索する必要も無く、やや腰を屈めながら進むだけでこの通路を通ることができていた。

 ……しかし。

「む、また行き止まりか……」

「隊長、どうしましょう、そろそろ、私の魔力が尽きそうなのですが」

 ……少し、考える。

 エーリの魔法をここで使い切ることに異論は無い。

 そして、エーリの魔法でできた氷は、エーリの魔力が尽きてもしばらくは残るはずだ。

「いや、限界まで進むぞ」

 むしろ、ここで引き返す意味が無い。

 我々は先へ進まねばならず、また、先へ進むための手段を無駄に消費する訳にもいかないのだから。


 やがて、エーリの魔力が尽きたらしい。

「申し訳ありません、私が未熟なばかりに」

「いや、エーリはよくやった。……迷路の手前まで戻って休んでいるといい」

 途中まで完璧に構築された氷の通路は、道半ばにして、氷の行き止まりとなってその場に残ることになった。

「誰か、他に《フリーズ》を使える者は?」

「ならば、私が。エーリ程上手くはありませんが」

 エーリの分をアニサが引き継いで、我々の進行は再開した。

 ……だが。

「……何か、聞こえ」

「後ろだ!後ろから水が流れ込んでくる!」

 ごう、と音が聞こえたと思ったら、我々の後ろから……来た道から、水が雪崩れ込んできていた。

 おかしい。こんなに早く、エーリの氷が融けるはずがない。

 外部から力が加わらない限りは。

 ダンジョンは、侵入時から形を変えられないはずだ。それは、幾多のダンジョンを潜り抜けてきた我々のよく知る所。

 そして、この迷路の入り口付近は、それこそ舐めるように調べた。罠は無かったはずだ。

 では、何故。

 ……いや、考えている暇など無い。

「アニサ!後ろを塞げ!」

「わ、分かりました!《フリーズ》!」

 咄嗟に放たれた《フリーズ》が、押し寄せてきた水をせき止める壁になる。

 ……しかし、アニサが生み出した氷の壁は、みしみし、と嫌な音を立てたかと思うと……崩壊した。

 水が迫り来る。

 今度こそ、逃げ場のない我々へと。

「アニサ!前方の氷を割れ!ここからは泳いで進む!」

 ……そして水が我々を飲み込んだ時、先へ進む道を守っていた氷がなんとか砕かれ、私達は泳いで……半ば、沈みながら通路の底を歩いて、先へ先へ、出口を目指して進むことになった。


 死に物狂いで、鬱屈とした迷路を進んだ。

 前も後ろも、上も下も水に覆われている。もし、息が続かなくなったら、我々はここに閉じ込められたまま溺死するだろう。

 全員、迫り来る死を感じながら、水の中を進む。

 ……しかし、進んでも進んでも、水の先に光は見えない。


 誰かが、空気を吐き出した。

 だが、それをどうすることもできないまま、自分の事に手一杯なまま、ひたすら出口を探す。

 息ができないまま、頭は靄が掛かっていくように働かなくなっていく。

 苦しい。息を。空気を。




「……無事か」

「……エーリが、はぐれました。アニサも居ません」

 結局、水の迷路を抜けることができたのは、20名中18名。

 頭の中で血液が沸騰しているような感覚のまま、ぼんやりと考える。

 氷系統の魔術の使い手が、居なくなってしまった、と。

 ……そして、オリゾレッタの精鋭2人が、我々の、大切な仲間が、居なくなってしまった、とも。




 迷路を抜けた先に、美しい部屋があった。

「水晶……残っていたのか」

 壁一面に水晶が煌めき、床には清らかな水が溜まる池がある。

 我々の知る『清流の洞穴』の姿がここにあった。

「……いや、違うな」

 だが、それは見た目だけであるようだ。

 我々目がけて飛んできた矢を、剣で払う。

「警戒しろ。罠がある」

 尤も、只の矢程度、払えない我々ではない。

 エーリが居れば、壁一面を凍らせてしまえるのだが……それでも問題はないだろう。

 部屋の中央へ進むと、天井から滝が落ちてきたが、音がしてすぐに回避すれば、何という事も無い。

「……この部屋が、終点、か?」

「いえ、恐らく、あの、一部水晶が規則的に並ぶ壁……あそこが、次の部屋への扉なのでは」

 罠に存分に警戒しながら、部屋の向かい側へ向かう。

 ……と。

「伏せろ!」

 中央の清水が震えたかと思うと、水の中から、魔物が現れた。

 魔物は現れるや否や、水を吐き散らし、我々を濡らしていく。

 ……戦闘の体勢をとった我々の目に飛び込んできたのは。

「水……の、ドラゴン……!?」

 巨大な、水でできたドラゴンの姿だった。




 ドラゴンと、戦った事が無いわけではない。それこそ、常人よりは余程多く戦っているだろう。

 ……だが、透明な水のドラゴンなど、見た事も聞いたことも無かった。

「恐らく剣は効かない!魔法で狙え!」

 ここにきて、エーリとアニサが居ないことが悔やまれた。

 2人は氷の魔法を使える数少ない人員だった。水のドラゴンなら、凍らせてしまえればとても簡単に片が付いただろう。

 だが、2人以外の者とて、伊達に魔法を修めている訳ではない。

 炎が舞い、風が飛び、水のドラゴンを切り刻み、解し、熱して蒸発させていく。

 ……はずだった。

「駄目だ、あの鎧に阻まれます!」

 しかし、水でできたドラゴンは、その身に纏った黒い鎧をもってして、魔法を阻むらしかった。

 ……ならば、剣で鎧を破壊し、魔法で中身を攻撃するのみだ。

「なら、鎧から狙うぞ!」

 弓を得物とする者が矢をつがえ、引き絞り……飛んだ矢は光を纏って、水のドラゴンの鎧の継ぎ目の一部を破壊した。

 それでも、ごく一部だ。まだ、鎧を完全に引きはがすには至らない。

 さあ、次の攻撃を。




 不意に、目の前に一瞬、王城の景色が浮かんだように見えた。

 ……そして、意識を手放したその一瞬の間に、水のドラゴンは我々を蹂躙していった。


 元々、力が圧倒的に違ったのだ。

 一部剥がれ落ちた鎧など気にも留めないように、水のドラゴンは翼を振るい、爪を振るう。

 たかが水と侮った訳ではない。

 しかし、水でできたその体によって、剣が切断され、鎧が切断され、仲間の体が切断されていくのを見ても、何ら現実味が無い。

 ……だが、現実だ。

 現実味が無いほどに圧倒的な戦況であろうとも、現実である。

 そして、我々はここで負ける訳にも、逃げ帰る訳にもいかないのだ。




 剣を握る手に、力を注ぐ。

 オリゾレッタ精鋭部隊の部隊長たる力を、覚悟を、そして命を、存分に。

 やがて剣は熱を帯び、光り輝き、1本の巨大な光の剣と化した。

 生命力を燃やして生み出す光の剣は、代々の隊長に受け継がれる技である。

 自らを国の礎として、代償として散る覚悟を必要とする剣技は、今にこそふさわしい。

「《一所懸命》!」

 魔法でもあり、刃でもある光の剣は、水のドラゴンに迫り……。




 ぼしゃん、と、大きな音がした。

 部屋の中央の池には水飛沫が上がり……確認しに行く余力も無いが、恐らく、あの池の底には今、水のドラゴンが身に着けていた鎧が沈んでいるだろう。


 水のドラゴンは、その体を光の剣に引き裂かれると、一声吠えるようにしてその体を水へと戻したのだった。

「やった、か……?」

 警戒を解かずに池を観察していたが、鎧の沈んだ池は静まり返ったままだった。

「たい、ちょう……やりました、ね」

「やりましたね!水のドラゴンすら屠るとは……!」

 隊員達が、座り込んだ私の周囲へ興奮気味に集まってくる。

 ……だが、喜ばしいばかりでもない。

「報告を。応急処置はどうした」

「こちら、応急処置、終わりました。……隊員10名、生存です」

 10名、か。

 ……最初の半分になってしまった。

 だが、無意味ではない。無意味な死にはせずに済んだ。

「行くぞ。この奥へ進めば恐らく、ダンジョン最奥だろう。このダンジョンを制圧するぞ」

 ふらつく体を起こしながら、ダンジョンの奥に向かって、再び足を進めた。




 ずるり、と、足が滑った。

「え」

 見れば、私の足を透明な爪がしっかりと挟んでいる。

 一瞬で、血の気が引いた。

 ……だが、反応する時間は無かった。

 ぼしゃん、と、また、派手に水飛沫が上がる。

 しかし、今度はそれを、内側……水の中から眺めることになった。

 水の中、全く自由にならない体が抑え込まれる。

 浮き上がることもできず、見えない何者かに抑え込まれ、水の底に留め置かれ……水の上では、仲間たちが戦っているのだろうか。戦いの音が、ぼんやりと届いたが……。

 ……口から息が漏れた。


 +++++++++




 水キメラドラゴンは、上手に死んだふりをした。

 そして、相手の必殺技らしき技を無駄撃ちさせておいて、相手の最高戦力らしい人を池に引きずり込むことに成功している。

 さらにその後、もう一度水キメラドラゴンが鎧を着た状態で現れて、第二ラウンドが始まって……そこに、完全に不意打ちする形で私が入って、楽に数人仕留められた。

 隊を組んでいる人達は、連係プレーが強さの鍵だ。

 逆に、連携を崩されてしまえば、どんどん泥沼にはまっていく。

 ……そこを水キメラドラゴンがまた水の中に引きずり込んで、また水の中に引きずり込んで……と、数を減らしていってくれた。


 それから、水没迷路。

 パイプを通って水キメラドラゴン(鎧キャストオフ状態)が水没迷路に入り込んで、『ただの水』として、トラップの一端を担ってくれた。

 やっぱり、今回のMVPは水キメラドラゴンだね。


 こうして、水キメラドラゴンのスペックを見せつけられて、今回の防衛は終了したのだった。

 ……多分、これでオリゾレッタの都に動きが出てくると思う。


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