119話
『恋歌の館』は、娼館だった。
それも、町の人達に『ここはダンジョンである』と全く気付かれないまま娼館を営むダンジョンだった。
更に言うならば、都が落ちたこのご時世にも関わらず(このご時世だからかもしれないけれど)かなり繁盛しているらしいダンジョンだった。
すごい。
……すごい、けれど……制圧するのに、とても、とても困るダンジョンでも、ある。
アセンスの町に長居していいことなんて無さそうなので、早々に退却してジョーレム君に戻る。
さて。
私は『恋歌の館』を制圧すべきなのだろうか。
……答えは、微妙だ。
だって、『恋歌の館』さんはアセンスの町に住んでいる以上、『幸福の庭』のことも、『静かなる塔』が変わった事……つまり、恐らく『静かなる塔』さんが死んで、ダンジョンを乗っ取られているであろうことも、もう知っていると思う。
でも、知った上でまだ動いていない、のだから、もしかしたら、動く気が無いのかもしれない。
もし、私と敵対する気が無いのなら、別に無理して制圧する必要も無い。
藪蛇はごめんだし。
……でも、でも。
もし、全て知った上で、その上で、着々と私を倒す準備をしている、とかだった場合……当然、レイナモレやオリゾレッタを滅ぼして、私の居た世界を取り戻す前に、ちゃんと片を付けておきたい。
『恋歌の館』さんの狙いは何なのか、それを知るためには情報収集だろう。
……ここに来て、私はオリヴァさんを還元したことを若干後悔しないでもない。
人間と全く同じように動いて、会話できて、意思の疎通ができるモンスターなんて、居たら諜報員としてとても優秀だった。
……いや、やっぱり駄目か。うん。やっぱり還元して良かったとは思う。還元していなかったら、多分、もっと後悔する羽目になっていたと思うから、やっぱりいいや。
けれど、そうなると今度は、私が情報収集をしなくてはならない。
それも、『幸福の庭』の豹変事件があったこのセイクリアナで、だ。
……『メイズ』はともかく、『メディカ』の顔は割れている、と考えて行動すべきだろう。
となると、とてもじゃないけれど、顔を出したまま情報収集なんてできやしない。
かといって、仮面をつけて情報収集していたら、不審者でしかない。
……さて、どうするか。
……散々迷ってから、結局、何も考えずに突撃することにした。
ただし、相手の手の内がある程度分かっているので、対策はしてから行く。
『恋歌の館』さんは、魅了系の技を持っているらしい。
つまり、洗脳とか、そういう類のことをやられると思っておいていいだろう。
そしてその対策は、もう考えてある。
最初に、『グリードジュエル』なるモンスターを作る。
これは、デスネックレスみたいな、お宝擬態型モンスター。
見た目は只の宝石。しかし、侵入者を魅了して、正気を失わせる能力を持っている。
侵入者達は『グリードジュエル』を奪い合って殺し合う、或いは、『グリードジュエル』に見惚れてあっさり他のモンスターに殺される、『グリードジュエル』関係なしにふらふらしてトラップに引っかかる……というような……結構えげつないモンスターだ。
そして何より大切なのは、『グリードジュエル』自身は、洗脳や魅了に対して、とても強い耐性を持っている、ということ。
だから、『グリードジュエル』同士で魅了させあったりすることはできない。
今回は、これを利用して『恋歌の館』を制圧しようと思う。
宝石のモンスターだから、当然のようにコストが高め。しかし、宝石を素材にして作ることで、コストをぐっと低く抑えることができる。ちなみに、宝石は何でもいい。
今回はリリーにこれをつけようと思うので、リリーの好みを聞いて色を選んだ。
その結果、魔石粉末入り人工ルビーを選択。サイズは2cm×3cmぐらいの雫型にした。小さくて赤い世界のコアみたいでちょっと可愛い。
あとは最高級のルビーに魂の消費を加えて(魂40000ポイント分だった)、完成。
「こんにちは」
早速、生まれたばかりの『グリードジュエル』に挨拶しながらつつくと、ころころ、と、少し『グリードジュエル』が動いた。
「よろしくね。ええと、君の名前は……」
グリード、つまり、強欲、だから……7つの大罪でいけば……。
「じゃあ、マンモン。略して、モンちゃん」
……。
「え、いいの?」
……頷くように、『グリードジュエル』が1回、かたん、と動いた。
というわけで、命名、モンちゃん。
一回で通ってびっくりした。
ということで、早速モンちゃんをリリーにドッキング。
……これで、『モンスターを装備した装備モンスター』が出来上がってしまった。
つまり、私は『モンスターを装備した装備モンスターを装備』していることになる。
ややこしい。
リリーにくっついて、私が装備することで、モンちゃん自身も強化された。
そこで早速、モンちゃんに私達全員を『魅了』してもらおう。
『魅了』は、早いもの順に効く。
つまり、モンちゃんが私達を魅了していれば、『恋歌の館』さんは私達を魅了できない、ということになる。
そして当然だけれど、モンちゃん自身は魅了に耐性があるから、多分、『恋歌の館』さんに魅了されない。
定期的にモンちゃんが魅了を掛け直し続けてくれれば、それだけで『恋歌の館』さん最大の能力を完封できることになる。
「ということで、よろしくね、モンちゃん」
早速、モンちゃんに私他、装備モンスター達も含めて全員魅了してもらう……と思ったら、リリーはモンちゃんとくっついていて尚且つ、元々の体が小さい為に、モンちゃんの魅了耐性の恩恵を受けられているらしい。だから、魅了は必要ない、とのこと。
よって、モンちゃんに魅了してもらうのは、モンちゃんとリリーを除く全員、ということになった。
モンちゃんが『魅了』すると、少しばかり、頭がふわっとしていい気分になってきた。
「……あれ、これで終わり?」
肯定するように、モンちゃんがリリーごとかたん、と揺れた。
モンちゃんは私の注文通り、『モンちゃんが3割増しで可愛く見える』というほとんど意味を成さない魅了を行ってくれたらしい。
でもしっかり効いているらしく、なんだかやたらとモンちゃんが可愛い。
「じゃあ、このまま行こうか。れっつごー」
……ただし、この、頭が少しだけふんわりして、少し楽しい気分になってしまうのはどうしようもないらしい。
まあ、この程度の副作用で相手の必殺技を完封できるなら、安いものだし、気にしない。
再び、『恋歌の館』へやってきた。
一応、というか、悪あがき、というかで……ダークブロンドのロングヘアのかつらを被ってきたし、ボレアスを背中に垂らさないで、前で合わせてフードも被って、鎧や剣もなんとなく隠した。
そして一番の駄目押しポイントとして、木を適当に加工しただけの杖(セイクリアナの武器屋にあったやつ)を手に持った。
これで一見、剣で戦うようには見えない、はず。
「こんばんは」
娼館の扉を叩く。
わざわざ夜を選んで出直してきたのは、相手が『営業中』である方が、私に有利に働くかな、と思ったため。
仮にも、ダンジョンだとばれずに経営されているダンジョンだ。
仮の姿とはいえ、娼館の方を疎かにする訳にもいかないのだし、ともすれば、手を割く場所が2つに分かれる分、相手の戦力低下を見込める。
「はーい、いらっしゃ……あら?女の子?よね?」
そして、扉から出てきたのは、きわどいドレスに身を包んだ妖艶な女性。
「ええと、何のご用かしら」
「ここに入りたいのですが」
女性にそう言って通してもらおうとすると、女性は一瞬戸惑った後、優しくほほ笑んだ。
「ああ、成程……心配しなくていいわ。うちは他よりずっと、待遇が良いから。あなた、良い選択をしたわよ。……じゃあ、こっちからじゃなんだから、裏口から入りましょうか。あ、リアス!私ちょっと抜けてくるわ!」
……あれ。
そうして何やら、私は裏口から潜入することに成功した。
……あれ。あれ……?
「あんたかい、うちに入りたい、っていうのは」
そして私は応接間らしい場所に通され、ソファに座り、少し年かさの女性と対面していた。
「そんな若いのにねえ……ああ、安心していいよ。あたし達だってこういう商売してるんだ。他人の詮索はしないからね。大丈夫。あんたがここで働く気があるってんなら、拒みはしないさ。……まあ、マスターのお眼鏡に叶えば、だけどね」
……このあたりでもう、何か非常に大きな勘違いをされていることが分かったのだけれど、このまま進めればダンジョンさん本人にいきなり会える可能性が高い。
ここはこのまま通そう。
「ま、あんたなら大丈夫だろう。……ほら、もう少しよく顔を見せて」
ここでばれたとしても、瞬時にこの女性を斬り殺して切り抜ければいい。
そういう覚悟をもってして、私はフードを外した。
「うん。大丈夫だろうよ。それだけ可愛い顔をしているならね。……ただ、あんた、見たところ戦士だね。マスターがある程度は治してくれるが……深い傷跡とかは、あるかい?」
「いいえ。そんなヘマはしたことが無いので」
……というように、簡単な質疑応答をしながら、目の前の女性がリストに色々と書きこんでいくのを見ていると、奥の方から一際妖艶な女性が現れた。
「お待たせしたわね。セール、もういいわよ。仕事に戻って頂戴」
年齢が分からない。
奇妙な魅力がある。
そして何より……今までにもたくさん出会ってきた『同族』だな、と、思わされる気配。
「初めまして。ここのオーナーのレンカよ」
「初めまして。死ね」
彼女が、『恋歌の館』さんだ。
ホークとピジョンが、自ら抜けるようにして私の手に飛び込んでくる。
ボレアスが風を巻き起こし、前で合わせてあったマントが翻って肩にかかる。
ムツキ君は部屋の明かりを頼りに相手の後ろへ回り、リリーは《キャタラクト》で水牢のようなものを生み出し……。
……そして、モンちゃんが、私達を一斉に魅了し直した。
モンちゃんが可愛い。
「なっ!セール!リアス!アレーネ!」
ただ、相手も流石、ダンジョンなだけはある。咄嗟に生み出したらしい壁(多分、ダンジョンのトラップを応用したもの)に囲まれて安全を確保しながら、仲間を呼んだらしい。
「レンカ様!ご無事ですか!」
そして奥からやってくるのは、さっき相手をしてくれていた女性を含めた3名。
でも、それより先に、私が壁の向こうに《グロウバースト》を発動させ、その光を元に生まれた影から、ムツキ君が攻撃。
劣勢と見てか、仲間が到着するや否や、『恋歌の館』さんは壁を取り払い、ムツキ君の居る場所に向かって仲間の女性たちが攻撃を仕掛けた。
ムツキ君はひらり、と私の影に戻って来て、再び、私達は向かい合う形となる。
「……あなた、何が、目的なの?」
『恋歌の館』さんの後ろに仲間3人が控えるような体勢をとり、相手はひたすらこちらの動きを警戒している。
「あなたの命と、このダンジョンです」
……すると。
「ダンジョン……ま、まさか、あなた……『幸福の庭』……!?」
小さく悲鳴を上げて、『恋歌の館』さんは後ずさった。
ガタガタと震えながら後ずさり、後ろに控えていた仲間の女性達もまた同じように、震え、座り込み、恐怖に満ちた目で私を見ている。
……そして。
「お……お願いよ!見逃して頂戴!私、あなたの不利益になる事はしないわ!」
『恋歌の館』さんは震えながら跪いて、額を絨毯にこすりつけた。
どうしたものかな、と思っていたら、『恋歌の館』さんは顔を上げて、私を上目遣いに見つめながら、切々と話し始めた。
「私がこのダンジョンをやめたら、たくさんの女の子たちが路頭に迷う事になるの!」
成程。
「確かにここは娼館よ。でも、人道に背いたことはしていないわ!」
成程。
「私達、あなたの不利益になる事はしないわ!お金が欲しいならあるだけあげる!魂はあまりないけれど、魔力ならたくさんあるから、譲ったっていいわ!だからお願い、酷いことをしないで!見逃して!」
成程。
……さっきから『恋歌の館』さんの瞳がピンク色っぽく光って見えるのだけれど、なんでだろう。
ところでモンちゃんがとても可愛い。帰ったら磨いてあげよう。
「成程、分かりました」
『恋歌の館』さんが、表情を緩ませる。
「あなたはやはり信用ならない」
そして『恋歌の館』さんの表情がもう一度変わる前に、ホークとピジョンが一閃して、『恋歌の館』さんの首を斬り落としていた。
よし。
その直後、仲間の女性たちが一斉に牙をむいた。
女性達はどうやら、『サキュバス』だったらしい。これもまたかなり高価なモンスターなはずだけれど……まあ、娼館にはぴったりのモンスターか。
しかし『サキュバス』は、『ワルキューレ』から剣の技能を抜いて、魔法の技能を薄めて、代わりに魅了などの能力を足したモンスター。つまり、戦闘力自体はそんなに無い。
『恋歌の館』さんと同じように、魅了に特化したモンスターだ。
よって、そんなに苦戦することなく3体を倒して、奥へ進む。
それからもうしばらく歩いていたら、他のサキュバス達も襲い掛かってきた。
これらも斬り捨てたり燃やしたりしながら奥へ奥へと進んでいき……やがて、ピンク色の魔法陣のある部屋に到着した。
早速、玉座に着いて……。
……。
ダンジョン内の情報が、全部、会得できた。
……ここは、娼館である。
これは、いかん。
私がこの『恋歌の館』になった以上、このダンジョンに居るモンスターは全て、私の命令を聞く。
なのでまずは、生き残っていたモンスター達を使って、店の出入り口を塞いだ。
続いて、地下……ダンジョン部分の簡単な改装。
店舗部分から一直線だったダンジョン部分をエリアめいっぱいの迷路にした。
さらに壁掛け鏡経由で『王の迷宮』からゴーレム数体を呼び、警護にあたってもらうことにして、とりあえず準備は万端。
「なっ、お前、何しに」
店舗の全ての部屋を開けてはすぐ《フレイムピラー》。
「きゃあっ!?」
「え!?まだ時間じゃな」
開けてはすぐ《フレイムピラー》。
「え」
《フレイムピラー》。
生き残りはホークとピジョンでなんとかして、小一時間もしない内に、『恋歌の館』の中に居た人も、用済みになったモンスターも、全員殺した。
侵入者が全員死んで空っぽになったダンジョンを一気に改造する。
即ち、店舗部分を全て『破壊可能オブジェクト』に変換して、一気に火を放った。
よく燃えた。
アセンスの町の一角が騒然とした。
突如、『ダンジョンと何の関係も無い』娼館が炎上したのだから。
裏通りということもあり、火が消し止められたのは大分経ってから。
そうして、焼け跡には、燃え尽きた店と、たくさんの焼死体が残るばかりとなったのだった。
アセンスの人達は、『恋歌の館』の繁盛を妬んだ誰かの犯行ではないか、と噂している。
……と、翌日、ご飯を食べに寄った食堂で聞いた。




