118話
……濁流を眺めていたら自分自身であるダンジョンにもかかわらず気分が悪くなってきた。
こんなところで防衛しないといけない水キメラドラゴンと巨大スライムが可哀相だったので、彼らには他の区画からきっちり区切った部屋と、綺麗な水をプレゼントした。
これで彼らは快適に過ごせると思う。
腐臭もせず、濁流も無い部屋を作ってモンスター待機場所にしたものの、それはそれで水が冷たいお部屋でしかないので、私にはあまり居心地が良くない。
そのままでいる訳にもいかないので、ひとまず、アドラットのお屋敷ダンジョンへ移動。
……しかし、移動したはいいけれど、やることがない。
アドラットの様子を見ながら、しばらくは待機、かな。
……うん。
まさか、ここに来て暇になるとは思っていなかった。
レイナモレの制圧までやって戻って来たら、オリゾレッタの人達のほとんどがアドラット周辺に引っ越してくる羽目になっているだろう、と踏んでいたのだけれど、思いのほか自然の自浄作用が大きかったのと、レイナモレ制圧が短期決戦になってしまったのとで、オリゾレッタ制圧が予想外に進んでいなかった。
……折角アドラットのお屋敷ダンジョンを作ったのだし、『清流の洞穴』(今はどちらかと言うと『濁流の洞穴』だけれど)を整備したのだし、アドラットの制圧予定を変更する予定は今のところ無い。
……無い、の、だけれど……。
暇、は、ちょっと。
では、動くことがあるか、と言われれば、あんまり無い。
1つは、『恋歌の館』さんをどこかで潰しておくべき、ということ。
『静かなる塔』さんも『常闇の洞窟』さんも私が殺した。
ここの3つのダンジョンは友好関係にあって、それぞれ邪神復活を目指す同士だったらしいから、『恋歌の館』さんが報復に来ないとも限らない。
その為、早めに潰して不安材料を取り除いておく、というのは1つの方法かな、と思うのだ。
2つ目に挙げられるとすれば、『金鉱ダンジョン』でのダンジョン収穫、だろうか。
また見に行ったら、新しい誰かがダンジョンに成っているかもしれない。
1回で50万魂は集まるのだから、ここでのんびり収穫を続けてもいい。
……そして3つ目があるとすれば、一応……他の国やダンジョンを滅ぼしに行く、ということだろうか。
とは言っても、そんなにメリットがある訳じゃない。特に、国については。
私は魂を集めて、この世界のためではなく、私の世界のために使おうとしている。
つまり、この世界共通の敵である、と言えるだろう。
ならば、この世界共通の敵である私は、敵対する全ての相手に対して警戒しておくべきではある。
いつ何時、私の目的がバレて、世界中が私を殺そうと行動を始めるかも分からないのだから。
そのために、ありとあらゆる国、ダンジョン……それからモンスターも、動物も、とにかく全てを殺しておく、というのは、ある1つの安全策かもしれない。
……そう。ある意味では、真っ当な国も、そうでない国も、魔物も、邪神復活派も、全てが私の敵にあたる。
邪神復活派は、ギリギリまでは味方だと偽ることもできるかもしれないけれど……そこまでしても、最終的にはどこかで裏切らなきゃいけないのだから、当然敵だ。
となると、一番いいのは、全制圧、世界滅亡、じゃなくて、私の事を知らない人が多いまま目標を達成する事、だと思う。
一応、レイナモレの隣にも、オリゾレッタの隣にも、国がある。
けれど、そこまで手を出して得られる安全は、時間と私や世界のコアの安全をコストにして得られるもの。
下手に手を出したら、『そもそも存在を知られていない』状態の『世界のコア』が知られ、狙われる、というような事態になりかねない。
つつかなくていい藪はつつかない方が良いだろう。
万一、オリゾレッタとレイナモレを滅ぼした時点で魂が足りなかったのなら、その時は……テオスアーレのエピテミアに集結しているであろう、セイクリアナの生き残りの人達やストケシア姫達をなんとかして殺せばいいのだし。
……そう考えると、このままオリゾレッタの環境破壊を待つのが一番かな。
……というか、邪神復活派が一番の敵だ。何せ、邪神復活の為の方法は今のところ分かっている限り、最大で3つ。
1つ目は、『ウィアの歴史書』にあったとおり、魂をたくさん集める、というもの。
2つ目は、私の世界のコアを使って、ダンジョンの能力と合わせて、邪神を作る、というもの。
3つ目は、『静かなる塔』さんや『常闇の洞窟』さんがやっていたように、『特定の捧げものを作る』というもの。
つまり、3つ目の方法はともかく、1つ目と2つ目は、『私を殺す』ことでほぼ達成できてしまうのだ。
邪神復活を目指す人達からすれば、私は格好の的だろう。
……邪神については、分からないことだらけだ。
誰が正しい情報を持っているのかも分からない。
そもそも、邪神なんて居ないのかもしれない。
……それでも、もし、今後私の目の前に立ちはだかる何かがあるとしたら……邪神関係、だろうな、と思うのだ。
ということで、暇を潰すに一番良さそうな、『恋歌の館』制圧に向かおうと思う。
……場所が分からないから、完全に手探りなのだけれど。
『恋歌の館』については、『静かなる塔』さんが知っていた。
そして、『静かなる塔』さんと『常闇の洞窟』さんはどちらもセイクリアナの中にあった。
……ということで、探すのはセイクリアナ内と、セイクリアナに近いオリゾレッタ、ぐらいまでかな。
出発の前に、一度『元・グランデム城』に寄って、そこからジョーレム君で移動、『金鉱ダンジョン』の様子を見てきたけれど、残念ながら新しいダンジョンさんは居なかった。
セイクリアナの中にはもうあまり人が居ない。
ちらほら、と、火事場泥棒(というか、焼け跡泥棒?)目当ての人がセイクリアナの都に居たりするけれど、大体の人は戦禍を逃れてエピテミアへ移動してしまったきりらしい。
アセンスの町には多少人が居るけれど、セイクリアナの都が消えてしまった今、アセンスの町は孤立状態。
アセンスの人達もアセンスの町だけじゃ暮らせなくなってきて、ちらほら、とエピテミアへ移住したり、オリゾレッタへ移住したりしているらしい。
……ということで、あまり人目を気にせずにダンジョン探しをすることができた。
『ダンジョンの位置を知る魔法』を使うために吊り香炉をぶら下げて、あちこちうろうろする。
傍から見たらとても怪しいだろう。
でも構わない。どうせ見ている人も居ない。
……そうして、探し回った。
大変、探し回った。
……そこで私は、愕然とすることになった。
『ダンジョンの位置を知る魔法』の煙が、アセンスの町へと流れていく。
あれ、おかしいな、アセンスの町で前に聞いた時、『一番近いダンジョンは静かなる塔』って聞いたと思うのだけれど。
アセンスの町に、セイクリアナの都から逃げてきた人が居る可能性は十分に高い。
なので、私はしっかりボレアスのフードを被って顔を隠しつつ、煙を追って町に入った。
煙を辿って行った先は、アセンスの町の、裏通り。
薄暗い通りは妙に寂れていたり、妙に華やいでいたり。
つまり、そういう意味での『裏通り』なのだろうけれど。
……そんな一画に、裏通りの中でもひときわ華やかなお店があった。
磨き抜かれた黒檀に、金が象嵌された、品の良い看板。
黒い黒檀の艶の上に金の文字で『恋歌の館』と、書いてあった。
……。
「あの、すみません」
丁度、『恋歌の館』から出てきた男性(明らかに酔っ払いである)に、声を掛けてみる。
「あ?なんだ?……お、もしかして、新しく入ったコ?」
「いえ、違います。あの、このお店って、ご飯処ですか?」
なんとなく薄々察しがつきつつも、一応、聞いてみた。
「ははは、カマトトぶってんじゃねえよ。ここは娼館だよ、娼館」
「娼館」
「ま、酒も置いてあるけどな。……連れ込みも許してる。どうだお嬢ちゃん。俺と一晩」
……こいつはひでえや。
半分以上酔っぱらっていた男性にはやんわりお断りしつつ、私は一旦『恋歌の館』から距離をとって、考える。
……ここは一体、何だ。
ダンジョンか。
ダンジョンなのか。
ダンジョンなんだよなあ。
……制圧、しておいた方が、いい、のだろうけれど。
うーん……ここ、どうやって制圧したら、いいんだろう?




