116話
玉座に着いた瞬間から、相手の抵抗が始まった。
今まで以上に強い抵抗は、このダンジョンが落ちればもう敵が目の前、という危機感からだろうか。
……それとも、もう少し別の理由でもあるのかもしれない。
やけに抵抗は延びた。
レイナモレ女王最後の砦であるはずのレイナモレ城の構造が結構分かってしまうぐらいまで、相手は抵抗し続けていた。
自棄かな?
……それとも、やっぱりもう少し何か、別の理由があるのか。あるんだろうな。そうとしか思えない。
けれども、相手の抵抗にも限界が来た。
ついに相手の抵抗を抑え込んで、私がこのダンジョンに成る。
途端、一気に精神が解放されたような感覚を覚えて、玉座にのびる。
……思いの外、相手の抵抗が激しく長引いたせいで、疲れてしまった。
お城に攻め込む前に、少し休もうかな。
勿論その前に、今回の戦果を整理してからにするけれど。
今回、私がダンジョンを乗っ取ることに成功したことで、多大なる戦果が得られている。
たくさんのモンスター(還元され残った死体含む)、びっくりするぐらい高性能なトラップの数々、そのトラップに使われている『劫火石(極)』や『光石(絶)』の数々。
溶岩も毒も、立派な一級品。大切な資源だ。ありがたく今後のダンジョン生活に使わせてもらうし、使う気がないものはどんどん還元していく。
……そして多分、今回一番大きな戦果は……オリヴァさん、だと思う。
内部でコードを数本千切っただけ、というムツキ君の証言(もじもじ君で表現して伝えてくれた)を元に、コードを繋ぎ直してみたら動く気配があったので、もう一度コードを切断した。
……さて。オリヴァさんの再起動は容易、という事は分かった。
これ、どうしようかな。
多分、還元したらとんでもない量の魂が得られるとは思うのだ。
『オートマタ』は、1体で百万ポイント分の魂が必要な高級モンスター。
しかも。オリヴァさんは多分、そこに追加パーツを幾つかつけてる。
オリヴァさんを殺した時(1回目)では、ちゃんとオリヴァさんを骨すら残さぬ火力で焼き上げた。
……だからこそ逆にその時、オリヴァさんが人間じゃない、って気づかなかった訳なのだけれど。
とにかく、オリヴァさんのボディは一回死んでいる。消滅した。それは間違いない。私自身が証人だ。
ということは即ち、オリヴァさんを殺した時(今回)の為に、オリヴァさんは復活している、ということ。
普通に考えれば……オートマタ、すなわち自動人形、機械人形なのだから、多分、『メモリーのバックアップ』みたいなものがあったのだろう。
……そして、私が手元で確認できる限り、魂百万ポイント分の『オートマタ』には、そんな機能はついていない。
更に、『オートマタ』には、『感情』なんてものもついていない。
即ち、それらの『追加パーツ』みたいなものがオリヴァさんには付けられているはず。
それは一体、還元したらどの程度の魂になる代物だろうか。
……仮に、オリヴァさんのアレが感情ではなくて、AIが学習し続けた賜物だったとしても……だとしても、その分の経験値がオリヴァさんにあるということ。
ならばやっぱり、オリヴァさんを還元すると、とてもたくさんの魂が得られる、と考えられる。
……以上を踏まえて尚、考える。
『還元は後でもいいか』と。
女王様がこのダンジョンをとられまいと、往生際の悪い抵抗をし続けていたのは、このダンジョンが最後の壁、最後の砦だから、というだけの話ではないように思ったのだ。
ならば、何が目的だろう、と考えた時……真っ先に、オリヴァさんが思い当たった。
人型の、それも、意識があって、知性があって、普通に話している分には相手がモンスターだなんて分からない程度に人間の心を理解しているモンスター。
掛かっているコストも尋常じゃないだろうし、そうなれば自然と、『女王はオリヴァさんに愛着がわいているのではないか』という結論に辿り着く。
……もしそうでなかったとしても、オリヴァさんはとりあえず、使い勝手が悪くない戦力になる、と思う。
だから、レイナモレ城突入の時には使ってみようかな。
なのでとりあえず、オリヴァさんの改造を簡単に行った。
魔石粉末入り人工宝石を組み込んだり、武装させたり。
そして何より、付属パーツらしいものを1つ外した。
多分、感情面でのアップグレードパーツだと思うのだけれど、これからレイナモレ城を侵攻するにあたって、多分、邪魔になる。
多分、レイナモレ城侵攻時に人の心を読んで動く必要は無いので、遠慮なく外させてもらった。
ちなみに、感情面アップグレードパーツは、還元したらそれ1つだけで魂380,000ポイント分になった。
すごい。
こうして準備諸々を整えて、少し眠って体力を回復させたら、いよいよ、レイナモレ城へ突入する。
突入メンバーは、私と装備モンスター達の他、ゴーレム20体とオリヴァさん。
さらに陽動として、外から城を攻撃する要員の張り子戦士も別部隊で用意。
陽動だってバレバレだとは思うけれど、それだって相手にとってはレイナモレ城を守らない訳にはいかないのだから、お城を燃やされたら対応せざるを得ないはず。
もし対応してくれなかったとしても、そうしたらそうしたで、ブラッドバット達はお城内部へ入り込んで、ダンジョンの中を飛んで移動する厄介な敵になるだけだ。
ちなみに、オリヴァさんにはてるてるマントを着せてある。なのでてるてる坊主風のフードで顔が見えていない状態。
一応、念のため。
ということで、準備も整ったら早速突撃。
最初に突撃するのは張り子戦士達。
張り子戦士の中にはたくさんのブラッドバットが詰まっている。
そしてそのブラッドバット達はそれぞれ、火炎瓶を持っていたり、火の魔法を覚えていたりするのだ。
適当に城に放火してもらえば、丁度いい具合に煙と火の手が上がって、合図代わりにもなる。
私達はそれを見て、レイナモレ城へ突入した。
お城の中は、流石お城の中、というか、地系トラップは全く無かったし、トラップがあるにしても、壁から矢が飛んでくるとか、絨毯の下から細い針が大量に出てくるとか、そういう景観を壊さない程度のものでしかなかった。
……逆に、シャンデリアが落ちてきたり、ステンドグラスが割れて一気に降り注いだり、床のタイルの模様が魔法陣みたいになっていて、そこに雷が落ちてきたり……といった、景観を壊さない程度のすごい罠もいくつかあったけれど。
けれど、侵入者を100%殺す、という意気込みのあるトラップは見当たらなかった。
まあ、ここはダンジョンだけれど、用途としては普通に王城、なのだろうから仕方ない。
現に、ここがダンジョンなのだと知らないのであろうレイナモレの兵士達が私達に向かってきては、逆にトラップに引っかかって命を落としたりしているのだし。
そうして進む上で、意外なほどオリヴァさんが役に立った。
感情アップグレードパーツは還元した。
でも、メモリは特に消去したりしていない。
ならば、と思って、聞いてみたのだ。
「女王様がどこにいるか分かる?」と。
……そうしたら、オリヴァさんは素直に教えてくれた。
なので私達は、5Fの玉座の間(つまり、ダンジョンの玉座がある部屋、という意味ではなくて、レイナモレ女王のための玉座がある部屋)へ向かっている最中なのだった。
道中のトラップについても、オリヴァさんがぼんやりしながら全部教えてくれたのでとても助かった。
以前のような言葉数の多さは消えてしまっているけれど、その分的確な情報が手短に伝わってくるのは中々良い。
私もオートマタの導入を考えようか。
……いや、駄目かな。
人型してたら、駄目だ。
最後の砦という実感もわかない程すんなりと、私はレイナモレ女王の目の前に来ていた。
「あなたがこのダンジョン?」
声を掛けると、赤い絹張の玉座に腰かけた女性は、憎々し気に私を睨んだ。
「貴様が、私の国を荒らし回る者だな」
そうとも言う。
お互い、数秒、そのまま黙っていた。
その沈黙を破ったのは、女王の方だった。
「……どうせ、すぐに落とせると踏んでいるのだろうが。……只で落とされてやると思うな?……メーラ」
「はっ」
女王が声を掛けると、玉座の横から、若い女性が進み出た。
「侵入者を殺せ!」
……そして、女王の声と共に、若い女性が剣を抜いて、斬りかかってきた。
剣相手に引けをとるホークとピジョン、そしてガイ君じゃない。
体を任せると、3体はそれぞれ連携して、完璧な動作でメーラさんの剣を受け止め、はじき返し、隙を作らせてそこを狙って攻撃を繰り返す……と、中々の好戦っぷりを見せてくれた。
多分、こっちはそう遠くなく決着がつくだろう。
だが、問題は、女王の方。
……さっきから、凄まじい速度でモンスターが現れては、ゴーレム達に葬られていく。
すごい。すごい速さ。
まるで、このダンジョンで、『同時に』複数体のモンスターを作成しているかのようだ。
……そして恐ろしいことに、そんなことをしながら、室内のトラップも作動されている、ということ。
すごいな。私も複数のダンジョンであるから、同時に複数の事をするのは得意だ。トラップを操作する、という事については特に、疑いようもなく。
……けれど、『モンスターを作成する』のは、また別。
あれは、いわば、『1つのダンジョンでは同時に1つまでしか作業を行えない』ことなのだから。
まるで、複数のダンジョンを一度に相手しているみたいな感覚だった。
勿論、だからといって劣勢になる訳でもない。
私はメーラさんの剣を相対しつつ、隙を見て、オリヴァさんのフードを外した。
「なっ!?」
その途端、女王の動きが止まった。
湧き出るモンスターもぴたり、と止み、トラップも動かず。
……その一瞬、一気に跳躍して、女王に向けてホークとピジョンを振った。
「フルーレッタ様!」
動きを止めた女王は、そのままだったけれど、直前まで戦っていたメーラさんが、間に割り込んできた。
今更止まらないし、止められたとしても止める気が無い刃はメーラさんに吸い込まれていき……メーラさんの首を斬り飛ばした。
+++++++++
目の前で、メーラがやられた。
だが、奴もオートマタだ。『記憶』はある。だから、作り直しは利く。
だが。
……目の前、剣を振る化け物の後ろに居る姿。
「オリヴァ……」
救おうとして、指先が届かなかった、部下の姿がそこにあった。
「……貴様、さぞ愉快であろうな?」
メーラを斬った時点で勝った気でいるらしい化け物に向けて言う。
言葉を掛けられた化け物はしかし、不思議そうな顔を……いや、特に何も感じずにいるのであろう、ぼんやりとした表情をしていた。
「この国を蹂躙し。ダンジョンを最早全て奪い。……そして、オリヴァすら奪ってみせたか。貴様、何が目的だ」
問うても、化け物は答えぬ。
「何故、オリヴァを」
問おうにも、言葉が出ぬ。
……私自身、自分の感情を、言葉で表せなかった。
部下の謀反に腹を立てているのか。それとも、部下を守れなかった自分を責めているのか。
それとも。
「オリヴァさんが、便利だったので」
化け物の言葉に、オリヴァを見る。
改めて、見れば……目が合った。
そして、そこにはもう、感情らしいものが何一つ、残っていなかった。
「貴様……オリヴァを、どうした」
化け物は答えなかったが、分かる。
オリヴァは……与えたはずの『心』を、持っていなかった。
体中の血が、沸騰したような感覚を覚えた。
これが憎しみなのか悲しみなのかも分からぬ。
しかし、私は感情の激流のままに、叫んでいた。
「貴様!貴様には……愛する者が、居らぬのか!愛を知らぬか!」
私の言葉に誰よりも驚いたのは自分自身であっただろう。
そうか。私は。私は。
……この、憎しみとも悲しみともつかぬ、心は!
「……知ってる」
しかし、私が自身の中で掴みかけた何かを、それ以上手繰る時間は無かった。
目の前に、化け物が迫っていた。
……化け物は初めて、その表情に感情らしいものを現していた。
なんだ、貴様、斯様な顔もできるのか。
そう言ってやりたかったが、そう思ったのが、最期、だった。
+++++++++
玉座の下に階段がある、とは、オリヴァさんが教えてくれていた。
探せばすぐに下り階段が見つかったし、見つけた階段を下っていけば、ついに、『ダンジョンとしての』玉座が現れる。
オレンジ色の魔法陣の上、最後の玉座に座れば、すんなりと、ダンジョンが私に成った。
行きわたる感覚。流れ込む情報。
……こうして、レイナモレは、私のものになった。
レイナモレ女王のための玉座の傍で、オリヴァさんは立ち止まっていた。
特についてきてほしいとも思わなかったから放っておいたのだけれど、私がダンジョンに成っても、まだそこに居た。
……思う所が無いわけではない。
「お疲れ様。助けてくれて、ありがとうね。オリヴァさん」
なので、女王の死体の傍に居たオリヴァさんも、還元してあげることにした。
さて。
レイナモレは手に入った。
あとは滅ぼすだけで、精霊の魂を回収できる。
……ここまでが連戦だった分、ここからは大分楽だ。
レイナモレを滅ぼし終える前に、一旦オリゾレッタの方を見てきてもいいかもしれない。
 




