111話
玉座に座った瞬間、このダンジョンと私との戦いが始まった。
抵抗する相手をねじ伏せて、押さえつけて、首を絞めて殺そうとしているような感覚。
或いは、相手に邪魔されながら計算問題を解いているような感覚。
あくまでも精神的な戦い(だと思うけれど、判然としない)なのだけれど、それがとても大変。
……そして更に、私がこのダンジョンと成るための戦いに集中している間も、追いついてきたモンスター達が私の肉体を攻撃しようとしてくる。
敵モンスターは攻撃してくる。
ガイ君他装備モンスターは、私を守って魔法で戦っている。
このダンジョンは、私を邪魔して、私に抵抗して、時間を稼いで、その間にモンスター達が私を殺すことを期待している。
そして私は、殺される前にこのダンジョンを塗り替えて、このダンジョンに成ろうとする。
場は混戦状態だけれど、ある意味ではこれも、私というダンジョンと、このダンジョン、2者の戦いでしかない。
ダンジョン同士の戦いは、ある時突然終わった。
ふっ、と抵抗が消えるような感覚。
そしてその一瞬後、私の中に情報が流れ込み、そして私が広がっていく。
私の感覚はこのダンジョン全体へ広がり、そして、このダンジョンに居た敵モンスターもまた。
……ダンジョンに成って、玉座から立ち上がると、目の前にはついさっきまで私を殺そうとしていた敵モンスター達が、私を見上げながら困ったように、おろおろそわそわしていた。
攻撃は止み、ダンジョンはすっかり静かになっている。
……これで。
これで、一段落。
ダンジョン王国の1画を、崩した。
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「くそ!」
叩きつけた拳が、紫檀の小テーブルを震わせた。
「ふ、フルーレッタ様、まさか」
メーラの、恐る恐るこちらを窺う様子が鬱陶しい。
「……そのまさか、だ。……南の一画は諦めた」
私は自分の一部を切り離すことになった。
病んだ体から病巣を切り離して体を救うのと同じように。
……そうして、切り離された私の一部は、侵入者のものになったのだ。
屈辱でしかない。
自分が自分を諦めざるを得なくなったことも、それを許してしまったことも。
まさか、あのゴーレムの軍勢がただの陽動だと、誰が思うだろうか。
実際、あのゴーレム達は十分に強かった。
ドラゴンとケルベロスを相手に1歩も引かないどころか、ドラゴンの片翼とケルベロスの頭の1つと右足を損なわせすらしたのだ。あれが陽動でなかったとしても、全くおかしくなかった。
……その後、ゴーレム共はすぐに撤退した。
ドラゴンとケルベロスは追いかけたが、片翼を失ったドラゴンと、足を1つ失ったケルベロスでは到底追いつけぬ。
みすみすゴーレム共を逃した事も、私を苛立たせていた。
……そして何より。
「……フルーレッタ様、相手は、斯様に強いのですか」
「……強い。ありえぬ強さだ。およそ、単騎のものとは思えぬ。……あれは……化け物だ」
ダンジョンに侵入し、およそあり得ぬ速さでダンジョンを駆け抜け、あのワルキューレすら殺し……そして、私から私の一部を奪っていった。
その、たった1体の敵を、私は恐れている。
……それが何より、私を苛立たせている。
だが、相手を恐れて何もしないまま震えているなど、愚者の所業。
私はメーラに状況を伝え、共に次に打つべき手を考えることとした。
「相手は間違いなくダンジョンだろうな。玉座について知っているとみえる」
「戦力を見ても間違いないかと。ただの魔物使いがああまで多くの軍勢を集めることは不可能に近いのではないでしょうか」
メーラの言葉に頷く。
今回の裏に居る相手は間違いなく、ダンジョンだ。
私の一部であるダンジョンを狙ってきたことも然り、ゴーレムや黒の戦士や、1体でダンジョンを突破したあの化け物を用意できたことも然り。
必ず裏で、ダンジョンである何者かが手を引いているのだろう。
……ならば、相手の目的は残りのダンジョンも、か?
「ひとまず早急に他のダンジョンの守りを固めるべきなのではないでしょうか」
「ああ。当然だ。……だが」
だが、守りに徹していては、二の舞になる。このままじわじわと削られていくだけだろう。
であるからして、私は、その次の一手を打たねばならぬ。
「同時に、攻める」
幸いにして、奪われたダンジョンは元々、私の一部だったのだ。
ダンジョンを奪われてそう時間が経っていない今、奪われたダンジョンへ攻め込むのなら、慣れ親しんだ自らを攻略するに等しい。
これから時間が経てば経つ程、相手の準備は整い、守りは強固になっていくはず。
ならば、今すぐにでも攻め返し、私の一部であったダンジョンを取り戻すのが良いだろう。
「成程、攻めると守るを同時に行うともなれば、有利なのは当然、並列思考の能力を持つフルーレッタ様。相手に複数の思考を強いることで相手に負荷をかける戦略でもある訳ですね!」
しかし、喜ぶメーラを手で制す。
「いや、それは期待できぬな。……恐らく、相手も私の並列思考かそれに似た能力を持っている」
侵略者は、玉座に座り、私を侵略していった。
当然、私はそれに抵抗し、侵入者は私の抵抗を掻い潜ってダンジョンを侵していった訳だが……その間、手を抜いて私とやりあえたとは思えぬ。
それだけの抵抗をしたと、私自身に自負があるからだ。
……だが、しかし、侵入者は私の抵抗と戦いながら、同時に、ダンジョン内の魔物とも戦っていた。
玉座から離れず、魔法だけで魔物と渡り合う実力。
……魔法の威力も、恐ろしかった。威力も、回数も。よくもあれだけの威力の魔法を、あれだけの回数、たった1人で撃ち続けられたものだ。
だが、それ以上に恐ろしいのは、『魔法を撃つ』ことと『ダンジョンを支配する』ことを同時に行い、その両方に勝っている、ということだ。
同時に複数の事を行える能力がある、と考えるのが妥当であろう。
「たった1人で私と精神の戦いを行いつつ、魔法を撃ち続けていたのだ。……並列思考ができると考えた方がいい」
「な、なら、フルーレッタ様は」
メーラの震える声に、思わず笑い声が漏れた。
「ああ。そうとも。私と奴と、ダンジョン同士の真っ向からの戦いよ。どうせ相手とて、ダンジョン1つで動いている訳ではあるまい。……最早、後は互いの知恵をぶつけ合うのみ」
私が奴に勝るものがあるとすれば、ダンジョンの数。
この国を覆うように点在するダンジョンによって、レイナモレ全土が私の管理下にある。
それを巧く使えれば、或いは……。
「……とにかく、まずは動かせる戦力の確認だな。それから、軍の増強と、ダンジョン奪還のための侵略。……どれも急がねば、な」
何はともあれ、相手がどのような戦略をとるのかを見られたのは大きい。
相手の方が先に手の内を明かした今、そこは私にとって有利な点になる。
あとは、情報が新鮮なうちに動くのみ。
……そして……私は、奴に、打ち勝たねばならぬ。
私が私自身に……奴を恐れた私自身に、打ち勝つために。
私が、完璧な王であるために。
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そして私は、すぐに次の侵略に向けて準備を始めた。
まずは守りの準備。
真っ先にダンジョンの終わりの部分を塞いで、玉座の部屋のダミーを作って繋げた。そして、ダミー部屋にはたくさんのトラップを設置しておく。
……つまり、侵入者が『モンスターを出入りさせていた秘密の入り口』を知っていれば、そこからダンジョンに入り、頑張って攻略して……そして、玉座の部屋に入ったと思ったら偽物で、トラップが作動する、という仕組み。
苦労して侵略したのに結局丸ごと罠だった、ともなれば、相手は多分色々と嫌になるんじゃないだろうか。私ならなる。
……そして、本当の玉座の部屋は、全く別の入り口から入れるようにした。
どうせ隠し入り口なんだから、ということで、『制圧済みダンジョンを警備する人』達が居る『ダンジョン』の奥に入り口を作ることにした。
これで、相手は私のダンジョンを攻めようとした時、警備兵達に見つかることになる。時間稼ぎにはなるだろう。
それから、室内の……例えば、迷路とか、そういう仕組みはある程度簡単に作り直した。壁の位置を少し変える、とか、そういうレベルで。
そうじゃないと、『完璧に変える時間は無かったけれど、少しは頑張った』というように見てもらえない。
流石に何も変わっていなかったら、却って警戒されるだろうし、これでいいだろう。
続いて、攻める準備。
ゴーレム達を一旦撤退させておいたので、それをレイナモレ西の本拠地ダンジョンに向かわせた。
……それから、私は仮面をつけて、ボレアスのフードを被る。
ついでに、ゴーレムを5体程作って、彼らにもそれぞれ、仮面をつけて、ファントムマントのフードをかぶせた。
さらに、そのゴーレム達には服を着せ、リビングアーマーと2本のソウルソードを装備させ、ホロウシャドウも装備させた。首飾りっぽく、首回りを改造してあげた。
……よし。
すごく私っぽい見た目のゴーレムが5体できた。




