107話
『制圧済みダンジョン』には、レイナモレ王家の紋章があった。
つまり、ダンジョンを制圧したのは、『レイナモレ王家』だということ。
……それに加えて、レイナモレ王城の方へ香炉の煙が動くこと。
ここから考えれば、答えはすぐに出てくる。
レイナモレは、ダンジョンが治める国だ。
それも、秘密裏に。
このレイナモレという国の恐ろしい所は3つある。
1つ目は、戦闘力。
多分、レイナモレの王城はダンジョンだ。煙の向き具合を見る限り、それで間違いないと思う。
……つまり、レイナモレの城は、外敵の侵入に対して、とても強い城、ということになる。
城下までダンジョンエリア内に収めてあれば、城の中に入る前から侵入者の情報がある程度分かるし、相手の会話も聞こえるし。
そして城の中にトラップ仕掛け放題。これは強い。
……それから、『制圧済みダンジョン』が普通に動いているダンジョンだと考えれば、そこからモンスター湧き放題、移動させ放題。
兵力の補充も簡単だ。これは強い。
2つ目は、魂や魔力の回収能力。
城のダンジョンエリア内に城下町までが収まっているのは間違いないから、城下の人間から得られる魔力は回収し放題、ということになる。人数も、『幸福の庭』なんか目じゃないぐらいだから……天然の人間牧場、といったところかな。
しかも、城下で人が病死したり老衰で死んだり事故死したりしたら、その分の魂は余すことなく全てダンジョンへ入る。
正に不労所得。これはすごい。
そして、一番厄介なのが……3つ目。監視能力。
……仮に、というか、多分間違いなくそうだと思うのだけれど……『制圧済みダンジョン』が、レイナモレ王家のダンジョンだとする。
そうすると……『制圧済みダンジョン』の周り2km四方程度は、『ダンジョンの監視下にある』ということになる。
『制圧済みダンジョン』の数も把握しきってはいないけれど……下手したら、レイナモレのダンジョンは……レイナモレ全土を、言葉通りその手中に収めている。
……私がこれからレイナモレを滅ぼすにあたって、これらが障壁になる。
城は当然、一番堅牢に守られているのだろうから、城に侵入して女王様を捕まえてきて殺すことができない。
今のところ、国の精霊を殺す条件に『その国の王を殺すこと』が含まれるのかが微妙に分からないのだけれど、やっぱり殺しておいた方が安心だと思う。
……だから、私はレイナモレの女王様をどうやって殺すかがまず、課題になる。
相手をおびき出すか……或いは、複数のダンジョンを持つ相手に挑んで、真っ向から殺しに行くか。
それから、私のダンジョンを作るのも一苦労だ。
下手したら、レイナモレ中がダンジョンエリアに覆われているような状態。
そんな中、新しいダンジョンを作る土地はあるのだろうか。いや、無い気がする。
……となると、どこかのダンジョンを奪うのが一番現実的なのだけれど、多分、どこか1つのダンジョンを落としに掛かったら、すぐに他のダンジョンから一気に増援が来て、袋の鼠にされてしまうのだろうな、と思う。
というか、レイナモレの国外にダンジョンを作っても、そこからレイナモレを攻めに行ったらどうせそれも同じく袋の鼠だろうなあ……。
ダンジョンは兵力であり、要塞であり、そして移動手段でもある。
やっぱり、ダンジョンが多い、ということはそのまま強さに繋がる。
……ここまで一点集中しているダンジョン群となると、流石に恐れ入るしかない。
それでも私はレイナモレを滅ぼしたい。
だって、ある意味ではとても簡単なのだ。
このレイナモレ、何が一番簡単かと言えば、『精霊の魂を回収すること』。
城がダンジョン。城下もダンジョン。国中、至る所ダンジョン。
こんな状況で、国の精霊の魂を回収し損ねる方が難しい。
確かに、『国を滅ぼすのは難しい』のだけれど、セイクリアナでそうだったように『精霊の魂を回収すること』について苦労することは無いだろう。
国が滅べば、絶対にどこかのダンジョンで精霊の魂も人の魂も回収できる。
そんな効率的な国なのだから、滅ぼさない理由が無い。
……それに、ここを落としてしまえれば、今後、兵力にも資源にも一切困らないような気がするし。
レイナモレを滅ぼした後のことを考えると、まるで宝くじが当たった時のことを考えるような楽しさがある。
当たれば一発大儲け。しかも、宝くじとは違って、運次第じゃない。私の立ち回り次第では十分に『当たり』を引き寄せられる。
その為にも早速、この難攻不落のダンジョン王国をどうするか考えよう。
……あ、滅ぼすまでのことを考えるのも同じぐらい楽しい。
最初にやりたいのはダンジョンの数の把握。
……でも、これを私が歩いて行うのには問題がある。
相手はダンジョンだ。
自分の領域に入って自分の事を嗅ぎ回る侵入者を放っておくわけがない。
……そういう意味では、オリヴァさんと一緒に『制圧済みダンジョン』を見に行ったのも良くなかったかもしれない。まあ、1回程度なら問題ないとも思うけれど。だって相手はレイナモレ中を監視しているはずなのだから、流石に注意が足りなくなりもするだろうし。私みたいなことをする人はいくらでもいるだろうし。
ということで、私が直接ダンジョンを見に行くのはパス。
ではどうするかと言えば、ブラッドバットを飛ばしてみようと思う。
『制圧済みダンジョン』はそう大きくないみたいだから、上空はダンジョンエリア外だろう。
なら、ダンジョンが目視できないぐらいのサイズの、かつ夜に紛れるブラッドバットを飛ばす分にはダンジョンの感知に引っかからずにダンジョンの偵察ができるはず。
……早速、『幸福の庭』に指示を出して、ブラッドバット達を『元・グランデム城』へ移動させて、そこからレイナモレに向けて飛んできてもらうようにした。
そして、集合場所としてジョーレム君を指定。
ジョーレム君に乗ってクオッレ村まで戻ったら、そこからレイナモレの外……クオッレ村から少しグランデム側へ戻ったあたりにジョーレム君を停めて、ブラッドバット達にはそこに集合してもらう。
ジョーレム君自身は発光したりちょっと火を吹いたり変形して伸びたりできるから、ブラッドバット達からも見つけやすいと思う。
それから私はのんびりとレイナモレの観光を行った。お土産も買った。
森の中に建てられた街並みは自然との調和がとても綺麗。
くすんだ赤やオレンジのレンガ造りや漆喰の壁には大体植物が這っていたし、町の至る所に花や樹木があった。果樹が多い印象。石畳は隙間をしっかり草に浸食されていて、それがまた綺麗。
……もしかして、ここもダンジョンだから、頑張って抑えても植物の生長が速い、とか、そういうことなんだろうか。
納得。
それから一応、ここら一帯のダンジョンさんに、私とオリヴァさんの会話を聞かれていて、更に今私が監視されていたら嫌なので、一応……『古い友人』を探した。
「すみません、このあたりにヌルスケという人は居ませんか?」
「いや、そんな名前の人、知らないねえ……」
……一応、ちゃんと探すふりはした。
後で、「引っ越しちゃったのかなあ、それともレイナモレに来る途中で道に迷って到着できなかったのかなあ」なんて独り言も言っておいた。
ダンジョンさん、私は怪しいものじゃありません。
そうして約束の5日が経ち、私は再びクオッレ村へ戻った。
「あー!ラクトちゃん!久しぶり!」
「久しぶり、って、5日間が空いただけじゃないですか」
オリヴァさんは相変わらずだったし、クオッレ村も相変わらずだった。
「人生で一番長い5日間だったな!……で、ラクトちゃん、お友達には会えたの?」
「それが、どうも居ないみたいで……引っ越してしまったのか、そもそも、レイナモレに到着する前に道に迷って、どこか別の場所に住むことにしたのか……とても方向音痴な人だったので、ちょっと分かりません」
「ええっ……そ、それは残念だったな……?」
そしてやっぱりここでもアピール。
ダンジョンさん、私は怪しいものじゃありません。
オリヴァさんに都のお土産を渡して、話して、食事を摂って、別れる。
そして夜はやっぱりジョーレム君で寝る、という事にして、クオッレ村を出た。
少し離れた所まで歩いたら、そこに停まっていたジョーレム君に乗り込む。
……と。
「わっ……早かったね」
ジョーレム君の中は、血でいっぱいになっていた。
つまり、ブラッドバット達がひしめき合っていた。
「……とりあえず、これから皆には仕事をしてもらうから、よろしくね」
ひしめき合いつつも、ブラッドバット達はそれぞれ返事をしてくれた。
……その返事のせいで、益々ひしめき合いっぷりが加速したのだけれど、それはご愛敬。
ブラッドバット達のために、ジョーレム君の中にレイナモレの地図を広げる。
「これから君たちには夜の間に飛んで、この国にあるダンジョンの位置を見てきてほしい。でも、絶対に夜の内に戻ってきて。それから、上空だけを飛んで。地上には降りちゃ駄目だからね」
そして諸注意をしながら、彼らにミッションの通達を行う。
今回の目的は、レイナモレのダンジョンに私の存在を把握させないこと。そして、偵察されていると感じさせないこと。
「のんびりでいいから、慎重によろしくね」
そして、どうせオリゾレッタの方だって時間がかかる。
ここはのんびりやっていこう。
……もし、土地に隙間があったら、そこにダンジョンを作ろう。
そして、そこから陽動用のモンスターを発進させて、その間にどこか1つ、ダンジョンを潰す……。
そんなかんじでいくのがいいかな。
あ、でも、そうなると、一度ダンジョンに戻って『迷宮の欠片』を作ってこなければ。
それから、相手のダンジョンを攻略するとなればどうせ、こちら側のモンスターの兵力も必要になるし、陽動用のモンスターには兵力を割きたくないから、それ用のモンスターも作らなきゃいけないし。
うーん。
……結局。
とりあえず、どこかで一度、ダンジョンに戻らないといけない。
そしてそのためのネックは……オリヴァさん、なんだよなあ。
もしかしてこの人、私の監視のために居るんじゃないだろうか。
あり得るから怖い。
……どこかで早めにさくっとやっておこうかな。




