106話
「はい、いいですよ」
「え、いいの!?え、あ、じゃあ今晩だけってんじゃなくてさ、明日とか明後日とか、今度はもうちょっとちゃんとしたところで食事とか」
「いいですよ。しばらくはレイナモレに滞在する予定だったので」
オリヴァさんが勢いよくガッツポーズして立ち上がり、周りの人が何事かと一斉にこちらを見ることになった。
……普通に考えれば、ここはお断りしておいた方が何かと後々面倒じゃない。
しかし、相手はダンジョンの警備をしている人。
親交を持っておけば、何かと便利、かもしれない。
……それから、まあ、オリヴァさんが、『メイズ』や『メディカ』や『ラビ』の人相を知っていて、その上で私に声を掛けてきた、という事も考えられなくはない。
そうなると、オリヴァさんは単体で動いている、とは考えにくいし……その後ろに組織がまたあるのなら、オリヴァさんでひっかけて一本釣りするのも、1つの手ではあるか。
……どうせ、この国を落とす有効な手段もまだ手探り状態なのだし。
ということで、その日は夜遅くまでオリヴァさんに付き合って色々と雑談し、翌日の約束をして、日付を跨ぐ前に別れて私はジョーレム君で車中泊した。
宿で寝なかったのは、念のための用心。
そして翌日。
「あ、ラクトちゃん。いやー、ごめんね、昨日は遅くまで付き合わせちゃって」
「いいえ。平気ですよ。たくさんお話を聞けて楽しかったです」
昨夜散々飲んでいたにもかかわらず、けろっとしているオリヴァさんと落ち合う。
「えーと……じゃ、行こうか」
「はい。楽しみです」
「楽しい、って程でもないからあんまり期待はしないでくれよ?……ま、ラクトちゃんと一緒なら俺はどこででも楽しいけどな!」
……そう。
早速、「オリヴァさんが警備しているダンジョンを見てみたいです」と言ってみたところあっさりと了承されたため、今日はダンジョン見学をさせてもらう事になったのだった。
『制圧済みのダンジョン』とは、一体どういう状態なんだろうか。
私が最初に居たダンジョンみたいに、魂が枯渇して休眠状態になっているのか、それとも……。
「はい。ここが俺が警備してるダンジョンね」
そして、クオッレ村から馬で20分程の所にそのダンジョンはあった。
見た目は、小さな洞穴。入り口が少しだけ石材で整えられている。石の柱が2本、入り口の両脇に立っていて、その片方に旗が括りつけてあった。
旗の紋章は多分、レイナモレ王家の紋章なんだろう。制圧済み、の名にふさわしいのかもしれない。
そして入り口には警備の人が2人立っている。2人とも、とても暇そう。……少なくとも、警戒している、という雰囲気じゃない。ただ立っている、というかんじ。
「……静か、ですね……中、どうなってるんだろう」
「まあ、中に魔物も居ないしな。中、入る?」
「えっ、いいんですか?」
そしてまさかの、内部への侵入のお誘い。
誘っておいて中で殺す、とかも考えられるから、一応警戒はするに越したことはないけれど……それでも、制圧済みダンジョン、を見る絶好のチャンス。ここは乗ろう。
「いいのいいの。……つっても、何も無いんだけどね。だから見せられるって訳で……おーい、カスタ、ノーセ!」
そう言いながらオリヴァさんは私の手を引いて、ダンジョン前の警護の人達の方へ向かっていく。
「……おい、オリヴァ、お前今日、非番じゃなかったか?」
「あれ、そちらのお嬢さんは?」
「この子はラクトちゃん!昨日、酒場で恋に落ちた!」
……あんまりな紹介をされつつ、警護の人達にちょこっと会釈しておいた。
「昨日、恋に、って……お前、本当に学習しねえなあ……」
「あー……ラクトさん?オリヴァが何かしでかしたら、容赦なく引っぱたいてやっていいから……」
……そして、あんまりな事を言われつつ、とりあえず愛想笑いを浮かべておいた。
「じゃ、行こう。……本当に何も無いけどな?」
それからオリヴァさんは警護のカスタさんとノーセさんと少し話した後、早速ダンジョンの中へと入っていった。
「お邪魔します……」
なんとなく、これから攻略する訳でもなくダンジョンに入る、というのは初めてなものだから、少々緊張する。
「ははは、そんなに緊張しなくたって、魔物も居ないし、罠も封じてあるから大丈夫だって」
……緊張の1つの原因は、オリヴァさんである。
一応、いつ襲い掛かられても返り討ちにできるように警戒は怠らない。
ダンジョンの中は、天井や床を少々整えただけの洞穴、といった風情。入り口そのまんまな印象。
最初に直進、それから右折、左折……そして。
「はい、終点。……な?ホントに何も無いだろ?」
……最後に、小さな部屋があって、小さな石の祭壇のようなものがあって、終わり。
「……せ、せまい」
「あー……うん。な。狭い。狭い上に何も無い。……だからデートスポットには不向きなんだよな……うん、ごめんねなんか」
本当に、何も、無かった。
……しかし、何も無い、というのは、ダンジョンとしては……どうなんだろう。
1つ考えられるのは、『このダンジョンは休眠中』だということ。
私が初めて最初のダンジョンにやってきた時、あのダンジョンは休眠中で、玉座の部屋が隔離された状態になっていた。
だから、休眠中のダンジョンなら、確かにここが『何も無い』のも頷ける。その場合は玉座の間が隔離されて、壁の向こう側にあったりする訳だから。
……けれど、その場合、『休眠中のダンジョンはどうやって目覚めるのか』が問題になる。
私は本当にたまたま(だと思うのだけれど)あのダンジョンの、あの玉座の部屋にやってきた。
つまり、あの部屋にどうやって入ったか、分からない。
……でも、玉座の部屋に入らないと、そもそもダンジョンを目覚めさせることもできない訳だ。
うーん……。そんなシステムになっていたら、ダンジョンは休眠したが最後、ほとんど目覚めることができない、ということになる。
……勿論、それは『外から玉座の部屋に入ることができない』場合のみの理論。
このダンジョンのどこかの壁が破壊可能オブジェクトだった場合、それは成り立たない。
けれど、それならば『制圧している』のにその破壊可能な壁を発見していないことは不自然に思える。
不可解なことはまだある。
何よりも不可解なこと、それは、『こんな場所を警護する意味が無い』こと。
ダンジョンを警護している理由も、『ダンジョンの事をよく知らない人が必要以上にダンジョンを恐れて』という理由づけはできない。
何故なら、『ダンジョンを制圧』なんてしている以上は、『よく知らない』訳が無いから。
……つまり。
このダンジョン、裏に何かある。
とりあえず、非常に興味深い『制圧済みダンジョン』の見学を終えてからオリヴァさんとクオッレ村に戻り、喫茶店で軽食とお茶を摂った。
「まあ、これでこの国に冒険者が少ない理由も分かったと思うけど……なんかごめんね、退屈じゃなかった?」
「いいえ。あんなダンジョン、初めて見ました。ダンジョンを制圧するなんて聞いたことも無かったんですけれど、制圧に成功するとああなるんですね」
「あー、ラクトちゃん、ダンジョン好きなんだ?まあ、ラクトちゃんが楽しかったならよかった。俺は楽しそうなラクトちゃん見られて満足だしな!」
オリヴァさんはダンジョンには退屈だったみたいだけれど(暇な警備の仕事をずっとしている職場そのものなんだから、それはそれは退屈だったと思う)、私にとっては有意義な時間だった。
「ちなみに、レイナモレには他にも制圧済みのダンジョンがあるんですよね?他もあんなかんじなんですか?」
「あー、全部あんなかんじだな。洞窟じゃなくて小さな祠だったり、地下に階段があったり、とかは色々だけど、大体あんなかんじ。狭さも全部あんなかんじ」
うーん、成程。
ということは……オリヴァさんが故意に嘘を吐いていない限りは、『ダンジョンの裏にある』ものは相当大きいと思っていい、か。
「私、明日ちょっと都の方へ行ってきます」
ならば、善は急げ。
できる限り早く、ダンジョンの裏にあるものを知りたい。
さもなければ、私がダンジョンをやるにも『裏』が怖くてやってられないから。
「えー、明日、かあ……俺、明日と明後日は仕事なんだよなあ……明々後日以降じゃ駄目?そこからは4日ぐらい空いてるんだけど」
駄目。
オリヴァさんに着いてこられたら何かと面倒なことをしに行くから。
「古い友人に会いに行きたくて。ついでにそこに泊まってこようと思うんです」
ということで、適当に言い訳して、最終的には『5日後にまたクオッレ村で落ち合う』ということにして、話を切り上げた。
……よし。
やっと、『ダンジョンの位置を探す魔法』の出番だ。
翌日、私はクオッレ村を出て、レイナモレの都の方へ向かう。
道中は森だ。
道があまり良くないけれど、ジョーレム君ならどんな悪路でも問題なく通行できる。だってジョーレム君だから。
……そして、適当に進みながら、その都度『ダンジョンの位置を探す魔法』で香炉から煙を出して、ダンジョンが近くに無いか探した。
その結果、昨日オリヴァさんと見に行った制圧済みダンジョンと同様に見張りの人が立っている小さなダンジョンを見つけたけれど、他に収穫は無し。
制圧されていない(つまり、人に見つかっていない)ダンジョンがあればいいな、と思っていたけれど、それはちょっと、望みが薄いか。
そんなこんなで、1日経たない内に都へ到着した。
都に入る前に一度、『ダンジョンの位置を探す魔法』を使って、念のためダンジョンを確認。
……すると。
「都の方……反対側?」
煙はふわふわと、都の方……遠くからでも見える、レイナモレの王城の方向へと、流れていったのだった。
新しいダンジョンを見つけた。
……制圧済みかもしれないけれど。
都に入る前に、ダンジョンを探すことにした。
さっきの煙を頼りに、都の反対側の方へ回ってみる。
「……無い」
が、ダンジョンらしきものは見つからない。
入り口が巧妙に隠されたダンジョンなんだろうか。
仕方がないから、もう一度『ダンジョンの位置を探す魔法』を使う。
ここからはもう、煙を出しっぱなしにして、煙を頼りにダンジョンを探すことにしよう。
……しかし。
ここで予想外な事が起きた。
香炉から流れる煙は、またしても、レイナモレの都の方へ流れていった。
そして、都へ近づいても、近づいても……ついには、都の中に足を踏み入れても、都の中心……王城の方へと、煙は流れていくのだった。
……これは……。




