104話
ちょっと湖の通路を戻ってみたけれど、やっぱり湖があるだけ。
もう一度通路の先に戻ってみたけれど、やっぱり玉座があるだけ。
……川の精霊らしきものは見当たらない。
「川の精霊様ー」
呼んでみても返事は無い。
「川の精霊様ー、いらっしゃいますかー」
……返事は無い。
そこでふと、思い出す。
よくよく思い出してみたら、私はまだ、精霊を名乗る奴とは1回しか会っていない。
テオスアーレの国の精霊の1回きり。
……でも、あれって精霊が魔力を使って無理矢理テオスアーレ国王に乗り移っていたみたいだったし。
……つまり。
精霊って、もしや、見えないのでは?
しかし、見えないなら見えないで、ちゃんと『最奥まで行けば精霊様が願いを叶えて下さる』の部分の仕掛けがありそうなものなのだけれど。
……もしかして、この玉座の部屋、終点じゃ、ないんだろうか。
疑う分にはそんなにリスクも無い。
とりあえず手始めに、玉座に向かって《フレイムピラー》。
「きゅーっ」
すると、玉座は悲鳴らしきものを上げてとろり、ととろけて透明な水の塊になって、そのまま床へ吸い込まれてしまった。
……これは。
《ラスターステップ》で宙に浮くと、間一髪、私がさっきまで立っていた床は消え失せ、その下には奈落と奈落へ流れ落ちる水が見えた。
そして。
「きゅるるるるるる!」
奇妙な鳴き声のようなものが響いたと思ったら、さっきまで床だった透明な水の塊が、奈落の底から襲い掛かってきた。
《ラスターステップ》や《オブシディアンウォール》が無かったら、勝ち目が無かったと思う。
一応、壁周りから生える水晶の結晶が足場になるようにはなっているけれど……こんな狭くて滑りやすい足場で戦うなんて、やりたくない。どうせ相手は水なんだから、それこそ、自由自在に動いて侵入者を奈落の底へ落とすように戦うのだろうし。
奈落の底……多分、B4Fぐらいまで一直線にぶち抜いてあるのだろうけれど、かなり深い穴。当然、落ちたら即死だと思う。
成程、このダンジョンの最後のトラップがここだったんだろうな。多分。
さっきの透明な水の塊のモンスターは多分、自由自在に形を変えられるんだろう。
だから、『川の精霊様』を作りだしてみせることもできるし、『願いを叶える』ことだって……願いによっては可能だろう。
私の前に玉座の部屋を作ってみせたのは、私の望むものを読み取って映す能力があるからかもしれないし……私がダンジョンだと、気づかれているからかもしれない。
透明な水の塊との戦いは、そんなに難しいことじゃなかった。
襲い掛かってくる水の塊を《フリーズ》で凍らせれば、全身を凍らされることを恐れてか、透明な水の塊は凍らされた自身の体を切り離して捨てた。
勿論、切り離された氷は奈落の底に落ちて、やがて溶けてまた本体に回収される……という算段だったのだろうけれど。
「おーらいおーらい」
「ぷきゅるーっ!?」
私はそれを《ツイスター》や《オブシディアンウォール》を使って拾っては、《ラスターケージ》の中に回収していく。
光の檻の中に氷の塊を放り込んで、蓋をする。
時々《フリーズ》を掛け直してやれば、閉じ込められた水はもう出てこられない。
私はこうして、透明な水の塊を切り分けては閉じ込め、切り分けては閉じ込め……ついには、すっかり水の塊を小分けにしてしまった。
どうせこのダンジョンを手に入れてしまえば、このよく分からない水のモンスターも私の支配下に入る。
水のモンスターを小分けにして閉じ込めるだけ閉じ込めてしまったら、もう放っておいて先へ進むことにした。
水晶の結晶がぐるりと生えているのを辿っていくと、壁の一画が分かりづらいながらも隠し扉になっているのが分かった。
慎重に扉を開けて中へ入ると……。
「き、来ましたね……!ここまで来るとは、大したもので」
中には綺麗な銀髪の女の人が居た。
「川の精霊様ですか」
一応、聞いてみた。
「は?……え、は、ええ。そうです。私こそがこの川の精霊です!」
成程。
……ちなみに、奥には玉座や魔法陣、壁掛け鏡等々、玉座の部屋の内装が見える。
その奥に、ミントブルーに輝く砂時計型オブジェを見て、私はふと、思いついた。
……うん。よくよく考えれば、『誰の物でも無い休眠中のダンジョン』で最初のてるてるさんが死んだときも魂が回収されていた。
なら、別に……後から乗っ取ってしまえるのなら、私ではないダンジョンで人が死んで魂を回収されたって、何ら問題は無いのでは?
「ですから人間よ、あなたの望みを叶えて差し上げましょう!さあ、何が望みですか?」
つまり、ここでこの人を殺してしまっても、何ら問題は、無い。多分。
「このダンジョンと、あなたの魂」
自分の中で結論が出て嬉しくなりつつホークとピジョンを構えれば、目の前の女性は顔を引きつらせた。
さて。
銀髪の女性をさっくりと殺してしまうと、砂時計型オブジェが稼働し始めた。
砂時計の上の部分に魂が溜まっていく。……大雑把な目盛りで確認したら、大体150万ポイント分ぐらい増えたみたい。
玉座に腰かける。(一応、ちゃんと玉座が罠じゃない事は確認した。)
そしてミントブルーの魔法陣がいつもの薄青に変わって、ダンジョンが私に成っていくのを確かめながら、ダンジョンの確認もしていく。
このダンジョン『清流の洞穴』は、カドランの町の上流に位置するダンジョン。
私が実際に体験した通り、水流を活かした地系トラップが主な戦力。
内部には『魔水晶窟』があって、光る水晶を産出している。
主なモンスターは妖精や、さっきの水のモンスター……『デザイアミラー』、それからケルピー。
つまり、水に関係するモンスターばかりを取り揃えてあるような状態だった模様。
このダンジョンは殺すことよりも阻むことを目的に作ってあったみたいだから、そんなに手を加える箇所は多くないと思う。
それから、深夜になって侵入者が途絶えたところを見計らって、ダンジョンの改装を行った。
……とは言っても、改装するのは主に、例の奈落の穴の続き。
奈落の穴部分にあった隠し扉は封鎖して、玉座の部屋は奈落の穴の底から繋げる。
そして、奈落の穴の底には、しっかりとトラップを仕掛けていく。
これで今までのダンジョン部分を損なうことなく、防衛力を上げることができる。
まずは奈落の穴の壁面を改装して、もう少しちゃんとした下り螺旋階段を付けた。
ちゃんと、人が通って下りられるように。下りることを躊躇しないように。
……そして、そんな下り階段が取り付けられた壁面に滝が流れ落ちるような手動トラップを取り付ける。
落ちてきた人が刺さるよう、奈落の底にはミスリルの剣山をたっぷりと仕掛けておくのも忘れずに。
つまり、のんびり階段を下りていたらいきなり水が降ってきて奈落の底へ叩き落とされて剣山に刺さる、という仕組み。
奈落の底へ生きて到達したら、次の部屋が待ち構えている。
……次の部屋は、人数制限のある迷路。迷路へは迷路の天井から入る。
迷路の9割9分を満たすのは水。
迷路の中はほぼ完全に水没していて、所々、内側から突起した天井に空気があるだけ。
つまり、あまり多くの人が入ってしまうとその分水位が上がって、空気が突起上部の穴から押し出されて無くなり、迷路の中で呼吸ができなくなる仕掛け。
ある種、最初のダンジョンの『9本の道』みたいなトラップかな。
ただ、9本の道とは違って、うっかり入り方を間違えたらそのまま全員迷路の中で詰まって溺死、ということがあり得る、ということ。
どうせこのダンジョンでは目いっぱいダンジョン自体へ経験値を割り振りたくなるだろうから、それでも全然構わない。
水没迷路の先には、当然ながら戦闘スペースがある。
鉄砲水トラップや滝トラップ、水牢トラップ等々、ダンジョンの特色を生かしたトラップを数多く設置。
それから、壁には水晶の剣山をたっぷりとあしらって、装飾と武装を両立。
水晶の剣山の間には、目立たないように毒矢のトラップが設置されている。水晶が光っているから、壁トラップが目立たなくていいね。
……そして、そんなバトルフィールドを守るのは、私ではない。
さっきの水のモンスター『デザイアミラー』と黒鋼ゴーレム……を素材にして作ったキメラドラゴン。
水でできたボディに、黒鋼の鎧。
ちょっぴり不定形な、とっても強いドラゴンである。
キメラドラゴンは、素材にしたモンスターの強さで大体強さが決まるらしい。
寄せ集めで作ったドラゴンよりは、丸ごとモンスターを突っ込んで作ったモンスターの方が強い。
そして当然、同じ水でも、水スライムから作ったキメラドラゴンよりは、デザイアミラーで作ったキメラドラゴンの方が強い。
今回はそんなに期待していなかったのだけれど、期待を超えてかなり強いドラゴンができた。
まず、本体が水だから、物理的な攻撃はほとんど効かない。
今回私がやったみたいに閉じ込められそうになったら、魔法に強い黒鋼を使って魔法を防いでしまえばいい。
キメラドラゴンにしてしまった弊害で、デザイアミラーが元々持っていた『相手の望むものを映し出し、その形になる』能力が弱まっているけれど、その分、自由自在に動くボディと黒鋼の鎧、そして何より、ドラゴンの端くれとしてのパワーで侵入者を撃退してくれることだろう。
「よろしくね」
水キメラドラゴンは、嬉しそうに尻尾をばしゃばしゃさせていた。
……一応、更にこの部屋の奥に、玉座の部屋までのワンクッションを置いてある。
ワンクッションの小部屋には、天井にみっちりと巨大スライムを設置してある。
更に、巨大スライムの為に落とし穴も設置。侵入者を拾ってそのまま落とし穴に落ちて緊急避難も可能。
これで、防衛部分は大体大丈夫、だと思う。
そして最後に、このダンジョンの要、『水質汚染』部分を作った。
このダンジョンは、水を生み出してダンジョン外に流し、川に合流させてそのまま水をカドランの町や都に向けて流している。
つまり、このダンジョンで生み出される水に色々混ぜればいいんじゃないか、ということ。
玉座の部屋の上にある『水石(最大)』が複数個設置された部屋、つまり水源になっている部屋がある。
なので、まずはそこに『毒石(特大)』を複数個設置。
それから、水源部屋の隣に部屋を増設して、そこにいままでのダンジョンで手に入れてきたゴミ(人間の死体だったり、町に残された残飯とかだったり、とにかく徹底してゴミ)を大量に運び込む。
これにはまたしても『王の迷宮』のゴーレム達のお世話になった。
……そして、集まったゴミは『火石(極小)』が散りばめられた部屋の中で程よく温まって腐敗して、とにかく色々と大変なものを生む。
大変なものができたら、それを『跳ね上がる床』や『動く床』等々、ダンジョン内のトラップを駆使して水源へ放り込んでいく。
……すぐにはどうにもならないだろうけれど、地道に続けていけばきっと、どうしようもないレベルでの水質汚染になってくれるはず。
多分。
さて。
こうなったら私は当分、オリゾレッタでの仕事は無い。
『清流の洞穴』で水を汚染して、『清流の洞穴』をどうにかしようとしてやってくるであろう侵入者を阻み、汚染された川の下流に居る人達をお引越しさせる。
人々がお引越しする先は間違いなく、アドラットの町だろう。あそこは水源が別だから。
……そうしてアドラットに人が増えたら、アドラットの町の4番通りのお屋敷ダンジョンで国の精霊の魂を回収すべく、町を滅ぼせばいい。
つまり、あとは川が汚染されて人が住めなくなって引っ越していくのを待つ時間が必要なだけ。
……逆に言えば、結構長い時間が必要になると思う。
様子を見て、途中で水質汚染源を増やしたりするつもりではあるけれど。
だから私はその間、並行処理でレイナモレにも手を出していこうと思う。
どうせこっちは時間がかかる。
その間に手を広げて、できることをしておこう。




