103話
川をさかのぼって進むと、次第に町の姿が見えるようになってくる。
それと同時に、町の背後には山が見えてくる。
川の上流なのだから当然と言えば当然か。
カドランの町は、そんな山の麓にあった。
山の麓らしく、あまり平らではない土地を切り開いて作った町なのだろう。全体的に街並みは高低差が激しく、町中階段だらけというような印象を受ける。
山から流れる川にはいくつもの水車が回っていて、きっと水車小屋では粉を挽いているのだろうと思われた。
そんな、のどかで、かつ、十分に活気づいた町だった。
「ダンジョン?ああ、『清流の洞穴』?それなら山に向かって行けばすぐよ。最近はちょっと、行く人が減ってるけど」
流石は活気づいた町、といったかんじ。
食堂に入ってダンジョンについてウェイトレスさんに尋ねれば、すぐに活発な答えが返ってきた。
『清流の洞穴』というぐらいだから……きっと、さぞ、水質汚染するに相応しいダンジョンなのだろう。とても楽しみ。
「綺麗で魔力量の多い水晶と、最高の霊水が採れるダンジョンなの。それにとっても綺麗な場所よ。入ってすぐぐらいのところまでなら安全だから、デートスポットにもいいわね。私も彼氏と行った事あるわ」
デートスポットにされるダンジョン。
……新しい。
でも、ある意味ではとても有用な手段か。
奥まで進まないにしろ、一定以上の人が訪れては去っていく。それだけで魔力の回収はできる。
水晶を産出するダンジョンなら、水晶を生産する時間短縮のためにも、人がたくさん来てくれた方がありがたいだろうし。
「それから、水の妖精が住んでいるのも人気ね」
「水の妖精?」
「そ。妖精。とってもカワイイの!……でも、妖精を追いかけていくと、急流に落ちて流されることもあるみたい。気を付けてね」
妖精。……なんとなく、ランタンに入っていた妖精を思い出してしまう。
追いかけて急流に落ちて流される、というところまで込みで。
「それから、これは噂なんだけど……ダンジョンの一番奥には、川の精霊様がいらっしゃるんですって」
ほう。
「会えたら願い事を叶えてくれる、って噂なのよ。……なんだかロマンティックよね!」
それは、とてもロマンティック。
……川の精霊っていうのだから、国の精霊よりは魂量も少なそうだけれど、期待できないことも無いよね。
うん。とっても、ロマンティック。
ご飯を食べたら、早速『清流の洞穴』へと発つ。
食堂で聞いておいてよかった。聞いていなかったら、ダンジョンの場所が分からなかったかもしれない。
……ダンジョンは、極々自然な雰囲気で山に溶け込んでいた。
山肌に慎ましやかに開いた洞穴からは綺麗な水が流れ出て、その横にある大きな川に合流している。
これが、『清流の洞穴』なのだそうだ。
内部に入ると、洞穴の中は案外広くなっていた。
しかし、狭い入口に反して中は案外明るい。
水に濡れた壁や床から生えている水晶が光を放ち、洞穴内を薄明るく照らしているから光源には困らなさそう。
洞穴の奥深くからは水が流れてくる。岩肌に反響する音から考察するに、多分、奥の方には滝かそれに近い激流があるんだろう。
……とても綺麗なダンジョンだなあ、と思わされるダンジョンだった。
水の流れの横、濡れた岩の上を歩いて、奥へと進んでいく。
時々、岸が水没していたり、薄く水が流れていたりしてはいるけれど、そんなに苦労なく洞穴の奥へ進んでいける。
少し奥へ進むと、水流から離れた方へ洞穴が伸びて、小さな部屋を作っているのを見つけた。
ちょっと覗いてみると。
「……うわあ」
思わず声が漏れる程度には、綺麗な部屋だった。
光を放つ水晶が冷たい色の光で部屋の中を明るく照らして、洞穴の天井には水の波紋のような模様が光で描き出されては形を変え、消えてはまた描かれていく。
そして、部屋の中にはそんな水晶の小さな欠片がいくつか落ちていて、それを拾う人達が何人か居た。
拾い上げると、透き通った水晶の欠片はほんのり輝いて、成程、確かにすごく綺麗だ。
くすくす、と笑う声がした気がして見てみたら、水晶の上に、透明な妖精が1匹座っていた。
水でできているかのような妖精は楽し気に笑っていたかと思うと、ちゃぷん、と音をさせて水になって、床の水たまりへ消えてしまった。
少し休憩してから、また奥へ進む。
奥へ進むうちに岸は狭まり、水の流れは激しくなってくる。
しかし、それと同時に時々ある小部屋の水晶は大きくなり、落ちている水晶も大きな欠片になってくる。
……多分、奥へ進めば進むほど厳しい道になって、それと同時に得られる水晶も質の良いものになっていくんだろう。
冒険者は自分の力量と合わせて考えて、限界を超えない地点まで進んで水晶を採るんだろうな。
奥へ進むにつれて、ダンジョンはダンジョンらしくなってきた。
それほど多くのモンスターが出てくるでもなく、落とし穴や剣山といったトラップがあるでもない。
では何があるのか、と言えば、水流。
……水流は水しぶきを上げながら洞穴内を流れていく。激しい流れは周りの岩肌を濡らして、滑りやすい足場を生み出していた。
洞穴内に入って少し進めば、流れは激流へと変わった。これでは川の流れを泳いで渡ることはできそうにない。
更には、流れの底には鋭く尖った水晶が設置されている。落ちて流されたら、たちまちぼろ雑巾みたいになってしまうのだろう。
……そして、何より、地形。
ダンジョンならでは、と言うべきか、このダンジョンの地形……道、足場、そういうものは、かなり意地の悪い設計になっていた。
激しい流れの上に、飛び石のように設置された足場。
足場は、ジャンプすれば届く距離で設置されている。つまり、ジャンプしないと届かない距離。
当然、これらの足場もまた、水に濡れて苔むして、滑りやすい足場になっているのだ。
そんな場所にジャンプして乗らなくてはならない。これは中々に酷い。
さらに駄目押しとばかりに、妖精がここで出てくる。
笑いながら飛んできた妖精は足場の上の水たまりに落ちて一度溶け、そして、冒険者の足が足場の上に来た瞬間にまた水たまりから出てくるのだ。
冒険者の足を押しのけるようにして。
……これは、中々、やりよる。
……さて、当然だけれど、この天然(なのか人工天然なのかは分からないけれど)のダンジョンを、真っ向から攻略する必要は無い。
足場が悪いなら、足場を使わなければいい。
……当然のように、《ラスターステップ》で移動した。
じゃないと、ガイ君のサポートがあってもひやりとする場面が何回かあったのだ。
とてもじゃないが、最奥へなんて、辿り着けそうも無い。
滑る足場や激しい水流、そして妖精といった天然(っぽい)トラップにすっかり慣れた頃、洞穴が急に開けて、目の前には滝が轟々と流れる光景が広がった。
洞穴の中に滝がある。
……水晶の光にライトアップされた滝は中々綺麗で見ごたえがある。洞穴の中、という不思議なかんじも相まって、精霊が居てもおかしくない雰囲気。
案の定、滝の裏側には通路があった。
一気に歩きやすくなった道は、しかし濡れていて滑るのは相変わらずだった。だから不精して《ラスターステップ》に乗っかりながら進む。らくちん。
……そんな進み方をしていたら、唐突に《慧眼無双》が罠を捉えた。
ごつごつした天然(っぽい)岩の床が帯状に、一列しっかり落とし穴。普通に歩いていたら絶対に引っかかるように設置されているわけだ。
しかも、落とし穴の下には、鋼鉄の剣山も設置されているらしい。
これはもう、殺しにきている。油断させておいて、慣れさせておいて、そこにいきなり不自然なトラップ。
ここまで普通に来たら、相当疲れて集中力も切れかけだろう。
正に、そういった侵入者を殺すに相応しいトラップだ。
……気を引き締めていこう。
多分、この先が最奥だ。
奥へ進むと、急に視界が開けた。
そして、そこには……ただ、湖が広がっていた。
なのでとりあえず、湖に《フリーズ》を使って、湖の表面を一面凍らせた。
「ぴきゅーっ!」
なんともいえない悲鳴が響いたと思ったら、湖面の氷が割れ、中からケルピーが出てきた。
ケルピーは、魚の尾を持つ馬のモンスター。体が水でできている。乗せた人間を水の奥へ引きずりこんで殺す習性を持つらしい。
……私がドラゴン翼の馬キメラを作ったときに没にしたモンスターの1つだ。
「ぷぎゅっ」
「ぴぎゅっ!」
ケルピー達は、凍っていく湖を割って、『凍らされちゃたまらん』とでもいうように次々と陸に出てきた。その数、10頭以上。
これらをまともに相手していたら大変なので、仕方ない。
今度は床に《フリーズ》。リリーに全力で撃ってもらう。
「ぴゅっ!?」
凍っていく床に巻き込まれて、ケルピーの何頭かは脚を凍り付かせた。
水の中でなら逃げられたケルピー達も、陸に上がったところを狙われたら駄目だったらしい。
足が凍ったケルピーを狙ってホークとピジョンを振れば、元々が水でできていたケルピーの足は簡単に砕けた。
……そうして、「ぴぎゅぷぎゅ」と五月蠅いケルピー達の声が響く中、凍らせて砕いたり、逆に燃やして蒸発させたりして、ケルピー達を葬っていった。
水の馬のモンスターだから、物理的な攻撃には相当強かったのだと思う。
魔法の類を使えてよかった、といったところかな。
すっかりケルピーが居なくなったところで、さて、私は困ってしまった。
川の精霊とやらがでてくる気配は無いし、かといって、周りに通路があるわけでもない。
ここに来るまでに分岐も隠し通路も無かった。
……そして、湖の底に、通路が見える。
あれが、玉座の部屋への入り口、なんだろうなあ……。
仕方がないから、湖を凍らせては氷を切り出して運び、切り出して運び、《オブシディアンウォール》で壁を作り……。
湖の中に、通路を作った。
潜ったら敵の思うつぼだと思うから。
そうして通路ができあがった。
湖の水を2つに割って底まで続く通路を歩けば、モーセにでもなった気分。
通路の先、湖の底の通路に入って、奥へ奥へと進むと……そこには。
「……あれ、精霊は?」
そこには、何事もなく、ただ、ミントブルーの魔法陣が広がる、玉座の部屋があったのだった。
……川の精霊は?




