102話
常闇の洞窟は、あまり構造を変えない事にした。
今入ってきている人達が惜しいから。
こう頻繁に侵入者があるのだから、それを失うのはもっと先でもいいだろう。
……ということで、改装はモンスターの補充と宝箱の中身の強化、それからB5Fの増築に留めた。
その代わり、B5Fは徹底的にトラップだらけにしたし、B4Fまでの暗闇を活かす仕掛けにした。
……つまり、眩しすぎるB5Fにした。
私はダンジョンだから目を閉じていても内部の様子が分かるから、目を閉じながら戦えばいい。
装備モンスター達も、目があるんだか無いんだか分からないのばっかりだから、眩しいのは苦にならないらしい。(むしろムツキ君は強い光をとても喜んだ)
よって、壁も天井も床も鏡。罠も鏡面加工のぴかぴか仕上げ。
そして動き回る複数のスポットライト。回るミラーボール。
……普通の人だったら、多分、目を開けていることすら、困難。
さて、『常闇の洞窟』を改装したところで、早速、次なる目的地を目指して出発した。
どちらを先に攻略し始めるかはもう決めている。
先に行くのは、オリゾレッタ。
……何故かと言うと、レイナモレが薬の特産地だから。
オリゾレッタまでは、そう遠くなかった。
元々、『常闇の洞窟』がセイクリアナの都からかなり離れた場所にあった事が幸いして、ジョーレム君でほんのちょっと移動しただけで、オリゾレッタの端の村、リネア村に到着した。
ここからはジョーレム君を馬車モードに変形させて、馬車のふりをさせてのんびり進む。
村には『常闇の洞窟』に来たと思しき冒険者風の人達が何人か居た。
一気に豪華になったお宝に釣られて、もっと多くの人達が来てくれることを期待。
村に入ったら、適当な食事処に入った。
他の冒険者風な人達もまばらに居る。きっと『常闇の洞窟』の他にも、この近くにダンジョンがあるのだろうと思われた。
「すみません、茸のシチューのセットを1つ。それから、この近くにあるダンジョンを教えていただきたいのですが」
「あそこに貼ってあるのを見な」
食事処のカウンター席に座り、向かいに立つご亭主に尋ねると、ご亭主は壁を示した。
食事が用意されるまでの間にその壁を見に行くと、そこにはオリゾレッタの地図が貼ってあった。
『常闇の洞窟』の他……あとは適当に離れた位置に2つ。今回はあんまり関係がなさそう。
やっぱり、テオスアーレみたいに、都の真ん中にダンジョンがあるようなのは滅多にないんだろうな。
「だがなあ……最近はあんまり、ダンジョンも繁盛してないね。ちょっと前まではこの店も、席が全部埋まるぐらいは冒険者が来ていたんだが」
「それは、何故?」
嫌な予感がしながら聞いてみたら、予想通りの答えが返ってきた。
「そりゃ、セイクリアナが滅びた原因がダンジョンだって言うじゃねえか。それに、その隣のテオスアーレも。……ってなりゃ、なんとなくおっかねえからなぁ」
……うん。
まあ、そういうこともあるだろう。
私は食事の用意ができるまで、地図を見て考えて、それから、シチューとパンのセットを食べながらも地図を眺めて考えて、そして、食べ終わってお勘定を終えてからまた地図を見て……そして、大体、ダンジョンを作る位置を決めた。
オリゾレッタには、2つの村と3つの町、そして都がある。
村はこのリネア村と、クルヴァ村。
町はカドラン、アドラット、レクタール。
……そして、このオリゾレッタには、2本の川が流れている。
1本は都とカドランの町を通り、途中で枝分かれしてクルヴァ村とレクタールを通る。
もう1本は、アドラットとリネア村を通っている。
なので今回、私は、都と1つの村、2つの町を通る川を水質汚染しようと思う。
食事を終えてリネア村を出たら、とりあえず都へ向かった。
リネア村からジョーレム君で半日……多分、普通の馬なら1日くらいの道だと思う。
道中で何度か立ち止まって、『ダンジョンを見つける魔法』をやってみたけれど、隠れているダンジョンは無い模様。
何はともあれ、私はオリゾレッタの都に到着した。
そして、お城の周りをぐるっと回って隙が無い事を確認。隙があったらお姫様や王様を誘拐しようと思ったけれど。
それから、都の中でも『ダンジョンを見つける魔法』をやって、ダンジョンが無い事を確認。
横取りされたら嫌だから、ここはちゃんとしておきたい。
その日はオリゾレッタの都で1泊して、翌日、私は都を発って、また移動。
目指すのは川の上流……ではなく、アドラットの町。つまり、都とは別の水源を使っている町だ。
都からアドラットの町までは、ジョーレム君で1日程度。つまり、普通なら2日ちょっとの行程だと思う。
ここでも『ダンジョンを見つける魔法』をやってみたけれど、近くにはダンジョンが無い。
ダンジョンはもう片方の川の方……つまり、レクタールの町の傍と、カドランの町の傍に1つずつ、そして『常闇の洞窟』があるだけだから。
そして、アドラットの町を見て回り、町はずれの開拓途中の土地を見つけた。
人がたくさん押し寄せてきたらこの辺りも売れるんだろうなあ、と考えながら、適当な土地を見繕う。
半日かけて街の中を歩いて、『逃げてきた人たちがどこに収まるか』を頭の中で考えて、人口のバランスを予想して……。
……そうして、私は1つのお屋敷に目を付けた。
中央から少し開拓方面に寄った通り……つまり、大通りから3本ほど離れた通りにある、瀟洒でありながら堅牢な印象のお屋敷。
うん。
ここをダンジョンにしよう。
「すみません」
からり、とベルを鳴らしながら店内に入ると、しっとりと古めかしい匂いの空気が頬を撫でた。
店内は空気同様、古めかしく、しかし、不快な印象ではない。
『綺麗に年をとった』ような印象のあるお店だった。
「はいはい、すみませんね。と。ええと、どのようなご用件かしら?」
そして、奥から出てきたのは老婆だった。お店の風景に溶け込むような、やはり古めかしい印象の人。
「そちらで管理されているお屋敷を買おうかと思っていて」
早速、用件を伝えると、老婆は、お屋敷、お屋敷……と数度口の中で繰り返してから、手を叩いた。
「ああ!もしかして、4番通りのお屋敷かしら!?」
「はい」
老婆は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「あらあら!あそこもようやく日の目を見る時が来たわね!……なにせ、あのお屋敷は大きいし、古いし、今まで買いたいって言ってくれる人が居なくてねえ……でも、そういう事なら嬉しいわ。一応、お屋敷の中を見てみるかしら?」
「是非お願いします」
ということで、不動産屋の老婆と一緒に、4番通りのお屋敷(ダンジョン予定地)を見に行った。
老婆が古めかしい鍵でお屋敷の門を開け、中へ入れてくれる。
「さ、どうぞ。……とはいっても、まあ、ご覧の有様だけれど」
屋敷の中は、致命的な破損こそないものの、全体的に古びて、汚れていた。
さっきの不動産屋の古めかしさとは違う……『老衰』っていうかんじの古さ。
「でも、広い事は広いし、建てる時もかなりしっかり建てたものみたいだから、まだまだ十分使えるわ。お掃除が大変でしょうけれど、それさえ乗り越えればとても素敵なお屋敷よ」
室内の調度などは、そこそこ整っていた。
それこそ、本当にお掃除さえできれば、すぐにでも住めるぐらいに。
「素敵なお屋敷ですね」
「でしょう?……ああ、でも、お嬢さん1人で住むには少し広すぎるのかしら」
……ダンジョンとしては、広いのは願ったり叶ったりなのだけれど。
「そうですね。少し、広いかも。でも、ここが気にいったのでここにします」
老婆は少し心配していたようだったけれど、『ここが気にいった』と主張すれば、それで納得したらしい。
……費用である魔鋼貨6枚をぽん、と出したことも大きかったかもしれない。
何はともあれ、私はオリゾレッタの国、アドラットの町の4番通りにお屋敷を購入することができた。
……そして、さっさとここをダンジョンにしてしまう。
そうしないと移動が大変だから。
『迷宮の欠片』を埋めてダンジョンを作る時、グランデム城でやった時のような、抵抗を感じた。
……多分、自分が買った土地、とは言っても、王の土地でもあり、精霊の土地でもある訳だから……そういう所で、抵抗があるんだろうな、と思う。
でも、ダンジョンはできた。
普通に、お屋敷の入り口を入り口として、お屋敷の中をダンジョンのフロアとして。
傍目には、ここがダンジョンに成った事なんて分からないだろう。
だって、外観は何も変わっていないし、内装だって、ほとんど変わっていないのだから。
お屋敷に元々無かった地下室を作って玉座の部屋にしたり、セキュリティ程度のトラップをいくらか仕掛けたりした以外は特に改造しなかった。
このダンジョンは『回収専用』。
人々がダンジョンを警戒している今、このダンジョンは人々に見つからにないことが大切なのだ。
掃除がリアルに進むように、ダンジョン内フロアの2部屋分(食堂らしい所と寝室)の埃だけ還元した。
少しずつ綺麗にしていこう。いきなり埃が全て消え失せたら、流石になんだか怪しいから。
……こうやって『自分の家』のようなものができると、ちょっとわくわくする。
実際は家というかダンジョンだし、それを言ったらここは7つ目の別荘なのだけれど。
埃を還元してすっかり綺麗にした寝室でぐっすり眠ったら、翌日、すぐに出かける。
今度向かう先は、都を通る川の上流に位置する、カドランの町。
カドランの町の傍にはダンジョンがあったはず。
……いい位置にあれば、水質汚染ダンジョンとして動かせるんだけれど、どうかな。




