100話
とりあえず『常闇の洞窟』の中に入ったら、真っ暗だった。
……これは明かりが必要なわけだ。
フェアリーランタンの中に入っている妖精が光を放って、視界を確保するのに十分なくらいの明るさを生み出してくれる。
妖精に微笑みかけると、妖精は私に向かってにっこり笑った。
B1Fはこのダンジョンのチュートリアルのようなかんじだった。
最初は、真っ暗な一本道。
一応、隠し通路や罠に気を付けてみたけれど、本当に何もなく、ただ真っ暗なだけの道だった。
その代わり、道を抜けたらスポットライトのように、一か所明るい場所があって、そこに何人か、冒険者がたむろしていた。
「お、姉ちゃんもここのお宝目当てで来たのかい?」
筋骨隆々、といったかんじの男性が話しかけてきた。
「珍しいね。ここは暗くて怖いっつって、若い女の子は滅多に来ないのにね」
影から出てきた女性は、多少年かさではあるものの、まだ現役の冒険者なんだろう。杖を握っている所を見る限り、魔法を使う人なんだろうな。
「はい。でも、初めてで」
「あはは、誰だって最初はそうさ。……じゃあ、1つ、アドバイスをしてやろうかな」
気の良さそうな2人は、教えてくれた。
「あそこにメタルバットが居るだろ?」
「あ、はい」
指さされた方を見れば、暗い所でもよく目立つ、つやつやピカピカのメタルバット(つまり金属でできたコウモリ。金属バットではない)が飛んでいた。
「ええと、倒した方が」
「いや、大丈夫さ。見てな」
しかし、そのメタルバットがこちらを襲ってくることは無い。
「こういう風に、明るい場所には魔物が寄ってこないのさ。だから、明るい場所があったらそこで休憩していけばいい」
成程。
……多分、このB1Fはチュートリアルエリアなんだろう。
このダンジョンの『お約束』を知らせるための。
……まあ、当然、罠の一環なんだろうなあ、と、ダンジョン目線で思った。
2人の話はもう少し続いた。
「このダンジョンでは、宝箱が黒いからね。見つけにくいんだ。でも、フェアリーランタンの妖精は宝箱の気配が分かるらしい。妖精が行きたがる方へ行ってやれば、大抵宝箱にありつける」
成程。
益々この妖精、怪しい。
「このフロアにある宝箱は大したことないものだけだけれど、地下2階にはもっとすごいのが入ってる。地下3階にはもっともっとだ。……でも、地下3階に行くなら、行ってすぐのところに宝箱が無かったらすぐ引き返してきた方がいい」
「どういうことですか?」
まあ、分からないでもないけれど。
「何、そのまんまの意味だ。……地下3階に行って戻ってきた奴は少ねえんだよ。時々、戻ってきた奴がとんでもねえお宝持って帰ってくるんだけどな」
「ま、地下2階までならそこそこの腕がありゃ、死ぬことは無いさ。精々欲かきすぎて死なないように気を付けなね」
私は2人にお礼を言って別れた。
……多分、B3Fの下、つまり、B4Fが、最下層なんだろうなあ、と、ダンジョン目線で思った。
明るい所から出て、私はB1Fの探索に戻った。
他にも時々、スポットライトみたいな明るい場所があって、そこでは絶対にメタルバットが出てきて、『明るい休憩地点では襲ってこない』を実演してくれた。
それから、ランタンの妖精が騒いだと思ったら、指さす方向に暗闇に紛れた黒い宝箱が置いてあって、中に金の欠片が入っていた。
……つまり、まあ、チュートリアルが続いた。
B2Fになると、もう少しモンスターが出てくるようになる。
そして、宝箱も。
……『常闇の洞窟』さんに警戒されないように、私は妖精に従って動いて、宝箱を見つけては喜び、モンスターには怯え、明るい所ではちゃんと休息をとった。
だから、相当数の宝箱を見つけて中身を貰っていくことができたのはちょっとお得な気分だった。
多分、このダンジョンは多分、幾分凶暴になった『王の迷宮』みたいなかんじなんだろう。
人を殺す事もそこそこあるけれど、大体は安全に稼げる、みたいな、そういう。
人の出入りを多くして、死亡のリスクに見合うお宝を用意して、回転を良くして、魂も魔力もほどほどに回収できる、みたいな。
ある意味、ダンジョンとしては理想的なつくりかもしれない。
……しかし、セイクリアナの都から遠いのに、よくこんなに人が来るなあ。
もしかして、ここに来ている人達、隣国のオリゾレッタから来た人達なんだろうか。
B2Fの終わりの頃にあった会談前の休憩地点では、しっかり目を閉じて、昼寝する勢いで休んだ。
……明るさに目が慣れてしまったら、暗い所で目が利かなくなる。
多分、これはそういう罠だ。
B3Fに進むと、すぐの所に宝箱があった。
開けてみると、中から綺麗な細工の杖が出てきた。
魔法使い系統のモンスターに装備させたいな。
……奥の方は真っ暗だけれど、一か所、明るい所が見える。
とりあえず、明るい所まで行ってみることにした。
明るい所では相変わらず、スポットライトのように光が降り注いでいる。
『光石(大)』かな。多分。
強い光に目が慣れないように、目を閉じて、肩を揉み解して、そして。
「うわっ」
モンスターに襲われた。
全身が黒いスケルトン……『ダークスケルトン』の射手。
体温も無く、風通しも良いダークスケルトンは、とにかく気配がしにくい。黒くて見えにくいし、飛んでくる矢すら黒く塗ってあるなら、尚更。
ましてや、強い光に目が慣れてしまったのなら、暗闇の中に居る黒いスケルトンなんて見えやしないのだ。
ちょっと《フレイムピラー》と迷ったけれど、ここはリリーに《キャタラクト》を使ってもらう事にした。
水の流れが矢を落とし、ダークスケルトン達を押し流していく。……とてもじゃないけれど、こんな場所でこんな相手に近接戦闘を挑む気にはなれない。
ダークスケルトンはいつの間にか四方を囲んできていた。
仕方が無いので、《オブシディアンウォール》で壁を作って相手の攻撃してくる方向をある程度制限しつつ、ひたすらリリーの《キャタラクト》だけでなんとかした。してもらった。
リリーは流石に強かった。
国を3つも落としてきたのだ。その分、装備モンスター達も私も、強くなっているんだろう。
頼もしい。
「……つかれた」
精神的に結構疲れたけれど、ここで休憩する訳にはいかない。(リリーはもうすっかり、私の首にだらんとぶら下がって休憩の姿勢をとっている。傍目にはほとんど分からないけれど。)
《慧眼無双》で罠に気を付けつつ、《フリーズ》で時々壁から飛んでくる黒塗りの矢や黒塗りの大鎌を凍らせつつ、先へ進む。
B3Fではもう他の冒険者の姿は見えなかった。
多分、さっきのスケルトンの大群で大体の冒険者を殺せるんだろう。
……逆に言えば、あそこで殺せなかった冒険者を、生かして帰したくはないだろうな、とも、思う。
B3Fもなんとか突破できた。
このダンジョンが『暗闇』を使うダンジョンだったからこそできた突破方法で。
……つまり、このダンジョン、暗い故に、侵入者側は視界が利かない。
一方、モンスターの方には多分、対策がしてあるんだと思う。暗闇で目が利くモンスターを使っているんじゃないかな。メタルバット然り、さっきのダークスケルトン然り。
だからこそ、相手はモンスターを最大限生かせるよう……ダンジョン内を、広くとっている。
広くて暗くて、目印も無い。
そういうダンジョンにしておくことで、侵入者を無駄に探索させ、侵入者の前進を阻み、また、暗闇に紛れて遠距離から狙撃して侵入者を殺しやすくしているのだろう。
……この暗くて、しかしだだっ広いダンジョンは、それ故に安全に攻略できた。
つまり、《オブシディアンウォール》を使って、自分でダンジョン内に通路を作って、進んだ。
勿論、私だけだと大規模にできなかったので、ムツキ君の協力を得ている。
進む方向に向かって通路を一気に作って、その中を安全に進む。
仮にモンスターが居たとしても、通路に閉じ込められたごく少数のモンスターだけだから対処もそんなに難しくない。
狭いダンジョンを広くすることはできないけれど、広いダンジョンを狭くすることはできるのだ。
……私がこのダンジョンだったら泣くかもしれない。
ちなみに、B3Fに入ってすぐ、フェアリーランタンの妖精を丸無視して進むように心がけた。
妖精はふてくされていたけれど、仕方ない。気づかないふりでやり過ごした。
下手に従ったらあの世へ案内されそうな気がするし。
そうして、B4Fに到達した。
……そこに待ち構えていたのは、さっきよりもずっと濃い闇。
フェアリーランタンの光が照らす先に、『闇そのもの』があった。
私の影で、ムツキ君が多分、喜んでいる。
……多分、目の前のこの濃い闇は、『ダークネス』。闇でできているモンスター。ホロウシャドウの上位互換みたいなかんじ。ムツキ君の格上にあたる。だからムツキ君はこいつを倒す事にむけて張り切っているんだろう。
ちなみに、ダークネスは魂100万ポイント分のモンスターだ。随分豪勢だなあ。
「これは、この先のお宝が楽しみ、かな」
どうせ私の言動を全て観察しているであろう『常闇の洞窟』さんに嘯きつつ、構える。
そんな私に向けて、ダークネスが襲い掛かってくる。
その姿がフェアリーランタンの光に照らされ……消えた。
……消えたのは、敵の姿ではない。
光だ。
……成程。これは、初見殺し。
都合が悪い時にいきなり消える光。中々、いいアイデアだと思う。
予想していなかったら、多分、結構パニックになるんじゃないかな。
パニックにならなかったとしても、その後、二手目以降が続かないだろうし。
だが、今回は無意味。
ムツキ君に合図する。
即ち、『やっちゃいなさい』と。
《フレアフロア》が、床を焼き尽くしていく。
すっかり強くなったムツキ君の《フレアフロア》は、フロア中の床をすっかり炎で覆い尽くし、フロアの全貌を明らかにしてしまった。
ついでに、私も《フレイムピラー》。
ダークネスに当てる、と見せかけて、そこらへんの適当な位置に発動。
そしてそこに向かって、フェアリーランタンを放り込む。
可愛いピンクのランタンの中から小さな悲鳴が聞こえた気がしたけれど、火柱に飲まれてそれも消えた。
……これで、とんとん、かな。
一気に燃え上がった火を消そうとばかりに、ダークネスが形を変え、床に広がって炎を飲みこんでいく。
また、天井から水が降り注いで、残った火を消していく。
結局、床で火が燃え盛っていたのはほんの3秒程度、火柱が燃えていたのも10秒程度だった。
これは予想していたので別に驚かない。
そして、一気に火が燃えて、一気に明るくなって、そしてまた一気に暗くなったことで私の目は利かなくなっていたけれど、これも予想の範囲内。
私は考えた。
相手が暗闇で私の視覚を奪ってくるなら、私もまた別の手段で、相手の視覚を奪ってやればいい、と。
私は《アトロシティミスト》を発動。
フロア内は濃い霧に閉ざされた。
暗闇が見えたって、霧は見通せない。
ダンジョン本人なら視覚なんて無くても触覚その他の感覚で私の位置が分かるだろう。
でも、モンスター達にはそうもいかない。
これだけ多くのモンスター達に、私の居場所をそれぞれ的確に教えるなんて、難しい。
唯一、ダークネスだけは形状を変化させて床に広がって私を探しあてたけれど、逆に言えば、私とダークネスの1対1……いや、私『達』がダークネスを袋叩きにするいい機会に他ならない。
魂100万ポイント分がいかほどのものか。
所詮はただの闇。
長所がはっきりしている分、短所だってはっきりしているのだ。
ダークスケルトン達は、下手な鉄砲何とやら、とばかりに、矢をばら撒き始めた。
それを払うのは、ボレアスとリリー。
《ツイスター》や《キャタラクト》で矢を防いでくれる。
そうなると今度は矢が効かないと判断したのか、ダークネスは積極的に私に攻撃を仕掛けてくる。
これを防ぐのは、ホークとピジョンとガイ君。
私の体を完全にガイ君に任せて、ひたすらダークネスの攻撃を避けてもらう。
ホークとピジョンはガイ君と協力して、隙あらばダークネスに攻撃を仕掛ける。
……そしてその間、私はひたすら集中していた。
目の前のことを放棄して、全て任せきって、集中していた。
……集中して、集中して、絞って、ガイ君の中に隠して、ムツキ君に隠してもらって……そして、放つ。
《シャインストリーム》。
てるてる親分さんの必殺技だった魔法は、強い光の奔流となって一気にダークネスを貫いた。
……てるてる親分さんに感謝しないとね。




