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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

君の勝ち

作者: らら

君の勝ち


そういえば、告白された時に違和感を感じたのだと田村光たむらひかるは振り返る。しかし気付かない振りをしてそれを塗り潰すかのように自分の第六感を押し殺した。気のせい、気のせいだ。そうさせたのは、告白相手ーー唯野裕昭ただのひろあきへの好意であった。光は高校入学時からそろそろ三年へと進級を向かえる今日までの約二年間ずっと、唯野を好きだったから。告白された時は興奮してしまい、違和感の正体も禄に探らないまま二つ返事で唯野と付き合い始めたのである。自分の第六感の確かさに光が思い知らされたのは告白劇から一週間後のことだった。昔から光の直感は嫌と言うほど当たる。


放課後、付き合ってから唯野と一緒に帰ることが日課となり始めていた光は彼の教室へと駆け出していた。唯野は律儀にも毎日“一緒に帰れる?”と光の都合を気遣うメールを寄越してくれる。いつもはそれを待つのだが今日は待ちきれなかった。絶妙なタイミングだったと思う。今回の直感は自分にとって幸となるのか、悪となるのか。どちらに転ぶのか、今の光には判断出来ない。


「裕昭、田村とはどう?」

「どうって?」

「とぼけるなよ。経過報告くらいしろ。今日で付き合い始めて一週間だろ? キスは?」

「……出来ないよ」

「あーそうするとこの罰ゲームはお前の負けね。三週間後に新作ゲームが手に入るのかぁ。やべー楽しみ」

「お前なぁ」


教室内へと続く扉を開けようとした時だった。中から漏れ出た聞き覚えのある声に光の手が力なく下ろされる。


(バツ、ゲー……ム?)


一瞬、理解出来なかったそれをじわじわと脳が咀嚼するにつれて光の体温は下降する。今が冬だと言うことを差し引いても寒い。首に巻いたマフラーに顔を埋めながらがちがちと震え始めた唇を食いしばって泣きそうになる自分に耐えた。身体は冷えているのに心臓は爆発しそうなくらい高鳴っているのが分かる。どくん、どくん。光は自分の鼓動音の大きさに堪えかねるように廊下を駆け出した。ほどなくして、唯野からお誘いのメールが受信されたが、光は”体調が悪いから今日は一人で帰るね。ごめん”と嘘の理由を返信すると校門を潜り抜けた。


唯野は実に良く出来た男だった。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。その上、性格も優しいのだから否のつけようがない。対して光はと言うと平凡を絵に書いたような男だった。成績表の評価で例えるなら、オール3で全てにおいて普通だった。他人よりも抜きんでているところと言えば勘が鋭いぐらいである。しかし今回、自分の直感に頼らずとも非凡な唯野が平凡な光などに好意を寄せるはずがないと少し考えれば分かりそうなものなのに。思いがけない彼からの告白に完全に舞い上がってしまっていた。そう思うと急に恥ずかしくなる。舞い上がってた分だけ、その羞恥心は大きくていっそ消えたくなった時、光の携帯がメールの受信を知らせた。それは唯野専用の着信音だ。光は少し躊躇したもののメール画面を開く。


“体調はどう? 前まで寒かったのに最近ちょっとあったかくなったから、気温の変化にビックリして風邪引いちゃったのかもな。今日はいっぱい食べて、早めに寝ろよ。あっこのメールの返信はお気遣いなく。お大事に”


(優しい……)


唯野の優しい文面に光の目頭が熱くなる。唯野は昔からそうだ、と光は自分が唯野を好きになったきっかけを思い出した。あれは高校に入学してから間もない頃だった。廊下側から席の順番に自己紹介が始まる。クラス替えがある度に繰り広げられる恒例のそれは、光にとって憂鬱の種だ。特に今回は小中学校の頃とは違い、周りに見知った顔もないので憂鬱も一入で。ただでさえ人前で話すことも自分をアピールすることも大の苦手である光は自分の順番が回ってくると泣きそうになった。


「田村、ひかるです……」


席を立ち、名前はなんとか紡げたもののそれ以上は続かない。後に続くはずの言葉は考えていたはずなのに、各方面から飛んでくるクラスメイト達の視線で吹き飛んでしまう。静まり返った教室でどこからかひそひそと囁き声が漏れ始め、年配の教師の表情に渋面が刻まれた頃、光はいよいよ泣きたくなった。


「俺は唯野裕昭です。田村くんとイニシャルが一緒です。田村くん、これも何かの縁だよ。俺とコンビを結成しない? コンビ名はHTイケメーンズ」


突然、光の斜め前に座っていた青年が起立したかと思うとハキハキと喋りだした。空気が変わった。唯野の自己紹介にクラスメイト達がどっと笑う。教師も豪快に笑った。


「お断りだよな、田村くん」

「て言うか、自分でイケメンって言うなし」


初対面ばかりなはずのクラスメイト達が和気藹々と喋りだす。教師は静かにと注意するもののどこか楽しそうだ。続けて、光と唯野に座るようにと促した。光はほっと胸をなで下ろして着席すると笑顔の唯野と目があった。どこか悪戯っぽくつり上がった少年のような笑みに光は確信する。


(助けてくれたんだ)


光が恋に落ちた瞬間だった。


残念ながら唯野とはそれっきりだった。光は何度かお礼を言おうと試みたが、唯野の周りにはいつも人が溢れていたので近付けなかった。二年に上がるとクラスすら分かれてしまい、唯野と完全に接点がなくなった。そしてもうすぐ三年生になる矢先に例の罰ゲームだ。罰ゲーム。嘘とはいえ好きな人と付き合えるなんて幸運ではないか。光はふと思った。付き合う前など、唯野の姿を眺めるだけで精一杯だったのに、だ。思わぬ発想の転換をしてしまった自分に現金なものだと苦笑する。だって光は唯野が好きなのだ。例え罰ゲームだと分かっていても付き合いたいと思った。放課後に盗み聞いてしまった、唯野達の会話を反芻する。罰ゲームの期間はあと三週間。それまで自分なりに唯野との付き合いを満喫しよう。そして今度こそお礼を言いたい。


自分の隣に、手を伸ばした先に唯野がいる。その幸運を噛み締めるように愛しい彼の名を紡いだ。


「唯野」


ん?、と光の呼び掛けにとびきり優しい笑顔で答えてくれる唯野が大好きだ。


「あの、唯野は忘れてるかも知れないけど一年の時さ、自己紹介したでしょう。あの時助けてくれて有り難う」

「たいしたことしてないよ」


少しビブラート掛かった唯野の声が大好きだ。


「ううん。僕すごく嬉しかった。お礼、遅くなって御免」

「全くだね。遅くなったお詫びになにかしてもらおっかなぁ~」


唯野が茶化すように言う。相手を気遣せないようさり気く振る舞う唯野が大好きだ。


「いいよ? 僕に買えるものなら奢るよ。何がいい?」

「バカ。冗談だって」


唯野の笑い声を聞きながらようやくお礼を言えたことを嬉しく思う。唯野が光を想う気持ちは嘘でいい。光が唯野を想う気持ちは本物なのだから。そう開き直ったからか、唯野と過ごす時間はあっという間に過ぎていった。光にとって夢のような一カ月だった。



「別れたいんだ」


光からの決別の言葉に唯野の瞳が見開かれる。その反応に当然だろうな、と光は納得した。二人の付き合いは罰ゲーム。仕掛け人の唯野にとってターゲットである光から振られるなど予想だにしていなかっただろう。きっと唯野は振ることはあっても振られたことなど初めての経験に違いない。唯野のプライドを相当傷付けることになったかもしれない。しかし光はどうしても自分から別れを切り出したかった。唯野に迷惑にしかならない自分の想いは、光自身でとどめを刺したかった。でなければいつまで経っても引きずりそうで恐い。


(これが最後だね)


光は名残惜しいようにゆっくりと瞬きすると唯野の瞳を見据えた。ここである違和感を覚えたが、気付かない振りを決め込んだ。全ては遅過ぎたように思えた。


「田村、俺は……!」


唯野が叫んだ。まるで世界が終わってしまうかのように悲痛な声で放たれた唯野の言葉はそれ以上続かなかった。光の唇が唯野の唇ごと奪い去った所為だ。二人の唇が重なったのはほんのわずかな一瞬。お互いの熱を分かち合うよりも前に離れてしまった。唇に伝う僅かな柔らかい感触の名残だけが二人のキスした証だった。光からの突然のキスに唯野は呆然と立ちすくむ。


「賭けは君の勝ち」


しかし光の言葉を合図に唯野の瞳がこれ以上ないくらいに見開かれた。光の胸がきゅっと締め付けられる。それ以上見ていられないと判断した光は唯野に背を向ける形で歩き出した。当然光からは唯野の表情は見えない。しかし光は去りゆく自分の背の後ろで唯野が泣いているように思えた。


ーーどうぞこの勘は外れていますように。


光がそう願っていると肌を刺すような風が吹いた。相変わらず今日も寒い。寒さを誤魔化すようにはぁ、と白い息を吐き出した光の唇にはもうキスの余韻は見当たらなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは! この後裕昭くんはどうするんでしょう……。追いかけてほしいなあ。あと、光くん優しすぎ!タイトルが切ないです。 素敵なお話ありがとうございました。
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