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第3話 その人の名は ポートピア連続殺人事件

 ゲームショップ「アメリカ」はコータくん御用達のゲーム屋さんだ。ダウンロード販売がメインな月でのゲーム販売事情の中で、パッケージ版だけを扱っていると言うまるで恐竜の化石を売っているようなショップだ。いや、むしろこのお店そのものが化石のようなものか。


「よくもまあここまで集めたものだな。その経営理念は賞賛に値するよ」


 ジョッシュさんが呆れたような顔をして広いおでこを撫でつけながら言った。


「個人経営のゲームショップと言うよりも、ゲーム売買の仲介屋みたいなものだからな」


 と、コータくん。普段は長期航行の前に寄って何本かまとめて買っていくのだが、今日はお友達のジョッシュさんが一緒だ。


 なんでもムーンベガスのホテル内に新たにゲームセンターを設営するらしく、そのチーフマネージャーに任命されたジョッシュさんがレトロゲームミュージアムを視察に来たのだ。そのついでに、とコータくんの案内でゲームショップ巡りをしている。あたしとサクラコも付き合わされて。


「視察って言うか遊びに来ただけでしょ」


 そんなサクラコの指摘は正しいと思う。お仕事として視察に来たのなら、まずはミュージアムへ行くべきだ。雇われ店長のマサムネさんに話を聞くべきだ。それなのにいきなりゲームショップ「アメリカ」に直行だなんて、絶対個人的趣味を優先させてる。


「おかげで欲しかったものも手に入ったし、来たかいがあったよ」


 ジョッシュさんは一本のゲームカートリッジを手にほくほく顔だ。ちなみにゲームショップ「アメリカ」のアメリカに、特に意味はないらしい。経営者は日本人だ。紛らわしい。


「それ普通のマリオとどう違うの?」


 よほど嬉しかったのか、スーパーマリオのカートリッジを愛おしそうに胸に抱いているジョッシュさんに聞いてみた。


「これかい?」


 ぱっと見、普通の黄色いファミコンゲームカートリッジだ。しかし、コータくんとジョッシュさんが探してたと言う時点で普通のスーパーマリオではないんだろう。


「これはドイツ人ゲーム作家が作った、言うなればタイムトライアルマリオだよ」


 聞き慣れない単語が出て来た。ゲーム作家って?


 首を傾げたあたしを見てコータくんがジョッシュさんの補足説明をしてくれる。


「ファミコンのオリジナルゲームの著作権がもうグダグダのザル状態だってのは前に話したよね?」


 制作した会社が何十年も前に解散していたり、著作権を保有している人物の所在が不明だったり、古過ぎるゲームはもうほぼフリーソフトだってのは聞いた事がある。


「でもゲーム会社がしっかりしていれば、新作出したりして著作権を延長させてちゃんと保護してるんだ」


 マリオシリーズがそれか。


 アメリカ店内の壁にはずらーっとおびただしい数のファミコンカートリッジが並んでいる。レアリティの高いものや、人気作品なんかはきちんとショーケースにしまわれているが、おそらくもはやジャンク品扱いなんだろうゲーム達が壁に吊るされていた。それこそ言語の違いもあり、検索しやすいように並べられている訳でもない。ただカートリッジのカラー別に陳列されているのだ。


「それでもレトロゲーマー達は古いゲームで遊びたい。しかし著作権問題でコピー品を作れない手を出しにくいゲームもある。そこで出て来たのがライセンス販売だよ」


 スラリと背が高くモデルのような体型のジョッシュさんはあたしに対してもとても分かり易い英語で話してくれる。日本語のスラング混じりでベラベラと話すマサムネさんやジャレッドさんはこういう紳士的なところを見習うべきだ。時々何を喋ってるんだか理解不能な時があるぞ、あいつらは。


「たとえば、これ」


 ジョッシュさんはずいぶん高い位置にぶら下がっていた一本のカートリッジを手に取り、さっきまで胸に抱いていた一本と比べて見せてくれた。どちらもスーパーマリオだ。カートリッジイラストもほとんど変わらない。


「両方ともニンテンドーと販売ライセンス契約したゲーム作家によって作られたマリオだが、片方はドイツ人作家で片方はアメリカ人作家のものだ」


「どう違うの?」


 両方のカートリッジを手にとってみる。それぞれの違いは、デザインしたゲーム作家の名前が書かれている事か。


「ゲーム自体は基本的に変わらないが、作家の個性が色濃く出た仕上がりになっている。同じコース1-1でも、ドイツ人作家の方はいかに合理的に進められるか、クリアタイム重視のデザイン調整がされていて、アメリカ人作家のマリオはどれだけスコアアタック出来るか、獲得ポイントに調整が入ってる」


「同じスーパーマリオでもびっくりするほど違うゲームになっているんだ。僕はオリジナルが好きだけどね」


 コータくんはそうだろうな。ゲームを買う時はいつもそれがオリジナル版かどうか気にする。


「ゲーム作家はレトロゲームに新しい味付けをしているデザイナーであり、今度はその新作レトロゲームのダウンロード販売のライセンスを取る会社と、パッケージ版を作るゲーム会社が現れる」


「そしてそれのコピーを作っちゃう悪い奴らもいたりする訳よね」


 サクラコがあたしの手からアメリカ人作家のスーパーマリオを取った。


「私はスコアがインフレ起こすようなゲームデザインが好きかな」


「俺が探していたのはこのドイツ人作家のタイムトライアルマリオのパッケージ版だ。ちなみにコース1-1の公認世界記録は17.28秒だ」


「そんな風にものすごい種類のレトロゲームが存在するが、その目的の一本を探してくれるのがこのゲームショップ「アメリカ」だよ。ブリギッテも気になるゲームがあったらここで探すといい。必ず見つけてもらえるから」

 

 レトロゲーマーって人種はそれぞれに好みのゲームデザインがある。お互い相容れない要素があったり、尊重し合う仕様があったり、本当に自己主張が強くてわがままで、理解するのが厄介な人種だ。あたしのもその資質があるんだろうか。


「ねえ、ブリギッテは何か欲しいのあった? 買ったげるよ」


 と、サクラコが言ってくれたので、あたしはさっき見つけてキープしといた一本を見せた。


「これ。最近ミステリー小説を読んでるから、ミステリーアドベンチャーゲームをやってみようと思うの」


 それは「ポートピア連続殺人事件」のカートリッジだ。たぶん、オリジナル版だと思う。


「しかもこれね、中古品なのか、前の持ち主の名前がマジックで書かれたカートリッジなの。そういうのってレア物なんでしょ?」


「おお、いいチョイスだな。あえてそういう名前付きの中古ゲームを収集してるコレクターもいるぞ」


 コータくんにお褒めの言葉をいただく。


「ええとね、その人の名前はね、M.ヤs──」


「うおおおっと!」


「何よ、何かした?」


 突然叫び出すコータくん。あたしは思わず言い返してしまった。


「それは、おそらくだが、持ち主の名前ではない可能性が」


「これ日本人の名前でしょ? M.ヤs──」


「いよおおおっ!」


 クールに決めてるジョッシュさんも奇声を発した。何事か?


「ブリギッテ、ミステリーならオホーツクも」


「M.ヤs──」


「いやああん!」


 サクラコさえも、だ。なんだ? そういう病気か?


 レトロゲーマーって人種は、時折考えられないような親和性を見せたりする。ほんとに厄介で理解が難しい人種だ。



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