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『さあさあ、お集まりいただいた紳士淑女と通りすがりのお客さん!』
恒例のマサムネさんのマイクパフォーマンスが始まった。ソフトモヒカンに無精髭、やつれたように痩せた頬、といつ見ても出汁を取り終えた鶏ガラが蝶ネクタイをしているように見える風貌だ。
『輝かしき20世紀! 時は1985年、日本と言う国の小中学生が熱く燃えた夏!』
正直言うと、そこまで昔に遡られても、へえすごいねー、としか反応を返せない。あたしにとってはレトロゲームの歴史の海は深すぎる。
「ブリギッテ、リラックス、リラックス。緊張しないでいつものようにゲームを楽しめばいいんだよ」
とはルピンデルさん。何だかんだ言ってこの人が一番緊張している。人に緊張を伝染させようとしてるのかってほどしきりに肩を揉んできたり、手首のコリをほぐそうと振り回したりしてくれる。
「今日はミナミナさんいないの?」
それはそれで嬉しいんだが、ゲーム前で少しは緊張を高めておきたいのでそろそろ離れてもらいたいんだが。
「そう、ミナミナはシフト抜けられなかったって。でもちゃんと応援してるからね」
『あの伝説のファミコンキャラバン第一回大会が今夜復活! 2分間という熱い一瞬を駆け抜けろ!』
「そろそろマサムネがウザくなってきた。ブリギッテ、さっさとやっちゃいな」
サクラコは黒縁眼鏡の奥からマサムネさんにきつい視線を送った。
「うるさいからマイクパフォーマンスが終わるまで近付きたくない」
前回の挑戦の時もそうだった。あたしにマイクを向け、挑戦者インタビューを始めたのだ。レトロゲームミュージアム側としては、あたしのプレイを大型ディスプレイで流せば他の客にもゲーム熱が伝わってさらにインカムが増えるという、あたしはまさしく客寄せパンダ的存在でもあるのだ。
「ブリギッテが出した答えが、そのコントローラと座布団だな?」
最近生やし始めたあごひげをさわさわと擦りながらコータくんが言う。あたしは、うん、とちょっとだけ笑って頷いて見せた。コータくんも、よし、と頷き返してくれる。
『レトロゲーマーの会、入会テスト、スターフォース2ミニッツチャレンジスタートだ! 挑戦者、カンバラ・ブリギッテ、カモンッ!』
長かったマイクパフォーマンスも終わり、
ようやくあたしの名前が呼ばれた。さて、濃厚な2分間を過ごすとしよう。
「ねえ、サクラコ。2分間13万クリアしたら、都路里の抹茶パフェご馳走してね」
駅前にオープンしたキョートの名店「都路里」の抹茶パフェがすごいとテレビで観たんだが、サクラコはなかなか連れてってくれない。
「いいよ。太るくらい食べさせてあげる」
あたしと暮らし始めてから、健康的な食生活のせいで少し体重が増えたサクラコ。もっと太ってもいいくらい細い人なんだから、パフェくらい気にせず食べればいいのに。
「ほら、行ってこい。2分で終わらせろよ」
入会テストの挑戦は一度に1ゲームのみ。嫌でも2分で終わる。あたしはコータくんにもう一度頷いて見せて、座布団を抱きかかえてゲーム筐体に向かった。
「ゲームを始める前に……」
あたしはマサムネさんに愛用のファミコンコントローラを差し出した。
「コレを使わせて。もちろん連射機能はオフにしてあるわ」
マサムネさんはニヤリと笑った。
4度目の挑戦であたしは気付いた。レトロゲーマーの会入会テストはゲーマーとしての能力を試すだけの試験ではない。レトロゲーマーとしての資質を確かめるテストなのだ。
『オーケイだ。この筐体でプレイしなければならない、と言う規定はないからプレイヤーの自由だ』
レトロゲームミュージアムには古今東西さまざまな種類の筐体が置かれているが、やはり汎用筐体であるミディタイプのものが一番プレイしやすく、数多く稼働している。スターフォースはユニバーサルスタンダードデザイン化されたファミコンをミディタイプ筐体に繋いで、ブラウン管テレビの横長の画面を再現しているとかコータくんが言っていた。
ならば、だ。あたしもブラウン管テレビが主流だった時代のプレイスタイルに習えばいい。ファミコン全盛期、一般家庭にはこんなビデオゲーム筐体はなく、当時の子供達はこんな風にゲームに熱中していた、とネットに書いてあった。
ファミコンのコントローラを筐体に繋ぎ、あたしは持参した座布団をシートの上に乗せて、そこへちょこんと正座した。
『セイザ・スタイル! まさか十三歳の少女がいまここにセイザ・スタイルを復刻させるとは!』
「始めても?」
無駄話は禁物だ。正座出来る時間は限られている。そう長くは保たない。
『いつでも自分のタイミングで始めてくれ』
マサムネさんがそう言い終える前にあたしはスタートボタンを押した。ゲームスタート。長い2分間が始まった。
『ブリギッテ、スタートッ!』
このゲームは特別編集版だ。通常のファミコン版スターフォースのスコアが表示される場所に得点ではなく経過時間が書き出される。おかげでスコアアタックに集中出来るってものだ。
スターフォースの敵機は自機の位置に対応して8機編隊で画面に現れる。だからあたしが動けば、敵機の出現座標も変わってしまい、余計にこちらも画面の端から端まで飛ばなければならない。それは明らかなタイムロスだ。
あたしは自機の横移動を抑え、序盤は縦軸の移動だけで敵機を撃ち落としていった。序盤はこれで十分に対応できる。
「ずいぶん研究してきたみたいね。前回とは動きがまるで違う」
「ヒント欲しければやるよって言ってたんだけど、いらない、自分で調べるって聞かなかったな」
「強情な子だよ、ほんと」
コータくん、サクラコ、ルピンデルさんの会話が聞こえてくるが、それらはゲームに必要ないのでシャットする。
空中戦は敵のパターンをコントロールすれば問題ない。最初の2分間は敵機もほとんど弾は撃ってこない。問題は地上戦も混ざってくる中盤、そしてラリオスまでの敵機のコントロールだ。
地上物を破壊するために横軸の動きを加えれば、空中の敵機の出現位置が左右にばらけてしまい、結果としてこちらも大きく左右に振られてしまう。弾筋が定まらない。
でも、それでいい。左右の動きを地上物を破壊する必要最低限の範囲に収め、撃ち漏らした敵機を追うことなく次の敵機を落とせばいい。
BGMが変わった。ラリオスだ。ラリオスを合体前に破壊できれば5万点ボーナス。13万点のうちの5万点はとてつもなく大きい。
『さあ、ラリオスだ!』
マサムネさんの実況に応える歓声は上がらなかった。ギャラリーのみんなは知っているんだ。今は呼吸すらしている場合ではない。ラリオスの合体前のコアに、合体までのほんの僅かの時間で8発撃ち込まなければならない。
でも、あたしはまだラリオスに狙いを定めない。ラリオスが姿を現すまで敵機も出て来なくなる。今がチャンスだ。高得点の地上物のジムダを可能な限り破壊しまくる。
画面上部にラリオスのコアが、左右と下部にパーツが現れた。そして一瞬だけ動きが止まる。この時だ。ラリオスとラインを合わせ、そして、コアが輝くのと同時に渾身の連打!
スターフォース全盛期に、伝説のゲーム名人が登場したと聞く。彼は1秒間にショットボタンを16回も連打出来たと言う。
あたしには頑張っても9回が限度だ。しかし、ラリオスを破壊するには十分な数字だ。
墜ちろッ!
あたしは心の中で叫んでいた。
『ラリオス、撃破ッ! シートに正座し、膝元のコントローラを連打するその姿は、日本の茶道の精神が示す厳粛な体捌き!』
茶道がどうしたって? 頼むから静かにして。まだ2分間は続いている。
『その美しき姿はまさしく現代に蘇った千利休か! 宇宙時代にサウザンドリキューが降臨する!』
正座してコントローラを連打する姿が茶道に通ずるかどうかはともかく、黙れ。うるさい。
「千利休をサウザンドリキューって言うの斬新ね」
「マサムネだもんな。そんなもんだろ」
サクラコもコータくんもいいから。集中させてってば。
『タイムアウト! 2分間終了だ!』
突然ゲームが終了した。あたしははっとしてコントローラから手を離した。気付かなかった。もう2分経ったのか。
『いいシュートだったぞ、ブリギッテ』
目の前の筐体の画面ではなく、頭上の大型スクリーンに自然と目が向かった。スコアは? 合理的でパーフェクトなプレイが出来たはず。
『スコアは!』
画面に現れた数字は140,800点だった。
『14万越え! ひさびさの14万オーバーシューターが現れたぞ!』
次の瞬間、あたしは喝采に包まれた。祝福の拍手を浴びせられた。やったんだ。あたしはやったんだな。
『おめでとう、ブリギッテ! 最年少レトロゲーマーの誕生だな』
マサムネさんが言った。最年少か。あたしの夢は地球火星間往復単独航行の最年少記録だ。レトロゲーマーの会ごときでつまずいてはいられないの。
『レトロゲーマーとはただ古いゲームをプレイする人の事を言うんじゃない。自分からゲームを楽しむべく自分なりのスタイルを作り出すゲーマーの事をレトロゲーマーと呼ぶんだ。君のプレイは立派なレトロゲーマーだよ、ブリギッテ』
「なんかそれ後付けっぽくない?」
「おい、マサムネ。僕にもやらせてよ。ブリギッテのプレイを見てたら、もう、やりたくてやりたくて」
コータくんが急に割り込んできた。まずは娘のあたしに声をかけろっての。賞賛の声を。
「ブリギッテ、よくやったね。おめでとう」
サクラコがあたしの肩に手を置いた。
「サクラコ、手を貸して。足がしびれて、立てない」
サクラコがあたしに手を伸ばしてくれたってのに、それをマサムネさんが制して言った。
「そうだ、ブリギッテ。ゴールド会員になるための5分間チャレンジがあるんだが、やってくか?」
「5分間も正座できるかッ!」
スターフォースも正座もしばらくはいいわ。