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「アトム? 何でアトムが?」


『説明は後でするよ。まずはブリギッテを追う二人組を処理しよう』


 この子はほんといいタイミングで現れてくれる。タイミング良過ぎて気持ち悪いくらいだ。ほんと、ストーカーかってレベルだ。でも、今はそれがありがたい。誰もいない軌道港でこの危機的状況下、よく知った声が聞こえると言うのは何とも心強い。


「処理って? アトムはどこにいるの? まさか軌道港に、近くにいるとか?」


 飛びながら思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。当然誰かいる訳がない。曲がり角をターンした時に追っ手がちらっと見えるくらいだ。


『僕はネットにいるからね。ブリギッテの側にいるって言えばそうだし、すごく遠くにいるって言えばそうだし』


「何それ。気持ち悪い」


 不意にあたしのAR眼鏡がビットマップ形式で入港モジュールの関係者通路マップを勝手に表示した。視界にちょっと荒いドット絵のマップが浮かび上がり、たぶんあたしであろうツインテールのデフォルメキャラがふわふわと漂っている。


『3Dビューよりもトップビューの画面の方が見慣れてると思ってアレンジしてみたよ』


 確かにどことなくファミコン風の上から見たマップだ。ピコピコってファミコン音源のBGMが今にも流れてきそうだ。殺気立ったおじさん二人に追われてるって言うのに、おかげで緊張感が和らいでいく。これって実は安心感って奴かな。


『真ん中の女の子キャラがブリギッテの現在位置を表しているよ』


「やっぱりね」


『ブリギッテの後方20メートルにテロリストの残党が二人いる』


「テロ、リスト?」


 ドット絵のあたしを追ってくるいかにも敵キャラでございってばい菌みたいなデザインの二人組。テロリスト? の残党? 二重にクエスチョンがついてしまう。


「しかも残党って、どう言う意味さ?」


『説明は後でって言ったでしょ。ブリギッテの前方のドアの先は連絡通路のジョイント部になってて、独立した気密機能を持っているんだ。今、そのドアの先の気圧をすごく高めてるよ』


 マップ上のツインテールの行く先、赤く点滅するドアがある。現実のあたしがAR眼鏡越しに見ているこのドアだろう。 危険! と注意を促す仮想タグが浮いている。


『解りやすく言うとマッピーのパワードアみたいになってるよ』


「なるほど。解りやすい」


 あたしはくるりと半回転してドアに着地して、見上げるように今飛んできた通路を振り返った。港内作業員からテロリストへとジョブチェンジした二人組がちょうど角を曲がって姿を現す。


『壁に張り付いてればブリギッテには影響ないからね』


「ほんとに?」


 壁にぴったり背中を預けて、片手をドアのコンソールパネルに添えてあいつらが近付いてくるのを待った。二人組は動きを止めたあたしが逃げ回るのを諦めたと思ったのか、ニヤリと下卑た笑いを口元に浮かべて飛んできた。


『今だ。開けて』


 アトムの声と同時に開閉ボタンを叩く。プシッと空気が強く漏れ出る音が聞こえて、あたしはとにかく背伸びをするみたいに身体を伸ばして壁にぴったりと張り付いた。


 ドアがスライドした瞬間に高圧な空気の塊があたしの鼻先をかすめた。まるで目に見えないほど透明なぬるま湯をぶっかけられたようで、ツインテールを一本持ってかれた。


 テロリスト二人組は自分達に何が起きたかさえ解らなかっただろう。ドアが開くといきなり見えないショックウェーブの襲撃だ。まさにマッピーのパワードアに吹き飛ばされるニャームコのようにキリキリと身体を回転させて吹っ飛んでいった。この無重力環境であれだけ身体を絡ませ合って回転したら、体勢を立て直すだけでも相当な重労働になるはずだ。もう追ってはこれないかな。


『オーケイ、ブリギッテ。次はココを目指して』


 AR眼鏡に表示されたマップのマーカーが更新された。2ブロック先のエレベーターホールに黄色いフラッグが点滅する。


「そこに行けばいいのね」


『うん。君のパパとママにも連絡しておいたよ。そこで合流できる』


「電話繋がるの?」


『いいや、まだこのモジュールには通信制限がかかっているよ。でも僕がちょいちょいっと小細工してやれば個人の端末に限定して制限解除出来るし。この通話みたいにね』


「何で? 全域解除しちゃってよ。そうすればコータくんともサクラコとも話せるのに」


 エレベーターホールへ向かいながらぶーたれてやる。2ブロック先なのですぐ行けるって心に余裕が生まれた。少し口も軽くなるってもんさ。


『通話制限を全解除しちゃったらテロリスト達の通信まで通っちゃう。せっかく連絡網を遮断してテロリスト達を分断してるのに』


「そうそう、それ! テロリストってどう言う事よ? 全部説明しなさい」


 次のドアに向かってぽーんっと飛びながらついつい早口でまくし立てる。


『うん、いいよ。今から54分前、この入港モジュールはテロリストの襲撃を受けたんだ』


 約50分前。あたしは何していたっけ。たぶん窓の外を眺めてコータくんの船を探していた頃か。


『その四分後、宇宙船パイロット達がそれを制圧。テロは未然に防がれたよ』


「早っ」


『宇宙船パイロットは有事の際に軌道港警備隊と協力してこれに対処するって規約があるからね。特に今日はすごいパイロット達が集まってたみたいで、呆気なく勝負はついたよ』


 何となく、心当たりがある。コータくんの船がやたらアグレッシブな停泊の仕方で他の船をホールドしていた。あれがテロリストの宇宙船だったのか。


『軌道港の保守を務めている三体のA.I.がテロリスト達の通信を傍受して事前に完璧なテロ予測をしていたからね。旅行者や作業員に扮してすでに港内に侵入していたテロリスト残党からテロのターゲットだったユーロユニットのダヴィット・デ・デスピオ経済担当大臣を保護するために入港モジュールを隔離して、テロは誰にも知られずに完全制圧されるはずだった』


 デデデさんとインスタグラム撮った頃か。それのせいで酷い目に合ったし。


「デデデさんがテロのターゲットだったんだ。でも、はずって?」


『A.I.も予測出来なかった事態が発生したよ。デデデ経済大臣がとある会社社長さんと写真を撮って、それをネット公開しちゃったんだ。それでテロの対象が一つ増えてしまった。デデデ経済大臣の娘と勘違いされた誰かさんだね』


「あたしかいっ!」


『そこからは現在に至るってとこかな。後一人、テロリストが残っている。A.I.の情報で警備隊とパイロット達がそれを追っているよ。そいつを捕まえたらミッションクリアだね』


 あたしもテロの対象だった訳か。後一人捕まえればゲームクリアだけど。


「でもアトムもよくそこまで知ってるね。こんなテロが起こっていたなんて誰も知らないくらいなのに」


『軌道港の安全はA.I.に任されてる。A.I.達はありとあらゆる情報を集めて未来を予測して事故や事件が起きないように未然に手を打っているんだ。そうそう、面白いデータがあるんだ』


 マーカーが示すエレベーターホールに続くドアに無事たどり着いた。コータくんとサクラコはもう来ているかな。プシッとドアを開いて中を覗き見る。天井が高いただっ広い空間には六基のエレベータードアがあり、そこにはまだ誰もいなかった。


「誰もいない。で、面白いデータって?」


『軌道港を狙ったテロは稀にあるけど、そのほとんどが計画段階でA.I.にばれて捕まってるんだよ。でも今回も含めて実行されたのは二件だけ。その一件は三年前の月面マスドライバーニアミス事件だ。覚えてる?』


 あたしの小さな心臓がどくんと大きく飛び跳ねた。マスドライバーニアミス事件。忘れる訳がない。あたしの、元父親が起こした事件だ。あたしごと軌道港を吹き飛ばそうとしためちゃくちゃな自殺未遂だ。


『この二件のテロに関わっている共通の人物がいる。神原ブリギッテ、君だ」


「二件とも被害者としてね」


『そう。だからA.I.達はブリギッテを徹底マークしてる。要注意人物としてね』


「失礼な話よ。あたしはただ巻き込まれただけ。むしろコータくんの方が積極的に絡んでるじゃないさ」


 一基のエレベータードアがパイロットランプを点灯させてぽーんと柔らかい音を奏でた。エレベーターが着いたっぽい。コータくんか、サクラコか。


『いい意味での要注意人物だよ。おかげで僕もブリギッテを見つけられたし、こうして最後のテロリストをおびき寄せる事も出来た』


「えっ」


 エレベータードアが静かに開く。そこにいたのはコータくんでもサクラコでもなく、口ひげを蓄えた仕立てのいいスーツ姿の男の人だった。


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