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 サクラコに子供扱いされた、とは思っていない。この軌道港で何か普通じゃない事が起きているかも知れない。あたしの身の安全を最優先に考えてくれたんだ。そう考える事にする。


 あたしはチョコパフェを高速処理しながら考える。


 でもねえ、サクラコ。いくら元軌道港管制オペレータのトップだったとは言え、この状況でサクラコに出来る事なんてほとんどないだろうし、仮にあったとしてももう他の誰かオペレータが実行しているだろうし。娘が不安に感じないよう一緒にいてやるとかがいいと思うよ。


 もっとも、どっちにしたってあたしだってじっとはしてられない性格だし。ほら、速攻型ツインテール女子な訳だし。


「ただいま、当モジュールの通信系統メンテナンスのため、各種通信機器が使用できない環境となっております」


 ちょうどVIPラウンジのオジ様オバ様達がスマホやケータイが使えなくなったとざわつき始めた頃合いに、バーカウンターにいたラウンジスタッフが落ち着いたよく通る声を張り上げた。


「なお同時進行で月周回軌道外縁の軌道修正も行っておりますので、少々の指向性のある慣性力が働くと思われます。そのままシートに深く腰掛けていれば問題ありません。通常状態に戻るまでご迷惑をおかけいたしますが、どうぞご了承ください」


 とか言っちゃってるのに、あたしはその忠告をまるっきり無視してふかふかのソファを蹴り上げて、低い弾道で飛び出してラウンジを水平移動して出口ドアへ向かった。


「って、そこの君! 言ってるそばから飛ばない! 危ないよ!」


「大丈夫。こう見えてもあたしは貨物船で働いてるの。無重力は慣れっこよ」


 アンチグラビティのミニスカートを翻し、くすんだ金髪のツインテールをくるりと渦巻かせて、あたしは無重力前方一回転捻りを決めてちょっと上品ではないけれどもドアに足から着地した。そのまま慣性力を殺さずに膝を折りながらドアの開閉ボタンに手を伸ばす。


「危ないって! どこへ行くんですか?」


「ママが今さっき出てったの。呼び戻してくる」


 すとんとまるで壁に垂直に開いた落とし穴に吸い込まれるように、飛んできた勢いのままあたしはドアから抜け出た。ツインテールを自動ドアに挟まれないようにさっさと回収して、やたら広いモジュールの外周通路を真っ直ぐに飛ぶ。


「わっ、誰もいない」


 天井の高いメイン通路には人っ子一人いなかった。街のメインストリートと同じくらい視界のどこかに必ず誰かがいるような人口密度の軌道港において、これは十分に異常事態と呼べる状況だ。VIPラウンジとは別に緊急アナウンスでも入ったのかな。


 定例の軌道修正やメンテナンスによるモジュール移動時に、軌道港利用客は港側の指示に従って商業ブロックの店舗内や退避ロビーで挙動が止まるまで待機するのが軌道港利用時のルールだ。まあ、ルールを破ったからと言って何かしらのペナルティがある訳でなし、せいぜい慣性力で壁に激突して怪我しても当方の知ったこっちゃないわレベルの話だ。


「誰もいない軌道港ってのも何かホラーでいいわ」


 無機質な内壁材がずらーっとはるか遠くまで均一に並んでいて、壁に据え付けられた照明が無駄に明るくて、そもそもが無重力だから床も天井もなくまるで無限に深い落とし穴の入り口に浮いているように思えてくる。


 さて、ここからどうしよう。あたしは単なる軌道港利用客ではなく、運送会社への派遣社員(社員であるコータくんに雇われてる形だけど)であり、貨物船乗組員な訳で港内作業関係者パスも持っている。モジュール内部関係者通路を渡って行けばモジュール間移動も可能かも知れない。


「モジュールが完全に閉鎖されてたらアウトだけどねー」


 とりあえず壁をぽんと軽く蹴って、関係者通路ドアへ等速運動で飛んでいく。コータくんがいるであろう桟橋へ向かうか、サクラコを探して合流するか。メイン通路に出たまではいいけど、次にどうするかは二人の居場所にもよるか。


 しかしながら相変わらず電話は通じないままだ。スマホはネットに繋がらず役に立たずただの薄っぺらい板と化し、拡張現実眼鏡もその機能を失ってただの飾り状態だ。


 サクラコが向かうとしたらモジュールの制御ブロックだろう。あたしもそっちに行ってみるか。もしも顔馴染みのオペレータか港内作業員と出会えれば何らかの情報を得られるだろうし。


 そんな事を考えながら関係者通路ドアへ飛んでいくと、不意にドアが押し開かれて誰かが辺りの様子を伺うようにこっそり顔を出した。


「わっ、ごめんなさい! 止まんない!」


 姿勢制御のマグネットアンカーなんてもちろん持っていなかったあたしは、なす術もなくそのままの速度で開かれたドアに飛び込んでその男の人にぶつかってしまった。


「あいたっ」


 せめてもの衝突対策として、くるりと空中で身体を丸めてダメージが一番小さそうな、失礼だけどお尻からぶち当たってやった。


「何だ!?」


「ごめんなさい! まさか人がいるなんて思わなかった」


 ドアのところで絡み合い、その男の人はやや乱暴にあたしの身体を引き剥がして後方に飛び下がった。あたしはゆらゆらと漂うように天井に着地して、お尻を撫でながら見上げるように、男の人からすれば上から見下ろすようにして声をかけてみた。


「あの、港内作業の人?」


 ドアを抜けたところには二人の男の人がいた。見慣れたグレーの作業ジャケットを着込んで、一人は尻餅をつくように、一人はやたら警戒するように壁に手を当ててこちらを睨んでいる。


「いや、き、君は? 何でこんなとこに?」


 尻餅ついてるあたしとぶつかった人がしどろもどろに言う。天井にへばりついてるあたしは何て答えたらいいか迷ってしまっていた。えーと、何なんだろう、あたしは。通りすがりの貨物船乗組員ですってとこか。


「待て。こんなところで出会えるなんて、我々にもまだ運が残っているようだ」


 あたしを睨んでいた男の人がポケットからスマホを取り出し、あたしと画面とを見比べてほんの一瞬だけ口角を上げて、すぐに真剣な顔付きで告げてきた。


「我々はちょうど君を探していたんだ。今このモジュールは緊急事態にある。衝突事故があったんだ。君のパパがその事故に巻き込まれて怪我をした。我々と一緒に来てくれ」


 衝突事故? で、コータくんが?


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